消えていく記憶





 朝10時からダンジョンアタックを開始し、最初の討伐後に一旦休憩。

 その後、今度は立て続けにそれぞれがトドメを刺すという役割をやらせてみてから、少し長めの昼休憩を挟んだ。


 最初は吐き気、嫌悪感で食べ物を食べることもできないと言っていたメンバーたちも、俺や雅、それに先ほど俺に相談をしてきた修司が平然と食事を口にしている姿を見て、揺り戻しよろしく吐いていたものの、匂いや空腹の本能には抗えなかったのか少しだけ食べることに。

 食後、タープと仕切りをかけて1時間程度の仮眠を取らせてから、空腹を訴えるヤツには軽食を食べさせて再出発。


 そうして狩りを開始すると、今度は全員が全員、しっかりと「魔物を殺した」という事実を受け止められるようになって、表情を多少歪める程度で済んでいた。



「仮眠はやっぱ大事だな」


「しっかりとは寝れなかったでしょうけど、ね」


「そういうもんだったか。……なんか、懐かしく感じるな」


「……そうね」



 狩りのあとに一度仮眠を取る。

 実のところ、この方法のおかげで意識が切り替えられるようになったと教えてくれたのは、他ならぬ昔の雅だった。


 雅もまた初めて魔物を倒した時は、カチカチと奥歯が小刻みにぶつかる音を奏でるぐらいに震えていたし、顔色も悪かった。

 その姿を見かねて、一旦休憩も兼ねて雅を仮眠させたところ、起き上がった雅は気持ちの整理ができたのか、少しだけスッキリした顔をしていた。


 そこから、その場で切り上げようとしたんだが、雅の希望でもう一度だけ魔物と戦うことになり、心配でその光景を見ていた俺の前で、しっかりとトドメを刺してみせた。


 突然の変化に驚いて、当然俺は何があったのかと訊ねた。


 ――「目を閉じてじっとしていると、真っ暗な視界に頭の中の光景っていうか、過去の映像が次々に写真みたいに切り取られて浮かんできたの。そういうのを思い返しながら次の場面、その次の場面って見ながら思考している内に、混乱してバラバラになっていた意識っていうのかな、そういうものが段々とまとまっていくのよ。で、そうしていく内に「あ、やらなきゃ」って思ったというか、一本芯が通ったみたいな、そんな感じ」。


 返ってきた言葉はそんな抽象的なものだった。


 正直、当時話を聞いていた時も、今になって思い返してみても、どうにも俺には分からない感覚ではあった。

 実際俺は魔物狩りの最初の戦いの時は興奮していたし、「やっと魔物をこの手で殺せる」みたいな衝動に突き動かされていたせいで、そもそも忌避感も何もなかったからだ。

 そんな俺には分からなかったが、今回のように一般人が魔物を殺すことによる通過儀礼とも言える症状は、早めに解決させてやりたかった。


 そこで、雅の方法の目的や効果については新人に教えず、ただ仮眠するようにだけ告げて実践させてみたところ、効果があったのだ。

 仮眠という形で意識だけに集中して振り返る時間を作ると、そのおかげで感情や理屈に折り合いをつけて、整理することができたりするのかもしれない。


 そんな効果が認められて、それ以来ウチの新人実戦研修では、初参加には必ず仮眠を推奨している。


 新人たちに目的や効果を敢えて言わないでいるのは、あまりそちらばかりに意識を囚われてしまうと、逆に効果がなくなるかもしれないからだ。

 実際、雅も「他のことを考えながら目を閉じていた」と言っていたし、最初の内は魔物を殺した瞬間が脳裏を過ぎったという新人も、気が付けばまったく別の場面を思い返していたらしく、ふと我に返った時には落ち着いていたのだとか。


 ともあれ、そのおかげで動けるようにはなったらしい新人たちは、最初の戦いで上手くいかなかったことを洗い出し、相談しながら狩りを継続している。



「――やった、魔法覚えた!」


「マジで!? なんてヤツ!?」


「えっと、『属性魔法:火 / 矢』だって」


「火の魔法! 見せて見せて! アイツ狙って!」


「相手を見て魔法を使おうとすると、詠唱句ってヤツが頭の中に出てくるらしいから、それをしっかり唱えるんだぞ」


「わ、分かりました! えっと……【炎の矢よ、敵を穿て――フレイムアロー】!」


「……ふすっ」


「わ、笑わないの……」



 我慢しようと思っていたのに、実際にこうして目の当たりにするとついつい噴き出してしまう。

 そんな俺の脇腹を小突きながらも、けれど声を震わせながら雅が注意してきて、俺も口元に力を入れて引き締める。


 優香が放った魔法はまっすぐ子牛の魔物に直撃し、悲鳴を上げる。

 放たれた魔法自体は延焼もせずにそのまま消えてしまったが、身体の一部に穴を空けられたのは致命傷に近い。


 すかさず真虎と修司が間合いを詰めて、首元に一撃を入れてトドメを刺した。



「すげーじゃん、優香! 穴空いたぞ、穴!」


「う、うん……」


「優香」


「え、なに、詠ちゃん?」


「こう、魔眼が覚醒したらカッコイイポーズ教えてあげるね」


「え、えぇっ!? ちょ、別に私、そういう趣味がある訳じゃないよ!?」



 詠の発言に優香が声をあげていて、そんな二人のやり取りに真虎や柾、それに詠も楽しそうな表情を浮かべている。


 ……まあ、この調子なら大丈夫そうだな。


 魔法っていう、目に見えて一般人とは無縁であったはずの力が発動したこと。

 このおかげで全員テンションが上がっていて、自分も使いたい、自分だって強い技を覚えたいという興奮と興味が、さっきまでの陰鬱とした空気を完全に吹き飛ばした。


 優香の厨二病魔法詠唱デビューのおかげだな。

 ……とは、さすがに言えないが。


 ただ、そんな光景を前にしても、修司だけは僅かに口角をあげてみせただけだ。

 しかもそれが、おそらくは意図的に、周囲に合わせて浮かべた表情という感じで、心から笑っているようには見えない。


 ……どこかでああいう感じの表情を修司以外から見たような気がするんだが……どうにも思い出せないんだよな。


 そいつは……確か……。



「……痛っ」


「ハルト? どうしたの?」


「あぁ、いや……なんでもない」



 何かを思い出そうとしていた気がするのに、それを思い出そうとするとピキリと頭に走る、割れるような痛み。

 これは以前から、前の世界線の事で何かを無理やり思い出そうとする度に味わってきたものだ。


 となると、俺が修司のあの表情に似たものを見たのは、前の世界線って事になるんだが……どうしても思い出せそうにない。


 こちらの世界線に来た当時から感じていたことではあるんだが、俺の記憶はどうも所々が抜けているというか、消失している部分があったりするようだ。

 それに加えて、移動してそれなりに時間が経ってしまったせいか、抜けていた場所がどの記憶であったかさえ曖昧になってきているような気がする。


 一応、メモをして残してはいるんだが、メモを見ても「思い出す」には至らないというか、むしろ「本当にこれを自分が書いたのか」という感覚になるものもこの2,3年で増えたような気がするんだよな。

 けれど、あのメモは間違いなく俺が書いたものであって、俺の筆跡だったし、誰かが書き足したなんてこともないだろう。


 俺をこの世界線に飛ばしたのが何者で、一体何が目的だったのかも、俺には理解できていない。

 この世界線に来てからというものの、俺は我武者羅に、ただひたすらに俺の知る未来に抗うための準備を進めるだけで、そっちについては一切調べられていない。


 いや、正確に言えば、「何から手をつければいいのかさっぱり分からない」というのが実状だ。

 だからこそ、雅を助けられたことはもちろん、その後も俺の知る、この世界の未来の事件に顔を突っ込んでみている。


 たとえば、黒姫なんかもそうだ。

 彼女があの化物たちの手に落ちる前に味方にできた時、俺は未来は変えられると確信めいたものを抱いていた。

 けれど、そもそも未来の流れさえ変わっている事は、『ダンジョンの魔王』、そして『首刈姫』とソラの件、この〝生活系ダンジョン〟の存在からも間違いない。


 ――まさか、未来が変われば変わるほど、前の世界線の記憶が消えていっている、のか?

 不意に脳裏を過ぎったそんな推測。


 可能性としては、充分に有り得る話ではある。

 空白になっていく記憶と、俺自身が残したメモと記憶の乖離。

 ただ忘れてしまったとは言い難い何かがあってもおかしくはない。


 ただ、その真相を知っているような存在がいるとすれば、それは俺をこの世界線に飛ばした張本人――それこそ、俺を違う世界線に飛ばしたのが意図的な何者かの介入によるものであるとすれば、その存在ぐらいなものだろう。


 ……せめて接触ぐらいしてくれれば、俺も話を聞けるんだけどな。

 そんな事を思わなくもないが、いずれにせよ、俺にできることはこの世界線で雅や家族、そして新たに家族とも言えるクランメンバーを守ることぐらいだ。

 

 頭を振って、纏わりついた思考を振り払ってから、新人たちへと向かって声をかけた。



「よし、今日はここまでだ。これから探索者ギルドに買取依頼の出し方とか、そういう説明に移るからな。撤収準備だ」


「えー!」


「まだ魔法覚えれてないんだけど……」


「厨二病デビューは優香だけ」


「だから詠ちゃん!? 私、そういう趣味がある訳じゃないんだってば!」


「どうせ明日からも潜るんだから、今日は我慢しなさい。でないと一週間ぐらい居残り訓練にするわよ?」



 口々に渋るような声をあげる真虎たちに向かって、ジロリと睨めつけるように目を向けながら雅が告げれば、全員がぴしっと背筋を伸ばして口を噤んだ。


 おぉ、修司までそうなってる。

 てっきり修司には効果がないんじゃないかなんて思ったのに。

 ちょっと意外だわ。



「よ、よし帰ろう、すぐ帰ろう」


「あ、あぁ、そうだな! せっかく指導していただいているんだし、すぐ帰ろう!」



 真虎と柾が取り繕ったように声をあげて、優香や詠が動き出す。

 そんな面々に合わせるように修司も動き出すのをしっかりと確認してから、雅が俺に向かって顔を向けた。



「ちゃんと締めるところはキッチリ締めなさい、バカハルト」


「あ、ハイ」



 ……なんかこう、そういうの見極めるのって雅の方が上手いんだよな。

 クランマスター、雅に譲ろうかな……。



「言っとくけど、アタシはクランマスターなんて嫌だからね?」


「えっ、な、なんでバレた!?」


「……アンタね。何年一緒にいると思ってるのよ。アンタの考えてることなんて想像つくっての」





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