相談
「――ハルトさん」
「おう、どうした、修司?」
「えっと、ちょっと相談がありまして、その……」
休憩中、新人たちとは少し離れた位置にいた俺と雅のところにやってきた修司は、何やら口ごもるようにしてからちらりと雅を見やる。
どうやら雅にはあまり聞かせたくないというか、俺だけに話があるらしい。
雅もそれを察したのか、すっと立ち上がった。
「ハルト、私はあっちの優香と詠に声かけてくるから」
「すみません、雅さん」
「いいのよ。相談しやすい相手がいるのは悪い事じゃないもの。それに、女子の悩みや愚痴は私に来てるしね」
「え、雅に相談……?」
「……何よ?」
「いや、なんでもない」
雅って地味にパワータイプというか……うん。
猪突猛進な感じがするから、相談事とかって柄じゃないような気がする、とは口が裂けても言えない。
そんなことを考える俺をじとりと睨みつけてから、小さく鼻を鳴らしてから離れていく雅。
修司の手前じゃなかったら間違いなくもっとキツく詰め寄られていたな、今のは。
助かったぞ、修司。
とりあえず無事に雅を見送って、いつまでも立ったまま後ろで手を組んでいるいらしい修司に座るように促してみれば、おずおずと修司もその場に腰を下ろした。
「んで、どうしたんだ?」
「……俺、なんかおかしいんです」
「は?」
要領を得ない物言いに思わず声が漏れる。
まさかそれだけの言葉に対して俺が何か答えなきゃいけないとか、そんな事ないよな……?
僅かに戦慄する俺を見ることもなく、修司は俺と修司の間、地面をじっと見つめながら続けた。
「なんていうか、感情が動かないっていうか……こう、何をしても無感動に受け止めている自分がいるっていうか」
……厨二病か?
感情をなくしてしまった、的なことを語り始める痛いアレ。
特別感を演出したくなるとかいうヤツだったか。
そんな事を思わず一瞬考えてしまったが、そういう代物とはどうも毛色が違っているらしく、修司の表情はいつもの無表情とは違い、僅かに焦燥感のようなものが浮かび上がっているように思えた。
「以前の――それこそ、去年の年末あたりまでは、なんていうか、もっと感情が動いていたはずなんです。なのに今は、何が起こっても気持ちが平坦というか、どこか他人事のように物事を見てしまっていて……」
「ふむ……」
ただ自分に浸りたいだけなら頭を軽く小突いて終わらせようと思っていたが、修司の話を聞く限り、どうやらそういう類ではなさそうだった。
何故なら、その感覚は俺も知っているからだ。
前の世界線の俺が、まさにそういう心境で、そういう感覚で特区での生活を過ごしていたから。
目の前で起こった事象に対して共感しない、実感しないまま、ただただその事象だけを受け止めて、傍観する。
そこに対して感情を抱くでもなく、ただただありのまま、そういう事が起こったという認識だけをする。
自暴自棄になって投げやりになっていたり、悲観して悲しんだりしている訳でもない。
そもそも自分の見ている光景を、まるで映像越しに眺めているような、そんな感覚だ。
特区出身者ならば、まあ有り得てもおかしくはない。
あそこはどうも、物心ついた内から特区外とはまったく違う教育を受けているというか。
どうにも価値観が違いすぎる上に、微妙に教育も締め付けきれていない――というか、むしろ死なせてしまっても構わないとでも言いたげな教育方針であるせいか、中途半端に緩さがある。
結果として、自分たちの力に増長して、おかしなプライドが肥大化しているような連中も多い。
そういう連中は探索者になってから早死にする事になるんだが、そういう連中が学生としてある程度守られている間、そいつの標的になった生徒なんかは、地獄を見ることになる。
それらの影響を受けたせいで感情をなくしたようなヤツも一定数存在していたのは確かだ。
とは言え、そこまでの状態になるには、それ相応の背景というか、感情を殺さなければならない程の何かがないと有り得ない。
実際、特区にいるような連中は、耐えきれずに心に蓋をしたのだと思う。
そして、幼馴染や家族、友人、住む場所を『魔物氾濫』によって奪われた、かつての俺自身もまたそうだ。
感情が死んでいるというより、感情に蓋をして自衛をしているという感じだったんだよな。
「何か嫌なこととかあったか?」
「いえ、特には。〝生活系ダンジョン〟のおかげで実家から離れなくても良くなりましたし、今は寮暮らしですけど、別にホームシックとかでもないです」
「まあ、そりゃそうだわな」
まあ、感情が動かなくなったってのにホームシックとか言われたら、「帰れよ」としか言えないわ。
ともかく、どうやら修司には思い当たる節も特にはないらしい。
「一応、知り合いの伝手で医師と繋がってるヤツもいるから、一回相談してみるか? 心因的なもので心当たりもないとなると、原因が判明するかどうかは分からないが……」
「……実は、以前一回だけ精神科に受診したんです」
「え、そうなのか?」
「はい。でも、原因には特に心当たりもなくて、当然医者の先生も首を傾げるだけで。終いにはここはごっこ遊びに付き合う場所じゃないとか言われたり、看護師さんにも生暖かい目を向けられたり、散々な目に遭いました」
「……そうか」
俺も一瞬そう思っただけに、なんとなくその医者の思ったことが分かってしまった。
多分、厨二病というか、そういうのに憧れたと思われたんだろう。
さらにそれに箔をつけるために診断書を貰いにきた、みたいに思われたりもしたのかもしれないな。
ただ、確かに修司は感情が出にくいというか平坦というか、そういう節は確かにある。
修司の世代で一般的な探索者希望者は、真虎のような性格の者の方が多い。
大人と子供の境界上にいて、根拠のない自信と、肉体の成長によって溢れた活力が行き場を探す、そんな年頃の子供だ。
だから、割と平気で無茶をしてみたり、物事に対して深く考え込まずに飛び込むだけの勢いのようなものがあったりする。
その点、冷静に思考するという段階を踏む柾も冷静ではある。
まあ、アイツもちょっと頭でっかちな部分があったり、柔軟性に欠けているので、これからの成長に期待、というところではあるのだが。
翻って、修司は動じない印象だ。
落ち着いている、というのとはまた違う、無感情さのようなものが際立つ。
確かにこうして話を持ちかけられて振り返ってみると、年明けにウチのクランの訓練生として応募してきた時に比べても、その無感情さに拍車がかかっているようにも思える。
これがただの生来の気質や、何かに起因したものではないとなると、なるほど、確かに自分でも自分に対して不気味さを感じるというのも、分からない話ではない。
自分でも原因が分からないとなると……ふむ。
もしかしたら自分では覚えていないだけ、なのかもしれないな。
「それなら一度、修司のお袋さんの話を聞かせてもらいたい。機会を作ってもらえるか?」
「あ、はい、大丈夫です。電話でもいいですか?」
それでもいいと言いたいところなんだが、言い淀んで隠せてしまうかもしれないな。
顔が見れた方が、そういった機微は読み取りやすい。
「できれば顔が見れる方がありがたい。オンラインでも構わないんだが」
「そういう事なら、分かりました。ダンジョンを出たら、母にもそう伝えます」
「あぁ。悪いな、ぱぱっと解決してやれなくて」
「いえ、むしろこんな相談してしまってすみません」
「いいさ。さっきの魔物を殺したことで、自分と他人の違いってヤツが気になったんだろ?」
「……はい」
こんなタイミングで相談してきたってことは、まあそういう事だろう。
優香と詠は……あっちは雅が行ってくれたことで、ある程度は落ち着いてくれたのか、だいぶ顔に生気が戻った感じだ。
実際、こういう時に腹を括るという意味では、女性の強さってのは凄まじい。
割り切る強さを持っている、とでも言うべきだろうか。
対して、普段は何も考えていないような真虎も、冷静沈着そうに見える柾も、少しの休憩を挟んだことで自分が魔物を殺したことを受け止め始めているのか、口数が少なくなっているようにも思える。
まあ、男ってのは単純な生き物だからな。
強引にやらせて、やって良かったと思わせる事さえできれば、アイツらなら大丈夫だろう。
「修司のそれは、何も悪いだけのものじゃない。悪いように思えるかもしれないが、それは翻って物事に動じないってことだからな。アイツらが混乱して動じてしまうような不測の事態に陥っても、おまえならば冷静に思考を働かせられる。そのおかげで切り抜けられるような武器にもなるってことだ」
「……そう、ですかね?」
「あぁ。特に〝生活系ダンジョン〟じゃない普通のダンジョンなんかは、殺意の塊みたいなもんだ。おまえのそれがあるおかげで、仲間を助けられるかもしれないんだ。そう考えると、悪いモンでもないだろう?」
「……それは、まあ」
「今すぐそれで納得しろって訳じゃない。俺も色々と伝手を当たってみるが、否定ばっかりしていくものでもないってことだ」
「分かりました」
「よし、じゃあ休憩は終わりだ。アイツらにそろそろ動くって伝えてくれ」
こくりと頷いて立ち上がった修司が、改めて頭を下げて真虎たち、そして優香たちの所へと足を進める。
そんな姿を見送っていると、雅がこちらにやってきた。
「どうだった?」
「一旦保留ってとこだな」
「そ。何かあったら手伝うから、早めに言ってよね」
「へいへい」
短く雅とやり取りをしてから、俺たちはそのまま修司たちを連れて狩りを再開した。
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