通過儀礼
「――ぅらあっ!」
「あっ、はずれた!?」
「わ、わわっ、はや!?」
……うん、最初はまあ、こんなものだよな。
こうして新人たちの戦いぶりを見る度に、一般人出身と特区出身の違いというものを毎回目の当たりにしているような気がしてくる。
一般人出身の面々は、訓練はしているけれどそれはあくまでも基礎の基礎。
基礎体力、筋肉、身体の動かし方や得物の扱い方を教えるものであって、実戦のそれではない。
直接殺気を向けられる中で戦ったり、急に襲われるような事態――まあ、ここはノンアクティブだからまだ体験しないが――になった時の対処法も確立できていない。
言い方は悪いが、まだまだ戦いにおいては素人と呼ばれる範疇の実力しかないのだ。
しかも、かつての俺のように殺気マシマシ、魔物を絶対に倒す、みたいに覚悟完了しているような訳でもないというのもあって、こう、緩い。
なんかこう、ちょっとアトラクションを楽しんでいるように見えるというか、まだまだ本物の戦闘とは言い難い空気だ。
これが〝生活系ダンジョン〟じゃなかったら、この子たちはおそらく死んでいるだろうなと確信するぐらいに。
ノンアクティブというのはつまり、最初の一撃を確実に有利な状況から加えられるという意味だ。
だから、その一撃で倒しきれないなら機動力を奪ったり、視界に頼るタイプなら視界を潰したりという選択ができる。
そういう事を考えたり、あるいは相談したりということもなく、真虎が勢いのままに攻撃して始まった戦闘である。
アドバンテージを投げ捨てて戦っているようなものだ。
かと言って、ここで俺が怒って気を引き締めようとしても、彼ら彼女らの心には響かないしな。
実感を得て意識できるようになるまでは、まずは「殺すこと」ではなくて「戦うこと」に慣れてもらうのが目的なので、まあ焦る必要もないだろう。
そんなことを考えている内に、一匹目の魔物――子牛を思わせるような小さめの魔物を倒した。
光に包まれて眩く塗り潰され、現れたドロップアイテムの肉と小さな魔石を見て、新人たちは言葉を失っていた。
さて、これで初めての体験がやって来る訳だ。
「……は、はは……。い、いやぁ、なかなか手こずったな……!」
「……これが、殺すってことなのかな」
「……ひっぐ、うぅ」
真虎が虚勢を張り、柾が呆然と呟く。
優香と詠はお互いに身体を寄せ合って肩を震わせていた。
あれもまた一般人、それも新人特有の症状とでも言うべきか。
どうしても戦う側の目線で考えると、「甘いな」と評してしまいたくなるが、こればかりはしょうがない。
動物を傷つけちゃいけない、他人に手をあげてはいけない。
そうやってみんながみんな、「物理的に人や動物を傷つけるのはいけないこと」として刷り込まれているのが、平和な時代を生きる一般人だ。
けれど、この〝生活系ダンジョン〟はそんな一般人に対して、あてつけのように試練を与えている。
それが、魔物の姿だ。
ここにいる魔物たちは、どれも人間が普通に暮らしていればテレビ、あるいは牧場で見たりもした動物たちに酷似した見た目をしている。
しかもだいたいがサイズがその動物の子供のサイズで、見た目もそうだ。
おかげで攻撃できないと泣き出す一般人出身者もいるらしい。
なんというか、あのメッセンジャーが脳裏を過ぎる。
アイツが「ぷぷぷ、こんなこともできなくて戦うってマ? ほぉら、ノンアクティブですけど? 倒すチャンスですよぉ? キミらだって食べ物を得るために飼育して殺すじゃん? それと一緒でしょ?」とでも言いたげに、悪辣さを全開に煽ってきているような顔と声をイメージできてしまうんだよな。
なんか以前、雅とも話していた時に一言一句同じ文言でイメージしていたらしいし、なんか仕掛けてねぇだろうな。
絶対いつか殴ってやる。
ともあれ、新人たちだ。
得物の素振り、武器の扱い方を教えてきたはずなのに空振りをしたり、攻撃が当たらなかったりっていうのは、そんな見た目の魔物を攻撃することに慣れなくて、目を瞑ってしまったり、半ばヤケクソになって武器を振るうからだ。
訓練の時のように身体は動かず、相手は突進して体当たりをしてくるものの、殺意が高いとは言い難い。
そんな魔物を、一方的に、人間の都合で狩るというのは、なかなか精神的にくるものがある。
――さて、こいつらはどれぐらいかかるかな。
気持ちを切り替えて立ち直るために時間をかけるのか、それとも、逆に勢いのまま、興奮に身を委ねて狩りを続けようとするのかは、人によって異なる。
前者は時間がかかるが、しっかりと向き合って納得してくれるのだが、後者はそうはいかない。
狩りの最中はいいが、帰って落ち着き、冷静になったタイミングで気落ちしてそのまま数日引きずるなんて事もざらにある。
そう思って様子を見ていると、ただ一人だけさっさと動き出した。
修司だ。
すたすたとドロップ品に近づいてそれらを拾い上げると、バッグの中にさっさと入れて、振り返った。
「……? どうしたの? まだ一匹しか倒してないけど」
当たり前のことを、当たり前のように訊ねて首を傾げる。
その姿に半ば愕然とした様子を見せる新人たちとは裏腹に、俺も、そして雅も目を合わせて苦笑する。
修司の態度は、決して強がっているようなものではない。
それが見て取れる。
極稀に、修司みたいなタイプがいる。
己がやるべきこと、為すべきものに対して覚悟が決まっていて、それ以外のものに対していちいち動揺や興奮もせず、ただただその事象を受け止めるような、そんなタイプの人間。もしくは、そういった大それたものはなくても、命を奪ったという事について、特になんとも思わないようなタイプの人間も。
修司は前者だ。
アイツは自分の母親に楽をさせるために、早くダンジョンに入りたがっていたしな。
ただまあ、そんな母親に頼まれてウチで面倒を見てくれないかとやって来た訳だが。
実際、ウチのクランにはもう一人、修司と似たようなタイプの新人がいるしな。
ただまあ、俺と雅が苦笑してしまったのは、そんな修司の小さな変化と、逆に修司の態度が周りからどう見えるのかを考えれていないことに対するものだ。
真虎たちが言葉を失っているので、俺が僅かに魔力を手に集めてパンパンと拍手して気を引いてみせる。
「修司の言ってることはもっともではあるんだが、決しておまえたちの反応もおかしなものじゃないぞ。ただ、価値観も感じ方も、みんなが一緒って訳じゃない。どっちが悪いってもんじゃないからな。ほら、全員深呼吸しておけ。――雅」
「えぇ、分かってるわ。修司、こっちに来て」
俺が言わんとしていることを察して、修司を呼んで少しだけ隔離してもらう。
さすがは雅だ。
修司を任せ、俺は残った4人が深呼吸している姿を見回してから、それぞれがこちらを見ていることを確認してから、改めて口を開いた。
「おまえたちが感じたものは、別に悪いものじゃない。真虎、柾、恥ずかしいものじゃないから、素直に、真っ直ぐ受け止めろ。優香も詠も、自分が納得して魔物を狩るという道を選んだことを思い出せ。それでもダメで、心が完全に挫けてしまうようなら、厳しい言い方にはなるが探索者になるのは諦めろ」
これは本音だ。
探索者になるというのは、魔物を殺す仕事をするという意味でもある。
それを一般人が、平和に生きてきた人間が、いきなり順応できる方が珍しい。
その上、ここは特区じゃない。
やりたくないならやらないという選択ができるのだから。
「……ハルトさん。修司は、どうしてあんな……」
「……変わらなかったのは、何故ですか?」
「気付かなかったかもしれないが、アイツも僅かに震えていたぞ?」
「え?」
「修司みたいなタイプは、最初からそれを呑み込んで、踏み越えて、それでも進むって覚悟できているタイプだな。だから、自分はそこで立ち止まらないと決めているんだ。それでもまあ、指先が震えていたあたり、まだまだ完璧にって訳ではなさそうだがな」
「……修司くんも、そうだったんだ」
「……ははっ、なんだよ。アイツも一緒かよ」
――まあ、悪いがこれは嘘だ。
確かに、修司の手、特に指先が僅かに震えていたのは事実だ。
実際、俺と雅はその震えに気が付いていた。
ただ、おそらくだが修司の震えは命を奪ったことに対するものではない。
戦闘という単純な行為に対する純粋な緊張の代償といったところでしかないだろう。
だから雅に隔離してもらい、確認を含めて俺が告げている言葉の意味を噛み砕いて説明してもらっているというのが真相だったりする。
得体の知れないものを見るような空気が流れたから、もしかしたら修司が孤立してしまうかもしれないと考えていたが、修司も震えていたと聞いてみんなほっとしたような表情を浮かべている。
そんな中、柾が俺を見つめて口を開いた。
「ハルトさんも、そうだったんですか?」
「ん、俺かぁ。俺は……興奮してたタイプだなぁ。真虎なんかと似たような感じか」
「おっ、そうなんだ!」
――もっとも、俺の場合は興奮して、楽しくて、もっともっと魔物を殺したいという感情ばっかりではあったんだが。
前の世界線の話はするべきではないし、かと言って、前の世界線で慣れすぎたものに対してこの世界線で今更動揺なんてするはずもない。だから、当たり障りのない事だけ答えておく。
「ま、気分転換も含めて反省会がてら、10分の休憩を入れるぞ。雅、いいか?」
「えぇ、分かったわ」
どうやらあちらも修司にしっかりと言い含めたらしい。
どこか辟易としたような、疲れた表情を浮かべている修司の姿が印象的だった。
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