第4特別対策部隊




 ――まるで剣舞だ。


 ダンジョン庁、魔力犯罪対策課。

 魔力を扱う職員専用の地下訓練室の中心、そこで踊るように戦う二人の女性の姿。

 訓練室の様子を見るためのモニタールームに偶然居合わせた職員たちは、その凄まじい速度での応酬に見惚れ、呆けて、一様に同じような感想を胸にした。


 第4特別対策部隊は、今や魔力犯罪対策課の中でも最高の部隊と呼ばれ、末端の職員ですらもその名を知っている。


 昨年の初夏あたりから活動の主軸を鍛錬に置いていた部隊。

 一時は穀潰しだのなんだのと揶揄されていたものだが、そんな嘲笑や罵声など、今となっては誰も口にしようとはしない。






 ――――昨今激化している魔力犯罪者の犯罪活動は、散発的であったものから、段々と徒党を組むような動きを見せつつあった。


 そんな中で台頭してきたのが、関東最大規模にも膨れ上がった魔力犯罪集団『黄龍会』。

 魔力犯罪者だけでも推定200人はいるとされているその勢力は、傘下に一般人のチンピラから暴走族、または暴力団なども次々と手中に収め、凄まじい勢いで成長を続けていた。


 これ以上の成長は看過できない。

 そう判断した上層部が何度か魔力犯罪対策課と警察、自衛隊と共に取り締まりを行うも、警察や自衛隊は一般人であり、魔力犯罪者には手が出せず、被害ばかりが広がった。


 そこでダンジョン庁魔力犯罪対策課の戦力を集中させることとなり、鍛錬を主軸に置いた第4特別対策部隊を呼び戻された。

 他の部隊と共に『黄龍会』を叩くことになったのだ。


 結論から言えば、掃討作戦は


 第4特別対策部隊の部隊長を務める、水都みなと朱里あかり

 その副隊長である、長嶺ながみねかえでを筆頭に、木下きのしたりく藤間ふじまさとるという若手隊員。


 そして、十代の新人。

 氷の剣を複数本具現化させて自由自在に操りながら、凄まじい速度で戦場を斬り裂く新人――御神みかみ凍架とうか


 そんな面々と、作戦時のサポートオペレーター、上野うえの凪沙なぎさを加えた6人――第4特別対策部隊が投入され、先陣を切った勢いそのままに『黄龍会』本拠地を氷で覆って包囲し、一網打尽してみせたのだ。


 一晩近くはかかるかと思われた作戦が、蓋を開けてみれば僅か30分足らずで完全制圧。

 正面入口から第4特別対策部隊が無傷で涼しげな表情のまま出てくると、『黄龍会』構成員は全員気絶させて縛り上げていると報告し、それらの搬送を警察、そして自衛隊に任せ、さっさと引き上げてしまった。


 しんと静まり返る『黄龍会』の本拠地。

 他の特別対策部隊を先頭に自衛隊、警察が突入してみれば、確かに全ての構成員らが氷やワイヤー等で手足を封じるように縛られ、気絶していた。



「……マジかよ」


「あいつら、強すぎだろ……」



 この作戦に参加していた、第1から第6特別対策部隊の面々が口にできたのは、そんな感想だけだった。

 その衝撃は魔力対策課内のみならず、一般人である警察、自衛隊の面々に対し、位階上位者の力がいかに凄まじいかを、改めて突き付ける結果となり、一様に口数が少ないまま後処理に徹したという。






 ――――それ以来、第4特別対策部隊は『最強の部隊』として内外に知れ渡ることになった。


 かの有名な部隊に所属し、しかもその部隊のエースと期待のルーキーの模擬戦ともなれば、当然ながら注目が集まりやすい。

 何をしているのかと気になった職員がエースと期待のルーキーの模擬戦というビッグニュースを知り、手の空いている親しい他の職員を呼び、その者がまた――といった具合に、あっという間にモニタールームは多くの職員たちで賑わっている。



「速すぎねぇか……?」


「いや、でもお互い涼しい顔してるし、実際どっちも攻撃当たってなさそうだぞ」


「というか、あれ本物の武器だろ……?」


「えぇ? 模擬戦なのに?」



 困惑の声が広がる中、そのモニターの先で凄まじい速度でぶつかり合い、再び離れて、またお互いに距離を詰めて。

 その速度は常人にとってみれば一瞬の出来事のように思える。

 同様に、同じく位階を上げている者たちにとっても、かなり速いペースで動いているように思えた。


 そんなモニターの向こうで起こっている観戦ムードを知らず、剣舞を思わせるような手合わせをしている二人――長嶺、そして御神は、お互いに身体の制御に重点を置いて、本人たちにとっては比較的緩やかな型稽古に近い感覚で武器を合わせていた。


 お互いに模擬戦の体裁を取ってはいるが、本当の意味で向き合う相手は自分自身であった。

 位階の上昇による、身体能力の強化。

 その調整のために、敢えてギアを落とした状態で身体の細部の動きを確認し、調整しているのである。


 位階の上昇による肉体の強化というのは、ゲーム的に言えばステータス数値が全体的に唐突に上昇するようなものだ。

 一般人で言うところ、これまで運動もまともにやったことのない運動音痴な文学少女が、突然オリンピックで優勝争いをするような肉体を手に入れる、という程には変化が生じる。


 そんな差異のせいで、肉体の制御方法や姿勢の矯正、何がどこまでできるのか、どこが今の自分の限界で、それを引き出すためには自分自身をしっかり把握しなければならない。

 それができなければ、位階が上昇していく度に、ただただスペックでのゴリ押しをするような戦い方しかできなくなっていくからだ。


 一般的に、位階が上昇した直後は己自身に振り回されてしまいがちだ。

 それ故に個別の鍛錬を行い、徐々に慣らしていくのが一般的であり、水都と御神の二人のようにお互いに手合わせをしながら微調整をしていくのも効果的であると言われている。


 颯のように、一歩間違えれば死ぬような魔物を相手にひたすら戦いながら調整するという荒業をやってのける者はほぼいないのである。

 颯自身が他者との交流を避けていたのも原因ではあるが、同時に、誰かと手合わせをできるほどに実力が拮抗するような相手もいなかったので、仕方ないと言えば仕方ないが。 


 ――お互いに身体も温まってきた。

 そんなことを長嶺、御神が考えていると、どちらともなく速度を引き上げ、それに応じて調整の段階を進めていく。

 とは言え、まだまだあくまでも制御、調整の段階であり、お世辞にも本気とは言えないレベルだ。


 しかし、そんな二人の実力を知らない者たちにとってみれば、あまりにもレベルが高すぎた。

 長嶺が双剣を、御神が細剣を振るって互いにぶつかり合い、徐々にギアを引き上げていく姿に、モニター越しに眺めていた者たちが言葉を失っていく。


 すでに彼らには視認できない動きが繰り広げられているからだ。


 それでも、まだ。

 あと少し、もう少し。


 そうやって互いに限界のラインを探りながら戦い合っているところで、訓練室の扉が開いた。



「――そろそろ終われ、二人とも。シャワーを浴びてこい、ブリーフィングの時間に間に合わなくなるぞ」



 決して大きくない声。

 長嶺と御神の剣戟の音にかき消される程度のものであったが、しかし二人は動きを止めて、互いに得物をしまって声の主へと顔を向けた。



「むぅ。隊長、あとちょっとやらせて」


「シャワーを浴びずに汗臭いままブリーフィングに参加したいというのなら、少しぐらいなら許してやってもいいが?」



 口元を尖らせる長嶺にぴしゃりと言い放ってみせる水都。

 その一言は強烈だったようで、長嶺はすん、と表情を消すと水都から御神へと顔を向けた。



「みかみん、はよ。シャワー浴びにいこ」


「あはは……。水都隊長、声がけありがとうございます」


「気にするな。ついでに寄っただけだからな。急げよ」


「はい」


「みかみん、はよ!」


「え、あ、分かりましたから……!」



 腕を取られ、引っ張られながら離れていく長嶺と御神を見送りながら、水都は小さくため息を吐いた。


 ――相変わらずの成長ぶりだな。

 水都は改めてそんなことを思う。


 二人の実力は、凄まじく成長している。

 なんとなくではあるが、ダンジョンの本質――つまり、元々のダンジョンがチームやパーティ向けではない仕様――に気が付いた長嶺と御神は、それ以来、単独でのダンジョン探索を主軸に鍛錬を続けている。


 その結果、すでに長嶺は位階Ⅷに上がり、御神もまたそれに追いついたというのだから、その成長速度は尋常ではないだろう。


 とは言え、強さで隊長が変わる訳でもない。


 よしんば長嶺や御神から、自分たちがリーダーになりたい、トップに立ちたいという立候補の一つでもあればやらせてみるのも一興かと水都は思うのだが、長嶺は「めんどい」の一言で切って捨て、御神からは「え、嫌です」と正面から拒否されてしまっている。


 リーダーシップと強さは必ずしも比例するものではないのだから、それは当然と言えば当然だ。

 そして同時に、やるべきことも増える。

 そのやるべきことが、長嶺も御神も嫌いだったようだ。


 そんなことを思い出してふっと口角をあげてから、水都はモニタールームに映像を流している監視カメラに顔を向けた。



「――そういう訳で、今日はここまでだ。諸君らも始末書をたっぷりと書きたくなければ、さっさと戻った方が身のためだぞ」



 当然、カメラ越しに返事があるはずもない。

 水都はそれだけ告げてさっさと訓練室を後にした。


 一方、水都の言葉にようやく我に返ったらしい職員たちが徐々に表情から血の気を引かせた。長く居座った者では、すでにこの場所に30分近くもいたことに気が付いたからだ。


 一斉にモニタールームから飛び出して三々五々に散っていく姿に、偶然モニタールームの近くを通りかかっていた上野が「きゃっ!? え、なに!?」と動揺する羽目になったのは、運が悪かったとしか言いようのないことであった。




 シャワールームで汗を流した長嶺と御神が第4特別対策部隊の待機室へと到着すると、すでに木下や藤間、そして不幸にも驚かされる羽目になった上野は揃っており、水都がパソコンを操作しているところであった。


 ブリーフィングの予定時刻まであと2分。

 間に合わなかった訳ではないのだが、確かに水都が声をかけなければシャワーを浴びる時間を捻出することも、ましてやブリーフィングに間に合わなくなる可能性もあった。


 もともと、早めに切り上げてシャワーを浴びる予定だったというのに、気が付けば熱中してしまっていたようだ、と御神が冷や汗をかきつつも席についたところで、水都が顔をあげた。



「定刻にはまだ少々早いが、全員揃ったようだし始めるとしよう」



 そう言って水都がパソコンのマウスをクリックすると、前方のモニターに一人の少女の写真が表示された。



「――新ステータスカードの謎の表記、通称誤作動カードの持ち主が、また何者かに襲われ昏睡状態に陥ったとの通報が入った」






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

毎日 21:00 予定は変更される可能性があります

黒幕系ムーブはひっそりと ~なお、他人の配信にてバズり過ぎて魔王になった模様~ 白神 怜司 @rakuyou1214

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ