遭遇する主人公
京都第2ダンジョン、下層下部。
さすがにこの辺りにくるとリーナも上手く倒しきれないケースが増えてきて、二手、三手と徐々に要求される手数が増えているのが見て取れる。
下層の魔物たちは反応が早い。
首を狙った攻撃を仕掛けても咄嗟に腕を差し込んだり、咄嗟にしゃがんだりという動きで避けて反撃だって仕掛けてくる。
おかげでリーナの体力もだいぶ削られているように思える。
「――あはっ! 強いんだねーっ! その首、絶対刈らせてもらうんだからっ!」
吹き飛ばされたリーナが立ち上がり、そんな叫び声をあげる。
落ち込むどころか、むしろテンションが上がっているらしい。
一撃必殺といかないならば、二撃必殺へ。
相手が反撃してくるのであれば、さらに反撃を。
反応の仕方も、身体の動かし方も、目には目を、歯には歯をと言わんばかりに相手の反応に対して、さらにそれを塗り潰すように同じものを返していく。
そうやって徐々に洗練されて、どんどんと余裕が生まれ始めて、段々と危うげなく余裕をもって対応できるように成長している。
命懸けの戦いにおいて、彼女のように即断即決タイプは強い。
特に攻撃の手数が多くなってくる下層下部、それより下あたりになると、迷えば避ける間もなく攻撃を受けてしまうからだ。
右に避けるか左に避けるか、屈むか跳ぶか、後転するか前へ踏み出すか。
その次に攻撃するのか、防御するのか。
そんな風に戦いの中での分岐は幾つもあって、自信がなければ迷いが生じて、隙が生まれてしまいやすい。
リーナの強さは、自分優位の強さに限られたものだった。
でも今、戦いの中で確実に学び、着実に成長している。
彼女が対峙している魔物は、僕も初めて見たタイプの骨系の魔物だ。
人骨をベースにしているようにも見えるけれど、肩口から左右2本ずつの腕が伸びていて、その手が鋭利な刃物のように変化していて光沢を放っている。さらに、背中の肩甲骨あたりからも一本ずつ、似たような腕が生えていて、足に至っては左右と中央の後ろ側に1本、計3本だ。
次々に振るわれる攻撃の数々。
リーナは回避と防御を上手く織り交ぜて、相手の腕をかち上げ、その一瞬で反撃をして後方へと跳ぶ。
「――ふ、あはは……っ! 見えてきちゃった、見えてきちゃったねーっ」
リーナの笑みが輝く。
どうやら魔物の攻撃を完全に捉えたらしい。
あれはきっとイレギュラーモンスターと呼ばれるような類だろう。
たまにだけど、魔物の中でも奇異な変化を遂げた魔物なんかが現れたりするものだけれど、あの魔物は明らかにそのタイプだし、普通の下層下部の魔物に比べて強い気もする。
けれど、リーナの笑みが輝いたその時から、リーナは冷静にそれらを捌きつつ、身体を回転させて対応しきって反撃すら入れ始めている。
戦いの均衡はすでに完全に崩れている。
徐々にリーナに天秤が傾いてきているのだ。
最初は戸惑い、身体に攻撃を受けて彼女のゴスロリ服が斬り裂かれたりもしていたけれど、さっきから魔物の攻撃はリーナの服すらも掠められずにいる。
手数が多くて、硬くて、速い。
そんな魔物はリーナじゃ苦戦するだろうと思っていたけれど、持ち前の運動能力とセンスで充分過ぎるぐらいに対応して、上回った。
そんなことを考えて戦いの推移を見守っていると――ふと、斜め後方から魔力が高まって飛んでくる気配があった。
それなりに強い魔法みたいだね。
止めようと思えば止められたんだけど、僕らに対する殺意とか害意みたいなものは感じられなかったので、スルーかな。
「――リーナ、後方にジャンプ」
「ん、はーい」
前に飛び出ようとしていたリーナが僕の合図を聞いて後方に跳ぶ。
その動きとほぼ同時に、斜め後方から飛んできた光の槍みたいな魔法が、リーナの戦う魔物に突き刺さり、大きな隙を生んだ。
それをチャンスと考えたリーナが動き出そうとしたところで、再び斜め後方から接近してきた影が僕の横を通り過ぎ、魔物に向かって一直線に進んでいき、そして魔物の身体を斜めに両断した。
「あーーーーっ!?」
リーナが明らかに「獲物が取られた」とでも言いたげに叫んでいるというのに、飛び出してきたまだ二十歳前後といった青年は澄ました様子で細身の剣を鞘に収めて、黒いコートを翻して、リーナに顔を向けた。
「大丈夫だったかい?」
「……は?」
リーナ、突然の闖入者に対して開口一番で苛立ち感マックスである。
今リーナの額に一瞬ピキッと筋みたいなのが浮かび上がったように見えたんだけど、気の所為かな?
そんなリーナの異変に気付いていないらしい、黒髪黒コートの青年。
多分リーナを助けたつもりとか、そういう感じなんだろうなっていうのがひしひしと伝わってきているんだよね。
めちゃくちゃ勘違いしてるっぽいのに、この颯爽と助けた感と、リーナが今にも爆発しそうな感じのアンバランスさ。
これから何か面白いことになりそう。
どうしよう、なんかちょっとワクワクしてきたんだけど。
ドキドキワクワクな展開が始まりそうなことに、仮面の下でうっきうきな表情を隠していた僕に対し、突然現れた青年が振り返ってから睨みつけてきた。
「……キミ、何者だい?」
「うん?」
それどっちかっていうと僕のセリフじゃない?
なんでいきなり突っ込んできて、しかも僕に絡んできちゃうワケ?
リーナから堂々と目を離して僕だけを警戒したような顔してるけど、なんなんだろう、この青年。
僕、領域を利用して魔力をだいぶ抑えるようにしてるから、そこまで怪しまれることなんてなくない? 仮面つけてるけど。
「――ちょっと、ハルト! 先走らないでよ!」
「ま、待ってくださいぃ~~……!」
「コラー、ハルトーッ! おぬし、何を勝手な真似をしておるのじゃー!」
さらに後方から近づいてきた女性の声。
なんかこう、幼馴染とかそういう系のラノベあるあるなテンプレチョロインツンデレ感のある棘のあるような声と、気弱系女子っぽい声。
それに最後、なんだかジジ臭いような喋り方なのに、声が甲高い子どものそれ。
のじゃロリ、だと……!?
思わず声の方へと領域を伸ばして確認してみれば……え、どこのラノベ主人公なの?
胸の種類も網羅して、自分は黒いコートで自称「自分はイケメンじゃないから」とか言いながらそれなりに顔が整っちゃってるハーレムとか作っちゃう系じゃん。
世界観間違えてない?
だいじょぶそ?
「あの子が一人で戦ってたから助けなきゃ、って思って……」
「え、で、でも、お二人いるのに何故一人で……?」
「怪我とかしてなさそうね……?」
「……ふぅむ、それは気になるのう」
僕も気になります!
キミたちの恋愛事情がどうなってるのかとか、特に!
なんかもう、今の僕のテンション的には有名人とかに出会ったぐらいテンション上がってるからね!
いや、顔には出さないけどさ。
「お兄様に何か文句あるって言いたいのー?」
「え、兄妹!? なんで……!?」
「お兄様……?」
あ、ダメだこれ。
リーナはなんかにこにこしてみせているけれど、これ明らかに不機嫌になってるヤツじゃん。
ソースはさっきのダンジョン入口。
だって、さっきもにこにこして距離感詰めてから一瞬ですぱんっといったからね。
このまま放っておいたら入口の二の舞いになるって僕は学んでいるんだ。
というか、このハルトって人も驚いていたみたいだけれど、特にそっちの気弱さんは今の言い方って、「え、その背の低さなのに兄?」みたいなのを含んで疑問の声だったよね?
キミ、背後と暗いトコでの事故に気をつけることだね。
「――リーナ、心配はいらないよ。どうやらリーナのことを心配して、助けようとしてくれたみたいだからね」
「えーっ? 別にいらなかったのにぃー!」
「そう言わないの。心配しなくても、あのままならリーナ一人で倒せていたよ。それは間近で見ていた僕が保証するから」
ごめんよ、リーナ。
今はいつもみたいに攻撃しないで耐えてておくれ。
こんな見ててオモシロ……げふん、現代でハーレムとか頭おかし……んんっ、愉悦――もとい、見ていて愉快な人達、そうそう現れたりはしないだろうし、ここで殺してしまうなんて勿体ないからね!
「……むぅーー……っ、お兄様がそう言ってくれるならいーけどさー……」
……不承不承頷いた、みたいに返事してくれるけど、待ってね?
リーナ、ステイだよ。
大鎌の刃の向きを少し修正させた小さなカチャリという音、僕にはしっかり聞こえてるからね?
隙があったら首飛ばそう、みたいな空気がひしひしと伝わってるからね?
そうはさせまいと、そっとリーナの斜め前――リーナが攻撃しようとしたら軌道上に僕がいて邪魔をする位置――に歩み出て、僕はハルトと呼ばれているハーレム主人公っぽい男性と対峙した。
「という訳で、僕らはお互いに納得の上で魔物を相手していたんだけど、これで満足かい?」
「あ、あぁ、すまない。ちょっと勘違いしてしまったみたいだ」
「あのっ、バカハルトがごめんなさいっ!」
「なんで雅が謝るんだよ。俺が悪かったんだって」
「アンタがバカな真似したからでしょーが! 子供の時からちっとも変わらないんだから!」
はい、テンプレチョロインツンデレさんは幼馴染枠!
そんな幼馴染の負けヒロイン化待ったなしさんから正妻アピールもらいましたー!
……というか、よくこの状態で普通な顔してられるね、ハルトくん。
そっちの気弱さんものじゃロリさんも、明らかに表情が一瞬ピクついたけど。
普通だったらこんなちょっとしたアピールを目の前でやられただけで、胃がしくしく痛むんじゃないかな。知らんけど。
「まあ、確かに僕から見れば急に斜め後方から攻撃を仕掛けてきたのはキミたち――というかキミであって、魔物を横取りされた、とも言えるような状況だね」
「うぐ……」
「リーナ別に手助けなんていらなかったのにぃー」
「しかも、それを僕がリーナを一人で戦わせていた、と勘違いして手を出してきた。こればかりは早計にも程があるとしか言えないね」
「お、仰る通りで……」
「まあいいけどね。僕だって【勇者】サマにイチャモンつけようなんて思っていないし、キミ、ライブ中でしょ?」
そう言いながら僕が指差したのは、彼らの後ろをふよふよと飛んでついてきている一台のドローンである。
そんな僕の言葉、そして僕がライブ中だと口にしたことでようやくその事を思い出したと言わんばかりに、ハルトと呼ばれた【勇者】が見事に頭を下げた。
「す、すまなかった」
「うん、まあ気にしてないからいいけどね」
それよりも、だ。
なるほど、【勇者】っていうのはどうやら常に周囲に対して存在感というか、そう呼べるような代物を放出している……ような気がする。
僕から見ると微々たるものでしかないけど、確かに違和感があるのは間違いない。
そんな事を思いながら観察している僕に向かって、ハルトと呼ばれた黒髪の青年はゆっくりと顔をあげて苦笑した。
「っと、自己紹介が遅れたな。知ってるっぽいけど、俺は
「うん、知ってるよ。僕はソラ。そっちは妹のリーナだよ。よろしく、ハルト」
――ラトが教えてくれた【勇者】ハルト。
まさか現代なのにハーレムルートを進む系男子とは、なんてオモシロ……げふん、引っ掻き回し甲斐のある存在なんだろうか。
思わず、ひっそりと口角をあげた僕であった。
「――ソラ、なんて聞いたことがないぞ……?」
いや、キミが知らない人は世の中にいくらでもいるでしょうに。
◆――――おまけ――――◆
ラト「…………ふぅん」
ニグ「ラト、どうしましたか?」
ラト「ちょっとね。よくこの時代、しかもこの国でハーレムなんて作るなって思って」
ニグ「ハーレム、ですか……。あぁ、今颯が会っている相手ですね……」
ヨグ「(ヾノ・∀・`)」
ニグ「ヨグ、どうしました?」
ヨグ「(≧ヘ≦ ))」
ラト「あぁ、苦手なのね、アレ」
ニグ「消しますか?」
ラト「……ニグ、あなたいきなりやめなさいよ? ねえ、フリじゃないわよ? ねぇ?」
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