一閃




 京都第2ダンジョンの下層下部は、人がいなくなって久しい朽ちた西洋の町を思わせるような、そんな場所であった。

 その大通りの中心地、かつては美しい水を湛えていたであろう噴水の残骸とも言える代物が中央に置かれている広い場所で、ソラとリーナ、そして遥斗一行は軽い雑談を交わしていた。



「アタシは月宮つきみや みやび。で、そっちが箕島みのしま 紗耶香さやかね」


「ぇ、ぁ、ど、ども……。箕島、です」


「む、あぁ、妾は黒姫と呼ぶといい。よしなに頼むぞ」


:これぞ日本の誇る勇者パーティ!

:また出たな、ハルトきゅんの謎の予知ww

:マジで戦ってたのめっちゃ遠くで感知したよなw

:というかこの二人、何者?

:ここ深層手前でしょ? 二人で潜って一人で戦わせてるってどゆこと?

:仮面つけてる方、地毛か?

:謎の兄妹とか、なにこれ仕込み?



 配信によって流れるコメントの数々。

 一応遥斗、そして紗耶香の二人もARグラスをつけてはいるものの、基本的にこのメンバーの中で視聴者とのやり取りを直接行うのは雅が担当していた。

 雅はソラとリーナという二人と遥斗らが会話を続けているその最中も、視界の隅でコメントの数々を追いかけていた。


 短く遥斗と会話しているソラ、それにリーナと呼ばれている、大きく凶悪な見た目をした大鎌を持ったツインテールの少女。

 この二人との邂逅について、雅はどうにも浮かない表情を浮かべていた。


 もっとも、それはソラとリーナを訝しんでいるという訳ではない。

 気になっているのは、遥斗のことだ。


 先程、確かに遥斗は「この先に、たった一人で戦っている子がいる」と言って飛び出した。

 しかしそれは合流する数十秒前の話であり、どう考えても感知できる範囲外を指したものであるようにも思えた。


 こうした遥斗の突拍子もない行動は、何も初めてのことではなかった。

 これまでも時々、遥斗はまるで、これから何が起きるのかを知っているかのように振る舞うことがある。


 幼い頃、どちらかと言えば情けなく意気地のない子供であった遥斗が、ある日突然、急に大人になったかのように理路整然と物事を捉えるようになり、同時に本気で身体を鍛え始め、ダンジョンに積極的に籠もるようになった。


 幼い雅はそんな遥斗の変化に戸惑いながらも、遥斗に色々と教わり、今の強さを得るに至った。

 遥斗の強さ、そして突拍子もない行動ではあるものの、結果的にそのおかげで未然に被害を抑えられたこともあったし、助けられた人もいた。


 コメントにもある通り、遥斗の予知めいた動きは配信でもすでに有名になりつつある。

 何かを思い出したかのように動き出し、遥斗のその言葉に従って動いた先で、絶体絶命の危機に陥った者を間一髪助けることができるということもあった。

 そうして助けた命の中には、今こうして共に行動する大事な仲間でもある紗耶香も、そして黒姫も含まれている。


 今回もそのパターンなのかと雅は考えていたが、しかし、雅は同時にこうも思う。


 ――また外れた・・・、と。

 この場所に来る際に言っていた遥斗の言葉は、「この先で一人で戦っている子がいる」というものであったが、実際には二人いたという現状。


 確かに戦っているのは一人ではあった。

 遥斗の言った内容も言葉としては間違っておらず、紗耶香も黒姫も違和感を覚えてはいないようにも思えた。


 しかし幼馴染として昔から遥斗を見てきた雅は、遥斗の物言いが「たった一人でやって来て、たった一人で戦っている子がいる」というニュアンスで口にしていたはずの言葉である事は理解できていた。


 この一年ほど。

 厳密には昨年の夏前頃から、遥斗の予知らしきものが極端に的中率を下げている。

 危険があると言われて行ってみれば何もなかったり、『ダンジョンの魔王』という存在に予想以上に驚愕していたり。


 そして【勇者】と【魔王】が始まった際には「早すぎる」という言葉を零していた。

 もっとも、その時は何が早すぎるのかを訊ねたところ、少々焦った様子で「まだまだ普通の人達が戦える訳でもないのに、そんなものが増えたら騒動になりそうじゃないか」と答えられ、その言葉に一応は納得していたが。


 けれど――そろそろ教えてくれてもいいんじゃないか、とも思う。


 確かに配信を開始した当初は、遥斗の予知めいた力と強さのおかげで、かなり多くの視聴者をゲットでき、順調に人気を得ていた。

 もちろん、いつまでもそんな不確かなものに頼らなくても、今ならば自分たちの実力とこれまで築いてきた実績、そして【勇者】という肩書きもあるのだから、これからだって活躍できるはずだ。


 ――もうちょっとぐらい、頼ってくれても……。



「――何か考え事かい?」


「え……?」



 雅が思考の波に意識を呑まれていく、そんな中に不意に向けられた声は、仮面をつけたソラと名乗った少年のものだった。


 遥斗とは対照的とも言えるような、白を基調にしたような服装。白いスキニーパンツの裾をブーツに入れていて、上着は袖なしのパーカーに灰色のシャツとペンダントという、あまりにもラフな服装と、その左腰に下げられた少し長めの刀を佩いた少年。


 雅の印象としては、どこか不思議な存在という印象だ。

 浮世離れしている、とでも言うべきか。

 何かは判然としないが、確実に自分たちとは何かが違っているような、そんな印象を抱かせる相手であった。


 そんなソラの声に雅が何かを答える前に、その横合いから黒姫がすっと身体を二人の間に差し込みつつ告げた。



「なに、気にするでない。其奴そやつは今日、おおかた月の障りというヤツであろう。あまり調子が――むがぁっ!? な、何をするのじゃ、紗耶香よ!」


「そ、そそ、そんなこと、他人に言っちゃダメですよぉ、黒姫さまぁっ!」


「月の障り?」


「……女の子の日っていう意味だよ、ハルトくん」



 遥斗が不思議そうに呟いて、それにソラと名乗った少年が呆れた様子で答える。

 しかしその言葉の意味が理解できなかったのは、言われた当人でもあった雅も同じであったようで、ソラの答えを理解し、そして顔を赤くした。



「な……っ!? ち、違うわよっ!? 適当言わないでよ、黒姫ッ!」


:助かる

:なるほど、把握した

:月初タイプ了解です!

:男子キッツ

:おいやめろww ハルトきゅんたちは女性ファンも多いんだぞww

:男子ならまだいいけど、おっさんとかだったらマジキモい

:コメ欄キモ過ぎて草

:黒姫様マジノンデリで草


「呵呵っ、冗談じゃよ、冗談」


「冗談でおかしなこというなーっ!」


「あまり騒ぎ過ぎると……あー、遅かった」



 ソラが見上げた先、瓦礫化しつつある建物の上には、大きな目玉を持った一体の蝙蝠がいた。



「――ッ、マズいッ!?」



 遥斗の叫びと光の槍を飛ばす魔法攻撃。

 しかしその槍が届くその寸前に、その場にいた全員の耳に強烈な耳鳴りのようなものが聞こえてきて顔を顰めた。



「っ、これは……?」


「あの魔物は〝絶叫蝙蝠コーリングバット〟! 大した戦闘能力は持っていない魔物だけど、侵入者である探索者を発見すると、その位置を報せる超音波のような何かを発して、大量の仲間を呼ぶんだ!」


「な……ッ!?」


「今の酷い耳鳴りは彼奴によるものか……ッ!」


「文句を言っててもしょうがないね。――ほら、おでましだ」



 ソラの言葉に遥斗らが周りに目を向ければ、すでに魔物たちが周辺の建物の残骸から集まってきていた。

 十字に伸びる大通りはもちろん、周辺の瓦礫の中から這い出るように魔物たちがこちらへと向かってきている姿が目に入る。



「わぁー、いっぱいいるーっ!」


「っ、すまん、二人とも! 妾たちのせいじゃ!」


「気にしなくていいよ。あれに見つかったのは運が悪かっただけの話だからね。まあ声に反応してこっちに来たっていうのは否定はしないけど」


「くっ、一旦狭い路地へ退こう! ソラくん、それにリーナさんも!」


:ヤバイヤバイヤバイ!

:これは戦犯

:いや、でも囲まれなければハルトきゅんと黒姫様ならなんとかなる

:つってもこの数はマズくね?



 危険を招いてしまった。

 そんな状況を生み出してしまったのが自分たちであるためか、雅と黒姫、それに紗耶香の顔色が悪くなり、遥斗もまた慌てて声をあげる。


 しかし、そんな声を受けたソラとリーナは、自分たちを責めることもなければ、それどころか一切慌てた様子もなく、魔物たちを見回した。



「お兄様ーっ、リーナもっと戦いたいからまた減らしてもらっていいー?」


「そうだね。じゃあリーナ、それにハルトくんたちは屈んでもらえるかい?」



 それだけ言って、ソラが軽くその場から軽い調子で跳び、噴水の残骸のその上に飛び乗った。

 そうして近くに迫る魔物たちを一瞥すると、左足を下げ、腰を落として右手を左腰の刀の柄に沿える。




 ――――その瞬間、ぞわりと黒姫と遥斗の背に悪寒が走る。




「――伏せろ、雅、紗耶香ッ!」


「え……?」


「戯けッ、早うせい!」


「え、きゃっ!」



 黒姫に引っ張られるように紗耶香が、そして遥斗に覆い被さられるように雅が腰を落として頭を下げる。


 未だに事態が呑み込めていない様子の雅と紗耶香、そんな二人とは対照的に必死な表情を浮かべている遥斗と黒姫。

 そんな4人の真正面で、リーナが膝と腰を曲げて屈むような形になって、にこにこと笑った。



「あはっ、お兄様があなたたちに当てるようなヘマはしないから、頭を下げておけば大丈夫だよー」


「何を……――っ!?」


「な、んじゃ、この、魔力……!?」




 遥斗の言葉が途切れ、黒姫が驚愕する。

 全員の目が、噴水の残骸となっていたその場所にいるソラへと向けられた。




 刹那――キン、と甲高い音が鳴り響いた。




 その瞬間を、リーナはもちろん、雅と遥斗、そして紗耶香と黒姫もまた、ソラを見つめていた。


 一瞬だけブレた腕。

 それと同時に刀に込められた有り得ない程の魔力が周囲に円状に広がり、次の瞬間にはソラが態勢を解いて刀をくるりと回してみせてから、刀の刀身を鞘に収め、カチン、と硬質な音を奏でた。


 そうして次の瞬間には、周辺の魔物たちだけが横薙ぎに真っ二つに斬られたかのようにずるりと分かたれ、倒れ崩れ、消えていった。



:え……?

:は?

:いや、なにいまの

:え、斬ったってこと?

:はあああ????

:なにそれ

:やば

:建物とか無事なのに魔物だけ斬った!?!?

:はああああ!?

:無理だろそんなん!

:ちょwwww

:意味わかんねえええええ



 次々と流れるコメントたちに、しかし遥斗も、雅も、紗耶香もまた反応はできなかった。

 目の前で見せられた光景があまりにも現実離れしていて、その結果生まれた眼前の結果が、信じられなかったのだ。


 僅かに生まれた静寂。

 それを打ち破ったのは、軽い調子の声であった。



「あはっ! さっすがお兄様ーっ! リーナ、残りもらっていいー?」


「うん。直線上にいる連中しか斬ってないから、気を付けてね」


「はーい!」



 まるで何事もなかったかのように。

 風が吹いて木の葉が揺れる光景を見ているような、川に流れる水の行く末を見送るかのような。

 そんな当たり前の光景を、当たり前に目にしただけとも言わんばかりに、リーナが声をかけ、ソラが短く答える。


 そんなソラの返事を聞いて駆けていくリーナを見送ってから、ようやく遥斗、それに雅たちも我に返ったようであった。



「……うそぉ……」


「……紛れもなく実力であろうな。今の一撃、息をするように放たれたものであろう。つまるところ、あの程度の魔物の群れも、今の一撃も。ソラ殿にとって、さして大したものでもないのじゃろう……」


「……位階幾つになれば、あんな実力が得られるっていうの……?」



 紗耶香と黒姫、そして雅が口々に感想を語り合う中で、遥斗だけが意を決したかのようにぐっと拳を握って立ち上がり、ソラに向かって駆け寄った。



「――ソラさん、頼みがある! 俺たちに力を貸してくれ!」


:え?

:あ、そっか。こんな実力者がいれば魔王退治も楽になるかも

:確かに!

:つまりリーナちゃんっていうゴスロリ美少女枠も追加!?

:というかこの声、聞いたことある気がするんだよな

:出たわw 知ってる風に語るやつww

:仲間になってー!

:レギュラーメンバー追加きちゃ!?


「ハルトさん……!?」


「ふむ、確かにの。あれだけの実力者が仲間になるのであれば、妾も心強いというものじゃ。しかし……」


「何よ、黒姫」


「……あれだけの力を持った者が、何故勇者に選ばれておらぬ? 何故魔王にもなっておらぬのじゃ? 妾はその方が疑問じゃ」


「え……?」


「実力的に人類で最上位の者たちが、勇者と魔王とやらに選ばれておる。それは間違いなかろう。じゃが、あのソラと名乗るわらべは明らかにハルトやお主らよりも強い力を持っておる。では、何故どちらにも選ばれておらぬ?」


「……黒姫は、あのソラって子がハルトより強いと思ったの?」


「うむ。本気・・の妾よりも圧倒的に強いであろう。それだけの力を、あのソラという童は持っておるのじゃ」


「な……ッ!?」


「じゃからこそ、妾にはあの童が容易く靡いてくれるとは到底思えぬ。何かがありそうな気がしておる」



 黒姫たちがお互いに言葉を交わす中であっても、遥斗はソラに向かって魔王を討伐したいこと、そのためには力を持った仲間を集めようと考えていることなどを語るなどして、会話は推移していた。


 しかし、その時、黒姫との会話に夢中になっていた雅のARグラスに、突然困惑のコメントの数々が流れた。



:え

:はあああ!?!?

:『ダンジョンの魔王』!?

:いや、髪も目も違うじゃん!

:でも顔があまりにも瓜二つっつーか……

:え、双子?

:白魔王様ってコトォ!?

:ちょっと待て、マジで待って

:どういうこと!?



 コメントの数々を確認して雅が顔をあげる。


 そこには、愕然とした表情を浮かべたハルトが、かつては噴水であったと思われる瓦礫の上のソラを見上げていて。

 そのソラが、顔につけていた仮面を手に持って素顔を晒して、冷たい目を遥斗へと向けていた。




「――僕は兄さん程じゃないけど、人間が嫌いだ。だから、キミたちを救おうとは思っていないからね」








 

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