垣間見る違い





「――ソラさん、頼みがある! 俺たちに力を貸してくれ!」



 真剣な表情を浮かべ、声をあげる遥斗。

 そんな遥斗に対し、噴水の残骸の上に佇んだソラは何も言わずに遠くでリーナが戦う姿を見物しており、視線を合わせようとさえしなかった。


 その姿を見て、遥斗は更に言い募る。



「それだけの力があれば、魔王討伐だってできるはず。その中に俺のような【勇者】がいれば、きっと人類を救えるはずなんだ」


「……へぇ、人類を救う?」


「……そうだ。このままじゃ、人類はどんどん追い込まれていく。俺は、そんな未来が訪れるのを食い止めたい」



 僅かに興味を惹かれたのか、ソラが呟き、言葉を転がすように呟いた姿を見て遥斗が改めて断言すれば、ようやくソラが遥斗へと顔を向けた。


 何かを噛み締めるように告げる遥斗の表情は、暗いものを湛えている。

 悔恨か、辛酸を嘗めてきた経験からきたようなものを思わせる、そんな険しい表情を浮かべて俯いている事に、ソラは気が付き、ぴくりと眉をひそめた。


 だが――――



「僕は人類がどうなろうがどうでもいい。いっそ滅んでしまうのなら、それでもいいんじゃないかって思っているぐらいだよ」



 ――――遥斗の願いに対して返ってきたのは、心底どうでもいいと言わんばかりに落胆したような、平坦で、興味すらないものを評するような返答だ。


 そのあまりにも冷たい物言いに、遥斗は思わず目を剥いた。


 仲間になるかどうかを迷うなら、まだ分かる。

 これから【勇者】として【魔王】を倒していかなくてはならないということは、それだけの危険に身を晒すことになるのだから、迷いもするだろう。

 命を懸ける戦いに協力してほしいと言われても、それだけのものを賭して戦わなくてはならない理由がないのであれば、誰だってノーを突き付けるのは当たり前の話だ。


 加えて、確かに探索者たちは今、一般人らに火の粉が降りかかるようになったこの世情を笑って眺める者も多い。

 実際に元探索者崩れの魔力犯罪者と呼ばれる者が、特区のあちこちに空いた穴という穴から外へと飛び出て犯罪行為を行うという事件が多発しているような有り様でさえある。


 だが、いくらなんでも、と遥斗は思う。

 確かに探索者として生を受け、生きてきたのは遥斗もまた同じだ。

 苦しめてしまいたい、苦しめばいいと思う気持ちは分からなくはないが、とは言え滅んでしまっても構わないという程に苛烈な言葉を、まして無感情に告げてみせるソラの答えには、遥斗にとっても驚かずにはいられなかった。



「……どうして、そこまで……」


「どうして? ……あはは、そうかそうか。キミ、ずいぶんと優しい世界で生きてきたようだね」


「え……?」


「キミにとっての探索者としての人生は、さぞ恵まれていたんだろう。欲に塗れているようにも見えないし、承認欲求に飢えているようにも見えない。そんなキミが【勇者】になったという事は、つまりキミが優しく、甘く、幻想的な世界で生きてきたおかげ、という訳だ」


「っ、何を言って……――」


「――僕が人類を救おうと思わない、その理由の一端というものを。分かりやすく見せてあげよう」



 思わず口を衝いて出てきた言葉に、ソラが静かに答えてから、ゆっくりと白い仮面に手をかけ、そして外した。


 その顔を、遥斗は知っていた。

 いや、遥斗どころか、今ではこの世界の者ならばほぼ誰もが知っていると言っても過言ではなかった。


 一年前の初夏に、突如として姿を現した謎の存在。

 圧倒的な力を有し、ダンジョンの魔物たちに対して制裁を、粛清を与えるその姿から、その者。

 つい先日のメッセンジャーを名乗る道化師と、【魔王】に対する粛清が行われた際に、初めてハッキリと見ることができた存在。




 ――――『ダンジョンの魔王』。


 


 髪の色も、瞳の色も確かに違う。

 黒基調の髪に赤いメッシュが入り、赤みがかった金色の瞳を持つ『ダンジョンの魔王』とは対照的とも言える、白銀の髪と蒼い瞳という寒色にまとまっている。

 それでも顔の造りは瓜二つで、その冷たい眼差しは確かに『ダンジョンの魔王』と同じような冷徹さを宿していた。


 愕然と、ただただその顔を見つめていることしかできない遥斗へ、ソラは告げる。



「――僕は兄さん程じゃないけど、人間が嫌いだ。だから、キミたちを救おうとは思っていないからね」


「……まさか……」


「見れば分かるだろう? 僕はキミたちが『ダンジョンの魔王』と呼んでいる存在の、の一人だよ」


:はああああ!?

:え、魔王様って人間だったの!?

:は? ちょ、マジかよ!?

:しかも双子!?

:いやちょっとまって、いくつもいた兄弟って何?

:ただの双子じゃないってこと?

:どういう意味?

:なんかちょっと変な言い回しじゃね?



 視界の隅に流れるコメントに、遥斗は気が付けなかった。

 しかしコメントを追うようにして状況を把握した雅だけは、それらのコメントから不思議な単語を拾い上げていた。



「ちょっと待って……! 幾つもいた兄弟って、どういうこと?」


「……あぁ、本当に何も知らないんだね。キミたちは」


「え……?」


「せいぜい調べてみるといいよ。僕らのような存在が。そしてリーナのような存在が、何故生まれてしまったのかを。――もっとも、その真実を知った時、キミたちが人類なんてものに夢や幻想を抱き続けていられるかの保証なんて僕はしないけれど、ね」


「なに、を、言って……」


:意味深すぎる

:どういうこと?

:おい、マジかよ

:ちょっとまって

:仲間になってよ!

:え、交渉決裂?

:それどころかさっきの攻撃をしたソラきゅんが人類の敵になるってこと?

:人類終わるんやが????

:笑えねぇんだよなぁ



 次々と流れるコメントの数々を視界の隅に追いやりながら、遥斗ら一行がソラを見つめる中、ソラはその場から軽い様子で飛び降りてリーナに顔を向けた。

 ちょうどリーナも周辺の魔物の最後の一匹を狩り終えたところのようで、くるりとソラに向かって振り返った。



「――あははっ、楽しかったーっ!」


「お疲れさま、リーナ」


「うんっ、ありがと! それよりお兄様!」


「ん?」



 とととっと小走りで駆け寄ってきて満面の笑みを浮かべてソラに声をかけたリーナの目が、興奮しているかのように爛々と輝きを湛えたまま遥斗らに向けられた。




「――そいつら・・・・も、そろそろ殺すね?」




「な……ッ!?」


「え……?」


「――チィッ、いつまで呆けておるハルトッ! 紗耶香も雅も、構えよッ!」


:え

:ちょ

:まってリーナちゃん

:なんで

:は?

:え、まさか

:逃げて!



 リーナには殺意も殺気もない。

 故に、そんなリーナから告げられた言葉の意味を、最初から警戒を解いていなかった黒姫以外には理解できず、一瞬の間が生まれた。


 その瞬間を見逃さずに、すでにリーナは動いていた。

 ソラに一番近い位置にいた遥斗に向かってすでにリーナは跳んで距離を詰めていたようで、その大鎌を振りかぶっていた。


 ――唖然とする遥斗ら一行が我に返るよりも、その大鎌が届く方が早い。


 そんなことを黒姫が理解し、咄嗟に庇おうと動き出そうとした――その瞬間、リーナの身体が大鎌に引っ張られるように、がくん、と空中で動きを止めた。


 振り被っていた大鎌の刃を、ソラが刀を差し込んで大鎌もろともリーナの身体も止めてみせたのだ。



「――わわっ!?」


「リーナ、殺す必要はないよ。彼らは別に僕らの〝敵〟になった訳じゃないからね」


「っとと……、ビックリしたーっ!」



 ソラに止められたリーナが反動を利用して後方にくるりと身体を回転させ、ソラの近くへと降り立ち、目を丸くしたまま声をあげる。

 そうして先程までとまったく変わらない様子でにこにこと笑いながら、遥斗たちへと顔を向けた。



「あはっ、ごめんなさーい。もう殺しちゃっていいのかと思っちゃったー」


:ひぇ

:えぇ……?

:これは……

:あと一歩で確実に殺しにかかってなかった……?

:なんであれで笑ってられるん

:殺気とかそういうのなく殺そうとしたってこと……?



 遥斗、雅、紗耶香もまた、リーナの表情や仕草、態度、声色といったものを目の当たりにして、ひゅっと息を呑んだ。


 人との荒事は、正直に言えば慣れていた。

 探索者の世界では、若くして実力者となってくると妬みや嫉みといったものを向けられ、時には人間から襲われるという事態も珍しくはない。


 だが、それらは皆、敵意に害意、殺意といった特有の気配というものが確かに存在していたのだ。

 故に、そういった相手と対峙する際にはスイッチを切り替えるように自分たちも感情を切り替えて対応してきた。


 しかし、リーナは違ったのだ。

 彼女にはそもそも、害意や敵意、殺意や殺気というものは一切ない。


 幼い子どもが残酷なことをしていても、それが悪いことだとは判らない。

 そういった〝無邪気〟さというものを持って、彼女は遥斗たちを今の一瞬で殺そうとしていたのだと、改めて理解させられる。



「――これで分かっただろう? 僕らは人間とは相容れない」


「……確かにそのようじゃな。そっちの娘も、貴様も、あまりにも遥斗たちと違うものを見ているように思えてならぬ。遥斗、諦めよ。この者らは、あまりにもおぬしらとは違い過ぎる」


「……そうみたい、だな……」


:確かにそれはそう

:こんなヤベェ子、仲間にできねーって

:というかそれより情報もらおう

:なんで人間を恨むんだよ!

:人間に何かされて生まれたってこと、だよな

:ちょっと待って、それ心当たりあるんだが

:え?

:¥50,000 雅ちゃん! お願い! 探索者ギルドについてどう思ってるか訊いてみてください!

:何事?

:お、なんだ?

:どういうこと?



 そのコメントは偶然にも雅の目に確かに留まった。

 お金を投げてコメントすることで、金額によって色合いが変わり、コメントを目立たせる機能――いわゆる『スペシャルコメント』と呼ばれるそれは、キラキラと輝くような光の粒をちらつかせてくれるおかげで目につきやすい。


 この状況にまだまだ理解が追いついていなくとも、探索系配信者を生業としてきた雅は条件反射でそのコメントに目を向けており、そして口を開いた。



「えっと、探索者ギルドについてどう思っているか訊いてほしいって、コメントが、あったんだけど……」



 その言葉を口にした瞬間、リーナのにこにことした笑みがすっと消え去り、そんなリーナの肩にそっとソラが軽く叩いた。




「――――紛れもなく僕らの復讐の対象さ。それ以上でもそれ以下でもない」




 そうして、次の瞬間、ソラは真っ白な翼を背中に生やしてリーナの手を握ると、その場から飛び去っていったのであった。







◆――――おまけ――――◆


ヨグ「(੭ु ›ω‹ )੭ु⁾⁾」

ラト「……あなた、その顔文字出しておきながら肉体端末動かさないの? アンバランス過ぎない? というか無表情で身体だけちょっと微振動してその分身体タブレット見せるのやめてもらえない?」

ヨグ「(。-`ω-)」

ヨグ「(乂・ω・`)」

ニグ「一瞬悩んでましたね……」

ラト「そうね……」

ニグ「そういえば、ラト。颯のあの剣技ですが、あれは風系統の魔法だったはずですよね?」

ラト「……それがね。あの子ってば抜刀術の勉強して、抜刀術だけは本当に覚えちゃったのよ」

ニグ「……は?」

ヨグ「( *'ω')!?」

ラト「なんでもリアリティーを追求するとかで、抜刀術の一撃必殺だけは完璧にマスターしてるのよ。ちなみにあれ、私も避けられなかったわ」




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