覚悟





「――運良くコメントを拾ってもらえたようですね」


「はい。月宮 雅さんは、少々ガサツとも言える物言いをする女性ですが、ああいったものに対する反応は割と几帳面な方ですから。拾ってくれると思いました」


「素晴らしい判断ですね。さすが、同年代の探索者だけあってなかなか詳しいようですね、佐倉さんは。彼女とは面識がおありで?」


「いいえ、直接は。ただ、私たち――『燦華』としても彼女たちは超えるべき目標であり、同時に尊敬している相手でもありますから。それなりに詳しくもなるというものです。――それより、本当に良かったのですか?」


「はて、何がでしょう?」


「探索者ギルドの日本支部長であるあなたの差し金で、探索者ギルドの闇を暴くようなコメントを入れたことが、です。



 東京都内、とある喫茶店。

 佐倉さくら りんは現在の依頼主である相手の顔を見やる。

 向かい合い、涼しい顔をしてコーヒーカップを口元に運ぶ糸目の男性、『探索者ギルド日本支部長』という肩書きを有した存在――時野ときの 嗣信しのぶへと改めてそんな言葉を投げかけた。


 かの有名な【勇者】である芦屋遥斗のパーティが行っていた配信。

 そこに現れた、『ダンジョンの魔王』と全く同じ顔をしていて、しかし髪も瞳の色すらも真逆な存在――ソラと、そんなソラを「お兄様」と呼称していた少女、リーナの登場。

 偶然にも視界の隅で確認できるよう流していた配信に彼らが映り込んだため、二人の話し合いは一時ストップしていた。


 燐のスマホは『燦華』で配信を行う時は専用に用意している別の端末を利用しているため、基本的には個人のスマホでは個人のアカウントを利用しているのだが、それが今回は功を奏した。

 おかげで匿名の状態のまま件の配信にて、『スペシャルコメント』を通じて『雅ちゃん! お願い! 探索者ギルドについてどう思ってるか訊いてみてください!』というコメントを入れることができた。もちろん、お金は後ほど時野から個人的に支払われるという事になっているが。


 ただ、このコメントは時野の依頼を受けた燐によるものだったのだが、燐には時野が何故そのような事を突然依頼してきたのか、その考えが読めずにいた。


 訝しげな視線を受けていた時野が、そっとコーヒーカップをテーブルに置いて、テーブルに肘をついて口元を隠すようにしてから静かに口を開いた。



「何故、探索者ギルドの日本支部長である私が、探索者ギルドに不利になるような事態を招きかねないコメントをあなたに依頼したのか。答えは単純ですよ、佐倉さん。私は、探索者ギルド内の一派が主導した例の計画を、排除したいと考えています」


「……やはり、ですか」



 昨年の初夏、ダンジョン庁の建物に呼び出されて以来、『燦華』も当初は『大自然の雫』と共に東京第4特区の調査を依頼され、『ダンジョンの魔王』の捜索任務を受けてはいたものの、そちらの依頼については早々に打ち切られることになった。


 しかしその後も時野から様々な依頼を投げられるようになり、最近ではすっかり子飼いの探索者として活動しているような状況であった。


 それからおよそ半年ほど。

 日本国内でも比較的治安は荒れていたが、『燦華』の面々はそれらの騒動については我関せずといったスタンスを貫いていた。

 というのも、燐、紗希、夏純という『燦華』の3人は、配信系探索者の中でも実力主義といった面々であり、自らの限界に挑むことを是としているため、そのような騒動に腐るような事も特になかったからだ。


 そんな『燦華』に対し、時野は様々な依頼を投げてきた。

 数々の当たり障りのない程度の依頼を『燦華』に依頼し、守秘義務の遵守を徹底するかどうかの確認、何者かの息が『燦華』にかかっていないかを時野は確認し続け、そうしてようやく信頼に値すると判断に至ったのである。


 結果として時野は、ここ最近『キメラ計画』に関与していたと思しき研究施設が襲撃されるという事件を受け、その跡地の極秘調査と合同調査依頼を各クランに出す際に『燦華』をねじ込んできた。


 その調査の過程で、すでに『燦華』は多くの情報を目の当たりにしている。


 もっとも、それらがラトと颯によってばら撒かれた捏造ファイルも含めたものである事には気が付いていないが――ともあれ、『キメラ計画』の存在と、その首謀者が探索者ギルドの者たちであるということはすでに察しがついていた。


 そうして時野もまた彼女らが敢えて触れずにきたことには気が付いていた。


 ただ、肯定も否定もしない。

 そのどちらかをしてしまえば、その瞬間に推測は確定に変わる。

 だから、お互いに曖昧さを維持してきた。


 しかし今、均衡は崩れる。

 時野は燐の問いかけにあっさりと肯定を返した。



「『ダンジョンの魔王』。彼があなた方の配信に姿を見せ、魔物の言語、あるいは感情を理解しているような素振りを見せた姿を見た時、私はあの少年が『キメラ計画』の被害者であるという可能性を否定できなかった。そしてその後、『深層の悪夢』との戦いの際に確信したのです。彼は人間の手によって魔物側の力を手に入れてしまい、その結果、ダンジョン側についた存在だろう、と」


「だから、捜索を私たちに依頼したのですか?」


「えぇ、その通りです。昨年の初夏の頃、ダンジョン庁の役人が先走り、あなた方と『大自然の雫』の面々を呼び出したという情報を耳にした時は、これはチャンスだと思ったものです」


「チャンス、ですか?」


「えぇ、そうです。情けない話ですが、私には子飼いの戦力というものもなければ、自由に動かせる懇意の探索者もいないのですよ」


「え……?」



 探索者ギルドの日本支部長という立場ならば、もっと自由に権力を利用できるだろう。

 そんな風に思えた燐が不思議そうに訊ねてみれば、対する時野は苦笑を浮かべた。



「確かに、日本支部長という権限を使えば探索者は呼び出せますし、依頼も出せます。ですが、私が突然動けば、確実にその情報は『キメラ計画』を主導した一派にも漏れ、横槍を入れられることは自明の理というものです。そうしてやってきた探索者は漏れなく彼らの息のかかった存在でしょう」


「……日本支部長相手に、そこまでできるのですか……?」


「はい。というよりも、私がこの立場に就いたのも、そもそも『キメラ計画』を行っている一派が私の動きを封じるために仕組んだものですからね」


「え?」


「日本支部長という立場はスケジュールが周知され、管理されます。そんな立場の者が動けば、目立ちますからね。飼い殺しにしてしまうには、それなりのポストに就けておく方が管理しやすかったのでしょう」


「な……ッ、それだけの為にそこまで……?」


「えぇ、そこまでするからこそ、これまで隠しきれていたのでしょうね」



 時野が日本支部の支部長に任命されたのは、アメリカ国内にて支部の中堅職員として仕事をしながら、『キメラ計画』なる存在を知った頃のことだ。


 上司でもあり、親友のような存在であった男が、『キメラ計画』という存在を知り、その真実を追っていると聞かされたばかりであったが、その男は不慮の事故によって命を落としてしまった。


 それが本当に不慮の事故であったとは、到底思えなかった。

 実際、時野はその時、親友に「自分に何かあったら確実に消されたと思ってほしい。そして何も聞いていないという体裁を整えろ」とまで言われていた矢先の出来事だったからだ。


 だが、時野は完全に一派からマークされていた。

 何人かの職員から探るような質問をぶつけられても答えることはなかった。

 当時付き合っていた恋人でさえ、一派からの依頼で寝返ったと知った時には吐き気がする程の嫌悪感すら抱いたものだった。


 それでも時野は否定し続けた。

 確定的な情報を一切出さず、ただただ第三者のように振る舞い続け、欺き続けた。

 しかし結果として、確実に白であるとは敵の一派も考えていなかったようだ。

 ある日突然、日本の支部長というポストに就かされる事になった。


 ただの平職員の立場では、スケジュールや行動といったものは命令によって縛ったとしても本人が誤魔化せてしまう。

 だが、敢えて相応に高いポストに就けてしまえば、立場上スケジュールの一切が管理される事になり、逆に行動に制限をかけやすくなる。


 権力を与えず、自由を縛る為だけにそのようなポストを押し付けられた、お飾りで操り人形と化した日本支部長。


 それが、時野自身の自分に対する評価であった。



「ともあれ、そんな私がダンジョン庁のお馬鹿な主張をしでかす役人のおかげで、予期せぬ方々――つまり、『大自然の雫』とあなた方のパーティ、『燦華』と繋がりを作ることができた。さらに『ダンジョンの魔王』に協力してもらえれば、抑止力にもなり、同時に『キメラ計画』の完全なる排除が可能になるのではないか。そう考えていました」



 もともと、『ダンジョンの魔王』を味方にすれば自分への抑止力になり、同時に『キメラ計画』の研究施設襲撃や証拠の確保などにも動けるのではないかと考え、秘密裏に『大自然の雫』、そして『燦華』に接触のための捜索を依頼したが、結果は空振り。


 それどころか、『大自然の雫』からは怪しまれて距離を置かれるような形になってしまったが、時野はそれでもいいと考えている。

 元々、『大自然の雫』は過去に『キメラ計画』に触れている。

 それ故に探索者ギルドを警戒したが故の行動であると考えられたからだ。


 結論から言えば、強力な味方と成り得る『ダンジョンの魔王』に接触できなかったのは痛手であった。

 しかしこの1年ほどで『キメラ計画』の研究所が襲撃され始め、様々な情報が探索者たちの中にも流れつつある。

 そのおかげか、時野自身への監視の目が弱まってきていることを肌で感じていた。


 そうなれば話は変わってくる。

 これまでは内部から崩す以外の方法はなかったが、外部からの圧力を利用できる今の状況であれば、何も内部に拘る必要もないのだから。



「このまま探索者や一般人の方々から、さらに糾弾してもらうこと。これがもっとも『キメラ計画』に関与した者たちにとっての痛手となるでしょう。だからこそ、コメントを通して燃料を投下したのです。すでに『キメラ計画』の情報は探索者内に徐々に広まりつつあります。今回のような注目度の高まる配信の中で疑惑を確証にしてもらえば、自ずと火は大きくなるでしょうからね」



 そこまで言って、時野はカバンの中から封筒を取り出し、燐に向かって差し出した。



「それは……?」


「振り込まれた電子上のお金とは別で、現金の報酬です。これを使って、しばらくは関東を離れ、身を隠すことをオススメします」


「え……?」


「これから、私はこれまで得られた『キメラ計画』の情報をあちこちにばら撒きます。このまま私と一緒にいれば、あなた方も狙われる可能性が高い。ですので、私からの依頼は今日、この場をもって完了としてください」


「……ッ、そんな事をすれば、時野さんは……」


「十中八九、消されるでしょうね。ですが、それでも――――」






「――そういう事でございましたら、我らがマスター様にお会いしてみてはいかがですかな?」






 ――――時野の言葉を遮ったのは、その場にいないはずの第三者の声。


 慌てて振り返った二人の前には、シルクハットを被ったタキシード姿の若い男性が立っており、ステッキをくるりと回してからハットを持った手を腹部に当て、深々と頭を下げた。





「申し遅れました。ワタクシ、ハワード、と申します、ハイ。以後、お見知りおきくださいませ。あ、ご挨拶代わりに手のひらあたりで良いので、ちょっと解剖させていただいてもよろしいですかな?」






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る