原動力




 僕が知らない間に広まった『D-LIVE』とダンジョン配信。

 ラトからもらったスマホで調べてみたところ、その文化は世界全体に広まったこの混乱の中でも続いているらしい。


 まあもっとも、探索者が相手ということもあって一般人と思しき人達から「魔王ダンジョンをなんとかしろ!」だとか、「配信してる暇があったら魔力犯罪者を捕まえる協力するべきじゃないの?」とか、割と荒れているみたいではあるけどね。

 それに対して探索者も割と言い返して口喧嘩に発展したりしてるらしいし、なかなかカオスだねぇ。


 まあいちいち他人の配信に来て文句を言う暇があったら、自分でできることでも協力してればいいんじゃないかな。

 直接戦えなくたってやれることはあるでしょ、多分。知らんけど。



「――あはははっ! よーわっ。えー、おにーさんたちぃー、もうちょっと頑張ってよーっ!」


「ば、ばけも――ぇぶっ」


「リーナ聞こえなーい。喧嘩売ってきたんだからぁー、つまりリーナの敵ってことでしょー? あははははっ、よわよわじゃーん」



 ……ッスゥーー……うん。

 そろそろ現実逃避をやめて、目の前の惨状を見てみようか。


 視界を向けた先には今、探索者たちの死体の山が次々に生まれている。

 赤黒く染まった大地、転がった人だったものの上で踊るようにドレスを翻し、くるりと回って、跳ねて、舞うように首を飛ばしながら笑うリーナの姿がある。


 怒号、悲鳴、罵声に叫声。

 混乱したのか駆け出す者、へたり込む者、反応は様々だ。


 うーん、よりにもよってリーナをナンパしようとした結果がアレなんだよね。

 しかも一緒にいた僕を小馬鹿にするような言葉を口にしたものだから、つまりリーナにとって彼らは〝敵〟になった。


 そこからは早かった。


 まずはリーナを囲んでいた探索者の若い男2名の首がずり落ちて、その顔をリーナがシュート。

 飛んできた顔に唖然としていた相手の仲間が避けると同時に、その後ろからはすでにリーナが飛び込んでいて、気が付いた時には大鎌が下から掬い上げるように振るわれていて、その首が刈られた。


 そこからはもう皆殺しショーの始まりだ。

 リーナを止めようとする探索者たちが首を刈られ、逃げようと背を向けた者が刈られ、腰を抜かした者が刈られ、と。


 僕、今日は配信に映るまでは顔を隠すために装着している仮面――いわゆるオペラ仮面と言われるような、真っ白な鼻から上を隠すものをつけているんだけど、こんな騒動が起こるんだったらむしろ外してた方が虫除けになったかなぁ。

 僕の顔はもう知れ渡っているし、同じ顔をしていたら変に絡まれずに済んだだろうし。


 それと、魔王ムーブの時みたいに忽然とダンジョン内に現れるっていうシチュエーションも封印して、近くの山の中に転移して、そこから走ってきてわざわざ入口から入っていくアピールしようとしていたんだけど、ダンジョンの中に飛んだ方が良かったかなぁ。


 まあ、過ぎたことを嘆いてもしょうがないね。

 死んだ人達は自業自得ってことで。



「――リーナ」


「あはははっ! ――あ、お兄様ーっ! 呼んだー?」


「うん、そろそろ行こう」


「はーい!」



 死屍累々となってその場所で笑うリーナに声をかけると、リーナが興味を失ったようにくるりとこちらを振り返って大鎌を振るう。

 ただそれだけで、人間を斬り刻んだ大鎌に付着していた血が払われて、藍色の刃が新品のような輝きを取り戻した。


 リーナもこちらに戻ってきたみたいだし、気を取り直してダンジョンの中へと足を踏み入れた。

 なんか後ろにまだ人がたくさんいたけど、気にしなくていいよね。




 さて、今日僕らがやってきているのは、ちょっと遠出をして京都第2ダンジョンだ。


 南北に伸びた京都の北側。

 だいぶ山の方というか、まあ栄えている場所とは離れた場所である。


 ここも『D-LIVE』の配信が可能になっているんだけど、どうやらここを拠点にしているクランのマスターがつい先日【勇者】になったらしくて、しかも海外の【魔王】討伐のために力を貸す、なんて堂々と配信で宣言したそうだ。


 実際、新たに【勇者】になった面々は黙秘を貫いている者も多い。

 特に『大自然の雫』の大重さんなんかも【勇者】になった――ニグ様情報――らしいのに、公式には何も発表していないしね。


 ともあれ、そんな中で先陣を切って自ら公表して、しかも関係ない他国の【魔王】討伐に乗り出そうとしている貴重な【勇者】らしい【勇者】が現れたとのことで、僕はこうしてやって来たという訳だ。


 ちなみに、この【勇者】を推薦してくれたのはラトである。

 人間種側で活躍しそうな【勇者】がいるから、どうせなら会ってみたらどうか、なんて提案をされた。


 ただちょっと気になるのが、ラトが妙ににっこにこだったことなんだよね。

 何かありそうな気がしてならない。



「わぁ~~……っ! お兄様、ここなんか変だねーっ!」


「ここはいわゆる異界型ってヤツだね」



 入って早々に広がる光景。

 通常の洞窟型とは違う、石畳の敷き詰められた地面に彫刻の施された壁面や柱、そして等間隔に並んで周囲をぼんやりと照らす、壁にかけられた松明。

 ダンジョンの中でも珍しいタイプの、謎文化の地下遺跡、地下の荒廃した街なんかが舞台となっている異界型ダンジョンの特徴だ。


 それにしたって、日本という国の歴史ある町が特徴的な京都のダンジョンが異界型ねぇ。

 もしかして、ダンジョンができた場所とダンジョンのタイプって何か関係あったりするのかな。


 帰ったらニグ様に訊いて――――



《その地に根付いた文化、あるいは人間種のイメージといったものがダンジョンに反映されますので、無関係という訳ではありませんね》



 ――――……ア、ハイ。


 肉体端末作ってからというものの、あまりこうやって直接頭の中に話しかけて来なくなったなぁ、なんて思ってたけど、しっかり確認されていたっぽいね。


 まあニグ様の相変わらずっぽさは置いておくとして。



「リーナ、中層まではギミックらしいギミックもないから、さっさと進もうか」


「はーい。リーナ倒していいー?」


「届くのはやっちゃっていいよ。遠いのとかは僕がやるから」


「やったっ」



 嬉しそうに告げて、同時に弾丸のように飛び出すリーナ。

 そんな彼女の後ろからフォローしていくような形で、僕も駆け出す。


 ウチの結社のメンバーたちの身体能力、戦闘能力は、融合された魔物の実力と相性によって変動する。

 たとえばリーナの場合は、位階でいうところまだⅥ相当というところで、まだまだ弱いようにも思える。


 でも、どうやら位階的にはⅠらしいんだよね。

 あ、ジンは違うけどね。

 魔物とか捕食しまくってるから。

 消えるのによく食べるねって言ったら、どうやら魔力を捕食してるらしい。


 これはニグ様から聞いた話なんだけど、正統な〝進化〟とは違って、キメラ計画というニグ様的には中途半端な技術によって魔人という存在に定義が変わってしまった場合、その基礎能力を基準に算定するため、位階という数値はリセットされてしまうそうだ。


 位階の測定だとかについては、ラトが測定用の魔道具を融通してくれたおかげで確認ができたのだけれど、リーナはともかく、クリスティーナは元々位階Ⅲの探索者だったらしいのに、今の位階はⅠのままだしね。

 もっとも、彼ら彼女らは基礎能力が相当高いから、位階をあげれば確かに強くなるのは間違いないだろう。


 そう考えると、ある意味『キメラ計画』は確かに有用性が高かったと言える。

 成功例の極端な少なさと、その成功例が人間に対して恨みを抱いたりしているという点を除けば、という話ではあるけど。



「――あはっ、なんか調子いいかもーっ!」



 上層を抜けて中層に入ってしばらく。

 多くの魔物をリーナが大鎌で屠っている内に、リーナの速度が明らかに上がった。


 今まで魔物狩りに連れて来なかったから分かりやすいけれど、ここに来てようやく位階がⅠ上がった、というところかな。

 普通だとここに来るまでに位階はⅢぐらいになっていそうなものだけど、そこでようやくⅡになったということは、やっぱり経験値的なものが普通の人間よりも多いのかな。


 まあ、死にかけるような厳しい戦いを繰り返してないせいで上がりにくいのかもしれないし、一概にそうとは言えないかなぁ。

 うーん、法則性みたいなものとか、ゲームで言うとこの経験値テーブル的なものがあれば指標を定めたりもできそうなんだけど、難しそうだ。


 中層の魔物は、やっぱりリーナの相手にはならないらしい。

 下層へと続く『試練の門番ゲートキーパー』でさえ、リーナは大して苦戦することもなくあっさりと屠ってしまった。


 とは言え、さすがに体力が足りていないらしく、ちょっとばかり動きの精彩を欠きつつあるのも事実だったので、一旦休憩することにした。



「ねえねえ、お兄様」


「ん?」


「お兄様が初めて下層に入った頃って、どうだったのー? やっぱり私みたいにあっさり倒せたー?」


「んー、興味ある?」


「うんっ! だってお兄様って私が初めて会った時からチョー強いもん! なんか苦戦してるイメージないなーって思って!」


「あー、それは今の僕の話だからね。下層に初めて到着した時って言うと、片腕吹っ飛んでたっけ」


「え……?」



 僕がまだまだ弱かった頃のことを思い出してみると、安全な場所で安全に位階を上げようとしたり、っていうのはあまりなかった。

 常に自分よりも上位の相手、常に命懸けで、一瞬の隙を突いて相手を殺すことだけに意識を向けて行動を続けて、昨日よりも一歩でも前に進む、という日々を繰り返していた。



「一般的な探索者は、自分の安全マージン、仲間の安全マージンを優先して攻略していく。それはそうだ、誰だって死にたくはないからね。でも僕の場合、常に一層でも、一歩でも前日よりも前に進むこと。それだけを目標に毎日を過ごしていたから、割と無茶をしていたんだよね」



 そんな僕だから、『試練の門番ゲートキーパー』との戦いは大体が瀕死でクリアしてばかりだ。

 そこで数日の足止めというのが嫌で、どうしても勝てないならモンスターハウスと呼ばれるトラップで大量に魔物が湧く部屋で死にかけながらも戦って実力を磨いて、また挑む。



「どうしても前に進めなかったり、怪我が酷すぎて動けないのなら、魔力を操って自分で課題を作ってクリアする。できないことを一つでもできるようになれば、それは昨日の自分よりも今日の自分が前に進んだと言える。そうやって毎日毎日、何かに追われるように色々なことを続けてたよ」


「すごーい……。なんでー? なんでそんなに強くなりたかったのー?」


「うーん、目標とか目的のためっていうのは確かにあったけれど、ぶっちゃけ楽しかったからかなぁ」



 目標だとか目的だとか、そんなものの為だけに苦行を続けろと言われたら、多分できなかっただろうなって思う。

 ちゃんと毎日楽しくて、自分で自分が納得できたからこそ苦しくても乗り越えられたし、続けられた。


 結局のところ、人間なんていつだってシンプルだと思う。

 楽しければ続けるのは苦じゃないけれど、楽しくなければどうしたってモチベーションも湧かないし、続かない。



「リーナも自分が楽しいと思うことをやり続けていれば、いつかきっと結果になってそれがついて来ると思うよ」


「あはっ、じゃあいっぱい首刈るねー!」



 ………………。


 うん、まあ本人が楽しいと思うんならいっか!






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る