目標を整理しよう!
「――……ん」
目が覚めると、いつもの部屋。
思ったよりも遅い時間だったらしく、もうすっかり陽も傾いている。
肉体端末として目覚めた感覚は、今までのものとそこまで大きくは変わらない。
大きくは変わらないっていうのも、悪い方向ではなくて、肉体スペックの上昇によって感覚が異なっている、という意味だけど。
とりあえず、部屋は無事みたいだ。
本体とは違って肉体端末ではあるし、肉体端末は翼――という名の呪いが凝縮した代物――が追加されただけだし、目については外部端末のような外部パーツ的な代物ではないから、部屋の中がめちゃくちゃになるような理由はないしね。
ちなみにこの翼、擬態能力が大きくて、普段はしまっておく事もできるっぽい。
コートから無駄に伸びて揺らめく、あの意味不明だけど何故か心をくすぐる紐みたいな感じにしておこうかな。
ほら、あの「なんのための紐なの?」ってなる腰のあたりから垂れてるアレ。
まあ本来は胴部分に回して締めるためらしいけど、垂れて無駄にひらひらしてる事に価値があるんだと思う。
邪眼についても、僕が意識して「発動する」と意識してなければ発動はしないらしい。
感覚的には、無機物を爛れさせたりっていう事はできないっぽいんだよね。
まあ、試すとしたらダンジョンかどっかで、という感じかな。
ともあれ、いそいそと脱いでいた服を着てから顔を洗い、リビングに戻り、買っておいたメロンパンをはむはむしながら早速スマホにメモを記入していく。
まずは――秘密基地。
ほら、まずは人員かもしれないけど、人を手に入れてるアテも特にないし、待機場所とかもないんじゃ格好つかないじゃん。
こう、新メンバーとか連れて来る時に「こんな場所があったなんて……!?」みたいな反応がほしい。
そんな反応をした相手を背にクールになんでもないかのように歩いてみたいし。
大事だよ、そういう盛り上がり。
実際、秘密基地にダンジョンが使えたり、『管理者』――というかヨグ様なら、専用のものとか作ったりもできそうではあるけれど、その辺りについては助力を頼むつもりはない。
というか、多分だけど下手に助力を頼んでしまうと、「楽しませる」という部分が外れてしまいそうな気がしてるんだよね。
ヨグ様は非常に友好的に接してくれている気がするけれど、それはあくまでも、「僕が僕として動くこと」を楽しんでいるのであって、そこに協力するとか贔屓するとかっていう考えは持っていないだろう。
それどころか、もしも退屈だと判断されてしまうと、【諧謔】として認定された象徴から外れてしまい、何かデメリットさえ生じそうな気がしている。
あの時、「自由にやれ」と言ったのは、そういう部分でも自分でやれと暗に示しているんじゃないかなって、なんとなくそう思うのだ。
なので、あちらに何かを頼むという選択肢はない。
《――同胞の推測を確認しました。肯定します。『管理者』〝
……あ、ども。
さてさて、そうなると立地とかも気にしなくちゃいけないよね。
最後に貰った〝銀の鍵〟だけど、これは見た目上そういうモノを象ってはいるけれど、その形に何か意味を持たせている訳ではないらしい。
実際、あの後に本体に埋まっちゃったし、〝そういう形を取っていただけの力〟なのだろう。
まあ、あんなデカい鍵を持ち歩く訳にもいかなかったから、そういう類の代物で良かった、というのが本音だ。
だって、両手で抱えるぐらいのサイズだったもん。
やっぱりスケール感が違うんだよね。
で、あれを使えば僕だけなら立地は無視できるけれど、秘密結社のメンバーはそうはいかないだろうからなぁ。
買い出しとか、そもそもお店がないと手に入らないものとかもいっぱいある訳で。
まあ農作物育てて自給自足する秘密結社というのも面白そうだけれどさ。
――「始めよう、収穫の時だ」とかイケボで僕が言ってコートを翻す。
そして言葉通りの農作物の収穫。
なにそれ、ちょっと楽しそう。
ただまあ、僕は便利に気軽に商品を手に入れたいタイプだ。
多分、不便な世界に異世界転生なんて絶対楽しめないと思う。技術の普及なんて、そんな面倒な事もしたくないし。
なんなら秘密基地にもネットショッピングしたものとか届けてほしいレベルで文化を満喫する、それが僕だ。
だからって目立つ場所に秘密結社っておかしいしなぁ。
そう考えると……うん、権利タクシーから見たビジネス街なんていいかもね。
放置されてる場所だし、街も遠くないよね。
権利タクシー無料だし。
はい決定。
えーっと、メモ帳には、『放置されたビジネス街を占有する』、と。
あと『ちょっと狂気がどうのってよく分からないから、ビジネス街で歯向かってくる連中には【狂気を振り撒く瞳】をお試し』と。
他の邪眼についてはなんとなく想像つくんだけど、狂気って具体的にどんなものなんだろう、って思って。
ただまあ安心してほしい。
僕は平等主義だ。
相手が若い女子供でも老人でも、平等に邪眼を使ってあげるからね。
言い訳とか、そういうのは使う前に言ってくれたら、前向きに検討を重ねて検討するよ。
ほら、検討って何個も言っておくと、こう、特殊効果みたいなの発動して何もしなくても良くなるんでしょ。知らんけど。
さて、続いてはー、人員募集……の前に秘密結社なんだし、なんかこう、おっきな目標が欲しいよね。こう、すごいヤツが。
秘密結社って目的の為だけに協力して、目的の為だけに行動する。あとは協調性なし、顔を合わせたら言い合いとかたまに殺し合い寸前の喧嘩とか、そういうのあるあるだもんね!
あれ、そう考えると、この前の変態さん、組織がどうのって言ってたし、そういう類のオモシロ環境の経験者なのでは?
機会があったらお話でも聞きに行きたいな。
まあ、警察とかにお世話になってるんじゃ僕は会えないだろうけどさ。
魔力は覚えたから、だいたいどの辺りにいるのかは分かるし、いざという時は会いに行くね?
でも、別に僕ってば世界に混沌を齎せたいとか、どうでもいい他人をどうこうしたいとか、そういうの考えてないからなぁ。
危害を加えられたら、世界の果てまで追ってキュッとするぐらいはするかもだけど。
……なんかそんな題名のテレビ番組あったような気がする。
気が合うね。
それにしても、うーーん……迷う。
壮大な目標かぁ。
ダンジョンの踏破……は、まあクランの一般的な目標だし。
なんなら僕、深淵級までなら踏破しているけれど、それ以上に深いダンジョンがどこにあるのか知らないし。
ダンジョンの謎を解くとかどうでもいいかな。
どうせ『天の声』さんとかヨグ様とか、あの辺りがこう、なんかアレな感じにアレしたんでしょ。
そういうのじゃなくて、僕の『なんかミステリアスでクソ強いし、見た目の割にやたらと達観していて年齢不詳な、どこか人を食ったような謎のショタキャラ』というキャラ確立のためには、やっぱり盛大に暗躍したいよね。
なんかこう、暗躍するような何かがあったりしないかなぁ。
そう思って、ずっとつけてすらいなかったテレビをつけてみる。
《――ご覧ください!
はえー、大変そう。
チャンネル変えて、と。
《――こちらが、本日お昼に犯行グループより送られてきた声明です!》
ん、犯行グループ?
なになに、陰謀のニオイ??
《――見ているか、『ダンジョンの魔王』! テメェ、誇りを穢された魔物がどうとかって言ってたよなァ!? クハハハハッ、どうだ!? テメェの大好きなお仲間の誇りとやらを穢してやったぜェ!? この俺を止めたければ、東京第1ダンジョン、深層入口まで来やがれ! 化けの皮を剥いでやるからよォ! 俺ァ灰谷みてェな雑魚とは違ェぜ!?》
《……ご覧いただきました通り、この仮面の男はどうやら先日の配信で有名となった『ダンジョンの魔王』なる存在を挑発するために、このような事態を引き起こしたようです。ダンジョン研究専門家の遠枝さん、このような事が可能なのでしょうか?》
《不可能である、というのが常識ではありましたが、しかし……可能、なのでしょう。先日、件の『ダンジョンの魔王』が初めて公になった、若手実力派女性パーティ『燦華』の皆さんの配信は、まだ記憶に新しいと思います。あの時捕まった、灰谷京平もまた魔物を操っていましたので、この犯人も灰谷京平の仲間である可能性が――》
東京第1ダンジョンの『魔物氾濫』はどうやら僕を狙ったものであるらしい。
おそらく、あの声明とやらは変態さんのお仲間によるものなのだろう。
……なるほど、ね。
僕を呼び出す為だけに、わざわざこんな騒動を引き起こした、という訳だね、今のなんか頭悪そうなイキった感じの仮面くんはさ。
というか、テレビでこんな大々的に犯行声明なんて放送するものなんだね。
こういうのって余計な混乱を招いて、みたいなのがあったりして、公共の電波で流さないイメージがあったんだけど、そういうものではないのかな。
――それとも、そういう常識的な対応ができない
まあ、そんな背景なんて
ダンジョンを利用して、僕をおびき寄せ、宣戦布告してみせた仮面くんも。
そんな彼の思惑に乗っかるように放送したテレビ局に起こった何かも。
そんな些細な事は、どうでもいいさ……。
――そんな事より、秘密結社の目標考えなきゃ。
やっぱり考え事してる時に他人の声が聞こえるのって思考の邪魔だな、って思いつつ、僕はテレビを消した。
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