混沌は嗤う
「――探索者ギルドが『キメラ計画』の提案者だった?」
僕の秘密結社作成の為の、各地の『キメラ計画』研究所や類似機関の研究所襲撃。
そうして集まった情報を精査してくれているラトに、改めて先日御神さんらに渡したUSBメモリに入っている情報を確認中。
そんな時に聞かされた内容に思わず訊ね返してみれば、ラトは楽しげな様子で頷いた。
「そういうこと。ダンジョンの出現から30年しか経っていないというのに、世界各国に根付いてみせ、ダンジョンに関することを一手に担った。そうなるために、かなり
見ろと言わんばかりに渡されたタブレット端末に目を向ける。
集められた情報を纏めたそれらに目を通した限り、どうやら『キメラ計画』とはそもそも探索者ギルドが各国に対して持ちかけた計画であったらしい。
ダンジョンという資源の宝庫。
その場所で活動できるのは、『ダンジョン適性』持ちの探索者だけ。
だからと言って『あなたはダンジョン適性がありますので、魔物という危険生物のいるダンジョンに潜ってください。これは国の命令です』と、簡単に命令を出せるというものでもない。
切迫した国の状況であったのならまだしも、ダンジョンが出現したとは言え、その被害状況は国全体で見ればそこまで大きくもない。
そんな状況で国側が徴兵令のような代物を出してしまえば、当然、国民からも非人道的だの選択の自由だのと騒がれる事は目に見えているし、場合によっては亡命だのなんだのといった騒動にも発展しかねない。
まあ国によっては軍人とかを探索者に命じたりもしたみたいだけどね。
だが、国としてはダンジョン資源を多く手に入れたい。
国内を潤わせるという目的、外交的に優位な立場を取りたいという考え、自分の手柄として権力を確固としたものにしたい。
様々な動機でそう考える政治家は多かった。
そんな彼らが欲したのが、〝従順かつ扱いやすい戦力〟だ。
探索者ギルドはそこに目を付けて『キメラ計画』という戦闘能力を有した人間兵器製造の研究情報の提供と、強く利用しやすいその国の探索者の情報を横流しする代わりに、その国での立場と活動の許可といった諸々を融通してもらうよう交渉したようだ。
「世界を股にかけるような組織が短い期間で立ち上がった背景が、『キメラ計画』と探索者情報の管理、そして引き渡しといったこの裏取引という訳だね」
「そうみたいね。表向きは〝各国の干渉を受けない組織〟というスタンスを貫いたのも、探索者となる人間たちに『位階をあげて力を得たとしても国家に屈して服従させたりはせず、探索者をサポートする』という安心感を与えるためのものであると同時に、国との癒着関係がないですよ、というアピールをするためのものね」
「はー……。ダンジョン出現は確かに変革ではあったけど、別に世界が窮地に立たされたって程でもないもんね。なのによくもまあ国家の干渉を受けないような組織が生まれたものだと思っていたけれど、そもそもずぶずぶだったって訳だ」
クリーンな目的のためだけに、各国がいきなり協力関係を築けるかと言えば、まあそんなに世の中甘くはない。
それぞれにとって受け入れるメリットというものがあって、初めてそういうものは成り立つ訳だしね。
「ダンジョンをただの資源の宝庫と考えている人間種だもの。当然、国だって自国のダンジョンは独占したいと考えるでしょうし、他国よりも多くの資源を回収したい。場合によっては外交にも使いたいでしょうし。それを他所からきた外様の組織に託すなんて、普通に考えれば有り得ないわ」
「でもほら、そういうのって、なんだっけ……あ、国連? だとかが運営していればできなくはないよね?」
「そこはさっきあなたが言った通りよ。国同士、世界全体で手を取り合わなくちゃいけないほどに切迫していたのなら、そうもなったかもしれない。けれど、ダンジョンの『魔物氾濫』の頻度はそう高くないわ。つまり、各国でコントロールしようと思えばコントロールできる範疇だったわ。そんな状況でわざわざ国連だとかが動こうとしたって、大国の陰謀だのなんだのって言いがかりをつける国も出てきてしまう。そうやって足並みが揃っていなかったからこそ、そこに付け込んで探索者ギルドなんてものが発足して、自由に動けた」
「逆に国の意志がない組織だからこそ、利用しやすいと考えた国が多かった、とか?」
「そういう節もあるわね。さらにその組織が自分たちの国のダンジョンという未知に関するものを担ってくれるなら、なんていう甘えもあったのでしょう。前例、慣例といったものがないと動けないお偉方にとっては、さぞダンジョンの出現なんて頭の痛い問題だったでしょうからね。失敗をすれば確実に自分たちの首が飛ぶもの、責任なんて持ちたくないと考える者は多いわ。そこに実績を少しでも蓄積させた探索者ギルドがやってきたら……」
「あぁ、そっか。実績があるというのなら、ってことで探索者ギルドに任せやすくもなるね。そうやって実績と裏取引を率先して行うことで、今ではこうして世界規模の組織となっていったんだね」
なんというか、そうやって聞いていると頭がいいというよりも、むしろ手際がいい、という印象の方が強い気がする。
なんだかダンジョンの出現時期を最初から知っていて準備万端だった、みたいな感じというか、いずれそうなる事が分かっているからこそ一気に動いた、みたいな感じと言うか……うーん。
そんな事を考えながら小首を傾げていると、ラトがくすくすと笑ったので、一応確認しておく。
「これ、実は探索者ギルド自体、ラトが作ったものだったりしてないよね?」
「ふふ、
「……へ?」
固まった僕の手からタブレット端末を取って操作しながら、ラトはくすくすと笑って続けた。
「確かに、私の分身体は探索者ギルドの創設者を知っているし、ダンジョンが出現することなんかのアドバイスもしていたわ。積極的に動くべき時期であることも、どういう風に世界各国にアプローチするかといったやり方についてもね。でも、その裏側でやること――つまり、『キメラ計画』なんてものは私の与り知らないところで動いたものよ。そしてついでに、
再び手元に戻ってきたタブレット端末。
何かと思ってそこに目を通して、思わず目が丸くなった。
「……探索者ギルドの暗部組織、それに有力探索者の暗殺及び遺体確保リスト……」
「裏取引を行うというのは、つまり相手に対して弱みを握らせるという側面も否定できないわ。だからこそ、探索者ギルド専属の探索者を確保し、優先的に強化して常に自分たちが最高戦力を手にしておきたい、と考えたみたいね。それで作られたのが、探索者ギルドの暗部組織である『ラタトスク』という連中みたいよ」
「なんか聞いたことある、そのなんとかラスクって」
「ラタトスク、ね。北欧神話に出てくる世界樹ユグドラシルにいるとされる神話生物の一種で、伝令役をしながらも対立を煽るような真似をする栗鼠、だったかしら」
「なんかラトみたいだね。名前似てるし」
「失礼ね。私は対立なんて煽らないわ。もっと飛び火させて
おっと、こっちはスケールが違った。
さすが混沌というべきかなんというか、対立を煽るぐらいじゃ満足できないらしい。
妙に納得できてしまう。
「ともあれ、探索者ギルドはそんな最高戦力を表に出さず、かつ『キメラ計画』に使えそうな特殊な魔法なんかを持った被検体となる探索者の情報を集める。ついでに、普通の探索者じゃ潜れないような深度の素材を探索者ギルドなら取得できる、というセールスポイントも増やそうとしたというところかしら」
「よくそこまでやるね……。というか、よくそんな部隊を作れたね」
ダンジョンで位階を上げるのは、まあ位階が低い間はどうにでもなるけれど、位階が高くなってくるとかなり大変だ。というより、単純に死亡率が跳ね上がる。
そう考えると、そうそう簡単に育成すればいい、とはならないと思うんだけど。
「颯の考える通り、確かに育成は難しいわ。――でも、抜け道がある。それが魔道具よ」
「魔道具?」
「えぇ、そうよ。魔道具を効率的に徴収し、『ラタトスク』に貸与する。そうすれば、真正面からでは無茶な狩りも、可能な限り安全な水準に落とし込めるでしょう?」
「へー、それってめちゃくちゃお金かかりそうだね」
「いいえ、安く魔道具を手に入れる方法はあるわ」
「ん?」
安く魔道具を手に入れられる方法なんて、僕も知らないんだけど。
というかそもそも、僕ら未成年者は魔道具とか手に入ったって強制買い取りされて……――あれ?
「まさか、未成年者からの買い取りという方法を利用した?」
「そういうことよ。オークションを介さず、探索者ギルドしか知らない情報のまま未成年者から買い取れば、外に情報を漏らさずに暗部を密かに強化できる。さらに、『魔道具を持ち帰った者が魔道具を取って来れるほどに有能』な若い探索者の情報を手に入れられるという訳ね。そうして、キメラ計画に利用できる有能な探索者の素養があるか、あるいは『ラタトスク』に拾い上げられるか。または、その国に対して恩を売る程度に売り渡せそうか、その素性や力量を調べるという側面を持たせていたみたいね」
「国に売り渡す、ねぇ」
「そうよ。国はそこで得た情報を使って接触、場合によっては脅迫してその探索者を管理下に置いた。どうやら、あなたが以前敵対した組織なんかも、そうやって国に情報を渡され、国に引き抜かれて作られた組織みたい。政治家、それに国の意向を汲んで荒事をこなしていたみたいよ」
「ふーん、なるほどねー。で、素養があっても手綱が握れなかったり、『ラタトスク』とやらに入らないようなタイプだったら、さっさと暗殺していた、と」
「自分たちが手綱を握れないと判断したら、秘密裏に『ラタトスク』が探索者を消していたみたいね。そうすることで、取引相手である国側が、自分たちでは手綱が握れないクラスの探索者を勝手に手中に収められないように。そうやって、常に探索者の全体のレベルを調整してきたみたい。それらを『キメラ計画』の被検体にするのか、それとも完全に闇に葬るのかの違いはあれど、そうやって自分たちがコントロールできる範囲で調整を繰り返してきた、というところね」
「……ビックリするぐらい真っ黒じゃん」
……なんていうか、僕、グッジョブだったのでは??
探索者ギルドに色々売り払ったりとかしてなかったし。
奈落とか深淵で手に入れた魔道具とか全部密かに持ち帰ってたもの。
奈落、深淵の魔物がドロップした魔道具とかなんて、正直世の中に出回っている魔道具よりも余程強力かつ危険な代物だからね。
そんなものが探索者ギルドに渡らなかっただけで、僕はすごくいい仕事をしたのでは?
「でも、そうやって最高戦力を探索者ギルドが匿っていた事が、今回のあなたの配信で知れ渡った可能性が高いわ」
「へ、なんで?」
「【勇者】と【魔王】に選ばれた探索者の多くが、世間に名も知られていない実力者だったからよ」
「……あれ、そういえばそうだね。僕が雑誌とかで調べた世界最強の探索者って言われてる人とかいなかったかも」
僕はミステリアスムーブをするために、自分の実力を把握するべく世界最強の探索者情報とかそういうのは割とこまめにチェックしていた。
でも、そんな僕も【魔王】の中にそれらしい人を見かけていたら、当然ながらに気が付いただろう。
でも、僕は気が付かなかった。
というよりも、よくよく考えれば僕の知る探索者は
「【勇者】と【魔王】には、あなたを除けば人類水準で最上位の存在が抜擢されているわ。実際にそうやっている訳だし、あなたも道化師として世界に対してそう宣言もしている。そうやって選ばれた【魔王】の顔が全世界に晒された。なのに、そんな最高峰の実力者の顔は世間に公表されていない人材だった。つまりそれは、探索者ギルドが各国に提供していた情報、公表していた最高位探索者という情報が虚偽だったという証左よ」
「……まあ、そうなるよね」
「世界最強と煽てられ、探索者ギルドに認められていたはずの探索者たちは今やインフルエンサーとして超有名人。そんな彼らが、探索者ギルドに踊らされていたと思えばどうなることやら。そして、虚偽情報を提供されていた国側のメンツ、偽りに踊らされた一般人の怒りもまた、探索者ギルドに向かうでしょうね。そうなると、国、一般人、探索者という括りの争いに、さらに新しい勢力が加わるの」
「……自分で蒔いた種だし、探索者ギルドはご愁傷さまだねぇ」
「――ふ、ふふふ……、そんなことはどうでもいいわ。でも、これで探索者は探索者ギルドにすら頼れないと考えて、自暴自棄に走りかねない状況に拍車がかかる。そうなれば、探索者もギルドを頼らない方向で生きようとするかもしれないわ。そうなれば犯罪に走る者も増えて治安はさらに荒れて、この国もまたますます混沌としていく……あはっ、愉しいわね、ホント」
うっとりとした笑みを浮かべてそう締め括ったラトが思い描く
「……これってさぁ」
「あら、なぁに?」
「ニグ様が知ったら、探索者ギルドにブチギレ案件なんじゃない?」
探索者ギルドがやったことは、つまり自分たちの利権確保のために人類のレベルアップの邪魔をする環境を整えてきた、ということでもある。
それはダンジョンを利用して人類全体のレベルアップを行い、新たなステージに立たせたいと考えるニグ様を直接邪魔したにも等しい行為とも言えるのではないかな、なんて。
そう思ってなんとなく呟いてみた結果、ラトの表情が見事に固まった。
「……マズいわね。颯、私から上手く伝えるから、下手なこと言わないようにしなさい。さすがにニグに暴れられたら、せっかくちょっとずつ面白いことになってきたっていうのに、一瞬で人類が終わるわ」
「らじゃ」
まあ、なんか難しい話されても、ぶっちゃけ僕にとっては関係ないし、どうでもいいよね!
さーて、とりあえず次の白勇者ムーブの準備に、結社メンバーたちと話してこようっと。
◆――――おまけ――――◆
しそー「真っ黒じゃん……」
おーが「むしろ探索者ギルドのトップ、ラトの分身体と組んでたのは草。コイツ絶対そっちの分身体で洗脳とか色々追加でやっただろww」
しそー「それなw というかうおー、おまえが言ってたのってこれ?」
うおー「そういうこった。裏の業界じゃ探索者ギルド――っつか『ラタトスク』とは事を構えるなってしょっちゅう耳にしてたからな」
しそー「あー……まあそりゃそうなるか」
うおー「ま、探索者ギルドのお偉い連中も今頃てんやわんやだろーぜ。【勇者】だの【魔王】だのになって連絡がつかなくなったってのは想定できたかもしれねェが、なんせ思わぬトコから虚偽報告してたってのがバレちまったんだからよ」
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