真実と虚構と




 今回の配信内容については、ダンジョンが増えるという意味では確かに対応が多く求められるのは間違いない。

 この30年の間にダンジョンが突然増加するという事件は存在していなかった。だからこそ特区として囲い、特区として隔離したまま一般人たちは日常を過ごすという選択をできたのだから。


 しかしおよそ1年前、『魔王ダンジョン』が突如として世界に現れ、同時に『魔物氾濫』を引き起こした。

 さらには探索者らの反乱、暴動によって被害は非常に大きく、国によっては壊滅状態に追い込まれている。


 そんな中でのダンジョンの追加ではあるが、今回は【魔王】が増加するという情報もなく、『魔物氾濫』リスクもそう高くないのではないか思われる。

 また、『ダンジョンの魔王』によって傍若無人な【魔王】とその仲間が処されたことなど、【勇者】の増加という人類にとっても嬉しいニュースもあった。


 こうした影響から、今回の配信は一般人にとっては――特に日本という【魔王】の存在していない国のSNS上では、メッセンジャーである道化師と『ダンジョンの魔王』が協力関係にあり、かつ【魔王】の理不尽な要求を認めずに処刑してみせたという姿勢から、どうにも人類にとっては味方であるかのような希望的観測まで呟かれていた。


 もっとも、そんな投稿を見た、ダンジョン庁に所属している崎根は「バカか、こいつら」と煙草の紫煙を吐き出しつつ吐き捨てていたりもしたが。

 概ね混乱は少ないと言えるSNS上を見て、「この平和ボケ共が」とさらに付け加えてしまったのは、最近になってようやく自分の仕事が落ち着いてきた中で再び激務の日々が始まることに対する怨嗟が含まれていた。






 そうした世間の動きの確認に対するダンジョン庁の動きも、基本的には魔力犯罪対策課の水都らには関係ないとは言え、新たにダンジョンが現れるとなれば警戒任務、監視任務といったものは与えられる可能性もない訳ではない。


 そのため、ダンジョン庁所属組は今後の動きに対する問い合わせを。

 そして大重と丹波といった『大自然の雫』クランのメンバーも、それぞれに仲間たちに連絡を入れ、対応やホームである東京第1特区内の捜索指揮などを執る必要もあった。

 こうした背景から、お互いにおおよその動きに対する方針が定まるまで、2時間程度の休憩時間と昼食の時間を設けることとなった。


 改めて、本日の本来の目的である、白銀の少年から渡されたUSBメモリの内容の確認作業へと移る。

 巨大なモニターに映し出された情報をそれぞれに読み進めていきつつ、上野がその中でも注目するべきポイント、情報などをまとめていく。


 そんな作業に入ってそう時間も経たない内に、彼らの表情は配信を眺めていた時よりも暗く、重いものへと変わっていった。



「……これは……」



 想定していた通り、『キメラ計画』に関する情報と、さらにはその『キメラ計画』の成功例、失敗例の数々。

 成功例がどのようになっているのかといった経過観察の記録などが確認できたところまでは、調査の流れはむしろ順調と言えた。


 これまで『大自然の雫』側が入手してきた情報から抜けていた部分などの裏取りにも繋がるため、丹波が積極的にそれらの情報をタブレット端末に打ち込んでいく。


 そうした中で続いた、次のファイル。

 そのファイルを表示してみれば、映し出されていたのは、『キメラ化計画成功例を利用した、完全個体作成記録』という報告書であった。



「……『ダンジョンの魔王』と白銀の少年と同じ顔の子供が、こんなに……?」



 モニターに表示された画像ファイルを見た、上野の驚愕の声が沈黙の中で響く。

 そこには、颯とまったく同じ顔をした存在が、いくつも並べられた培養カプセルの中に浮かんでおり、その前で話し合う研究者たち、というような画像まで存在していた。


 余談ではあるが、これは颯とラトが颯の顔の肉体だけを作った、いわばハリボテとも言えるような存在を実際に培養カプセルの中に突っ込んでおり、研究者たちと思しき者たちに至ってはラトの分身体が集まって撮影に協力したという代物である。

 単純な合成ではなく、ちゃんと一枚絵として存在しているため、合成を疑って調べたとしてもボロが出ることはない。


 なお、この時の颯は自分と同じ顔の存在を大量に作ったせいで、なんとも言えない顔をしていた。


 ともあれ、そんな裏事情を知らない水都らと大重、丹波といった面々は、その画像、そしてファイルに記載されている文言を読み進めていき、深い溜め息を零した。



「……『ダンジョンの魔王』、そして白銀の少年はこの『完全個体』の中の成功例、ということのようだな。どうやら成功例はその力を融合した影響か髪と瞳の色が変質するらしいが、他の生育段階でダンジョン適性がないケースや、あっても暴走したモノは処分された・・・・・という記録もある」


「一方、養成校に通っていたという〝彼方 颯〟という少年はこちらの記述にある通り、カプセル培養から胎児レベルまで育った後、通常の生育環境で育った場合にどのような変化が生まれるかというテストケースであったようですね。特殊な生育環境ではなく、一人の人間として育った場合のデータを取るために、本人には何も知らされずに野に放たれ、監視されていたようです」


「……そうみたいだな。預けられたという孤児院、そして預けられてからのデータも、私が孤児院側のデータを洗った際に入手したデータと一致している。そしてダンジョンに籠もったところで、廃棄処分・・・・を実行した、という訳か。……この時だな、『ダンジョンの魔王』が成り代わったのは」



 水都、そして丹波が感情を殺してお互いに確認した情報を口にしながら、改めて状況を整理していく。


 養成校での『ダンジョンの魔王』との邂逅における当事者であった御神もまた、水都の推測を耳にして言葉を失った。

 もしも失敗作だと断じられれば廃棄処分される。

 命を勝手に与えられて、そして勝手な都合で処分されるなど、そんなものはあまりにも凄惨だ。


 さらにそれに加えて、新たに表示された記録に一同は絶句した。



「……これが……ッ、本当にこれが、人間のやる事だというのか……ッ!?」



 怒りを隠そうともせずに大重が吐き捨てるように言ったのは、『ダンジョンの魔王』と白銀の少年を含めた、同一系統体との戦闘データを見たからだ。

 自分と全く同じ顔、同じ肉体を持った存在たちと戦わせ、殺させた結果というものを検証した内容である。


 結果として、『ダンジョンの魔王』――黒と呼称されている方の個体は研究者らに対して怒りや嫌悪感を隠そうともしなくなり、そんな黒を支えるような白と呼ばれる白銀の少年の方は、表面的にはそういった影響を見せない、というようなデータまで丁寧に観察されていた。


 そうして更に読み進めたところに記載されていた文言に、その場にいた誰もが固まった。



「――ッ、本当に探索者ギルドが関わっていたのか……!」



 そこに記載されていたのは、行方不明となった探索者に対する成功個体である黒、そして白による、ダンジョン内での襲撃結果とその記録であった。

 探索者ギルドを介して情報をもらい、有力な探索者と黒と白をぶつけ、結果として勝利したという情報がそこには記載されていた。


 なお、これらは単純に死因不明、行方不明となった探索者のデータをラトが調べ上げ、ニグがその存在の記録を洗い出し、誰もいないところで死んだ探索者の名前などを使っているだけだったりする。


 しかし、そういった情報を読み進める内にとある情報が表示された。



「……っ、探索者ギルドが、探索者を暗殺……?」


「そんな、バカな話が……」



 その情報に、水都に続いて丹波もまた絶句する。


 かつて大重、丹波らがオーストラリアの事件を調べ、探索者ギルドの関与を疑ったことはあった。

 しかし丹波らが調べた一件では探索者ギルドの関与の可能性についてはどうしても確証が得られなかった。


 だが、今そんな大重と丹波の目の前には、探索者ギルドから、日本のみならず世界各地の高位階探索者のDNAを『キメラ計画』のために提供するという記録。

 まして、その方法として記されていたのは、探索者ギルド内で保有している暗部を用いた対象となった探索者の暗殺であり、その結果などについての情報があった。


 渡されていたのは、毛髪や血液のような一部のものではなかった。

 暗殺し、そのまま冷凍保存して運搬した遺体そのものを渡していたのだ。


 ――――確かに、ラトはこうした颯に関する情報をデータの中に紛れ込ませた。

 しかし、『キメラ計画』を調べる上で面白いこと・・・・・が分かり、それを利用することに決めたのだ。


 それこそが、今この場にいる者達が目の当たりにした、探索者ギルドが本当に『キメラ計画』に関与し、実際に行われていた情報である。


 こうして、重大な真実と虚構を交えることで、颯という存在――クローン計画による成功例であるという情報をうまく嵌め込む。

 これによって違和感を覚えにくいものになっている辺り、裏事情を知る者であればある程に、ラトの本気が窺えるものになっているのだが、さすがにこの場にいる者たちは気付かなかった。


 ともあれ、被害者の数はかなりのものと言えるだろう。


 探索者ギルドが対象として選定している基準は、位階の上昇速度が早く、かつ固定されている仲間が少ない――つまり、消えたとしても発覚が遅れやすい探索者であったようで、この条件に当たる探索者はそれなりに多い。


 もしも颯が正直に探索者ギルドにしょっちゅう顔を出し、その恩恵を受けるために素直に申告を繰り返していたとしたら、まず間違いなく颯にも暗部が差し向けられていた可能性が非常に高かった。



「……探索者ギルドの関与は想定していましたが、しかしここまでの事ができるとなると……」


「よほど高い地位にいる者、というところでしょうね。しかも、協力者と思しきところに記載されているのは、かの国の大統領です」


「こっちは南アフリカの政治家たちのようですね……」


「標的となっている探索者たちもそちらの国の者が多いようですね」



 水都、丹波、そして上野と御神といった女性陣がそれぞれに情報を精査しながら声をあげていき、上野がそれらをまとめていく。

 一方、男性陣はあまりにも衝撃的な内容であるせいもあってか、怒りを抑えるのに必死なのか、沈黙を貫いている。


 そんな中、藤間が深くため息を吐いてから、自らの頭をぐしゃりと掴んで掻きむしった。



「……藤間、どうした?」


「……探索者ギルドの暗部による暗殺結果。そこに書いてある田端たばたっつー探索者、いるじゃないっすか」


「ん? ……あぁ、これか」


「……そいつ、俺のダチだったヤツなんすわ」



 深くため息を吐いてから、天井を見上げるように顔をあげて藤間が続けた。



「……あぁ……ったく。おまえ、魔物相手に馬鹿やって死んだんじゃねぇのかよ……。……クソッタレがよ……」


「藤間さん……」


「……すません、ちょっと席を外させてください。ちょっと今の俺、冷静にそれを見てらんねーすわ」


「あぁ、分かった」



 探索者ギルドとは、探索者にとって味方のような存在だ。

 特区にいる者ほど、そう感じる者は多い。


 国、政府の思惑とは外れたところにあり、かつ探索者に身近になって相談を受けたり、メンタルケア等も行ってくれる上に、素材を買い取り、金という生きる上で必要なものを払ってくれる。時には他の探索者を紹介するなども行ってくれる。


 窓口の人間たちが必ずしもこの計画に賛同し、協力しているとは限らない。

 限らないが、しかしこの情報を見た以上、探索者ギルドに所属している人間の全てが疑わしく思えてしまうのは、仕方のないことであった。



「……全てが片付いたと思える時まで、この情報の公開は難しいでしょうね。彼のように、親しい者を手に掛けたのが探索者ギルドだと知ったら……」


「……間違いなく、暴動が起こるだろうな。非人道的な数々の実験に賛同し、協力していたのが各国の政府と探索者ギルドだなんてな。こんなものが外に漏れれば、確実に探索者の怒りは今以上に抑えられなくなり、世界はあっという間に荒れるだろう」



 大重と丹波、『大自然の雫』というクランのトップとして探索者ギルドとは良い関係を築いてきた二人であったが、目の前にあるこの情報を見て、それでも探索者ギルドを信じられるかと言われれば難しい。




 こうして、水都らダンジョン庁の者達。

 そして、日本のトップクランである『大自然の雫』に対し、探索者ギルドの真実と共に、ラトが調整した『ダンジョンの魔王』、そして白銀の少年に関する詳細な情報がついに植え付けられたのであった。




 

 

◆――――おまけ――――◆


しそー「…………え?」

おーが「ちょっと待て。待って? 探索者ギルド、マ?」

うおー「別に驚くことじゃねェだろ」

しそー「は?」

おーが「え、なにおまえ、何知ってんだ?」

うおー「世界最強の探索者は雑誌なんかでも扱われてた。探索者ギルドが協賛してな。なのに、【魔王】の顔が配信に映ったのに、顔を知られてねェヤツらが多かっただろーが」

しそー「そりゃ、アイツみたいに魔道具で隠れてたとか」

うおー「そう簡単にそんなアビリティがついた魔道具がそんな簡単に手に入るかよ。つまり、そういうこった」


しそー・おーが「「…………は????」」






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る