新たな同居人





「……つかれた」


「……えぇと……、いえ、お疲れさま。分身体の操作もなかなかだったじゃないの」



 ニグ様配信をどうにか終えて、とりあえず忽然と現れた謎の子供を連れて戻ってきたのだけれど、今の僕は謎の子供に構っていられる程の余裕もなく。

 椅子に座ってから机に突っ伏して呟けば、ラトが何やらドン引きしたかのようなちょっとした間を置いてから苦笑した様子で労ってくれた。



「いや、音声は録音で誤魔化したからね。仮面つけてるから口が動いてなくてもバレないしさ。操り人形を動かしてる気分だったよ」



 今回僕は分身体の練習も兼ねて、もう一人の僕の肉体端末を作って操作してみたのだけれど、これがなかなか難しい。

 下手にどっちかで喋ろうとすると両方で同じ言葉を口にしてしまったり。


 全く別の事を、しかも同時に行うっていうのがどうにもピンと来ないんだよね。

 マルチタスクとか、そういうレベルじゃないんだもの。


 なので僕の分身体の道化師の方は、僕が本体の身動きだけを操っていて、口元にスピーカーを貼り付けて録音した音声を流す方向で対応した。

 それだけでもこんなに集中力を使うことになるとは思わなくて、ついつい魔王ムーブも寡黙というか、口数が少なくなっちゃったよね。



「その様子じゃ、さすがに精神の分割ができるようになるまでまだかかりそうね」


「無理。オートで勝手に僕らしく動いてくれるって訳でもないんでしょ?」


「そういう代物とは少し違うわね。私ぐらいになればそれぞれの分身体に独自の自我、役割を持たせるぐらいはできるけど、人間種の感覚に合わせて説明は……難しいわ」


「そっかー……」



 そう簡単にはできそうにないね、これは。


 そんな風に結論付けてから――改めて現実を見ることにした。


 机に突っ伏したまま顔を動かしてちらりと謎の子供を見やる。

 何やら自分の身体を不思議そうに見回しながら座り込んで手をぐーぱーしていて、腕を動かしたり、前屈するように動いてみたり、なんだか本当に小さな子供って感じだ。


 なんていうか、見ていてこう微笑まし……いや、前言撤回。

 腕が回っちゃいけない方向に回ったりしてるし、やっぱ普通じゃないね。

 無表情で変な方向に身体動かしてるし。


 ちなみに、この子とは僕も初対面である。

 ただ、ピンと来たものがあったから連れ帰ってきた。


 そもそもあの場に、しかも僕が広げていた領域に忽然と、本当に前触れもなく現れていたのだ。

 しかも、服を引っ張られるまで僕も存在に気付きすらしなかった。

 思わず攻撃を仕掛けそうになったけれど、この子から感じ取れた懐かしい匂いというか、感じたことのある気配というか。


 まあそんなものがみたいなものがあったから、それはやめた。


 でも……ラトが何も言わないってことは、そっかぁ。

 ……当たっちゃったかなぁ、僕の予感。


 そんな子供が、ふとこちらの視線に気が付いたのか僕の方に振り返り、無表情のまま頷いた。

 いや、頷かれても反応しにくいというかね。


 困惑する僕の視線の先、推定幼女と思しき子供が虚空にずぼっと手を突っ込んだ――というか、部分的な転移、かな……?

 すぐに引きずり出された手には、このお城の外でふわふわ浮いているよく見かけるシャボン玉が捕獲されていた。


 それを徐ろに両手で押し潰していくと、あっという間にシャボン玉から四角い板状のものになってしまった。


 そこに、その推定幼女は顔文字を表示させて、何故か僕に向けて見せつけてきた。



「……え、なにそれ? ドヤ顔? いや、それ以前にキミ、もしかして――」


「――あ、もうすぐ保護者が来るわよ?」


「え?」



 誰何しようと口を開いた僕にラトが告げた、その途端に僕の領域内を猛スピードで走ってくる何者かの存在。

 その存在に気が付いて部屋の扉に目を向けたのとほぼ同時に、勢いよく扉が開かれた。



「……あなたは何をしているんですか……!?」



 突然部屋の中に入ってきた、波打つ黒髪の特徴的な背の高い女性。


 真っ白な古代ギリシャ神話みたいな服――ペプロス――を身に纏ったその女性は、ずんずんと部屋の中に入ってきて、僕の隣の推定幼女らしき子供の前で腰に手を当てて睨みつけた。


 対する推定幼女はそんな女性に再び四角い板を見せつける。

 表示された顔文字は相変わらずのドヤ顔のままだ。



「反省しなさい、ヨグ・・! 肉体端末の制御が甘い状態で人間種が観ている場所に現れるなんて、一歩間違えたら観ている人間種全て全滅でしたよ!?」



 ……ッスゥーー……あー……。


 やっぱりかぁ……そっかぁ。

 なーんかあの推定幼女の見た目というか髪色と瞳の色が玉虫色って時点で嫌な予感はしていたんだけれど、そっかぁ……きちゃったかぁ。


 ……やっぱりヨグ様だったかぁ。


 なお、当の本人は相変わらずドヤ顔表示してるんだけど、それ変え忘れてるとかだよね?

 だったらその板状の元シャボン玉タブレット端末みたいなの、見せつけなくていいんじゃないかな?



ニグ・・、落ち着きなさいな」


「落ち着いていられますか! 慌てて配信にフィルターをかけましたが、結構な人数が発狂したんですよ!?」


「でも、どうせそんなの一般人でしょう? あの程度で発狂するならそもそも魔力適性もないでしょうし、どうせこれから戦いが激化したら死ぬのだから放っておきなさいな。そんなことより、颯に挨拶しなくていいの?」


「あ……」



 そこまでラトと会話してから、波打つ長い黒髪の女性はようやく僕に気が付いたかのように目を丸くして、少しだけ恥ずかしそうに咳払いしてみせた。



「――んんっ。こうして肉体端末で話すのは初めてですね、颯」


「……うん、そだね、ニグ様」


「まあ、気が付いていたのですか?」


「いや、ラトと親しげに話してる上に、こっちの推定幼女にお説教してるってニグ様しかいないもん。……というか、やっぱヨグ様でしょ、この子」



 推定幼女が僕の言葉と目線に気が付き、また板を見せつけてくる。

 今度は……なんだろう、ガッツポーズというか、〝よしっ〟って感じだ。


 いや、なんで頑なに顔文字……?



「……颯の考える通り、私はニグの人間種型の肉体端末であり、そちらはヨグの人間種型肉体端末です」


「やっぱり……。というか、どうやってここに?」


「この領域に放たれていた仔山羊たちと、あなたがシャボン玉と呼んでいたアレらが、この領域へのこっちの二人――……人っていう表現もおかしいけど、まあ二人でいいわ――がこの領域に入ってくるためのパスを構築していたのよ。それが完成して、肉体端末を作って下りてきたという訳ね」



 ニグ様とヨグ様に代わって答えてくれたのは、何やら苦笑というか諦観というか、そんな空気を漂わせたラトだった。



「パス?」


「そうよ。あなたの領域に直接ニグやヨグが本体や雑に力を分けた分身体で降り立ったら、この領域は間違いなく耐えられなくて消し飛ぶわ。だから、力を薄めた眷属を送り込んでゆっくりとパスを構築して、ようやく肉体端末を出現させられるようになった、というところね」


「なるほどねー。それが、あの黒い仔山羊らしきサムシングと、ずっと割れずに漂ってるシャボン玉ってこと?」


「そういうことよ」


「……ねえ、ラト。あれってこの領域ができて、ラトが連れてきた猫だけど猫じゃない何かと一緒にすぐに現れたよね?」


「……だから言ったのよ。思いっきり居座るつもりじゃないの、って」



 ……あー……、なんかそんなこと言ってたっけなぁ……。

 そういえばパスがどうのこうのってその時にも聞いた気がしなくもない。


 そんな事を思い出してちらりとニグ様とヨグ様を見ると、ヨグ様は相変わらずのドヤ顔の板化したシャボン玉を見せつけてくるし、ニグ様は苦笑めいた笑みを浮かべていた。



「それにしても、なんでわざわざ肉体端末まで作ってここに来たの?」


「ヨグがどうしてもこちらに来たいと言い出したので……。私はお目付け役ですね。ヨグの肉体端末はこの通りなので……」


「この通りって?」


「……肉体端末を創るのは難しくないのですが、省エネ化しているのです。子供のような体をした無性体。髪が膝裏に届きそうな程に長くしているのも、単純に調整が雑過ぎて伸ばしすぎただけです」


「女の子じゃないんだ?」


「そもそも、私たちのような存在には人間種のような性別という括りはありませんから。当然、生殖器や臓器などの器官も必要ありませんし」


「あら、私はあるわよ?」


「あなたのは人間種を誑かすためのものでしょうに」



 あー、そういえばそうだったね。

 ラトやニグ様、それにヨグ様は本来、人間とは全く異なる法則、力、エネルギーで生きている存在だから、肉体端末なんて要するに外見が人間らしくさえあればいいわけだ。



「ラトはともかく、対照的にヨグは本当に見た目だけなのです。口もお飾りで唇がついているだけ、当然口腔内なんてものもないため開きませんし、声帯だって作っていないので、喋ることは不可能。そのため、ヨグが妙にハマっている顔文字でのアピールしかしないので……」


「……コミュニケーションを取ると考えても、まあニグがいてくれるに越したことはないわね」


「……ヨグ様、もうちょっと頑張れば良かったのに……。いや、ドヤ顔表示突き付けられても困るんだけど」



 無表情なのにすっごい楽しそうなドヤ顔の表示見せてくるの、ホントやめて。

 なんかアンバランス過ぎていっそ恐怖すら覚えるレベルだよ、そのギャップ。



「あれ、でもヨグ様だってその気になればニグ様みたいに頭の中に直接意志というか、言葉を送れたりするよね? ……何その顔文字? え、口元がバツ印なんだけど、できないってこと?」


「私たちは本来、人間種から見れば思念や言語をもっと圧縮して一気に送ってやり取りするのよ。けれど、人間種にはそれができないから、それに合わせて普段は薄く細く広げてから送っているようなものなの。けれど、ヨグはそれが苦手みたいね」


「もともとヨグはあまり思念を飛ばさない寡黙なタイプ……では、あったのですが……」


「……すっごいウッキウキな顔文字表示してるけど?」



 なんかこう、満面の笑みで「いえーい」って感じ。

 でも板を突き出した当人の顔は無表情というか、ちょっと眠たげな感じ。

 ひどいアンバランスさを生み出してるんだけど、それだいじょぶそ?

 どっちが本心なのか混乱しそうなんだけど。



「……最近、どうも人間種の顔文字は圧縮言語に近いものがあると判断したようで、あのようにアピールしてくる機会が増えまして……。まあ、何を言わんとしているのかは割と分かりやすいので、私は構わないのですが」


「顔さえ見なければ、確かに分かりやすいわね」


「うん、顔がめちゃくちゃ真顔だもんね」


「……だから表情を変えられるようにと言っていたのですが……面倒だったようですね」



 いや、〝よしっ〟じゃないのよ。


 ともあれ、どうやらヨグ様の顔の可動域と目だけらしい。


 蝋人形とか呪われた日本人形的なサムシングかな?

 こう、髪だけうぞぞぞぞって伸びたりとか、瞬きだけする感じ。

 どっちもホラーでしかないけど。


 まあ、僕としてはニグ様とヨグ様はいてくれても全然問題はないからいいけどね。



「とりあえず、二人……って言うのもアレだけど、二人ともよろしくね」


「えぇ、よろしくお願いしますね、颯。ラトも、こちらではよろしくお願いします」


「こちらこそ。……というかニグもニグよね。せめて胸ぐらいもうちょっと盛ってくれば良かったのに」


「はい? 何故です? 私たちは人間種の生態とは違いますし、必要ありません。というより、非効率的ではありませんか。こんな場所に巨大なものがあっては、行動に支障をきたします」


「……そういうトコよ。あなたがまだ人間種に馴染みきっていないのは」



 うん、まあニグ様、なんていうかこう、全体的にすとーーんってしてるもんね。

 別に好きにすればいいとは思うけど。


 そんな事を考えていたら、ヨグ様に服を引っ張られて振り返る。

 そこには、相変わらずの無表情なのに何故か得意げな感じでサムズアップしているヨグ様が、じーっとこちらを見上げていた。




 ……いや、分からんが??

 どういう心情なの、それ????






◆――――今回の顔文字一覧――――◆


① ドヤ顔 「(๑•̀ㅁ•́๑)✧」

② 〝よしっ〟「(๑•̀ㅂ•́)و✧」

③ 口元がバツ印「( `・×・´ )」

④ うっきうきな顔文字「٩(ˊᗜˋ*)و」


しそー「いや、もう本編中も顔文字でいいんじゃね?」

うおー「それな」

おーが「たしかに」

作者「さすがに本編中にまで顔文字を入れるのはあまりやりたくないし、縦読みだと伝わらないから却下」









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