見せしめ




 モニターに流れるコメントは奇妙な盛り上がりを見せていた。



:これは魔王様が本物の魔王様

:どっちも魔王なんよw

:というか、そもそもこれ全部日本語で聞こえてるけど、喋ってるの母国語だろ? どうやって魔王様と魔王会話してんだ?

:まさか、魔王様マルチリンガル疑惑?

:分かりにくいから大魔王様でいいだろ、もうw


「言われてみれば、確かに。言葉が通じているな」


「あの空間特有の奇妙な法則のようなものが働いている可能性もありますね。全世界に言葉が通じているようですし。ただ、それよりも、『ダンジョンの魔王』と呼ばれていたあの少年が、どうしてメッセンジャーらと行動しているのか……」



 丹波は自分が出会った当時の白銀の少年、そして水都らがつい先日遭遇したという点を合わせて思考を整理していく。


 髪の色、瞳の色が異なるという点についてはともかく、十中八九『ダンジョンの魔王』と白銀の少年は、『キメラ計画』の被験者、そのクローンとして生み出された存在である可能性が高い。

 また、あの白銀の少年の言葉から、白銀の少年はもちろん、『ダンジョンの魔王』もまた人間に対して良い感情を抱いていないことも窺えた。


 もともと、『ダンジョンの魔王』という存在がダンジョン側の存在であるという推測は立っていた。

 かの若手女性パーティ『燦華』に襲いかかった灰谷、そして『深層の悪夢』との戦いの際に彼が口にしていた言葉の数々から考えて、ダンジョン側の何かしらを知っていると考えられていた。


 そして先程の言葉。

 かつて『深層の悪夢』に向けて過去に告げていた言葉の数々からも考えられる答えは、ただ一つ。


 ダンジョン側の存在となった者は、魔物であろうと魔王であろうと〝役目を与えられている〟というものだ。


 そういった役目を放棄した者、ダンジョンという存在の秩序を維持する立場にいるのが、『ダンジョンの魔王』と呼ばれている存在なのだろうという当たりをつける。


 何故、どのようにしてダンジョン側の管理者らと繋がったのか。

 そういった不明な点は残っていたが、それを語り合うような時間はなかった。



《――ハッ、『ダンジョンの魔王』だとかなんとか言われて、特別扱いされてるようだが……こっちは位階Ⅹクラスがこの場に16人もいるんだぜ? こっちがアンタを殺しちまって、その偉そうな立場を奪ってやろうか、えぇ?》



 メルヒオール・ヘルメイが『ダンジョンの魔王』に向かってそんな言葉を言い放ち、同胞である他の【魔王】らに視線を送る。

 反応は、およそ3種類といったところだろうか。


 好戦的に応じ、動きそうな者。

 興味なさそうに視線を逸らした者。

 そして、『ダンジョンの魔王』に敵対するなんて勘弁してくれと言わんばかりに泣き出しそうな者までいる。



:あー、それはそう

:アイツらも動けるってなると、さすがに魔王様辛いか?

:どうなんだろう

:位階Ⅹなんて化物の集団はさすがに相手が悪いかも?

:でも、あの魔王様やぞ?

:だから大魔王と呼べとあれほど

:魔王様がんばれー!


《おう、そういう事だったら協力してもいい――ぇ?》


:え

:は?

:ちょ、グロ

:ひえ

:串刺し

:ちょ、えぐ

:広がってバラすのはキツいって……



 メルヒオールの甘言に乗せられる形でニヤニヤと笑っていた一人の【魔王】。


 彼が口を開いて前へと一歩踏み出したその瞬間だった。

 男の周囲に突如揺らめく円が幾つも生まれ、その光から黒い槍のような何かが伸びて突き刺さり、貫き、身体に穴を開けた。

 直後、それらが膨張したかのように膨らんでから巨大な刃に姿を変え、あちこちに向かって一斉に動いて血肉を撒き散らした。


 唖然とする【魔王】たちの前で、赤い肉塊と化したそれを見つめて『ダンジョンの魔王』は静かに口を開いた。



《――オロフ・ベックマン。処刑対象に同調、処刑対象への追加と認定し処刑完了》


《な……!?》


《【魔王】であるキミたちに警告しておくけれど、僕はキミたちがこの愚物に同調し、役目・・を放棄するような姿勢を見せた段階で処刑する許可を得ている。ただ、安心するといいよ。処刑対象となった【魔王】がいなくなった後のダンジョンは、継続して次の【魔王】へ引き継ぐ。憂いなく死ぬといい》


:ひえ

:やっぱ魔王様が本物の魔王様なんよ……

:今の、なに?

:というか位階Ⅹあって魔王になっても手も足も出ないってどゆこと……?

:きつ

:むり、はいた



 水都や大重らもまた、コメントしてるような者達のように吐くまではいかなかったが、今しがたの光景に思わず言葉を失い、固まっていた。


 ただの『D-LIVE』の配信であれば、映像の粗さや魔力影響による画質の乱れ、遅延の発生でハッキリと見えなくてもおかしくはないが、この配信は違う。

 しっかりと、コンマ一秒たりとも遅延の発生していないような映像だからこそ、かえって今の攻撃の恐ろしさが理解できてしまう。


 そしてそれは、その場にいた【魔王】たちも同様だった。


 メルヒオールに僅かにでも同調した者たちは一様に顔を青褪めさせて、興味がないとばかりにそっぽを向いていた者たちもまた、今の一瞬で一人の同格の実力者が屠られたことを理解し、苦い表情を浮かべる。


 ちなみに、何故か最初から泣きそうな顔をしていた【魔王】は、妙にキラキラとした目で『ダンジョンの魔王』を見つめて歓喜しているのが見ていた。



《――し、死ねェェェッ、クソッタレがああぁぁぁッ!》



 圧倒的な彼我の差を思い知ることになったメルヒオールが、隙を突いて魔法を発動させて叫ぶ。


 連続する爆発系の魔法は凄まじい爆炎を巻き上げて『ダンジョンの魔王』の身体をあっという間に呑み込んだ。

 それでも何度も、何度も何度もメルヒオールは魔法を重ねて放ち続ける。



:轟音やべぇ

:いや、さすがにこれは魔王様もやばくねぇか

:爆弾とかでもこんなえぐい連発はしねぇわ

:音やべええええ

:魔王様!?

:逆にこれであの魔王が勝ったらどうなるんだ?

:そんなことは有り得ない

:見えねぇぇぇ!?


「これは……」


「……無理、でしょうね。確かに私たちにとっては一撃が致命的な魔法ではありますけど、あの『ダンジョンの魔王』が相手に通用するとは……」


「ん、動いた」



 水都、そして丹波の言葉を引き継ぐ形で長嶺が口を開いたその瞬間、メルヒオールの正面、爆炎と煙がもうもうと立ち込めるその場所が不規則に揺らめき、それらを斬り裂くように何かがメルヒオールへと凄まじい速度で迫る。


 しかし、メルヒオールも位階Ⅹという実力者であり、さらには【魔王】として〝進化〟を果たした実力者だ。

 咄嗟に上体を屈め、飛来してきた何か――『ダンジョンの魔王』が投げたと思われる大鎌をギリギリのところで頬を掠らせながら避けてみせる。




 ――――しかし、それだけでは足りなかった。




 大鎌はメルヒオールの横を通過する、その瞬間に虚空に消え、次の瞬間にはメルヒオールの腹部に突き刺さり、その身体を後方ではなく真横に吹き飛ばしていった。



:え

:なんで横?

:というか今のって大鎌、だよな?

:消えなかった?

:速すぎて何が起きたのかさっぱりだが

:見えてる連中全員探索者だろw


「……マスター、見えましたか?」


「あぁ。今のは間違いなく消えた……いや、一瞬消えて、全く違う方向から現れた、と言うべきか……。確かに最初の回避は成功していたはずだが、次の瞬間には真横に現れていた。正直、俺も見たままを伝えているつもりではあるが……」



 それが何をどうしたら起こるのか、何故そうなったのかまでは大重にも理解できなかった。


 しかし、そんな大重の解説を聞いて、御神は思わず長嶺へと目を向けた。

 突然消えて、再び現れる。

 その現象を目の当たりにしたのはつい先日のことだったからだ。


 長嶺も御神が言わんとしたことは理解できたのか、頷いて肯定した。



「多分、転移系の魔法だと思う。昨日の銀髪少年も転移魔法らしきものを使ってた」


「転移魔法……いや、確かにあれ程の力を持っていれば、使えてもおかしくはないか。という事は、あの大鎌を避けられて即座に発動させたのか……?」


「もともと避けられることを想定して、先に設置していたという可能性もありますが、いずれにせよ脅威ですね……。そもそも最初の一撃でさえ、あの場にもしも私がいたとして、知覚できたかどうか……」



 長嶺が大重、丹波と意見を交換しているその間にも画面の向こう側では状況が推移していた。


 メルヒオールの放った魔法によって舞い上がっていた豪炎と煙が内側から吹き飛ばされ、『ダンジョンの魔王』が傷一つ負わず、それどころか汚れの一つすらもつけずに吹き飛ばされたメルヒオールに向かって歩み寄っていく。


 メルヒオール自身、大鎌に腹部を貫かれる形となってはいるものの、しかしまだまだ戦意は折れていない。


 倒れたままの身体を起こそうと手をついた、その瞬間――――



《――ッ、がぁぁぁッ!?》



 ――――手をついたその先から手の甲を貫く形で、黒い槍が生えた。


 その槍はそのまま伸び上がると同時に無数の小さな槍に分裂して、メルヒオールの腕を今度は上からいくつも貫き、その腕を床へと文字通り縫い付けた。

 そうして今度は反対の手にも同じことが起こり、続いて足までもが同様に縫い付けられる。


 半ば無理やりメルヒオールの態勢は仰向けにさせられ、痛みに叫ぶことしかできなくなっていた。


:ひぃ……

:こわ

:えっぐ

:貫いて現れて枝分かれして今度は上から小さな穴を開けて貫いた感じか……

:いや、これ激痛だろ……

:おとんが気絶した

:血もえぐいぐらい飛び散ってるからな……



 お世辞にも多いとは思えないが、それでもこういった光景に耐性のある者達のコメントが流れていく中、『ダンジョンの魔王』は歩みの速度を変えず、叫び声をあげて苦しむメルヒオールへとゆっくりと近づいた。


 肝心のメルヒオールは痛みに叫び声をあげるしかできていない。

 だが、それもそうだろう、と水都らは思う。


 身体を縫い付けた黒い槍は、どうやらメルヒオールの体内を傷つけながら腕から肩へ、ゆっくりと、わざわざ痛みを与え続けるためだけに上下左右にうねるように突き進んでいるのが肌の動きから見て取れた。

 そうしてようやく、『ダンジョンの魔王』がメルヒオールの視界に入る位置までやってくると、腕から上り続けて肩を貫いた黒い槍が、メルヒオールの口を塞いだ。


 対して、そんなメルヒオールを見下ろした『ダンジョンの魔王』は、メルヒオールの腹部に突き立っていた大鎌を軽々と抜き取ると、その大鎌をぐるりと回してから、先端部分をメルヒオールの眼球に当たる直前といった位置まで振り下ろして止めてみせる。



《――メルヒオール・ヘルメイ。充分に反省し、存分に後悔したかい?》



 こくこくと鈍いながらも必死に頷いてみせるが、しかし『ダンジョンの魔王』は無慈悲にその大鎌を下ろし、右眼を貫いた。



:あああああ

:なんでカメラアップになったのおおおお

:うわあああ

:ちょっとこれはグロ耐性高めのわいも無理や……

:魔王たちの顔映ったけど、全員顔真っ青やん



《ン゛ーーーーッ!?》


《充分に反省し、存分に後悔したとして、救いがある訳ないだろう? 最初に言った通りだよ。キミは見せしめ。今の、そしてこれから【魔王】となる者へ、勝手な真似をすればどうなるかという末路を示す教材だ。キミに与えられた最期は、惨たらしく、無様に死ぬこと。救済なんてものはない》



 黒翼が広がり、それらの表面がどろりと溶け出すように粘性を持った液体へと変わっていく。

 重力に従うかのようにゆっくりと垂れていき、やがてメルヒオールの身体に向かって糸を引いて落ちていった。



《ン゛ン゛ン゛ーーッ!?》



 じゅ、と短い音を立ててメルヒオールの身体に触れた〝呪い〟が、その皮膚を、筋肉を、神経を、骨を、全てを爛れさせ、腐らせ、落としていく。


 そのあまりの凄惨かつ悲惨な光景に、さすがにコメント欄も完全に制止してしまったようだ。

 カメラ映像も遠巻きなものに切り替わり、顔を青褪めさせながら顰め、目を逸らす【魔王】たちの顔が映し出されていた。


 そうして、数分程度経った頃。

 メルヒオールがまったく動かなくなったところで、『ダンジョンの魔王』がゆっくりと【魔王】たちへと振り返った。



《――さて、こっちはもう反応もなくなったみたいだし、終わったよ。あとはさっき僕に歯向かおうとしていたのが、あと二人、いたね?》



:……沈黙

:いや、そらそうなるわ

:今の今までずっと画面から目を離してましたが何か

:もうホント魔王様が魔王様してて感動しました!

:なんか狂信者おるううぅぅ……

:まあ、うん。わかる

:わかるなw



 目を逸らす【魔王】たちの反応を見て、『ダンジョンの魔王』は肩をすくめてみせた。

 もしもそんな『ダンジョンの魔王』に対して反抗しようとしていれば、きっとメルヒオールの二の舞いか、あるいはそれ以上の拷問に処され、救いもなく殺されていたかもしれない。


 ――自分が【魔王】? バカ言わないでくれ、あれこそ本物だろう。

 その場にいる【魔王】の誰もが、そう思わずにはいられなかった。


 自分のことながら、特別な存在になれたのだと浮かれていた。

 圧倒的な力を手に入れ、〝進化〟という形で人間の枠を間違いなく超えたのだ、と。

 もう自分は搾取される側ではなく、誰にも指図されることもない、強者となったのだ、と思っていた。


 だが、それは違ったのだ。

 そもそも前提から間違っていたのだと思い知る。

 たった一人、『ダンジョンの魔王』の拷問を目を輝かせて見つめていたおかしな女を除いては、であるが。


 もう充分に思い知った。だから解放してくれ。

 そんなことを考えていたが、しかし『ダンジョンの魔王』はじっとメルヒオールの甘言に乗せられて動こうとしていた二人を捉えていた。




 ――――しかし、そんな『ダンジョンの魔王』の服が、突然くいっと斜め下に引っ張られた。




 そこに立っていたのは、不思議な存在だった。




 光の加減によって、金緑から金紫に色調変化を起こす、いわゆる玉虫色とも言えるような不思議な長い髪を持った、おそらくは少女か、身体の凹凸がないために判別は難しい。


 真っ白なワンピースというよりも、むしろ貫頭衣のような何かにも見える布を纏ったその存在は、髪と同色の瞳をじっと『ダンジョンの魔王』に向けてから、緩慢に頭を左右に振ってみせた。


 その姿に、『ダンジョンの魔王』がふっと苦笑して頷いた。



《――メッセンジャー、僕の仕事は終わったよ》



:幼女?

:いや、性別は分からんが……

:な、なぁ、なんかあの子見たら、寒気が

:あ、あああ、ふ、震え、が

:え、なにごと?

:友人と一緒にいるわい、幼女が映って沈黙していた友人がさっきから狂ったように笑いだして震えてる



 多くの存在に恐怖を与え、最後の最後に幼女と思しき存在を登場させるなどの疑問を残して、その配信は終了したのであった。






◆――――おまけ――――◆


しそー「で、おまえがあの中にいたら第二、第三のオロフ氏だった可能性が高いわけだがwwww」

おーが「速攻退場は草」

しそー「ばっかおまえ、名前出てるだけマシだろwwww」

おーが「それはそうww うおー、聞いてる? もしかして顔真っ赤――あれ?」

しそー「あ? どしたー? うおーが一体……」


うおー「………………」


しそー・おーが「「……し、死んでる……!?」」


しそー「ッスゥーー……オーケー、落ち着こうぜ? で、なんでコイツ死んだ?」

おーが「なんか幼女……――イヒっ、ヒハ……ッ!」

しそー「そぉいッ!」

おーが「ぶへえっ!? ――ハッ!? お、おれはいったいなにを……」

しそー「思い出さなくていいんだ……! あんな幼女の皮を被った化物なんざ……ッ!」

おーが「よう、じょ……――ヒヒヒヒッ!」

しそー「ダメだ、コイツ。耐性なさすぎ」






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