秘密結社な僕らの目標




 僕らの住むお城は、ラトに加えてニグ様、ヨグ様までやってきてしまったため、完全に立ち入り可能エリアを分けることで棲み分けすることになった。


 具体的に言えば、最上階を全て僕のプライベートエリアと称しておきながら、結社のメンバーであり、純粋な人間種――とは言えないか、『キメラ計画』で魔物と混ぜ混ぜされたメンバーだし――はそれ以外、という具合である。


 ラトについては、彼女は単純に興味がないから顔を合わせるつもりがない、とのこと。

 ニグ様とヨグ様は、今使っている肉体端末であっても結社メンバーの心が発狂を通り超えて死ぬ可能性があるからね。


 ちなみに、ニグ様曰く、ヨグ様の場合、肉体端末の制御が甘すぎて、領域の中でさらにニグ様が領域を維持しているから結社のメンバーも城の中で生きていられるけれど、ニグ様がそれを解いたら死ぬ可能性が高いらしいよ。


 位階Ⅹだった【魔王】メンバーでさえ数日は使い物にならなかったらしいし、配信に出てきた時はニグ様が咄嗟にフィルターを張ったのに、一瞬でぶち抜いて余波を届けた結果、一般人間種諸君は結構な数は帰らぬ人になったらしい。


 正確には、「性格や人格を飛び越えて、もはや人としてらなくなった」というところなので、肉体は生きてるんだけどね。


 うん、まあどんまい。

 運が悪かったね。


 そんな事をつらつらと考えながら、秘密結社メンバーの集まっている城内へと足を進めていく。



「――お兄様ーっ!」



 秘密結社の秘密基地という名の城の一室から続くバルコニーの出入り口。


 僕を見つけるなり嬉しそうに声をあげて手を振ってくるリーナと、その保護者役に落ち着きつつあり、わざわざ跪こうとするヴィムを制止する意味も込めてひらひらと手を振って答えておきながら、そちらに向かって歩いて行く。


 あれ、珍しい。

 リーナの近くに他の子がいる。



「訂正を求める、リーナ。あの方は我々の道を示してくださる、いわば父とも言えるような偉大な存在。つまり、この場合は呼称はお父様が妥当」


「えーっ、その呼び方は似合わないよーっ! お兄様はお兄様なんだからお兄様なのっ!」


「抗議を棄却する、リーナ。我らの偉大なお父様の義妹なんて立場は、は、は……ハレンチ、に該当する……そんなの、ダメ」


「はー? なにそれーっ? 変なのー、なんで義妹がエッチなのー?」


「ぎ、義妹と言えば、本来であれば兄という同世代の男、その幼稚さや行動をする姿を目の当たりにした挙げ句、さらに無駄に兄という年上マウントをかます小物ぶりに呆れ果て、小馬鹿にしながら毛嫌いするのが真なる妹にもかかわらず、創作物という偉大な産物で扱われる義妹はチョロインどころか最初から主人公の男性を無駄に慕っちゃうご都合主義の塊。最終的に負けヒロインなみに都合よく主人公に寄り添う存在であって、兄妹という関係だからと無駄に無防備に色気をちら見せするだけの、いわばただのヨイショお色気補充担当とも言える存在。それはつまり、ハレンチであるという評価が妥当であり――」


「あはははっ、めっちゃ早口で何言ってんのかわかんなーい」



 ……いや、うん。

 僕も色々なラノベを楽しむタイプだし、義妹登場系も幾つも読んできた義妹評論家と言っても……うん、過言が過ぎるけど。

 ただまあ、言わんとしていることは分かる。


 ともあれ、ぶっちゃけ僕でもそこまで考えたことはなかったよ。

 義妹に恨みでもあるのかってぐらい言うじゃん。

 さすがにビックリだよ。

 

 さて、リーナにそんな風にして義妹がなんたるかを語ったのは、エリカという深緑色のおかっぱ頭の小柄な少女だ。


 彼女は元々『キメラ計画』のために物心ついた時から研究所暮らしだったため、外の暮らしというものを一切知らない子だ。

 外の世界を知らず、そんな世界に興味を持ったきっかけが読書だった、という文学少女である。

 ちなみに、好きなジャンルは純文学だった。


 だけど、世間を知らないなら世間と欲望が煮詰まったラノベを読めば解決だよね、という精神で、僕がラノベ本とかおすすめした結果、完全にそっち系に染まっちゃったんだよなぁ……。


 言っておくけれど、僕が悪いんじゃない。

 拗らせるようなものを書いた作家が悪いんだよ。


 ほら、同好の士になればいいなとか、そんな事を思ったりしながらも、世の中の人間の嗜好とかを知ってもらおうっていう僕なりの善意だったんだ。


 だから僕は悪くないんだよ。

 あんな風にアンチ義妹になっちゃったのも僕のせいじゃないはず。



「偉大なる我らが主よ」


「……うん、顔をあげていいよ。で、どうしたの?」



 相変わらず堅いなーって思いながらも、けれど何度言っても毎回跪いて頭を下げるという対応を崩そうとしないヴィムが声をかけてきたので、もはや諦め気味に顔をあげる許可を与えつつ続きを促す。


 跪いてるのに僕の胸元近くに頭があるって、ホントデカいよね。

 ミステリアスショタになる前の心に余裕のない頃の僕だったら、触れるものみな傷付けるナイフみたいな対応も辞さなかったところだよ。

 デカいだけで殲滅対象に入れてたからね、僕。


 ともあれ、そんなヴィムが顔をあげ――というか、それでも僕の胸元あたりまでしか視線は上がってこないけど――、改めて続けた。



「先程、ジンとクリスティーナ。それにドラクとハワードから進捗の報告が届きました。全て恙無く完了した、とのことです」


「そっか。ありがとう」



 ここにいるリーナとエリカ、そしてヴィム。

 それに加えて、今名前の出てきたジンとクリスティーナ、ドラク、ハワードの計7名が、僕の秘密結社メンバーたちだ。


 僕がこの1年近く、襲撃した研究所で囚われているのを偶然見つけたので、予定通り「行くアテもないなら、僕と一緒に来るかい?」と言いつつ、唖然としているメンバーたちの前で天井をぶち抜いてから射し込む陽光の下で白翼を広げるという演出付きで連れ帰った面々だ。


 なんで天井をぶち抜いて翼を広げたのかって、そりゃあ絵になるからだよ。

 他に理由なんてない。

 だって天井から飛んで出たりなんてしないで普通に転移で連れ出したし。


 ちなみに彼らが外――つまり、この領域の外の世界との出入りができるのは、あちこちの特区の廃ビルの中にラトの分身体を利用して設置した、移動用のゲートが点在しているおかげだ。

 僕以外は転移とかできないしね。




 ――――まあ、それはともかく。




 今回僕がみんなに指示したのは、ラトにもらったUSBメモリの複製を調査にやってきた探索者、あるいはクランが見つけられるようにばら撒いてもらう任務だ。

 もちろん、全部が全部同じ複製という訳ではなくて、それぞれに情報が抜けていたり、壊れているかのように偽装したものではあるけれど。


 それらが統合され、各研究所にばら撒いた偽物のデータが混ざった時、僕がラトから聞かされた全容が明らかになるという仕組みである。


 ただまあ、それ以前に世の中の動きはかなり激化し始めちゃったみたいではあるけどね。


 ほら、【魔王】お披露目で探索者ギルドへの批判とかそういうのがいっぱい噴出して、なんかだいぶ大きな騒動になりつつあるみたいだし。

 お国も遺憾ですとかなんとか、また姑の嫁いびり的な遠回しの文句言うあれやってんでしょ、知らんけど。


 まあ僕はそんな世間の動きなんてどうでもいいし、そんな事よりミステリアスムーブをさらに本格的に進めたい。

 そうなると、ちょいちょい人前に出て行く必要もあるんだよね。



「あはっ、でも楽しかったなー! 次はもーっとゴミたちの首を刈るんだー」


「……毒殺、苦しめて、毒で埋めて窒息……。苦しみで表情を歪めて、フ、フフ」



 明るく、歌うように残酷なことを言い出すリーナ。

 対照的に、ブツブツと苦しませて殺す方法なんてものを調べ、実践しようとするエリカ。

 それに、無言でありながらも明らかに殺意とか怒気とかを抱えているらしいヴィム。


 なんかこう、改めて見てもさ。

 控えめに言ってもヤベー奴らしかいないね。

 この子たちを人前に連れて行って大丈夫なのかなって、僕でさえ躊躇っちゃうよ。


 きっとこの結社のメンバーに「探索者ギルドがキミたちを苦しめた『キメラ計画』を発足させて広めた張本人なんだってさー」なんて軽々しく言った時点で、多分探索者ギルドの支部という支部に襲撃を開始すると思う。

 嬉々として虐殺祭りの開催だよ。


 まあ、これでもウチの中では穏健派な3人なんだけどね。


 特に過激派筆頭みたいなのは今出てるドラクだ。

 この3人はまだ冷静というか、従順な方ではあるんだけどね。


 だが、それでいいんだよ。

 秘密結社と言えば、目的のために団結はしているけれど、利害関係が崩れたら躊躇わずに殺し合うぐらいの、そういう殺伐感があった方が素敵だもの。


 ただし、僕にまで変に反抗したりはしないでほしい。


 僕、宥めるのとかめんどくさいから嫌いだし。

 あんまり調子に乗って挑発とかされちゃうと、ぷちっとしちゃうもの。



「ところでお兄様ー?」


「ん? なんだい?」


「そろそろ私たちぃー、表舞台に立たなくていいのー?」


「あぁ、それは次の【勇者】が目覚めたら始める予定だよ」


「次の【勇者】?」


「うん、そうだよ」



 ラトが植えて回った〝凶禍の種〟は、きっとそろそろ芽吹く。

 位階Ⅷの上位から位階Ⅸあたりを対象として、【勇者】――つまり、人類側を守ることでメリットを得ようとする者、或いは大事な仲間、身内がいる者たちが覚醒する。


 特に今回の対象となっている、位階ⅧやⅨの探索者と言えば、『日本最強』と言われているそれぞれのクランを率いたクランマスターや、そのクランの実力者と言えるような面々が対象ということになる。


 彼らはどちらかと言えば【勇者】寄りな性質をしているからね。

 全てを捨てて【魔王】になるよりも、【勇者】となってクランの仲間たち、愛した場所を守りたい、なんて考える人物が必然的に多くなる。


 そう、たとえば『大自然の雫』のクランマスターである大重さんのように、ね。


 そうなれば、【魔王】とのバランスは必然的に釣り合いが取れるようになる。

 期待され、守るものを持つ【勇者】たちが【魔王】を滅ぼそうと積極的に動けば、【魔王】側の抵抗も苛烈になり、戦いは激化していくだろう。


 大前提、ニグ様やヨグ様はともかく、ラトや僕の役割と行動の目的は、簡単に言えば〝どちらにも簡単に勝たせないこと〟だ。


 戦いを長期化させ、激化させ、やがて人類全体が戦いを受け入れてステージアップできれば良し。

 その結果として戦いを受け入れられない、拒絶する者は全て等しく淘汰されても特に問題もない。


 まあともかく、バランス調整はすごく大事だ。


 あまり【魔王】が圧倒的過ぎると、人類はさっさと諦めちゃうだろうし、そうなったらステージアップしたとしても産業やら何やらがダメになっちゃったせいで人類が滅ぶかもしれないし。


 かと言って、【勇者】が圧勝しちゃったら、人類が「自分たちは戦わなくてもいいんだ」なんて思われちゃうし。

 だから様々な争いの種をばら撒くし、戦わせる舞台を作っていかなくちゃいけない。


 ラトと一緒に混沌をばら撒く。

 人々に闘争を思い出させつつ、僕は僕で自分が楽しむために。

 そうなるためには暗躍する。


 ただまあ、暗躍ばっかりしようとしても、そうなると戦いを広げるっていう目的に訴求するまで、だいぶ時間がかかったりしちゃう気もするし、割とジレンマなんだよね。


 こう、【魔王】を倒して報道陣に囲まれちゃったりして、そこで演説とかして民衆が「うおー!」ってなるみたいな、そういうアレをやるのもありかなって。

 ほら、そうすることでもうちょっとこう、人類全体前のめりみたいになってくれた方が頑張ったりするんじゃないかな。


 今の時代、そんな御高説にどれだけ効果があるかどうかは僕も分からないけどね。



「ねえ、ヴィム」


「はっ」


「キミ、【勇者】にならない?」


「…………は? あ、いえ、さすがに、それは……」


「あっ、はいはいはーい! じゃあリーナやりたーい! いーっぱい悪人殺していいんでしょー?」


「あー……、うん、まあちょっとした質問をしたつもりだっただけだから気にしないでね。リーナは別に【勇者】にならなくたって斬ってるでしょ?」


「あはっ、そっかー! じゃあいいやー」



 ……ダメかぁ。

 やっぱり、ちゃんとした【勇者】に力を貸す謎の組織ムーブしようかなぁ。


 そうと決まれば、早速ラトに【魔王】を討伐しそうな【勇者】を教えてもらって、初登場シーンを演出する策を練らなくちゃ。




 ……まあその前に、ちょっとジンでも連れてダンジョン配信者の前に一度顔見せしに行こうっと。




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