教師と生徒




「――さて諸君、すでに噂を耳にした者もいるようだが、この特区とは違う特区にて、〝特区外出免許〟すら持たない学生が昨晩、勝手に特区の外に出て、当然ながらに処刑された」



 きりっとしたツリ目が印象的な、強気な性格であるとひと目見て分かる二十代後半の女性である、僕らのクラスの担任の水都みなと先生。

 いつもはコンタクトレンズかスクエアタイプの眼鏡なのに、今日はイメチェンなのか、ちょっと丸みを帯びた眼鏡をかけての授業。

 その開口一番に語られたのは、そんな話であった。


 僕ら特区内の探索者養成校の午前授業は、一般的な外の学校のようにそれぞれの授業の科目毎に教師が違ったり、サインコサインナンザンショみたいなちょっと特殊な知識にまで及ぶような、いわゆる社会に出て関係する職業に就かない限り使わないクセに、自称一般教養みたいな顔をした授業は存在していない。

 そのため、必要な知識以外は「必要だと思うなら勉強しろ」というスタンスであり、遠回しに「そんな一般教養も知らない特区養成校出身とか、外で大学とか受けれるレベルじゃなくて草」と言われているようなものだ。


 まあ要するに、特区の中で育った戦闘人間兵器を、外の企業側も大学側も受け入れる気なんて最初からない、という訳だ。

 どうしてもそれをやりたいなら、せめて自分で学び、ちゃんと一般人としての教養を身に着けてから出直してこい、というスタンスである。


 そんな訳で、僕らの午前中の授業はあくまでも義務教育の延長上のこと。

 それに加えて僕らが国に助けられ、借金を抱えていることを見せつけ、刷り込み、「外に出る方が苦労するぞ」という太い釘を刺す授業、というのが本質だ。


 ぶっちゃけ僕は外に出て何かしたい訳じゃないから、すごくどうでもいいけどね。


 そんな僕らの授業の中で度々出てくる言葉が、僕らの取得できる免許の事だ。

 もちろん、バイクとか車とかそういうのじゃなくて、特区の外に関係する何かをする際に、特区の内側にいる人間が取得しなければならない免許。



「すでに諸君らも知っていると思うが、特区に生きる我々のような存在は、特区の外に出るために様々な免許の取得が義務付けられている。それを持たずに外に出れば、そこに人権はなく、無条件で処刑されても仕方がないという訳だ」



 外の人間が聞いたら「なんてひどい!」とか騒ぎ出しそうなものだけれど、僕らにとってそんなものは〝常識〟だ。

 他の生徒たちも「何を当たり前のことを」みたいな顔をしながら聞いているあたり、やっぱりみんな、外の〝常識〟との違いの認識があまりないっぽいね。



「そこで今回は、諸君らが外に出るに当たって取得するべき各種免許の話をしようと思う。こんなもの、いちいち今さら授業をしなくても理解しているとは思うが、上からの指示だ。復習のつもりで聞いていろ」



 そんな言葉と共に、黒板代わりに置かれているホワイトボードに映し出された、プロジェクターから表示された画像。

 そこには、左側に三角形が色分けされた図と、一番下の広い面積部分を指した矢印が書かれていて、その右側に〝特区外出免許〟と書かれた文字がデカデカと表示されている。



「さて、この三角形はそれぞれの免許の取得難易度順と取得率を示した図形だ。諸君らも散々授業でやったように、一番下が最低難易度であり、最も取得率の高い〝特区外出免許〟。この上に〝特区外活動免許〟――これは最近話題の『D-LIVE』活動を行うものであったり、居住特区に住みながらも外への遠征資格を得る事などがこれに該当する。さらにその上が、〝私用特区外泊免許〟の下級、中級、上級。そしてその上に〝特区外居住免許〟こと〝居住権〟がある訳だ。では、基礎の基礎、〝特区外出免許〟に関する特徴を――河野、答えろ」


「うーっす。えーと、それが取得できてりゃ日帰りであれば特区外への外出ができるようになりまーす」



 指されて答えたのは、いかにも授業なんて受ける気ねえ、触れるものみな傷付けるみたいな態度で気怠げに椅子に上体を預け、足を放り出していた生徒だった。

 フザけた態度で答えたけれど、そんな態度に対して先生は激昂するでもなく、真っ直ぐ彼の顔を見た。



「無能め。私は特徴を答えろと言ったんだ。それでは不足に決まっているだろう。初等科からやり直したいのか?」


「あ? なんだ――がっ!?」



 その場から飛び上がった先生が、ダラけて座っていた河野くんの元へと跳び、唖然としていた河野くんの後頭部を蹴飛ばし、その机に叩きつけ、踏みつけながら静かに告げる。



「――イキがるのは結構だ。それぐらいの気概を持つのは、戦いの場では己を奮い立たせる力になる。だが、相手を、状況を、立場を弁えれないのであれば、それはただの無知だ」


「ぎ、ああぁぁぁ……ッ!」


「いいか、河野。私は分別のないバカが嫌いだ。最近、どうにも規律を、ルールを守れないバカが多すぎてな。今回処刑された者もそうだ。どこで・・・誰から・・・何を吹き込まれた・・・・・・・・かは知らんが、貴様もそうなるというのなら、今この場で貴様を動けなくして潰した方が早い。貴様らの歩みに合わせ、くだらぬ思春期に優しく寄り添うような真似をする事はない。それを許可されている・・・・・・・のだ。痛みと共に刻み込め、無能」



 ミシミシと音を立てながら踏みつけられた頭を動かせず、かといって先生の足を攻撃しようにも、ダラけて座っていたせいで頭や顔への踏みつけを緩和させる事さえできず、じたばたと振った両手が宙を切っている。

 そんな光景を見て顔を青褪めさせる生徒たちは、むしろ先生と目を合わせないように真っ直ぐ前を見ていたりする。


 その反応は、この学校では当たり前の反応だ。

 そもそも河野くんがあんな偉そうな態度を堂々と取っていた方が、一般的特区内学生から見れば異常な態度なのだから。


 思春期特有のイキりなんてものは、学校の大人たちの前ではやるべきではない。

 何故なら大人たちは、そんな生徒を堂々と正面から叩き潰すだけの実力を持っているし、それが体罰だなんだと騒がれるような場所ではないからだ。


 だから、イキり系の生徒たちは自分より弱い人間に余計に強く出る。

 けれど教師たちは、そんな風に追い詰められている弱者を助けたりもしないし、逃げるなとも言わない。


 何せ教師となった人物たちは元々探索者として活動していた者、実力があったけれど怪我が原因で無理ができなくなった者たちだ。

 そんな教師たちだからこそ、自分の道は自分で選べ、という考えが強いからね。


 それにしても、先生は位階で言えばⅣかⅤってところかな。

 少しぎこちない腕の動きをしているから、肩あたりに深い傷を負ったとか、そんな感じかな。どうでもいいけど。



「――先生、彼の代わりに私が答えます」


「……はあ。御神、お前は安い正義感に酔ってこのバカを助けるつもりか? だとしたら辞めておけ」


「いいえ。その人が何を血迷い、勘違いしたのかは知りませんし、知ったことではありません。ただ、授業がその男のせいで進まないというのは、私や他の者達にとっても迷惑です」



 堂々と言い切ったのは、あれだ、御神さん、だったっけ。

 彼女が言うように、養成校では実際に授業が生徒のせいで進まない場合、その授業が全員欠席扱いになって結果的に単位が足りなくなる、なんて事がある。

 だから、御神さんの言う通りこのまま授業の時間が過ぎてしまい、予定していたところまで進まないとなると、それは生徒である僕らのツケとなってしまう。


 ただまあ、彼女はそちらを建前にしている、というところかな。


 傍若無人な先生の振る舞いは、お世辞にも見ていて気持ちがいいものではないし、河野くんの態度なんて思春期あるあるのレベルだからね。

 普通の感性をしていれば「何もそこまでやらなくても」と思うようなレベルなのは確かだ。


 だから、彼女は河野くんを庇うという目的のために、授業が進まなくなるという建前を使ったというところだろう。

 先生に口答えするという事もあってか、御神さんの表情や身体も僅かに強張っているし、先生もそれは気が付いている。



「……フン、まぁいいだろう。答えろ」



 先生もわざわざ河野くんをどうこうというのを続けるつもりはないのか、分かっていて乗ったね、これは。

 御神さん、クール女子かと思いきや河野くんを庇ってみせたり、そこで安堵して僅かに胸を撫で下ろしたり、なんだろう、クールキャラじゃなくてチョロインクーデレキャラなのかな?



「はい。――〝特区外出免許〟は規定時間までの日帰りにのみ有効な特区外への通行許可という免許になりますが、その特徴として規定時間を過ぎた場合、〝特例〟を除いて情状酌量の余地もなく問答無用で指名手配対象となり、処刑対象となります」


「結構。では、〝特例〟とは?」


「はい。ダンジョンの緊急出現による対応要請に応じた場合です。また、一般市民権を有する特区外住民の救助、護衛などもこれに該当します。ただし、一般市民権所有者からの〝人命救助証明書〟の電子発行を受け、速やかに提出する必要があります」


「完璧だな。良かったな、河野。御神に助けてもらった事をせいぜい感謝することだ。貴様は後ほど、特別指導室行きだ。――もっとも、今は聞こえていないだろうが」



 先生が足をあげれば、さっきから動きが完全に止まっていた河野くんの身体がずるりと机から崩れ落ち、その襟首を掴んで先生が教室の後ろ側へと放り投げた。

 力なく滑り、そのまま教室の後ろのロッカーにぶつかって静止した河野くんに、誰も目を向けようとはしない辺り、やっぱり頭おかしいよね、ホント。


 そんな事を考えていると、ふと先生がこちらを向いて目を凝らし、やがてにやりと笑ってみせた。



「……なるほど。おい、貴様だな。彼方 颯という生徒は」



 ……うん?

 あれ、【認識阻害】アビリティのついた瓶底眼鏡つけてるのに、なんでバレた?

 机に頬杖をついてだらけている僕と先生の視線は、間違いなく交錯していた。



「貴様、何か魔道具をつけているな? おそらく【認識阻害】系統か。どうしても意識に残らない生徒がいる事に気が付いてな。少し調べて対策を練ってきたのだが、正解だったな。残念だが、私にはソレ・・の効果はないぞ。こちらも魔道具で【看破】のアビリティがついている眼鏡を装着しているのだよ」


「……おー、なるほどー」



 返事をしてさっさと瓶底眼鏡を取って立ち上がる。

 そうした瞬間、さっきまで先生が誰に、どこに向かって声をかけているのかと少々困惑した様子を見せていたクラスの生徒たちが、今僕に気が付いたかのように視線が集まった。


 とは言え、僕が『ダンジョンの魔王』であるかどうかはみんなも気付けないんじゃないかな。

 配信に映った僕って魔力を放出している事も多いから、映像が粗いみたいだし、髪の色とか瞳の色とかをいじっていなければ、顔の形だけじゃ判別がつきにくいみたいだしね。

 何より、「こんなところに『ダンジョンの魔王』がいるはずがない」という先入観が、彼ら彼女らの判断から僕と『ダンジョンの魔王』をイコールする選択肢を消しやすいだろうしね。


 それにしても、イメチェンとかじゃなかったかー、そっかー。

 僕も【看破】のアビリティは聞いたことあったけど、まさかそんなものを持ち出してくるとは思わなかったなぁ。


 うーん、これはもう潮時な感じかな。


 ここで素直に瓶底眼鏡を手渡してごめんなさいしてもいいんだけれど、それで変に目をつけられたまま我慢して日常生活を謳歌するなんて、僕にはとても無理だ。

 小馬鹿にされたり笑われたり、調子づいた生徒に絡まれて我慢とか絶対無理だもの。

 絶対殴るし下手したらそれだけで学生は死んじゃうだろうし。


 ぶっちゃけ、学校には特に興味ないんだよねぇ、僕。

 でも学校が義務なものだから、通ってないと家とか生活費とかの電子マネー口座とかそういうのの情報凍結されちゃうんだよね。だから、仕方なく通ってただけだもの。


 特区は現金なんてものはなく、全部電子マネーで解決する。

 便利な社会であるかのように見えて、それを凍結するだけで、いつでも干上がらせるような仕組みが完成しているのだ。


 こうする事で、僕らのような立場の者が特区の内外どちらにおいてもルールを破りにくい環境を整えてあるという訳だね。


 ま、いっか。どうにかなるでしょ。

 探索者ギルドとかで探索者脅して素材の売買させて代わりに物資とか買わせれば生活できなくないだろうし。

 別に一人二人にバレる程度なら脅して黙らせれば良かったんだけど、クラス全員の前で暴露されちゃったんじゃ、いちいち口止めする方がかえって面倒臭いし。


 何より、〝黄昏の調停者〟をやりながらそろそろ秘密結社の場所作りをしようと思っていたから、そろそろ普通の生活は足枷にしかならなそうだったし、割り切るにはいい機会かな。



「貴様、その魔道具はどうした?」


「自前だね。ダンジョンで拾って、そのまま愛用してるんだ」


「未成年者の魔道具所持、及び私的利用は認められない事など理解しているはずだが、どういうつもりだ?」


「どういうつもりも何も、そんな命令に従うつもりなんてないからだけど?」



 瞬間、先生がこちらを河野くんと同じように制圧しようと接近してきたので、伸びてきた足を片手で掴み、そのまま地面に身体ごと叩きつける。



「……ぐぁッ!?」


「――ねえ、先生。僕、飽きたから学校辞めようと思うんだ。邪魔しないならこのまま出ていくよ。でも、邪魔するならこの学校の人間、全員殺していこうと思ってるんだけど、どっちがいい? 決めていいよ?」



 足を掴まれ、背中から叩きつけられたせいで呼吸もままならないまま、目を見開いてこちらを見上げる先生に、僕はにっこり笑ってそう声をかけた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る