目から鱗




 ぱっと手を離してあげると、先生は急いで手をついて後方に宙返りしつつ僕から距離を取って立ち上がり、腰を落とし、身構えた。



「おや、やる気かな? 言っておくけれど、あなた程度の実力じゃ僕を組み伏せるような真似はできないと思うけど? それとも、今の一撃じゃ実力差を認識できなかったのかな?」


「……あぁ、そうだな。よぉく分かったさ……――その声、その喋り方のおかげで、貴様が『ダンジョンの魔王』だという事が、な」



 ……あるぇ? いきなりバレたんですけど?

 え、配信動画僕も見てみたけど、僕の顔なんてハッキリ映ってる場面少なかったはずなのに、なんで気が付くん?



「そ、そういえばあの声……!?」


「そ、それにあの小さい見た目……」


「え、ほんもの……?」


「あ……ぁぁ……ッ!」


「な、んで……、なんで魔王がこんなトコにいるんだよぉっ!?」



 思わず固まってしまった僕を他所に、他の生徒たちの驚きや恐怖に引き攣ったような声が教室中に溢れ返り、僕の周囲から生徒たちが逃げ出した。


 あ、教室からは出られないから諦めようね。

 この前の変な連中を殲滅した時と同じように閉じ込めてるから、泣いて叫んでも逃がさないからね。

 さすがにまだ暴れるって決めた訳じゃないから、騒がれても困るし。

 というか黙って? うるさいんだけど。


 あと、小さいどうのって言ったそこの女子。

 ちょっとキミだけは確実にうっかり攻撃したくなってきたんだけど?


 あー、それにしても見た目とかじゃなくて声、声かぁ……。

 そっかー、なるほどなー。

 声の要素で『ダンジョンの魔王』を彷彿とさせてしまって、それが結びついた感じかぁ。ぶっちゃけ、僕は他人の声なんていちいち気にしてないから、そっちは考えなかったなー……。


 そんな事を思う僕を他所に阿鼻叫喚と化した教室の中、先生がこちらを睨んだまま再び口を開いた。



「つい先日、配信を通してハッキリと聞いた声だ、間違えるはずもない……! 貴様、本物の・・・彼方 颯をどうした……!」



 ……んん? なんて?

 なんかちょっと僕が思ってたのと違う言葉が聞こえたような。

 なんだろう、これもしかしてだけど、「『ダンジョンの魔王』が彼方颯を殺して人間のフリをして潜り込んでいた」みたいな、そんな勘違いされてる感じ……?



「何を言っているのさ、僕が彼方 颯だよ?」


「フザけた事を……ッ、そんな世迷い言を信じるとでも思っているのか……! よくよく見れば貴様のその姿、入学当初の写真とまるで変わっていない・・・・・・・・・・だろう! 人は成長する、ましてやその年齢であれば顕著にな・・・・! そのままの姿であるはずがない・・・・・・・!」



 ……ッスゥーー……殺していいかな、このひと。


 あのね、僕だって成長したいんですけど?

 好きでこの見た目のままって訳じゃないんですけど?

 確かに今はミステリアス枠を創出するために割り切っているとは言っても、それはそれ、これはこれっていう話なんですけど?


 ……ふぅ。

 これなんかもう、どうやって証明を……――ん、待って。

 よくよく考えるとこの流れ、悪くないのでは……?


 僕が『ダンジョンの魔王』だと見做されるにせよそうじゃないにせよ、さっきのまま退学になってたら、名前と顔写真とか公開されて指名手配みたいになってた可能性が高い。

 ここで大虐殺すると、ただの大魔王みたいになりそうではあるし、何よりお尋ね者みたいな感じで有名になったら動きにくくなるのは間違いない。


 けれど、僕が『ダンジョンの魔王』に殺された、なんて思われているのなら、『一人の少年が『ダンジョンの魔王』によって殺され、その姿を利用されていた』という話をでっち上げる事もできちゃうような気がする。

 今後も黒幕ムーブ、ミステリアスムーブをすることを考えた時、僕自身の正体が周囲に公開されてバレてるよりも、このまま『ダンジョンの魔王』に殺された感を演出して、『彼方 颯』は表社会からフェードアウトして、『存在しないはずの少年の姿をした何者か』と言われる方が、ミステリアスムーブに拍車がかかって美味しいのでは……?


 あ、でも今後は〝黄昏の調停者〟とかいうなんかいい感じのポジションになる訳だし、僕が殺したっていう設定より、偶然死んでいるのを見つけて利用した、みたいな感じの方がいいよね。


 ……よし、それでいこう!



「……ふ、あははは! あーぁ、気付かれちゃったらしょうがないね。あぁ、そうだね。僕はそう呼ばれている存在さ。この身体・・・・の持ち主なら、ダンジョンで情けなく死んでいたからね。少し、キミたち人間の生態を知るために利用させてもらっていたのさ」


「――ッ、やはりか……ッ! 道理で学生風情の分際で、私の攻撃を受け止め、あまつさえ攻撃にまで及ぶことができたという訳だ……!」



 やはりも何も、そもそも嘘だけど。

 僕は普通に学生だったし、単純に先生より強いっていう、ただそれだけの話なので。

 というか学生風情の分際とか、めっちゃ上から目線じゃん。

 その学生風情の分際のまま叩きのめしてた方が面白かったのでは、なんて思い始めちゃうよ、僕。



「だが、残念だったな……。貴様のその我々人間を小馬鹿にしたような態度、感情を乗せているようでまったく感情のない化物らしさ・・・・・に、年齢に不相応な見た目・・・・・・・・・・。人間味に欠けているのは一目瞭然だ。詰めが甘かったな……!」



 ……ッスゥーー……ねえ、ちょっと?

 さっきからめちゃくちゃ失礼過ぎない? 僕、別に〝進化〟とかする前からこんなんなんですけど? 見た目も性格も。

 つまり僕、ナチュラルに化物だって言ってるってことじゃん。

 あと見た目についてさらにディスってくるじゃん。

 いい加減そろそろ殴るよ?


 いや、いけないいけない。

 ここにきてやっぱ殺そう、なんて急な方針変更は良くない、落ち着け僕。


 ともかくここで僕が『ダンジョンの魔王』という確証をみんなが持てるように、魔道具使って髪と目の色を魔王ムーブ用のアレに切り替えて、ついでに翼をファサァッとしておく。


 翼があったらファサァッてするものだ。

 別に深い理由とか、出現させた時の固有モーション的なサムシングじゃない。

 ただカッコイイからしただけ。



「確かに、人間というのは感情豊かだからね。僕がやっているのは所詮擬態に過ぎないし、そういう齟齬が出るのもしょうがない、か。いい勉強になったよ、センセ?」


「……ッ、貴様のような化物に先生などと呼ばれる筋合いはないッ!」


「あははは、そんな悲しいこと言わないでよ。勉強になったなぁ、って思ったから敬意を払っているつもりなんだよ? ただまあ――囀るのもそこまでにしておきなよ」



 声のトーンを低くすると同時に、翼を刃に変えて先生、そして生徒たち全員を包囲するように一気に展開する。

 位階の低いみんなには、一瞬で刃が自分を向いてあちこちから包囲してきたようにも見えたらしく、腰を抜かして座り込む生徒や、意識を失って倒れる生徒まで出始めた。


 ……あの、そんなに動かれると当たらないように展開した僕の翼に当たるんだけど?

 当たったら爛れて腐り落ちるからね?

 言っておくけど、僕の翼って問答無用に〝呪い〟を触れた先に付与するからね?

 やめてね、自爆とか。


 小さいって言った女子は別にいいよ。

 ほらほら、積極的に触れなよ。



「っ、いつの、間に……」


「さて、センセ? 正体を見破られてしまった以上、なおさら僕がここに残る理由はなくなった。その上で、もう一度訊こうか。キミがもし、無謀にも僕を止めようというのなら、キミも、そこの学生諸君も、ついでにこの学校にいる人間全て……いや、いっそこの特区の人間を全て殺して出て行こうかな。けれどもしもキミが素直に僕を追わずに諦めると言うのなら、僕は誰も殺さずに出て行ってあげるとも」


「ッ、おのれ……!」


「あははは、相手が悪かったね? もしもキミが僕に気が付かなければ、こうはならなかったんだよ。別にキミたちを殺そうが生かそうがどっちでも良かったからね。無駄な手をかけず、しれっと消えるつもりだったんだよ。けれど、キミは余計な事をして僕に気が付いて、あろうことか僕に攻撃を仕掛けた。運が悪かったね」



 さて、さすがにここまで言われて、しかも他の生徒たちから助けを訴えられるような目を向けられて、先生も「そんなの関係ねェ! ヒャッハーッ!」とはならないでしょ。


 そもそも、先生は僕の見立てで位階ⅣかⅤ程度。

 僕に対して変に対抗しようとしたところで、あっさりと殺されるような相手であろう推察ぐらいならできるだろうと思うし。


 そんな事を考えていたら、先生が一つため息を吐いてから、落としていた腰をあげてみせた。



「……分かった。私は手を出さない。さっさと立ち去れ」


「うん、それがいい。それでいいんだよ」



 ずるずると呑み込んでいくかのように、ゆっくりと翼に戻していってから、そのまま窓を翼で開いて窓枠へと飛び乗ってみせる。

 他の生徒たちは危機が去ったと気が付いて、その場で倒れたり座り込んだりして戦意を完全に喪失しているようだ。


 対して、先生だけは生徒の手前気丈に振る舞っているけれど、僕の翼の力を知っているからか、足も、手も震えている。

 それでもなお心を折らずに僕を睨みつけているあたり、負けん気が強いというかなんというか。


 まあ、その結果僕を炙り出そうとして、『ダンジョンの魔王』が出てきた訳だけど。



「それじゃあ、色々と人間の世界も楽しかったよ、センセ」


「……っ、さっさと失せろ」


「あはは、つれないね。じゃあ、さようなら」



 短くそれだけを告げて、僕は窓から飛び出して、そのまま全員の視界を切ってから〝銀の鍵〟を発動させて、自室へと飛んだ。











 自室に戻り、家具から食料、衣服まで全て片っ端から影の中に放り込んで家出準備中。


 多分、すぐに僕――というか、『ダンジョンの魔王』が彼方 颯という人間のフリをしていたと知られて、ここにも踏み込まれるだろうしね。

 ほら、最近も普通に洗濯物とか干してたから、ここを使っていたっていう証言とか、監視カメラとかで歩いてる姿とか見られているだろうし、調べるために色々やるでしょ。


 そんな事を思って片付けをしていたら、ニグ様から呆れたような声が届いたので手を止める。



《――颯。あなたは少々、行動が行き当たりばったり過ぎるかと》


「ん、ニグ様。急に何事?」


《……先程の件です。幸いにもあの人間が勘違いしてくれたおかげで事無きを得ましたが、あなたが『ダンジョンの魔王』だと気付いていないまま、あなたを知らない上であのような物言いを聞いたとなれば、水都という女性は確実に歯向かってきていたでしょう。そうなれば、あなたは自分が指名手配されようとも迷わず全員を殺していたのではありませんか?》


「あー、うん、そうなっちゃっただろうね。いやー、助かっちゃった」


《……はあ。あなたは不測の事態に陥ると、行動が行き当たりばったりになりがちです。先日も目論見通りの行動ができず、そのままの勢いで行動して秘密結社の事を聞けなかったと後悔していましたよね?》


「うぐっ、……ハイ」



 さすがにそう言われて実感しない訳にはいかない。

 確かに僕、自分が「もういいや」ってなっちゃうと線引きが曖昧になって雑にやっちゃってる部分はあるし……。

 その結果後悔したばっかりだったのに、しっかり後の事を考えて、計画的に対応できていたと言えるのかと言われると、お世辞にもそんな風に言えるはずもなかった。



《あなたは同じ事を繰り返したいのですか? その結果、あなたのいう〝ミステリアスな黒幕ムーブ〟ができなくなっても、それでいい、と?》


「そ、そんなことないです……」


《そうでしょう? 我慢をしろ、埋没しろ、耐えなさいと言っているのではありません。あなたが人間種を殺そうが殺すまいが、それがあなたの選択であり、選んだ道であるのならば私もヨグも気にしません。ですが、その場で衝動的に行動して後悔するような行いは慎まなくては、取り返しがつかなくなる事もきっと出てくるでしょう》


「……はい」


《それに、あなたのなりたい『なんかミステリアスでクソ強いし、見た目の割にやたらと達観していて年齢不詳な、どこか人を食ったような謎のショタキャラ』というイメージを覗いてみましたが、その存在はどちらかと言えば全てを見通して、いつだって余裕を持っていて、浅慮な行動はしないはずです。あなたが憧れたのは、そういうキャラクターだったはず。違いますか?》


「――ッ!」



 ――それは正しく、天啓だ。


 そう、そうだよ。

 いつだって『なんかミステリアスでクソ強いし、見た目の割にやたらと達観していて年齢不詳な、どこか人を食ったような謎のショタキャラ』は全てを見透かしていて、主人公とかが知らない場所を知って行動していた。


 なのにこれじゃあ、僕はあの素敵キャラ枠になれない……ッ!



「ありがとう。目が覚めたよ、ニグ様……!」


《それならお説教した甲斐もあったというものです。今後はちゃんと、勢いで行き当たりばったりだけではなく、しっかりと考えるように。もしも困ったなら、ちゃんと私にも相談するのですよ》


「はーい!」



 目から鱗が落ちるとはこの事か。

 僕はまだまだ『なんかミステリアスでクソ強いし、見た目の割にやたらと達観していて年齢不詳な、どこか人を食ったような謎のショタキャラ』枠を目指すにあたって、考えが足りなかった。


 くっ、素敵キャラムーブの道は険しいね……!

 これからは何をおいても思慮深く生きていけるようにならなきゃ……!



《さて、せっかくですので今後の事についても話しておきましょうか。、実はあなたに紹介したい者がいます》


「え? なんか珍しいね、ニグ様が僕に紹介とかするなんて」


《あなたが嫌だと言うのなら、直接関わり合わずとも結構です。ただ、彼女の力や知恵、そして能力を考えると、今後あなたが〝黒幕ムーブ〟をする上で非常に有用な存在であると――》


「――よし、すぐに会おう!」



 今後の〝黒幕ムーブ〟をする上で有用だってニグ様が言うぐらいなら、そんな重要な人物はそうそういないはず!

 迷ってる場合じゃないんだよなぁ!



《……はあ。言った先から即決だなんて、まったく……。本当に大丈夫なんでしょうか、ラトとこの子を会わせてしまって……。なんだかノリと勢いでとんでもない事をしでかす組み合わせのような気がしてなりません……》



 なんだか頭が痛そうな声が聞こえてきた気がするけど、僕はさっさと準備を済ませて再び〝銀の鍵〟を使って外へと出るのであった。






◆――――おまけ――――◆


※前回のよぐにぐ※


ヨグ「(颯の教師への宣言でテンション上がって震え出すも、ニグの様子に気が付いてちょっと止まる)」

ニグ「…………はあ。あの子は……っ(ピシ、ピシピシ)」

ヨグ「( •̀ㅁ•́ ; )!」

ニグ「……あのままでは良くないわよね。せめて目的を遂行するための我慢を覚え、しっかりと判断できるようにならないと。えぇ、そう。そうよね。……そう思うわよね、ヨグ……?(ゴゴゴゴゴ)」

ヨグ「⁽⁽(>д<; )՞՞」

ニグ「そうよね。えぇ、大丈夫、大丈夫よ。私がしっかりとお話しするわ。ふふ、ふふふふふ……」

ヨグ「:( ;˙꒳˙;):」




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