敗残兵の矜持




「――ホント、殺されるかと思った……」


「マジでそれ! あの黒い刃って、あの配信で人のこと溶かしてたヤツだろ? あれに触れたらぜってー死んでたわ……」


「先生も挑発するとか何考えてんだよ、ホント。俺ら死ぬとこだったんだぞ」


「私なんか一瞬凄い顔で睨まれた気がする……」


「気のせいだってー」



 颯が立ち去ってからの教室内では、ようやく人心地ついたとでも言うような生徒達の声が響き渡っていた。


 先の騒動から、すでに一時間ほど。

 担任教師である水都は即座に学校側、そして特区の安全を守る特殊警察へと通報をするため、生徒たちは一時的に教室に待機するように言われている。


 最初の30分ほどは、酷いものだった。

 気絶した生徒たち、足腰が抜けて動けないまま、意識が残っていても震えが止まらず過呼吸状態になる者もいたほどだ。

 こうして声をかけ合える程度には、その緊張の糸が少しずつ解れてきた、というところだろうか。


 そんな生徒たちの中で、一人の女子生徒――御神みかみ 凍架とうかは一人、長い黒髪を真っ直ぐ下ろして俯いていた。


 つい先程、教師である水都をあっさりと床へと叩きつけてみせ、その後に見せた、目にも留まらぬ速度で展開された黒い刃による包囲。

 あれだけの力を持つ存在が自分たちを殺さなかったのは、ただの気まぐれのおかげだ。


 もしも水都が抗う姿勢を見せていたら、自分たちは――と御神は思い、己の細い首に白い指を這わせた。


 ――……やっぱり・・・・、私の【魔眼】が見たあれは、『ダンジョンの魔王』の力だったのね……。


 誰よりも早くそれ・・に気が付いて良かったのか、それとも気が付かずにいれば、こうも憔悴せずには済んだのか。


 今の御神には分からなかった。




 御神が持つような【魔眼】とは、先天的に与えられる能力の一つで、その所有者はあまり多くはないが、一つのスキルとして名前が知られているものだ。

 有名なものでは【先見眼】と呼ばれる数秒単位の未来視を可能とするものや、物体をすり抜けて可視化する【透視眼】、遠くの情報をその目で視る【千里眼】など、どれも視覚に対して何かしらの補助効果を発動するものである。


 御神が持つ眼は、【魔力視】。

 その名の通り、本来ならば不可視とされているような薄い魔力ですらその眼で視ることができる。


 ただそれだけと思うかもしれないが、これは戦いに向いた眼であると言える。

 たとえば漂う魔力の動きから魔法の発動をいち早く察知したり、身体のどこを強化して、何をしてくるのかという予測を立てられるため、戦いの場においては未来視にも匹敵する役割を担うこともできるのだ。


 ただし、もちろんメリットだけという訳ではない。

 どの【魔眼】も、魔法的な役割を担っているせいなのか、発動中は魔力の消費が激しい。

 そのため、生まれたての赤子である場合はその力を操れず、魔力の枯渇状態に陥り、気絶するように眠ってしまう。


 そうしている内に身体が学び、物心つく頃には自分で自然とオンオフを切り替えられるようにはなるものの、そうではない場合は昏睡状態に陥りそのまま目覚めなくなる、という事例も存在していた。


 御神もまたそうやって【魔眼】の扱いを覚えた子供の一人であった。

 結果として、常人には視えないものを視て、探索者でもなんでもなかった一般家庭の生まれであったせいで両親に気味悪がられるようになり、物心がついた頃にはネグレクト状態に陥り、保護され、特区へと送られた子供であった。




 ――――あの日、河野との模擬戦の中で、御神は不意に己の持つ【魔力視】を発動させてしまったのだ。




 御神は現在位階Ⅲではあるものの、すでにⅣに近い程の実力に達している。

 養成校の生徒たちはまだⅡになったばかりという者の方が多く、ダンジョンの中でも上層――つまり、素人の領域とも言えるような場所で戦う程度が関の山といったところだ。


 そんな相手に本気を出す事など、普段ならば有り得なかった。

 消耗の激しさもあり、ここぞという場面以外では滅多に使わないよう心掛けているという事もあった。

 だから、日常において【魔眼】が発動する事はなかった。


 ただ、この日だけは少々状況が特殊であった。


 前日に視聴していた『燦華』の配信。

 あの配信に出てきた存在の可視化させる程の魔力を見たせいか、朝から意識を緩めるとすぐに【魔眼】が発動してしまうような、本人の意思とは関係のない活性状態に陥ってしまっていた。


 それは御神にとっても初めての事だったが、実のところ、【魔眼】持ちでダンジョンのそれなりに深い層へと足を踏み入れていたり、『魔物氾濫』を経験して強い魔力を持った魔物と対峙した経験がある者は、その症状を経験した者が非常に多く、彼ら彼女らはその症状をこう捉えている。


 ――〝本能的な警戒状態が続いているのだ〟、と。


 これは【魔眼】の特徴とも言えるが、赤子の時分に扱いを学ぶように、何も意識していない素の状態というものがあるとすれば、【魔眼】はその素の状態である時に己の意識を無視して発動してしまう――つまり、意識的にオフに切り替えて日常生活を送る必要がある代物なのだ。

 強烈な魔力という代物は、本能的な恐怖を駆り立てる。

 そのような代物を映像越しとは言え見てしまったがために、本人が気付かないところでも本能が過敏になってしまい、結果として【魔眼】が発動しやすい状況に陥っていたのだ。


 そうして河野との模擬戦が終わるその時、攻撃を仕掛けるべく意識を切り替えた、その瞬間――制御を離れた【魔眼】が発動した。




 ――――その時、御神は視たのだ。

 じっと自分を見つめていた、異様なまでに圧縮されている魔力を身に纏う存在を。




 それは自分が観ていた動画、『燦華』の配信で見ていた異様な存在と全く同じモノであると悟ったのは、自然な事であった。

 そんな存在が、まさか同じ学校の同じクラスにいて、しかも、自分を観察するように、見透かすように目を向けていた。


 思わず動揺して動きが止まってしまったのだ。


 目が合っていた。

 動いたら、自分が彼に気付いたのだと知られれば、消されるのではないか。

 それが本能的な恐怖となって、逃走や反応といった判断を失わせたのである。


 颯が変なポーズをしてみせたのに表情が変わらなかったのは、ただただ目の前にとてつもない力を持った存在がいた事に動揺していたおかげだった。

 幸いにも、颯はそんな御神を見て「彼女は自分に気付かなかった」と判断した訳ではあるが、事実として御神は気が付いてしまったのだ。




 それから御神は、しばらくの間、学校では気が気でない日々を過ごしていた。


 そもそも『ダンジョンの魔王』は人間に対して必ずしも敵対的とは言い難いが、友好的かどうかは判らなかった。

 情報は少なく、しかしながら確定的なのは、『ダンジョンの魔王』という呼び名はともかく、あの存在が『ダンジョン側の存在である』という線が濃厚だという点だ。


 ダンジョンが何故生まれたのか、どうして存在しているのか、その謎は未だに解明されていない。

 ダンジョンの出現を語ったという『天の声』も、何故ダンジョンを出現させたのか、何がしたいのかという情報は一切表に出していないのだ。


 もしもダンジョンが、この世界を侵略しようとしているのなら。

 ならば、そんなダンジョン側に所属していると思しき『ダンジョンの魔王』という存在が、人間そのものを敵だと断じていたのなら。

 つまるところ、御神には何が逆鱗に触れる行為となるかも分からない以上、下手に動きようがなかったのだ。


 生徒はおろか、教師も、下手をすれば特区の治安を守っている特殊警察と呼ばれる者達でさえ、『ダンジョンの魔王』を止められるようには思えない。

 そんな存在が、己の気配を完全に殺して沈黙を貫いているというのは、不気味であった。


 誰かに言うべきかと迷いもしたが、しかし僅かにでも動きを見せて知られてしまったら、その相手を巻き込みかねない。

 あれだけ自分を見ていたのは、もしかしたら自分の【魔眼】に気付いて警戒しているのではないか、と。

 そう思うと、誰にも言えなかった。


 結果として授業に集中などできるはずもなく、まともでいられるはずもなかった。

 模擬戦でも精彩を欠き、つい先日、河野相手に追い詰められるに至ったほどだ。




 ――――そんな御神に、水都が声をかけてきたのは、東京第1ダンジョンにおける『魔物氾濫』騒動の翌日の事だった。




 ここ最近の御神の精彩を欠いた動き、それに加えて授業にも集中していないような態度は、本人は周囲に隠しているつもりであったかもしれないが、しかし大人の目から見れば一目瞭然というものであった。

 特別指導室へと呼び出され、そこで何があったのかを話すように言われ、その一言だけで、これまで綱渡りのような状況で耐えていた心が、決壊した。



「――お前の言う席の生徒は……む? ……彼方 颯、か。なるほど、確かにこうして話題に出てきて私も初めて存在を認識した気がする。クラスの名簿にもその名があったのは憶えているのだが、な。そいつが、あの『ダンジョンの魔王』である可能性が高い、と……。俄には信じられんな。そもそも、何故学校なんぞに潜り込んでいるのかが分からん」


「……そう、でしょうね」


「だが、優等生と言っても過言ではないお前が言うのなら、その可能性は頭ごなしに否定できるものでもないな。それに私にかかっていた、認識に対する強烈な違和感。これも含めるとなると、無視できるような状況ではない、か。……いいだろう、探索者ギルドに【看破】系統の魔道具を借りて私が確認しよう」


「……っ、そ、そんな真似をすれば、先生が……!」


「分かっている。が、魔法か、あるいは魔道具を使っているのは間違いない。ただのガキのお遊びならばそれを辞めさせるだけで解決だ。お前の言う通り『ダンジョンの魔王』であれば、馬脚を露わすかシラを切るかは分からんが、何が待っているにせよ、無視して放っておくという選択は有り得ない。――安心しろ、お前たちに危害が及ぶような状況にはさせない」



 水都からそんな言葉を告げられて、思わず御神はその目を丸くして、そんな御神の顔に水都は苦笑を浮かべた。



「なんだ、意外か?」


「……正直に言えば、はい」


「くくっ。正直過ぎるな。早死にしたくなければ、その正直さは隠せ」



 堪えきれないとでも言いたげに水都は笑って、懐かしく、眩しいものを見るように目を細めて虚空を見上げた。



「御神。私たちの生きるこの世界に――特区に生きる者に対して、生半可な優しさを与えればそれは毒になる」


「毒、ですか?」


「そうだ。一度触れてしまえば、その甘美さに吸い寄せられ、時に縋りたくなってしまう。夢を抱いてしまう。特区における他人に対する優しさなんてものは、向けられた方も、そして向けた方もまた自己満足に浸れるだけの、厄介なだけの毒だ。だが、そんなものに頼っていては、この特区で生きていけない。それは特区で生まれ育った私が一番よく分かっている。だからこそ、そんなクソッタレな世界でもお前たちを生かすために、クソッタレなルールを押し付けている。そんな私をお前たちが心の中で罵り、悪態をつきながら、それでも生きるルールを学び実践できるようになってくれるなら、私は喜んでクソッタレで在り続ける。それが私の教師としての信念だ」


「……どうして、そんな……」


「お前の情報は知っている。物心ついた頃に捨てられ、外である程度の常識を学んでから特区に来た、特区の中の異端児。幼かったとは言え、なんとなくは分かるはずだ。この社会の歪さも、特区という在り方がいかに歪んでいるのかも。それでもお前は、それらを呑み込んで、この特区に適応してみせている。お前のような者の命を繋いでいれば、いつかそいつらの時代に何かが変わるのではないか。私はな、柄にもなくそんな夢を見ているのさ。その夢の為に命を捨てるのなら、躊躇はない」


「水都、先生……」


「私はかつて、探索者やお前たちのような子供たちに対する社会の体制を変えたくて、同じ志を持った仲間たちと共に探索者として上位の存在を目指した。そうすれば、力が――権力が手に入る。そうなれば何かを変えられるかもしれない、なんて無謀な夢を見て、な。その結果、仲間たちは命を落とし、私はこのザマ・・・・だ。見ろ、こんな動きすらままならんのだ。もうまともに使い物にならん」



 右腕を少しばかりあげて、ぴきりと走った痛みに顔を顰めてから、水都は呆れたように笑ってみせた。



「実力も弁えず、己の状況を理解しようとしなかった。そうして分不相応な夢を抱き、無謀な真似をして、私はこうなった。だから私は、分別のないバカが嫌いだ。かつての、何も知らなかった頃の私のようになるだろう事が目に見えているからな。敗残兵のように挫け、そして悔いても悔いても戻らない時に焦がれてしまう。仲間が死んだあの瞬間を、今も夢に見る。そんな未来を歩む私のように、な」



 御神はそんな水都の力ない笑顔に、胸が締め付けられるような気分だった。


 知らなかった。

 普段から厳しく、まるで自分たちを家畜のような物言いで、時にはやり過ぎだとも思えるような制裁を行うこの苛烈な教師が、そんな想いを胸に抱いて自分たちに接していた、なんて。

 言葉に詰まり、何も言えずにいる御神がなんとか口を開こうとして、しかし水都はそんな御神に対して首を左右に振った。



「何も言うな。同情も、激励もいらん。これは私の貫くべき想いであり、どれだけ美化したところで、私の自分勝手な押し付けに過ぎん。柄にもなく喋ったのは、もしも『ダンジョンの魔王』と敵対する形になり、私が道半ばに散ったその時に、そんな大人もいたのだと憶えていてほしいという、いわば私の遺言であり、同時に、だからこそ私は未来のためにお前たちは絶対に守るという決意を有しているという、ただそれだけの話だ」


「……っ」


「準備ができ次第、仕掛ける。本来ならば私一人で一対一の場面を作って行うべきだろうが、そうなっては奴が『ダンジョンの魔王』であった場合、私が口止めに消されて終わり、お前に辿り着いて消される可能性も高いな。……となると、あまり気は進まないが、衆目がある場所で追い詰める方がむしろ安全か」


「それは、大丈夫でしょうか……?」



 御神にとって、『ダンジョンの魔王』は危険極まりない力の持ち主だ。

 もしも一歩でも間違えれば、衆目があればその場の全ての存在を屠ってしまうのではないかという気がしてならない。

 対して、水都は冷静に『ダンジョンの魔王』という存在を分析していた。



「まだ私はただの生徒が、ダンジョンで手に入れた魔道具を黙って持ち帰り、勝手に使っているのではないかという可能性を捨てられた訳ではないが……もしも彼方という生徒が『ダンジョンの魔王』であったと仮定して、だ。これまでに奴は『燦華』や『大自然の雫』という目撃者がいても見逃している。奴は無差別に他の者にまでは手を出さない可能性は高い。無意味に人殺しを愉しむような輩ではないのは確かだ。そもそも、この前提が崩れているのであれば、私たちはとっくに殺されているが、な」


「それは……。でしたら、せめて特殊警察に待機要請を――」


「――それはできん。奴らは確たる証拠がなければ動かん。それに、万が一彼方が『ダンジョンの魔王』であり、特殊警察が動いたとして、なんらかの方法で奴が周囲の動きを察した場合、どこからどこまでを敵として標的に定めて暴れるかも分からん。どうせ奴は特殊警察が動いたとて止められはしない。『深層の悪夢』、そして昨日の配信で観ただろう。アレはそういう次元の化物だ。あんな化物がその気になれば、私や特殊警察が揃っていたとて、数秒と保たん。徒に被害を広げるだけだ」


「……っ、そんなことは……」


「現実を見ろ、御神。戦いになれば、我々は何もできずに全滅する。勘違いをするな、目的を履き違えるな。私たちの目的は、奴が『ダンジョンの魔王』であった場合、この学校から排除する事だ。戦う事ではない、捕らえる事でもない。分かるな?」


「……はい……」


「学校に潜り込んでいる理由があるとすれば、それは何か目的があっての事だろう。隠れ潜む選択をしている以上、見つかりたくない、騒動を引き起こしたくないとも言える。正体さえ暴いてさえやれば、目的に区切りをつけて学校からは離れるはずだ。その結果、奴の計画の邪魔をした一人の教師が腹いせに殺されるかもしれんが、それでも奴が離れてさえくれるのであれば、目的は成功したと言える。これはそういう話だ」


「……先生、だったら私も――!」


「――ならん。万が一、ヤツが『ダンジョンの魔王』であるのなら、私だけの首で収まるように挑発して注意を引き付け対応する。お前は何も知らず、気付かず、誰にも余計な事は言っていない。そして、馬鹿な教師が起こした騒動に巻き込まれただけの生徒だ。これが真実だと刻み込め。これ以上の問答は不要だ。帰宅しろ、御神」





 ――――そんなやり取りを思い出して、御神は息を吐いた。




 今日、水都がつけている眼鏡がいつもと違うという事に気が付き、始まるだろうという事は理解できた。


 しかし御神は怖気づいていた。

 水都が河野を攻撃した時にちらりと『ダンジョンの魔王』を一瞥した事に、御神は気が付いていた。


 ――始まる、と。

 そう思った途端、咄嗟に口を開いて邪魔をしてしまった。


 震えながら、どうにか止まってくれないか――そう願って声をかけた様が、奇しくも颯には河野を庇った行為に見えていたが、御神は水都を止めたかったのだ。


 彼女の中にある信念を知り、死んでほしくないと、そう思ってしまった。


 しかし、水都はその程度では止まろうとしなかった。

 会話を打ち切り、これ以上邪魔されては溜まったものではないと言わんばかりに、水都は『ダンジョンの魔王』に自ら声をかけてしまった。


 その結果、無事に切り抜けられたのか、それとも今は踊らされているのか。

 あるいは、最初から自分なんてどうでもいいと割り切ってくれたのかは、御神には分からなかった。


 ただ、今は久しぶりにゆっくり眠れそうだ、なんて思う。

 これでもう『ダンジョンの魔王』がすぐ傍にいるかもしれないと脅える日々が終わった。


 そして――同時に、これから水都にこっ酷く絞られるだろうなという一つの諦念が胸の内を去来して、御神は力なく机に突っ伏したところで、頭上に声が届いた。



「御神、例の件・・・とは別で少し話がある。特別指導室へ行くからついて来い」



 声をかけてきたのは、疲れた様子で戻ってきた水都であった。






 ――――一方、そんなドラマがあった事など、微塵も知らないお騒がせの本人はと言うと。






 連続して聞こえる爆発音。

 砂塵を舞い上げながら倒壊していくそのビルのすぐ傍を壁を蹴って滑空するように飛び回り、次々に飛来する光弾を避ける。

 一撃一撃が着弾と同時に激しい爆発を引き起こし、廃ビルをあっさりと倒壊させていくような破壊力を込めた魔法攻撃。それらをすれすれで躱して逃げ切った先、空中で翼を広げた颯がその動きを止め、額から流れた血を拭おうともせず両手を翳す。


 大きな魔法陣をその手の伸びた先、空中に直径3メートル程の円形で描き上げ――終わると同時に、真っ黒く赤みがかっている光を放電させながら〝破壊特性〟を付与した〝魔砲〟が、颯を見上げていた相手に目掛けて放たれた。


 放たれた光の帯は一直線に突き進み、ずん、と激しい音を立てて大地を貫いたそれが巨大な爆発を引き起こし、強烈な衝撃を周囲へと拡散させ、ビルというビルの残っていた窓を全て破壊して駆け抜けていく。


 そんな大規模な破壊を生み出しておきながらも、颯の顔は未だ真剣なもののまま、その先を睥睨していた。

 魔力の結界を利用した足場を作って中空に留まり、その砂塵の向こう側を睨みつけていれば、颯の視線の先を中心に暴風が吹き荒れ、その中心に平然と立っているものの、しかし薄汚れた女が姿を見せた。


 ――それは、ニグからラトと呼ばれていた女性であった。


 彼女の盲目の瞳と、颯の視線。

 互いにその眼光に剣呑な光を宿らせて、常人ならば数秒と保たずに塵となるような戦いをしていた二人が、ただただ睨み合うように動きを止めて。


 そうして、お互いに口角をつり上げたのは、ちょうどその頃の話であった。





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