遭遇と第一声
◆――――まえがき――――◆
※ 時間軸的にはこの前々話の直後の時間軸になります。
小説でいうところ、前話と今話で章が切り替わった、というようなイメージを持ってもらえると分かりやすいかもです。
◆――――――――――――◆
部屋の荷物を影の中に押し込んで早々に部屋を出た僕がやって来たのは、先日権利タクシーから見た首都高速道路沿いのビジネス街だった。
いやー……いいね!
飢えた獣のように、数少ない『仲間』と一緒に徒党を組んでいるらしい者達があちこちの建物に拠点を設けているのか、こちらに無遠慮な視線が向けられているのがよく分かる。
ふふ、ふふふ、ほらほら、カモが歩いてるよ?
さあ、おいで!
動物園の動物にでもなったような気分でルンルンで歩いていると、ニヤニヤと笑みを浮かべた若い二人組の男たちに行く手を阻むように前方を遮られ、足を止められた。
「よう、新入りか?」
「綺麗な格好してるみてぇだしなぁ。ここに来たのは初めてか? ん?」
「やあ、いい天気だね! めっちゃ曇ってるけど。さてさて、んじゃ、まずはこれからかなぁー」
「は? 何言って――ひ……っ!?」
「ぁ、ぁぁ……!?」
邪眼の一部、【恐怖に心を凍らせる瞳】だけをオンにして見上げた途端、男たちが引き攣るような声をあげて固まり、その動きを止めた。
さっきから鬱陶しい視線の数々にも、邪眼を発動させたままぐるりと視線を返してみれば、面白いぐらいに視線が消えた事に気が付いた。
なるほど、遠くても僕の目がそちらを見れば効果をしっかり発揮するみたいだね。
これはなかなか便利。
もうちょっと色々試したいから、もっと湧いて出てくれたりしないかな。
そんな事を考えてから、眼の前の二人に視線を戻した。
「さて、キミ達は、アレかな? 初めてやって来た僕を見かけて、わざわざ声をかけて案内を申し出てくれた、心優しい人達なのかな?」
「っ、ぁ、ぁぁ……っ、そ、そそ、そう、だ……!」
「な、なな、何かしようとした訳じゃ、ね、ねぇんだ……」
「そっかぁ。じゃあその優しさは特にいらないから、さっさと消えてくれる?」
にっこりと微笑んで邪眼を解いてみれば、ぐしゃりとその場に座り込んで後退りしていった。
「ひ、ひぃ……っ!」
「ば、バケモノ……バケモノだ……っ!」
そんな捨て台詞を残して離れていく男性二人を見送るように、微笑んだまま小さく手を振っておいた。
優しく彼らをわざわざ見逃したという訳ではない。
面子が潰された、というようなくだらない理由でわらわらと邪眼の実験体を連れて来てくれたり、あわよくば大物が出てきてくれないかなという期待を込めて、ちょっとした撒き餌だね。
さあ、行っておいで!
そして僕の所に沢山の被検体……げふん、お友達を連れてくるといいよ!
《……その目論見は外れるかと思います》
え、なんで??
自分で言うのもなんだけど、僕ってばいい感じで絡まれそうじゃん?
《あなたの使った【恐怖で心を凍らせる瞳】は、ただの威圧、恐怖とは違い、心を深く侵食して破壊していく代物です。短い時間で解放されたために、大事には至っていないようですが、あの者たちはこの後もずっと恐怖に脅え、あなたの存在を思い出すだけで身体が震え、その存在を口に出すことすら憚られるようになっているでしょう》
……ほぇー。
それってつまり、撒き餌としては失敗?
《はい》
……そっかぁ。
それじゃあ次からは普通にボコボコにして逃がすぐらいにした方が効果的かなぁ。
もしくは〝銀の鍵〟で人が密集してるところを探してから転移して、問答無用に襲いかかる、みたいな事しなきゃいけないのかなぁ。
こう、「ごきげんよう、被検体! さあ、テストの時間デス!」って感じで。
……うーん。
できれば色々と試しておきたかったから、散発的に腕自慢が順番にかかって来るお約束展開みたいなのを期待したんだけどなぁ。
ほら、ゲームであったじゃん、横スクロールアクションゲームってヤツで、なんかアウトローみたいなのが次々出てくるアレ。
まあどっちにしても僕の根城兼秘密結社の拠点を作るつもりだし、この辺りは一回制圧しておきたいんだよね。
てな訳で、当て所もなくぶらぶら歩いていく。
《他の特区へ移動したりはしないのですか? あなたがこの特区にいたと分かれば、おそらく捜査の手も伸びるかと思いますが》
んー、それも別に悪くはないんだけど、ここの特区はダンジョンが3つもあるおかげで、広範囲を『境界の隔離壁』で覆っていて広いからね。
そのおかげもあって、大きな道路沿いのビジネス街やショッピングモールなんかを含む大きな建物なんかもまるっと残って放置されている。
実際、監視の目も全然行き届いていないみたいだし、隠れ潜められる場所が他の特区よりも圧倒的に広く、選り取り見取りなのだ。
それに加えて、僕はここで育ったからね。
無駄に権利タクシーで移動してうろうろした事もあるから、それなりに地理にも詳しい。
土地勘がない場所よりも動きやすいのは確かだからね。
ぶっちゃけると僕ってば、〝特区外活動免許〟なんて取る気なかったし持ってなかったから、いちいち特区の外の事なんて勉強してないんだよね。
だから狭いとこに移動するとかえって身動き取れなくなるかもだし。
あの『燦華』のパーティと出会った神奈川まで移動した時は、単純に『境界の隔離壁』の上を越えていっただけで、あとはスマホで地図を見て進んだけれど、特区の外のどの辺りに何があるのかとかいまいち分からない。
スマホとかって特区内の孤児は国からの支給品として渡されているものだから、なんか電源入ってると位置情報が分かっちゃうとか、そういうアレな感じもあるかもって思って、『燦華』のところに行く前と帰ってくるまで一度も外に出してなかったしね。
まあもともと僕はネット依存症とかスマホ依存症とかじゃないから、基本的にスマホは使う時以外は電源切って影の中に突っ込んでたタイプだし、大して不便には感じなかったけど。
スマホの地図だけ見て「あっちの方かー」みたいなノリと勢いで進んだ。
道路標識とかでなんとなく到着できたから、きっと方向音痴とかではないはず。
でも、そういう国から支給されたようなものは部屋に置いてきたからね。
つまり今、僕はスマホを持っていない!
だから、特区の外に出て見知らぬ土地なんて行ったら、多分僕、迷子になる!
毎回やり直しみたいに〝銀の鍵〟でスタート地点に戻るとか、何がどこにあるのか分からないとか、探すの面倒臭いだろうしね。
《なるほど。では、紙媒体の地図とかはないのですか?》
紙、紙かぁ。
多分、どっかのコンビニとかホームセンターとか本屋とか、そういうのに放置されてたらあると思うんだけどねー。
僕が住んでた部屋の近くにあったコンビニに置いてあったから、一度だけ手に取ってちらっと見た事があったんだけどね。
なんかページで縮尺が変わってたり、次のページ行ったら全く違う場所が載ってて、なんかもう面倒臭くてさっさと閉じちゃったんだっけ。
見方とかよく分からないんだよね。
でもまあ、今後は必要になったりするかもだし、廃コンビニとか本屋とか探してみようかな。
特区になってから時間が経ち過ぎて、もうボロボロになったりしてそうだけど、ないよりはマシかな?
似たような事を考えてる人とかに取られてそうな気がしなくもないけどさ。
まあそんな事より、ニグ様。
僕に紹介したい人って、どこにいるの?
《今は【勇者】候補と【魔王】候補に〝凶禍の種〟を植え付けて回っている頃でしょう。とは言え、彼女もまた我々の同胞。すぐにでもそれらを終わらせて、あなたに会いに来るかと》
同胞……うん、つまり〝外なる〟がつくような存在かぁ。
ニグ様も詳しい相手みたいだし、僕なんかみたいに成り立ての存在とは違って、なんか色々な伝説とかあるタイプかな?
まあそれはともかくとして、じゃあ僕は好き勝手動いてて問題なさげ?
《はい。……そう考えると、あなたが学校を離れたのは丁度良いタイミングでしたね。彼女が学生などという未成熟な存在を見て、
思わず足が止まる。
……えーっと?
ねぇ、ニグ様?
なんか僕、ちょっと前にヨグ様とか調べた時に、すごく混沌を愛するような存在を見たような気がするんだけど、もしかしてその僕に会わせたいひとって、すっごい有名だったりする?
しない? しないよね?
《人間種の世界の中で、我々の伝承がどのように伝わっているのかはいまいち不明瞭ですが、確か彼女――ラトは、ナイアーラトテップ、ニャルラトホテプ等という名前で伝わっているようですね》
……ッスゥーー……。
なんだろうね、思わず足を止めて天を仰いでしまったんだけど。
何かが目にクルというか、ね?
気のせいかな?
……その、ニグ様?
それなんかこう、他の、もうちょっとこうまともというか平和というか、そういう存在に変えてもらったりなんて……。
《……できませんね。というか――もう、あなたの前にいますよ》
「――こんにちは、
歩き出して曲がり角をちょうど曲がった先で、顔を下げて前を見た先に佇む、美しい女性。
彼女はにっこりと微笑んで、まるで歓待するために準備をして待っていたとでも言いたげな程に、 完璧なレベルで美しく整えたマーメイドラインのドレスを着こなしていて、柔らかく僕に向けて微笑んでいる。
まるでこの場所を会場にしたガーデンパーティーか何かに呼ばれたかのような、そんな整いぶりだ。
もっとも、その背後に彼女の容姿に不似合いな、どうにも赤黒い塊のようなものが鎮座していなければ、の話だけど。
どうやらつい先程僕が放逐した二人組とか、その他にも大量の
ご丁寧に彼らはそんな姿になってもなお生かされているようで、虚空を見つめてぼんやりとした顔で何かをブツブツと、全部の顔が喋り続けている。
あまりにも情報量の多いその光景に、僕は思わず顔を顰め、険しい表情を浮かべていた。
「……っ」
「あら、どうしたの? もしかして、後ろの
「……こんな……」
「あら。まさか酷いことをして、なんて言いたいのかしら? それはおかしいわね。だって、コイツらが先に私に酷いことをしようとしたのよ? その手に触れたい、抱きたい、壊してしまいたい、穢してしまいたい。そんな欲望に塗れながら、コイツらは私に集ってきたの。ふふっ、か弱い女ですもの、そんなの、怖いでしょう? 自衛のために殺したのよ?」
「……違う」
「……何が違うというの? ふふ、さっきから震えて言葉も出せないみたいだけれど、大丈夫? 新たな同胞、人間から我々の領域に踏み込んだというのに、まだまだ――」
「――くっっっっっっさっ!」
「――……え?」
「いや、さっきから何勘違いしてんのか分かんないけど! 別に殺したとか、普通の人間ならドン引きするとかどうでも良くて、ただただクサいの! 話したくなくなるレベルで!」
「……えぇ、と……?」
「いや、お姉さんの美的センスを疑ったってのは否定しないけどね! 思わず美術品とかによく言う、『ンー、前衛的でアーティスティックですねぇ』、みたいな褒め言葉なのかフォローなのか煽りなのかもよく分かんない言葉を口にしても良かったんだけど! 何よりクサいんだってば!」
こんな形で、僕は這い寄る混沌で有名なお姉さんとの邂逅を果たしたのである。
◆――――おまけ――――◆
ヨグ「Σ(๑°ㅁ°๑)」
ニグ「ふ、ふふ……っ、クサ……クサいって……!」
ヨグ「(๑ ˃̵͈́∀˂̵͈̀ )」
ニグ「だ、ダメです、ラトが……、あのラトが、目を丸くするなんて……くふっ、ふふふ……!」
ヨグ「(*ノ∀`)ノ゙))」
しそー「いや、つか割とシリアスな展開とか、エグい状況なのに、アイツが出るだけでそういう空気全滅するのなんなの??」
おーが「まあ、状況考えれば普通にグロいし、世界違えば普通にラトのヤバさを窺わせるだけのシーンだったはずだもんな……ホントなんなの、アイツ」
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