〝凶禍の種〟
はい、梅雨が終了して太陽滅びろって思っている僕である。
ホントもう暑いよ。
権利タクシーで養成校に行きたい気分なのだけれど、学校に権利タクシー使って登校するのは禁止されているので仕方なくてくてく歩く。
いや、学校の近くで降りたらバレないようにも思えるけど、権利タクシーの行き先とか乗車してる人のデータって閲覧可能らしいんだよね。
朝の登校時間に、学生が、家から学校の近くまで乗車していた。
もうこの情報があるだけでアウトってことだね。
管理化された社会の弊害、便利が不便を生むというのはこういうことか。
まあどうでもいい事はさて置いて、と。
あの騒動から2週間が過ぎて、僕らの住む特区の中は相変わらずな日々を過ごしている。
有名な『天の声』さんによる世界アナウンス――なお、僕は後から聞いた――によって、【勇者】と【魔王】が選定される事になり、誰がそれに選ばれるのか、なんて騒がれている。
だから「もし俺が選ばれたら~~」なんて語っている同級生もいたけど、キミたちが選ばれることはないから安心してほしい。裏事情を知っている僕が言うんだから間違いない。
そんな事より、ミステリアスだッッ!
僕にはミステリアスムーブが足りていないッ!
という訳で、今後の活動方針を色々まとめて作戦立案の日々を送っていた。
ほら、あの『燦華』っていう女性パーティのおかげで、僕ってば「しっかり設定は練らないと、いざという時にどう答えていいか分からなくなって困る」という失敗から学んだ訳だよ。
転んでもタダでは、いや、いっそ誰かがいたらとりあえず同じく転ばせるまで起きないと定評のある男、それが僕である。
今考えただけだから実際どうかは知らんけど。
まあそれよりも。
僕が『ダンジョンの魔王』として動いていた、これまでの姿――黒基調に赤のアクセントを主軸として、禍々しい大鎌と黒い襤褸ローブを身に纏うような感じだった見た目とは対照的に、白系統を基調に青をアクセントにした姿を完成させた。
服装については、ちょっと影収納の中に色々突っ込みすぎてたものだから、取り出すのすっごい大変だったんだよね……。
おかげでここ最近、洗濯機を回して乾燥機を回してる間にまた洗濯機を、あと天日干し、みたいな感じでずっと色々洗濯してたよ。
時間経過のない素敵ご都合魔法とか作れるようになりたい。
あと整理機能もあってほしい。
そうやって色々準備はしたんだけれども、これまではダンジョンで探索者たちの前にひょっこり姿を見せていた僕だけれど、こちらの白い方はちょっと違うムーブになりそうなんだよね。
何故かっていうと、黒い方も白い方も含めて、僕はこの度、〝黄昏の調停者〟という役になったからだ。
なんかこう、仰々しい気がするけれど仕方ないよね。
だってこれ、ヨグ様が決めたらしいんだもの。
文句言える人間、いると思う?
僕はいないと思うよ。
それに何より、僕としてはカッコイイから一向に構わんッ!
むしろもっとちょーだい、そういうカッコイイ感じの要素!
ミステリアスにはそういう、なんかこう、ほら、いい感じの二つ名とかお約束だよね!
《――同胞に注意を促します。興奮するのは構いませんが、邪眼が薄く発動しているので平常心を保つべきでは?》
――おっと、ありがとう。
特区は相変わらず閑散としがちで人の気配なんて周囲にないけど助かったよ。
危うく通行人アルファベット表記さんを朝っぱらから街中で狂わせて崩壊させていくところだった。
それにしても、『天の声』さん、なんかだいぶ普通に話しかけてくるようになったね。
なんかこう、僕が〝外なる魔王〟になったり〝進化〟した時よりも頻度が上がってフランクになった感じがするんだけど、これって気のせい?
それともこれ、気を付けてはいるんだけれど、人付き合いをあまりしない僕が距離感バグって飛躍した発想を持ってるだけ、とかだったりする?
ウザがられちゃう感じ?
だいじょぶそ?
《……そんなこと、大して心配していないでしょうに。同胞の認識は間違っていません。あなたは〝黄昏の調停者〟という役目を引き受け、完全に
あ、はい。バレてた。
ぶっちゃけ僕は他人にどう思われようが気にしないからね。
だって他人だもの、勝手に考えて勝手に決めればいいし、好きにすれば、の一択だ。
けどほら、大して仲良くないのに距離感バグって馴れ馴れしくされるとか、ちょっとイラッとするでしょ?
他人にどう思われようがどうでもいいけど、だからってそういう地雷を踏み抜かない程度には気遣いぐらいするナイスガイな僕だからさ。
《適当な事を思念で伝えないでください。それと、同胞は先程告げた通り、すでに我々にとっても身内と言える存在です。故に、私の事は『天の声』ではなく、ニグと呼んでください》
オッケー、ニグ様ね。
僕の事も同胞とか、なんかテロリストとかが仲間の事を同志とか呼ぶアレな感じに聞こえなくもないから、颯でいいよ。
《一緒にしないでください》
ごめんて。
さて、こんな感じで僕は『天の声』さんことニグ様とお話をできるようになった訳だけれど、ぶっちゃけ〝黄昏の調停者〟として何をするのかはまだ聞いていない。
ただ、もちろん説明してもらった事だってある。
まず、【勇者】と【魔王】について。
このワードを聞けば、健全なる日本人ならばほぼ誰でも【勇者】という存在が〝善、正義、味方〟というようなイメージ。翻って、【魔王】と聞けば、〝悪、野望、敵〟といったイメージを抱くと思う。
おっと、もちろんラノベを愛して多種多様な勇者だの魔王だのを見てきた人たちは違うかもしれないけれど、そういうサブカル知識を持っていない人の話ね。
まあ、ともあれ僕だって最初はそんなイメージだったのだけれど、実はこの【勇者】と【魔王】というのは、『今を生きる人間にとっての』という注釈がつく。
ニグ様曰く、『今を生きる人間にとって都合が良い方が【勇者】で、悪い方が【魔王】』という風に、人間たちに分かりやすくラベリングした、という認識なのだそうだ。
生物にとってみれば、それは正しい認識だ。
自分たちの命を守ってくれて、暮らしを、平和を守ってくれるために立ち向かうというのであれば、なるほど、それは確かに【勇者】だろう。
その逆に自分たちの理論で攻め込んでくるような存在がいたとするのなら、その首魁は間違いなく悪の親玉、【魔王】とも言えるだろうしね。
だから、そういう風に分かりやすく役割を決めた。
ただそれだけの事だ。
ただまあ、それはあくまでも『今を生きる人間にとっての理論』でしかなく、もっと世界を、物事を大局的に見つめるような存在――それこそ、『神』と呼ばれる存在からすれば、それが必ずしも同義であるという訳ではないらしい。
停滞し、壊れかけつつある世界。
その世界を作った今の人間に試練を与え、新たなステージへと歩ませる。
結果としてどう転ぼうが構わない。
――ならば、試練を与えてみよう。
その結果がどうなるかを、今を生きる者達に委ねてみようではないか、と。
要するに、「なんかこのままじゃマジ終わりそーじゃん? こっちもヒマヒマだし、ちょいここらでイベント起こさね? 人間クンが乗り越えられても全滅しても、どっちにしても世界的には前進だし? アリっしょ☆」という訳だね。
チャラ男風に文字にしてみたら予想以上のウザさにビックリだったよ。
文面から滲み出るんだね、ウザさって。
ともあれ、あんまり興味がなかったから詳しくは聞かなかったけれど、だいたいそんな感じになったらしく、だからこの世界にダンジョンという名の試練が現れたのだとか。
階層主、守護者なんて名前を持つ『
そんな感じでこの世界は30年ほど前に一つ目の転換期を迎えた。
ニグ様たちの感覚でいうところ、『ダンジョン適正』のある探索者という存在は、ダンジョンという名の
その次なる試練の前提条件が、位階Ⅹらしい。
あと、ダンジョンの深層攻略もその条件の一つ。
深淵じゃなくて深層ね。
せめて奈落ぐらい突破できなきゃダメそうな気がしたけれど、そもそも奈落自体、〝進化〟後推奨レベルだったらしい。
知らなかったんだけど、僕。
ともあれ、その前提条件をクリアした者たちが選定とやらを受け、その精神性、考え方から【勇者】、あるいは【魔王】へと〝進化〟するそうだ。
そういえば僕、〝進化〟する時に位階ⅩからいきなりⅩⅧとかになった気がしたんだけど、他の人って似たような感じで跳ね上がったりするのかな?
へい、ニグ様!
《……なんだかその呼ばれ方は釈然としませんが……。〝進化〟に伴う上昇は、せいぜい位階にしてⅠ、適正が高くともⅢが限界というところです。そもそも〝器〟が出来上がりません》
……〝器〟って?
肉体とか魂の器的な、こう、容れ物?
《認識としては間違っていません。
へー、そうなんだ……ん?
ねえ、僕なんで位階ⅩⅧ相当とかいう数字になってたの?
《颯の肉体は、通常の人間種の肉体という定義から外れていました。これはあなたの魂に植え付けられ、完全に同化していた〝凶禍の種〟が関係しています》
あ、そうそう、それそれ。
なんか僕に植え付けられていたとかなんとか、前に訊こうと思っててすっかり忘れてたや。
僕の身体にそんな物騒そうな名前の種なんてどこにも見当たらないんだけど、どこにあるの?
というか、いつ植え付けられたの? やっぱ位階Ⅹになった時に自動的にこう、すぽーんっと身体の中に入り込むとかそういう感じ?
《順を追って説明します。まず、〝凶禍の種〟とは種と呼んでいますが、どちらかと言えば〝上位種への変化を促す因子〟であり、魂に直接植え付ける代物です。そのため、人間種が物理的に視認するなどは不可能なものです》
あー、因子、因子ね。
知ってるよ、因子。
あれね、うん、僕はあんまり好きじゃないかな。
知らんけど。
《……続けます。今回の【勇者】及び【魔王】の選定とは、位階Ⅹとなった者達へと〝凶禍の種〟を植え付ける事により、その思想や精神性などによって方向性が定まり、どちらかへの〝進化〟を促し、結果として【勇者】と【魔王】に割り振られる、という形になります》
ふむ、なるほど?
で、なんでそんなものが僕の身体というか、魂に植え付けられてたの?
やっぱ位階Ⅹになった時に自動的に入る感じ?
《いいえ、違います。ダンジョンをその世界へ実装した際、我々の同胞が次代に繋がる人間種の上位存在を生み出すべく、〝凶禍の種〟を無作為に蒔きました。もっとも、これは同胞の戯れであり、種の萌芽に人間種が耐えられる可能性は低いものでした。しかし、もしも萌芽に人間種が耐えられれば、次代の英雄になるかもしれない、と。そうして〝凶禍の種〟が根付き、その萌芽を始めた存在全てが、〝凶禍の種〟の萌芽に耐えられず、命を落とす結果となりました》
わお、次代推進過激派みたいな感じだね。
人間にとっては迷惑な話ではあるけど、まあ神が相手じゃなんとも言えないよね。
《これを受け、〝器〟が未成熟であるが故に耐えられなかったと考えた我々は、方針転換を余儀なくされました。その結果、生まれた
ふーん……ん?
じゃあなんで僕に〝凶禍の種〟が埋まってるの?
《はい、その点についてです。我々もあなたというイレギュラーな存在は気になったため、軌跡を辿ってみましたが、どうやらあなたはダンジョン実装時に蒔かれた〝種〟が植え付けられていた母親から生まれ、結果としてあなたの魂へと移ったようです》
え、でもその萌芽とやらをした存在は全て死んだんでしょ?
だったら、30年前に蒔かれたのに僕が生まれるまで、約13年の空白があるって事になると思うんだけど、その間は僕の親も生き続けていたってこと?
《幸いにしてあなたの母親は〝凶禍の種〟を宿すだけならばできた。しかし、先程言った通り、人間種は萌芽に耐えられなかった。そこで〝凶禍の種〟は、本来ならば即座に萌芽しようとするのですが、自らそれをしないという選択をしたようですね》
え、なにそれ。
それって〝凶禍の種〟には意思があるってこと?
《〝凶禍の種〟そのものには意思こそありませんが、同胞が根付いた宿主たちが萌芽と共に消滅したのを感じ取り、己の力を今の人間種に対して露出させれば消滅を免れないと理解し、植物がその生態を変えて生き永らえる道を選ぶのと同じように、自らを適合させながら休眠状態に入ったのです。そうして相性の良い宿主よりもその次の生命、つまりあなたの生命、そして魂と適合できるよう、浸透するように己とあなたの魂に干渉して形を変えようとしたのです》
おぉ、すごいね。
自ら選んで生き残って、それで僕と同化したってこと?
《いいえ、〝凶禍の種〟すら予知できなかったのでしょう。あなたが、そもそも何もせずとも〝凶禍の種〟を呑み込める程の強い魂を持った存在であったという事を。結果として、ただでさえ同化のために己をあなたの母親の性質へと寄せていた〝凶禍の種〟は、あなたに完全に取り込まれてしまったようです。結果、あなたは通常の人間種の半上位種とでも呼ぶべき存在として生まれたのでしょう。それが、あなたが通常の人間種とは異なる上限値まで鍛えあげることができた要因であったようです》
ほーん……。
なるほどー??
《……しかし、その〝凶禍の種〟が使った僅かな力が祟って、あなたの母親はあなたを産み、〝凶禍の種〟が完全に剥離したと同時に息絶えました。どうやら、あなたの父親という存在も探索者であったようで、ダンジョンで命を落としているようですね》
そっかー……。
《……結果的にあなたの親を殺したのは、我々――》
――あ、別に親がどうとか、そんなのはどうでもいいんだけど、つまり僕は僕ってことで、後付けされて何かが変わったって事じゃないんだよね?
ほら、知らない間にその種がすぽーんって僕に入って、僕自身が変質したとか僕の何かが変わっちゃったなら気にもするかもだけど、そういう訳じゃなくて、僕は〝凶禍の種〟と生まれてからずっと一緒だったなら気にしてもしょうがないし。
それに僕ってば孤児だから、顔も知らない親の死因がどうのとか言われても実感なんてこれっぽっちもないし。
そもそも今生きてるって言われても逆に困っちゃうよ。
いまさら涙ながらに「あなたのママよ」とか涙ながらに言われてたとしても、真顔で「は?」としかならないと思うし。
そんな事より!
僕の人生、僕のミステリアスムーブが充実するかどうかの方がよっぽど大事なんだよ!
そんな僕の中の種とか因子とかどうでもいいから、ニグ様、〝黄昏の調停者〟とその〝黒幕ムーブ〟の方を教えて!
…………ん、あれれ?
なんか反応ないけど、今日も神波弱い系?
《……そうでした。あなたは颯でしたね》
なにそれダジャレ?
あんまり面白くないから使わない方がいいよ?
そんな風に返事をしたら、その後は接続が切れちゃってニグ様からはしばらく返事が来なかった。
◆――――おまけ――――◆
ニグ「…………はあ」
ヨグ「?(@'ω'@)」
ニグ「あぁ、いえ、ちょっと面白くないとか言われてしまって、そんな事を言われたのは初めてだな、と」
ヨグ「( *'ω')!?」
ニグ「………………はあ」
ヨグ「ヽ(・ω・ ;ヽ)三(ノ ; ・ω・)ノ」
◆――――作者からの念のため
念のためのお知らせです。
気付いている方も多いとは思いますが、元々のストーリー上、基本的に外なる神たちの設定はオリジナル設定などぶっ込んでごった煮にしたりしているので、整合性カッチリやるつもりはないですー。
というか整合性取ってたらここまで出てきたら世界あっさり滅んで話終了なので、「そういう世界なんだ」でお楽しみください。
外なる神とかクトゥルフとか知らない方にも楽しんでもらいたいので、そっちが分かる人は分かって
ただ、作者自身コメントなんかのクトゥルフTRPGや設定ネタとかは楽しんで返させてもらっているので、そっちはそっちとして記入していただいていて全然問題ないです(๑•̀ㅂ•́)و✧
もちろん、クトゥルフ関連ネタとか関係ないコメントでもなんら問題なく喜んでネタで返します(๑•̀ㅂ•́)و✧
ガッツリとクトゥルフ系だけ読みたい、そういう追加設定とか許せない方には申し訳ないですが、ラトやニグあたりも出てきたここから独自解釈、設定が増えてくるので、そういうのが嫌だったり苦手な方はそっ閉じ推奨しておきます。
そういう訳なので、これら踏まえてオッケーな方は今後もお楽しみください!
ヨグ「(人>᎑•*)」
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