遥斗と修司




 メッセンジャーが語った〝生活系ダンジョン〟は、既存のダンジョンとは全く異なる性質を持っている。

 ダンジョンに潜る俺たちのような探索者にとっても大きな違いはあるが、何より、ダンジョンに潜れない年齢層や、家族持ちの親世代や、その親なんかの世代にとっても恩恵がある。


 まず第一に、その数。

 ダンジョンからの距離で直線30キロ毎に離れた、人里周辺に現れたという点。


 田舎の地域なんかじゃ家庭菜園の延長みたいな感じで代々の畑を使っている人もいる。そのおかげで、物流がダメになっても食料品についてはどうにかなっている家も多かった。


 だが、当然ながらに一次産業だけで豊かな暮らしができるという訳でもない。


 そのため、仕方なく平和で物流も栄えている地域なんかに引っ越していた世帯は多かった。

 ただ、その引っ越した先には仕事もない上に物価が高騰しているという悪循環まであった。


 餓えに不安、他人の幸福。

 分かりやすい格差が生まれた結果、治安の悪化が著しかったのだ。


 そんなところに現れたのが〝生活系ダンジョン〟だ。

 これまではダンジョンの出現に顔を顰め、やれ迷惑だの邪魔だのと騒ぎ立てているだけだった一般人が、ダンジョンの出現を喜んだのは、前の世界線を含めてもこれが初めての出来事だった。


 このダンジョンの登場、常に付きまとう餓えから、背に腹は代えられないとばかりに職のない者たちが次々に新システムを利用した探索者となった。


 このために人口が密集しがちだった地域から、それならば高い家賃を払い続けなくても良いと考え、実家に戻る家族連れなんかも増えた。

 都市部の治安もだいぶ沈静化したというか、落ち着いてきているらしい。

 まあ、新システムで力を手に入れた元一般人が、復讐に自分たちを小馬鹿にしたり傷つけてきた一般人を襲うというような事件も一部発生しているようではあるのだが、その辺りは因果応報というものだろう。


 次に、『魔物氾濫』のルール。

 どうやら〝生活系ダンジョン〟は通常のダンジョンと違って、『魔物氾濫』のような事象は特殊な事例を除いては起こらないらしい。


 その特殊な事例というのは、レベル50以上でルールを破って狩りをした探索者に対して出てくる、お仕置きモンスターが関係する。

 このお仕置きモンスターとやらからその対象者が逃げ、そのままダンジョン外まで逃げ延びた場合のみ、『魔物氾濫』が起こるそうだ。


 メッセンジャーと繋がりのある存在を経由してステータスチェッカーだのを借り受けた、新探索者ギルド。

 その代表である時野という人物がそのツテを使って確認したようで、新探索者ギルドのホームページに掲載されて話題となっていた。


 さらに新探索者ギルドはそういった人物が出ないように、出入口となるゲート前を完全に封鎖して、ステータスチェックと入場目的を確認し、新ステータスレベル50以上の人物はしっかりとチェックする体制を構築していくと発表している。


 メッセンジャーやその上、ダンジョンを生み出している存在ならば、そんな人間を逃さずに処理できてしまいそうなものだが……、それをしないという辺りに悪辣さを感じてしまう。

 あくまでも人間の判断に委ねると言いつつ、敢えて逃げ道を用意しているかのようだ。


 相変わらず、メッセンジャーとその上にいる存在の真意は不明だ。


 前の世界線に比べて、色々と変わったこの世界。

 俺にとってはどうにも拍子抜けするというか、ずいぶんと人間に対して歩み寄ってくれているような気がする。


 悪辣に視聴者を騙し、泳がせ、あっさりと処分してみたりもするような、あのメッセンジャーだって、前の世界線では見たことも聞いたこともない存在であった。

 でも、やり口はともかくとして、結果としてこの世界を滅亡から救う方向に向けて動いてくれているように思える。

 本人も人間に強くなってもらう、みたいなことを言っていたし。


 ただまあ、これは未来を知る俺だからそう思えるだけのことだ。

 雅や紗耶香、それに両親たちにも聞いてみたけれど、やはりあのメッセンジャーたちが諸悪の根源であるという認識が一般的なものであるらしかった。

 どうにも今を生きている人間で、未来を知らない人間にとってみれば、厄介極まりない悪の親玉みたいな存在のようにも思えるようだ。


 確かに、あのメッセンジャーこそが、あの海からやってきた化物の手下である可能性も否定できないんだが……まあ、そっちは可能性としては低い方だ。


 だいたい、配信を観ているような人間に直接手を加えられるというのなら、わざわざダンジョンを出したり『魔物氾濫』を引き起こしたりもせずに俺たちを殺せているのだから。



「どうしたの、ハルト。なんか浮かない顔してるけど」


「ん、あぁ、悪い。ちょっと考え事してた」


「あー、いつものアレね。ホント、アンタそれ多いわよね」


「悪かったって」



 新人たちの引率、指導役として〝生活系ダンジョン〟へとやって来た俺。

 同じく指導係として同行していた雅に呆れられたような顔をされて肩をすくめられてしまい、所在なく頬を掻く。


 雅といる時間が長いせいで、俺の癖というか、俺が考え込むとそれを察するようになってしまったらしい雅は、時折こういう風に声をかけてくる。

 特に最近は俺もイレギュラーな事態が多すぎて考えることが多くなってしまったせいか、雅には少し呆れられてしまっているらしい。



「新人も連れてるんだから、シャキっとしなさいよね」


「……仰る通りで」


「ま、〝生活系ダンジョン〟なら大丈夫だと思うけどさ。あそこの魔物、ほぼノンアクだもの」



 ノンアクとは、要するにこちらが攻撃しない限りはいきなり襲ってきたりしない魔物を指す。そういう表現は元々ゲーム用語であったらしく、〝生活系ダンジョン〟に入り始めた一般人たちが取り入れた表現方法だったりする。


 一般人にとっては、どこかまだゲームチックな印象が拭えてないのかと冷ややかに考えてしまいそうだが、そういう訳でもない。

 彼ら彼女らなりに理解し、共通認識がしやすいからこそ普及され始めたというところだろうな。


 ちなみに、雅は学生時代からたまにゲームとかやっていたらしいけれど、俺はそういうモノには全く触れていなかったので、一般人と雅が使うようなゲーム用語が分からなかったりして、雅に通訳してもらうことが多かったりする。


 ……最近、黒姫までゲームやり始めてるせいで、そういうのを知らないのが俺だけになってきたんだよな。

 紗耶香も黒姫に付き合ってやってるから、詳しくなってきてるし。



「っ、おい、あれ……」


「お、マジじゃん」


「『箒星』恒例の新人研修か? 頑張れよ、【勇者】」


「【魔王】倒すの期待してるからな!」


「日本に【魔王】が現れたら頼むぞー!」



 周囲から向けられる軽い声援に苦笑しながら、軽く手を挙げて答えてみる。


 なんというか、こういうところも〝生活系ダンジョン〟特有の空気感というか、緩いんだよな。

 殺伐としたダンジョンとはコンセプトが違うし、食料だとかが手に入るからこそ屋台ができたり、内部に入る人たちもあまり気負っていないというかなんというか。


 そんな風に思いながらも会釈を返したり手を振って返していると、今日の担当班の一人、まだ中学を卒業して間もない修司が、どこか無表情のまま周囲を見つめて立ち止まっているのが目に入った。



「どうした、修司?」


「ハルトさん……。いえ、なんかこう、周りの反応が気になって……」


「あぁ、ダンジョンの近くだっていうのに、緩いっていうか平和っていうか。それが気になった感じか?」


「……そう、ですね」


「それは〝生活系ダンジョン〟だからだな」


「え?」



 どこか呆然とした面持ちのまま修司がこちらを見上げてきたので、俺も周囲を見回しながら続けた。



「特区の中にあるようなダンジョンだとか、魔王ダンジョンだとか、そういうのとは全然違うんだよ。〝生活系ダンジョン〟の出現から半年とちょっとで、みんな〝生活系ダンジョン〟のおかげで少しずつ余裕ができてきた。だから、こうして笑えるようになったんだ。彼らにとっては、ここは救いの場のようなものなのさ」


「……救い、ですか」


「あぁ、そうだ。金があっても食い物が手に入らない。食い物目当てに襲われるかもしれない。そんな毎日に晒されてたら、人は笑えなくなるし、いつだって気を張っていなきゃいけなくなる。餓えそうになってくると、ちょっとの労力すら惜しく感じて、口数も減るし表情も消えちまうもんだ。でも、ここは違うだろ? それだけ、〝生活系ダンジョン〟のおかげで潤ってきた。だから、暗い顔してダンジョンに潜るような人間は珍しいぐらいだ」



 実際、悩んで、行き詰まった結果、どうしようもなくなって〝生活系ダンジョン〟に入っていくような者もいるようではあるが、そういう顔色を見ると、この辺りで働いている連中はお節介を焼きたがる。

 腹は減ってないか、武器はあるのか、防具はあるのか、体力はあるかと矢継ぎ早に声をかけられ、中まで付きそうような者までいるのを、俺も見たことがある。


 前の世界線で、笑わなくなった人間、喋らず、いつも食べ物を探して彷徨っている子供なんてものはあちこちで見かけた。

 余裕がなくなった世界の人間というのは、まるで幽鬼のようにすら思えるぐらい、気配も薄くて、活力というか、そういうものが感じられなくなっていた。


 実際、〝生活系ダンジョン〟ができるちょっと前あたりまでは、どこもかしこもその前兆みたいなものがちらほらと見えてきていたけれど、今は違う。


 みんな、ちゃんとしっかり笑って、話せて、楽しそうにしていて。

 それで、自分と似たような境遇のヤツを見かけると、優しく、温かく声をかける。


 そんなこの世界が、俺は好きだ。


 だからこそ、もう二度とあんな世界はごめんだ。

 改めて思う。


 生きているようで死んでいるような日々。

 憎しみに突き動かされて、他人を信用せず、信頼せずに避けて生きてきた日々。

 そういう日々を、俺はこの世界で記憶を取り戻して雅を、両親を救った時に、ようやく終わらせることができたんだ。


 肉体の負荷のせいで苦しむ羽目になって、ベッドで過ごした一週間。

 俺はその一週間の中で、ゆっくりと前の世界線の自分との違いを噛み締めながら、気持ちを切り替え、この世界のためにできる事を探すと決めた。


 もう二度と、あんな世界を作らない。

 だから、俺は仲間たちと【魔王】を積極的に倒さなくちゃいけない。


 もちろん、まだまだ力が必要だ。

 いくら【勇者】になれたとは言っても、俺の実力はまだまだ。

 位階だって、前の世界線で嵩増ししてⅨになって間もないような俺では、世界を滅亡させた化物どころか、この世界の【魔王】たちにだって届かないだろう。


 けれど、この世界では仲間がいるから。



「わぷっ」


「修司、新システムは力を求めるだけ強くなれるんだ。守りたいもののためにも、しっかり頑張ろうな」

 

「……っ、はい」



 母親と二人きりで生きているという修司は、責任感も強くて、年齢に比べて不相応に冷静で、自然体な少年だ。

 きっと修司は、今日の新人メンバーたちの中でも中核を担う存在になってくれるだろう。


 そんな事を思いながら、俺は修司の背中を押して〝生活系ダンジョン〟の中へと足を進めた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る