芦屋遥斗
一般人と探索者の溝。
要するに、意識の違い、常識の乖離があるという意味では、前の世界線もこの世界線も同じだった。
ただ、こちらの世界は〝どうしようもなくなる事態〟に陥る前にそれが表面化したおかげで、比較的俺のいた世界線に比べて緩やかにお互いの意識を理解できているな、とも思う。
あの世界で『魔物氾濫』に巻き込まれたのは、まだ子供の頃だった。
だから、一般人と探索者の間にそこまで深い溝があるとは理解していなかったのだ。
雅たち一家、そして俺の両親をも失った『魔物氾濫』で孤児になった。
そんな俺を待っていたのは、特区への移住だ。
特区外出身である事は言わないようにと釘を刺されて向かった特区での生活は、ハッキリ言って碌なものではなかった。
俺たち一般人が学んできたことが偽りで、幻想で、綺麗事だったと知ったのは、それからすぐのことだった。
いくら出自を言わなくても、暮らしの中で培ってきた常識は隠せない。
特区で育った彼ら彼女らからすれば、俺たちのような存在のふとした時の態度、他者に対する接し方、言葉遣い、知識や物事の見方、そのどれもが「異物」として映っていたのだろう。
さらに、物心ついた時から肉体強化のための基礎体力作りが当たり前となっている、特区出身の子供たちと、一般人レベルでしか基礎体力のない俺たちとでは、そういったところからも大きな差が、明確な違いがあった。
結果として、俺たちが特区外から来たことは、あっという間に露見した。
そんな俺たちに向けられたのは、見下した態度、蔑んだ視線。そして、暴力の数々。
ダンジョンに潜れるようになるまでに、俺と同じく特区に流れた子供たち7人の内、4人が行方不明――という処理をされた――となった事からも、その苦しみは理解できるだろう。
俺はその点、ある意味では幸いだった。
両親を失い、雅を目の前で喰い殺されたあの日から、空っぽで無感情に生き続けていたからだ。
周囲から向けられるそれらの障害に対して、心を動かさずに済んだのだから。
そんな俺が自分を取り戻せるようになったのは、ダンジョンに潜るようになってからだ。
最初は弱い魔物を倒して、そうやって強くなっていく事が楽しくてしょうがなかった。
あの時、雅を殺した魔物も。
両親を屠った魔物も。
俺を追いかけてきた魔物も、全部、全部殺してやると決めた。
その為ならなんだってやってやると、そう自分に言い聞かせてかなり無茶をしていたのだ。
そうすれば、父さんも母さんも、雅も。
きっと天国で笑ってくれるんじゃないか。
あの時に無力だった自分を赦してもらえるんじゃないか、なんて。
そんな事を考えて。
ただただ、魔物を殺すため。
その為にひたすら己の実力を、無茶をして磨き続けてきた。
探索者でありながら探索者という存在を信用する事もなかった。
当たり前の話だけれど、あんな特区での暮らしをしていれば、今更信用なんてできるはずもなかったからだ。
そうして、俺はひたすらにソロでダンジョンに潜った。
気が付けば23歳になって、俺はようやく深層上部を探索できるようになるぐらいの強さを得ていた。
そんな中で始まったのが、【勇者】と【魔王】というシステムだった。
前の世界線の【魔王】は、割とやりたい放題やっている印象だった。
人類に対して生贄を要求してみたり、あるいは酒やタバコ、娯楽品なんかを大量に運ばせては、気が乗らなかったという理由で惨殺したりと、まさしく魔王そのものというような傍若無人ぶりを発揮していた。
そんな【魔王】たちが圧倒的に優勢になった時に、あの化物共が現れたからだ。
黒いヘドロの塊のような化物たち。
気味の悪い化物たちのせいで、世界はあっという間に壊れ始めた。
ダンジョンもその外も関係なく魔物が現れて、人の姿を乗っ取って暴れ回るような連中もいて、さらには疑心暗鬼になって人間同士で殺し合って。
仲間の一人すらもいなかった俺は、逆に無事だった。
誰かに対して情を抱くような生き方をしていなかったおかげ、とでも言うべきだろうか。
親しい誰かに成り代わった化物に襲われることもなければ、自分を犠牲にして誰かを助けようとも思わなかったからこそ、余計な諍いに巻き込まれずに済んだのだ。
だから、俺は知っている。
奴らが――化物共が、最終的にどうしようもないような怪物を喚び出して、世界を終わらせることを。
あの巨大な化物は、海から現れて――――。
この世界線で記憶を取り戻し、父さんも母さんも、雅も、学校の友達も助けることができた後、俺は探索者ギルドや警察なんかからは「活躍したという人物を捜索している」というような情報が出回っていたのだが、それらを無視して身を潜めることにした。
唯一、俺が魔物を殺したこと、戦ったことを知っているのは雅だけ。
あとはずっと顔を隠して魔物を倒して回ったし、俺みたいな子供が倒したとは誰も考えなかったおかげで、割とあっさりとやり過ごせた。
街中の監視カメラだのが機能しない、『魔物氾濫』の被害の大きい場所で戦っていたから、というのもあるだろう。
ともあれ、俺はそれから昼は俺が失っていた日常を取り戻し、夜は家からほど近い特区の中に潜りながら、己の力を磨いてきた。
力は以前に比べれば、かなり落ちていたと思う。
体力も、戦い方も、前の世界線では若い頃に大きな怪我をした箇所に負荷がかからない方向で戦い方を洗練してきた部分もあったせいで、色々とちぐはぐだった。
健康な肉体の有り難さを感じるものの、その健康さがかえって俺が磨いてきた力を鈍らせたというのだから、皮肉な話だ。
肉体的な成長と、前の世界線でついた戦い方の癖。
そういうものが取れて完成が近づいてきたところで、俺はもう14歳になっていた。
14歳で検査した俺の『ダンジョン適性』は、前の世界線と変わらなかった。
全てが平均してBランクというのは優れている方で、ちょっとした騒ぎになったけれど、それについては特に驚くことはなかった。
むしろ俺自身の事よりも雅の事で驚かされた。
雅も『ダンジョン適性』が高かったのだ。
その結果を受けて、雅自身も俺の身体能力、戦いの実力を『魔物氾濫』の時に目の当たりにしていたからか、自分も強くなりたいから戦い方を教えてくれ、と言ってくれた。
当初は迷ったが、前の世界では一人じゃ何もできなかった事を思い出す。
何をするにしても、まずは力のある信頼できる仲間は必要だ。
じゃなきゃ守れるものも守れなくなるかもしれないと、そういう結論に至った。
そこで、まずは両親と雅の両親を説得して雅をダンジョンに連れて行くようになった。
雅を連れて特区の『境界の隔離壁』を超えるのは難しいというのもあったし、他人と交流する事を考えると、正規の出入りが証明できた方がいいと考えたからだ。
もちろん、両親も雅の両親も説得するまではかなり苦労したけれど、それでも俺も雅も曲がらないことを理解して、渋々ながらに賛成してくれた。
正式な手順を踏んで特区内に入ってからというものの、予定通り俺はこの世界線で【魔王】を積極的に討伐するために、早い段階から鍛えつつ、探索者の中でも良識的なメンバーたちを見つけては仲間に入れてきた。
まあ、俺のメインパーティである黒姫と、その従者兼巫女である紗耶香――
ともあれ、そういう訳で俺は今、クラン『箒星』を率いるクランマスターとして活動をしているのだ。
「――黒姫さま。それに雅ちゃんもハルトさんも、おかえりなさい」
「うむ、今戻ったのじゃ」
「ただいま、紗耶香」
「あぁ、ただいま」
俺たち、クラン『箒星』のクランホーム。
京都第2特区に元々あった、和風の老舗旅館であった建物を買い取って修復と改装を行った、和のテイストが残る建物内。
正面玄関から入ってきた俺たちに、わざわざ紗耶香が小走りになってこちらまで来て声をかけてくれた。
「ずいぶん盛り上がっておるようじゃのう」
「明日は新しい新人たちの〝生活系ダンジョン〟デビューですからね。恒例の決起集会……という名のどんちゃん騒ぎです」
「あぁ、いつものアレね」
食堂から聞こえてくる騒がしい声を耳にした黒姫に紗耶香が答えれば、雅が呆れ混じりに苦笑を浮かべた。
うちのクランは、いわゆるアットホームさが売りだ。
上下関係はなく、どちらかと言えばみんな平等と言うべきか。
断じてブラックな職場の
というか、俺が立ち上げて俺が声をかけている面々だから、全体的にどうしたって若い探索者ばかりになってしまうんだよな。
男女比で言えば女性が多い。
正直、これは別に俺が女性がいいと思っているとかそういう訳ではない。
というのも、探索者の男性陣って横暴だったり自己中心的だったり、なんかこう、精神的に幼稚さが残る連中が多いせいで、俺たちの下につくような形になるのを嫌がる面々が多かったせいだ。
そんな男性陣と、気の強い雅が仲良くやれるはずもない。
黒姫もそういうタイプは嫌っているし、紗耶香は大人しい性格ではあるけれど、黒姫を小馬鹿にするような真似をされると激怒するので、なかなか男性を迎えられなかった。
けれど、〝生活系ダンジョン〟があちこちに現れてからというものの、ウチの男女比もだいぶ落ち着いてきた。
特区の外で常識を培った若い男子が入ってきてくれたおかげだ。
「明日のデビュー組、修司たちだよな?」
「はい、そうですね。修司くんと、彼と仲の良い
「あの15歳チームか。入ってきた当初は体力があるのは修司と真虎だけじゃったが、最近は成長しておるからのう。まあ、〝生活系ダンジョン〟の3階層あたりまでならどうとでもなるであろう」
「そうね。ま、いいから早くいきましょ。もーお腹ぺこぺこー」
「皆さんのご飯も準備できてますよ」
「おぉっ、紗耶香よ、酒はあるかの!?」
「はい、日本酒が手に入ったのでお出ししますね」
「おっほーっ! うむうむ、そうでなくてはな! ささ、はよう行くぞ、ハルトに雅よ!」
「はいはい」
酒があると聞いて目を輝かせた黒姫に連れられて、空腹を訴えた雅も食堂に向かって早足で進んでいく。
そんな二人に置いていかれてしまう形になって、けれど、そんな後ろ姿を見て、ついついこの世界線に来れて良かったと、改めて考えてしまって足が止まった。
「ハルトさん? どうしました?」
「あぁ……いや……。なんか、いいなって思ってさ。こういう光景が」
「……はい。私も、黒姫さまが楽しそうで嬉しいです」
短くお互いに言い合って小さく笑ってから、黒姫のお酒を取りに行った紗耶香を見送りつつ、俺もまた食堂へと足を進めた。
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