裏一章 ハルトと新ダンジョン

裏章 プロローグ




《――いらっしゃいませ。ご用件のボタンを押してください》



 チケットを販売するような機械の前に立つと同時に流れる、録音された音声が流れた。

 機械のタッチパネルに表示されている『買取希望』というボタンを押せば、通常ドロップ品と装備品、回復魔法薬などの個数を入力するボタンが表示された。

 それらを入力していく。


 そうして「次へ」のボタンを押して内訳を確認した後で、改めて「確認」のボタンを押すと、タッチパネルの横にレシートを思わせるような紙が出てきた。

 そこに記載されている「T1-512」という文字を念のため頭の中で反芻する。



《買取窓口の上にございますモニターにお客様の受取番号が表示されましたら、こちらの引き換え券と買い取り対象のドロップ品を持ってお越しください。他にご用件はございますか? ――ありがとうございました》



 取引終了ボタンを押して引換券を受け取り、俺――芦屋あしや 遥斗はると――は、仲間たちが待っている待合所に移動した。


 時刻は夜。

 すっかり暗くなってしまった時間帯だけれど、探索者ギルドの中はこれから帰る人達や、むしろ人の少ない時間帯を狙っているのか、これからダンジョンに向かう人達だっている。


 なんだか、慣れないな。

 以前までの日常とは全く違う、新しくなった日常の風景を改めて見ていると、ついついそんな感想が浮かぶ。



「ふむむむむ……」


「どうした、黒姫?」



 相変わらずの暗い色合いの和服に身を包んだ、背の低い黒姫。

 艷やかな長い黒髪を、いわゆる姫カットと呼ばれるような髪型にしている彼女は、何やら怪訝な表情を浮かべて顎に手を当てていた。


 周囲を睥睨するようなその目つきは、元々少しばかりつり上がった瞳を持つ彼女がやると、だいぶ破壊力というか、不機嫌そうに見える度合いが高く感じられる。



「……のう、ハルトよ。冒険者ギルドと言えば、酒を飲んでいる柄の悪い輩がおったり、綺麗な受付嬢が受付をしてくれるはずじゃろう? これではロマンが足りぬと思わぬか?」


「ラノベの読み過ぎだ。あと、ここは冒険者ギルドなんてファンタジーのアレじゃなくて、探索者ギルドだぞ」


「フン、つまらぬのう」



 鼻を鳴らす黒姫に、思わず苦笑する。


 ――いくら現代文化に疎いからって、ラノベを読ませたのは失敗だったかも。

 そんな事をついつい思う。

 せめてもう少し現実的というか、現代に則したものにしておくべきだったか、とも。


 そもそも彼女は人間ではない。

 人ならざるもの、神の成り損ないであった黒い大蛇を思わせるような龍と同化した存在、それが黒姫という少女の正体だ。


 俺はそんな彼女が、化物たちに意識を乗っ取られ、人に災いを齎す存在になった姿を知っていた。だから、今回こそは・・・・・そうさせない為に、先んじて彼女の封印を解き、仲間にならないかと持ちかけたのだ。


 最初に会った頃は敵対的とまではいかなくとも、ずいぶんと俺たちの事を警戒していたというのに、今ではすっかり欠かせない仲間となってくれている。


 だからこそ、余計に思う。

 今回こそは、以前のような悲しい結末を避けなくちゃいけない、と――――



「――なーに難しい顔してんのよ、ハルト」


「雅か。いや、なんでもない」


「……ふぅん。ま、いいけど」



 ――――改めて胸の内で誓っていた俺を見て、雅にじとりとした目つきで睨むように顔を覗き込まれたので気持ちを切り替える。



「雅は元気だな」


「は? あったりまえじゃない、怪我なんてしてないもの」



 少しばかり怪訝な表情を浮かべてから、ひらひらと手を振って答えてみせる雅の姿に、俺はふっと小さく息を吐き出した。


 雅は俺の小さい頃からの幼馴染であり、前回の人生・・・・・では『魔物氾濫』で命を落としていた。

 あの時の俺はまだ子供だったし、ダンジョンに籠もったりなんて事もできなかったから守ることはできなかったのだ。


 ――けれど、今回の人生では、どういう訳か記憶を取り戻した時点で戦えるようになっていた。

 肉体的にただの子供の肉体でしかなかったせいで、記憶に対して筋力や体力が追いついていなくて、一週間ぐらい筋肉痛とかで死にかけてたけど。


 それでも、あの時――『魔物氾濫』の中、雅を見殺してしまったあの日に突然記憶が蘇り、どうにか助けることができて本当に良かった。




 そう、どうやら俺は前世というか、未来で死んでしまったあの瞬間から、過去に戻ってきたようだった。

 十歳の時に経験した、あの『魔物氾濫』の日に。




 最初は夢か何かだと思っていたけれど、次の日も、その次の日も元の時間に戻ることはなかった。


 だったら、夢でもなんでもいいから、とにかく急いで強くなって、あの化物たちをどうにかしなきゃいけない。

 そう考えて『境界の隔離壁』を超えて特区内のダンジョンに忍び込み、身体を鍛え続けてきたのだ。


 あれから八年。

 世界は、どうも俺が生きてきた時代とは全く違う方向に流れ始めているようだ。


 特筆するべき存在は、あの『ダンジョンの魔王』だ。

 あんな存在、俺は知らない。

 いや、どこかで見たような気がしなくはないんだが……どうも記憶が曖昧なんだよな。


 あれだけネットで騒がれているのなら前回の時間――俺は前の世界線って呼んでるけど――の中で俺だって知っていたはずなのに、そんなニュースは見たこともなかった。


 ただ、時間が経って推測はできた。

 どうやら『ダンジョンの魔王』という存在も、そしてあの『首刈姫』と同行していたソラという存在も、恐らくは俺のせいで存在しているのだろう。


 俺が記憶を取り戻し、雅を守ったあの『魔物氾濫』の際、俺はできる力を使って『魔物氾濫』の被害を可能な限り早く殲滅した。

 前の世界線では被害に遭った地域も、今回は無事に済んだ場所が多かったのだ。


 あの『ダンジョンの魔王』もソラも、『キメラ計画』って胸糞の悪い計画の被害者というか、その延長で生み出された存在であるらしい。

 きっと、前の世界線では目覚めなかったはずの存在が、俺が『魔物氾濫』を止めてしまったせいで、その結果として助かった人間か、あるいは彼らがいた施設そのものが直接的、あるいは間接的に影響を受ける形となり、目覚めさせるきっかけを作ってしまったのだろう。


 SFなんかで題材となるような、主人公がタイムリープして起こした行動が、小さなきっかけが、次々に波及していって大きな事象を引き起こしてしまう――確かバタフライエフェクトとか言ったっけ。

 あれと似たような現象が起こってしまったのだろう。


 本来ならばあと5年――俺が23になった年に始まったはずの【勇者】と【魔王】システムさえも、何故かもう始まってしまっているし、【勇者】も【魔王】もどういう訳か俺が知らないヤツばかりだ。


 最近では俺の記憶に基づいた動きも当たらなくなってきた。

 極めつけは、あのソラと『首刈姫』に出会ったあの日だ。


 あの日、俺が京都第2ダンジョンに行ったのは、前の世界線で『探索者大量殺人事件』が起こったからだった。

 たった一人で『首刈姫』が大量に探索者を殺したって話を、『首刈姫』に命令してた男が素晴らしい成果がどうのって偉そうに語ったんだよな。


 灰谷京平。

 あの性根から腐ってそうなマッド野郎は、こっちの世界線じゃとっくに死んでるだろう。

 あの『ダンジョンの魔王』に消されたって話だし。


 ともかく、だ。

 今の俺なら『首刈姫』だって止められるかもって思ったのにソラがいた。

 『首刈姫』も元気そうだし、俺が見た『首刈姫』より子供だった。


 まあそりゃそうだろうけどさ。

 俺が知ってるのは5年後の姿だし、前の世界線で首につけていた自爆命令用のチョーカーもなかった。


 俺が知ってる無口無表情の時に比べて元気だったけど、あんな無邪気に殺しにかかってくるあたり、「ヤベーヤツ」感マシマシだったんだよな。

 マジでビビった。


 それに、前の世界線じゃ『キメラ計画』なんて名前は出てこなかった。

 ただ、あの『首刈姫』が『キメラ計画』とやらの被害者だってことは、もしかしたら『歌姫』とか『解剖伯』、あとは『爆炎』も、自爆命令用チョーカーをつけてた連中は全員そうだったのかもしれない。


 探索者ギルドが【魔王】討伐用に投じた、凄腕ではあったけれど素行に問題のあった犯罪探索者たち。

 そういう名目で現れた連中と言われていたから、前の世界線の俺も素直に信じてたからな。

 アイツらは不気味で、けれどアホみたいに強い連中だったから、妙に知名度だけは高かったのだ。


 そんな連中の真相をこの世界線で知って、ずいぶんと驚いたもんだ。


 ともあれ、前回と違う流れになったってのも、なにも悪い事ばかりではない。

 何せ今回は一般人たちが探索者だけに頼れないような事象が次々と起こっているし、それに加えて、一般人向けの〝生活系ダンジョン〟なんてものまでできて、こうして賑わっている。


 前の世界線の時みたいに、いきなりあの化物共が現れて人類に総攻撃を仕掛けてきた時に比べれば、圧倒的に戦力は高まってくれるはずだ。


 そして、それは俺も同じことだ。


 前の世界線じゃ【勇者】にもなれなかったし、今みたいに強くもなれなかった。

 そして俺は今、この〝生活系ダンジョン〟と同時に適用された新ステータスのおかげで、さらに強さを手に入れているのだから。



「――のう、ハルトや」


「ん?」


「おぬしの持っておるその紙切れに書かれておる番号、さっきからあそこに表示されとるぞ?」


「……ぁ」



 黒姫に言われて、俺はそそくさと買取窓口へと向かった。

 クランホームに帰ったら、明日の〝生活系ダンジョン〟の新人デビュー付き添いのためのミーティングがあるし、早く用事を済ませて帰らないとな。






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