配信前
:待機
:何このタイトル?
:釣り?
:釣りやる程売れてない配信者じゃないだろw
:『燦華』ってこういう系やるん?
:ゴリゴリダンジョン攻略系だしなぁ
:なんか違和感パネェ
空は曇天。
初夏が近づいてきて、最近は梅雨という訳でもないのに雨がそれなりに降っていたけれど、今日は曇ってはいるけれど降らないってぐらいかな。
ここは東京、第1特区内。
配信をどこでやるか考えていたんだけど、襲撃とかがある可能性も考えると、自宅とかでやるよりは戦いやすい場所がいいとのことで、丹波さんにオススメの見晴らしのいいポイントを教えてもらった。
周りには建物も何もない。
手つかずの自然だけが広がっているのだけど、そんな場所を流れる川辺での撮影だ。
昔、ダンジョンが現れて特区になる前までは、多くの観光客で賑わっていたらしいのだけれど、今では自然がありのままに放置されている、そんな場所である。
マイナスイオンとやらが心地よいらしい。
僕は全然そんなことないんだけど、なんかそんな評判があるらしいよ。
そんな謎の癒やし効果を浴びながら、気を取り直して待機コメントの数々を見ながら、何やら緊張した面持ちをしている『燦華』の面々を見やる。
この3日間、僕らは彼女たちと会っていなかった。
お互いに準備やら何やらがあったからね。
僕はラトやニグ様、ヨグ様とも準備で動いていたし、秘密結社の方のみんなにも声をかけたり、何かとやることが多かった。
そしてそれは『燦華』の3人も一緒だろう。
さすがに彼女たちも、これから配信を始める内容が内容なだけに、かなり緊張しているというか、強張った表情を浮かべているみたいだし。
さっきちらっと聞いた話だと、配信の予約枠を立てた時には、すでに3人で同じ都内のホテルに泊まっていたらしい。
時野氏から預かった現金を利用したらしいね。
理由は、探索者ギルドからの妨害工作対策。
それぞれ別行動をしていると狙われる可能性もあるし、電子決済をすると足取りを追われる可能性もあるので、現金をもらっていて助かった、とのこと。
まあ、探索者ギルドと国の上層部が繋がっているのなら、それぐらいはできてもおかしくはないか。
そこまで警戒しなくても、下層に潜れるぐらいの実力ならそれなりに自衛はできると思うけどね。
ともあれ、そんな彼女たちを遠くに座ったまま眺めつつ、僕は僕で耳につけているイヤホンマイク越しに聞こえてくる声を聞いていた。
《――お兄様ーっ、リーナとジン到着したよーっ》
《お父様、こっちも到着……人多い、殺して、いい?》
《こちらも到着いたしました、偉大なる我が主よ》
「うん、了解したよ。エリカ、まだ待ってね。ともかく順調で良かったよ、みんな」
最初はリーナとジン、それに続いたのがエリカで、最後がヴィム。
僕の秘密結社の穏健派……うん、まあ穏健派な4人は人混みを動いても、指示さえしていれば殺さないでいてくれる。
……ただ、一番エリカがダメそうだ。
多分このまま放っておくと猛毒を散布して大量虐殺が始まってしまうから、あまり時間に猶予はなさそう。
まあ、眠るように殺す系なら別にやっちゃってもいいけどね。
発覚まで時間がかかるなら。
ただ、今騒ぎを起こされてもインパクトに欠けるから、我慢してもらうしかない。
《――こちらも着きましたわーっ!》
「そっか。叫ばなくても聞こえるから、もうちょっと声落としてね」
《わかりましたわー!》
それは分かっていない返事なんだよ、クリスティーナ。
めっちゃ音割れしてるし。
ラト提供の普通のスマホを通した通話だから魔力なんて乗っていないのに、そのボリュームは人間の鼓膜に充分にダメージを与えられそうだよ。
《――よぉし! こっちも着いたぜェ、大将!》
「お、早いね、ドラク。寒くないかい?」
《ハッ、火照ってしょうがねぇってなモンだぜ、大将よぉ! ウズウズし過ぎてカッカきてるってなもんよ!》
「そっかそっか。合図をしたら
《おぅよッ! 任せとけッ! あーっ! 早く暴れてェなァ、おいッ! ――……大将、もういいか!?》
「まだだってば。合図する前にやったら、しばらく模擬戦も襲撃も禁止するからね」
《ぐおおぉぉぉ……っ、マジかよぉぉぉ……っ!》
……短い待機時間で許されると思ったのかい、ドラク。
いや、まあドラクの性格上、今から暴れられるっていうのに待たされるのが辛いだろうなっていうのは分かってたけれども。
ドラク――〝
もともと〝
予備動作も少なく火炎をばら撒いて、燃え盛る炎の中で眠るような魔物らしいね。
僕は会ったことないけど、ニグ様曰く、基本的には下層下部あたりに該当するような難易度の場所に出てくるみたいだね。
真っ赤な髪をオールバックに撫でつけて固めている背の高い男性で、ギョロリとした三白眼の瞳は、瞳孔がスリット状になっていて、爬虫類を思わせる。
熱耐性のある服を着ていないとあっという間に服もろとも燃やしてしまうため、僕が昔拾った火炎耐性のやたらと高い黒い革のライダースジャケットみたいなジャケットと、同じく魔法耐性の高い細身のレザーパンツを着ている。
初めて会った時、僕の目の前で戦闘モードに入って、あっという間に全裸になったからね。
キミ、ラノベだったら絶対美人女性の方が人気出たよ。
きっと多分。知らんけど。
さて、そんなドラクはかなり魔物側の侵食度合いが高い。
他のメンバーたちは一見すれば人間と遜色ないけれど、彼だけは蝙蝠を思わせるような皮膜のある翼を有していて、そこに魔力を通すことで空を飛んだりもできる。
ついでに、本人の意識とは関係なく、くしゃみすると炎を噴いてしまう。
そのせいで以前、エリカの本を燃やしてエリカが毒を凝固させた触手でドラクをぶん殴って、喧嘩に発展したんだよなぁ。
性格はまあ、喧嘩っ早いし暴れたがり。
ただ、以前僕に喧嘩売ってきたようなタイプの……えっと、なんだっけ、なんかダンジョンに呼んできたアレの人に比べると、真っ直ぐというか純粋というか、まあそんな感じ。
竹を割ったような性格、とでも言うべきかな。
《おやおや、皆様お元気なようで何よりでございます。せっかくの機会ですし、どなたか解剖されてみたくはございませんか?》
《やー》
《……キモ》
《お断りでしてよーっ!》
《遠慮しておこう》
《テメェが俺に勝てたら考えてやるぜ!》
なんていうか、みんないつも断るのによくやるよね、ハワードも。
でもエリカ、キミのその一言は多分だけど一番キツいからやめようね。
短く、しかもぼそりと「キモ」はどうかと思うよ。
ハワード――〝
この〝
無音の暗殺者と呼ばれ、巣を使った己のテリトリー内で様々な状態異常系の魔法を利用して、獲物を確保する。
食べる時だけ獲物を傷つけ、死ねないように麻痺を入れ続けたり、縛って止血して、なるべく長く探索者を新鮮に食べる知恵を持っている。
ただ、〝
身体から生えている人間の身体と思しきそれは、あくまでも〝人の輪郭をした糸の集合体〟でしかない。
それを自分の毒で半分溶かして人らしく見せて擬態しているだけだ。
よくよく見れば、擬態部分はイメージとしてはマネキンなんかに近い見た目をしている。
それを揺らして移動して、人間の姿かと安堵したところで一気に奇襲をかけるという悪辣な知恵を有した魔物である。
そんなハワードのトレードマークは、シルクハットにタキシード姿、そして手にはステッキ。
歳の頃はまだ30代ではあるけれど、糸を使って顔を擬態してみたりもできるようだ。本当の顔は若いのに、初老の男性を装って街中を行動したりもしているんだよね。
で、小馬鹿にした態度の一般人を解剖するとかやってるらしいよ。
僕はあんまり一緒に行動しないから知らんけど。
彼の解剖というのは、〝
医療知識なんてないけれど、〝健康な人間の臓器〟を知っているから、腫瘍なんかの異常に気が付いて切除してあげることもある。
なのに、しっかりと縫合してあげないから魔法が切れたら死ぬ、みたいなこともしょっちゅうあるらしい。
綺麗な臓器が見られればそれで満足なようだ。
治すとか助けるとか、そんな感情は一切ないっぽいね。
《おやおや、皆様辛辣でございますね。我らがマスター様はいかがでございましょう?》
「そういうのはいいから。それより、時野氏はちゃんと生きてるよね?」
《えぇ、もちろん》
「……喋れるよね? 虫の息とか、喋れない状態は生きてるとカウントできないよ?」
《はい、我らがマスター様の御命令通り、生かしてございます。ご安心ください。一度眠らせて腹部を解剖しましたが、意外と健康でございました、ハイ》
……そっかぁ、生きてはいるけど一度は開かれちゃったかぁ。
まあそうだよね、ハワードだもの。
でも生かしているって言ってくれているし、多分大丈夫でしょ。
ほら、健康診断というか人間ドックみたいな、そんなアレと同じ感じでしょ、知らんけど。
ハワードが連れ帰ってきた時野さんだけど、彼は秘密結社の秘密基地――というか僕らのお城には一度もやって来ていない。
特区のビジネス街にある一角、ジンが喰らい尽くして人なんて見当たらなくなった一角の、綺麗な一室があったので、そこで隠れてもらっていた。
一応、今回の話を持ちかけに行ったけれど、水道と電気は死んでるけれど、なかなかに普通のマンションの一室って感じだったよ。
まあエントランスとか階段とかに血痕とかがこびり付いて黒ずんでいたりしたけど。
ジンが食べ散らかして歩いたせいだね。
ともかく、そこで時野さんとご対面して、今回の一件――つまり、『燦華』と話した探索者ギルドの告発配信、その証拠開示と、新生探索者ギルドの旗頭計画には一応納得してもらった。
まあ、これから多分大変だとは思うけれど、是非とも頑張ってほしいものだね。
一般人と探索者に戦いを頑張ってもらいたいところだし、しっかりと手綱を握ってくれないとね。
僕だったら絶対そんな面倒なことはしたくないけど、時野さんはハワード曰く健康だったみたいだし、大丈夫でしょ。
「――僕が合図を出したら、一斉に始めるよ」
《はーいっ》
《……ヤる》
《承知した》
《お任せあれ、ですわーっ!》
《おう、まだか!? もういいか!?》
《では、ワタクシめは時野氏の参加準備を整えさせていただきます》
小さく声をかければ、それぞれから元気な返事が返ってきた。
ちょうどそんな会話をしていた、その時だった。
「――みなさん、こんにちは! 『燦華』の燐です!」
「紗希だ」
「夏純です。今日は多くの皆様にお集まりいただき、嬉しい限りですわ」
僕の視線の前方で、『燦華』の配信が始まった。
なかなかに硬い表情ではあるけれど、ある程度は落ち着いているというか、安定しているとも言える。
ともかく、僕は僕でイヤホンマイクとは別で念話を通してニグ様に声をかける。
――始まった。合図するまで待ってね。
《――えぇ、承知しています。ラトとヨグもそうですが、私も楽しみにしています》
――――さあ、この日和見主義国家を、ぶっ壊そうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます