旗頭に求められる要素
――いや、聞いてないんだけど。
僕が『大自然の雫』のクランホームへと突撃している中で聞かされた、ハワードの行動に関する感想は、それに尽きる。
そもそも彼らが他人を拉致して連れ帰るとか、普通に想定外なんだよなぁ。
だって、みんな人間嫌いだし。
見つけたらまず致死レベルの攻撃するじゃん。
というか、もしかしてハワード、僕らの拠点に連れ帰ったりはしてないよね?
クリスティーナに見つかったら問答無用の回避不能全体攻撃で頭が破裂するから、ハワードが何か言う前に死ぬよ? だいじょぶそ?
《――お話は分かりましたわ。けれど、私たちがその配信に協力するメリットはあるのでしょうか?》
こちらに質問を投げかけてきたのは、『燦華』の夏純と呼ばれている女性だ。
クリスティーナの「まがい物
特区なのに家族で住んでいたりするタイプかな。
両親が探索者で、そんな両親の下で暮らしているようなタイプってどんな性格してるのかとか聞いたことないし、実際どんな人間かまでは知らんけど。
ともあれ、どうやら交渉事なんかになると彼女が適任のようだね。
残りの二人である燐さんも紗希さんも黙りこくってしまって、口出しする気はないのか口を噤んで見守る姿勢でいるようだし。
――さて、少しばかり
「メリットであれば、まぁない訳ではないんじゃない? 僕は配信とかってまだよく分かってないけど、話題性があればチャンネルの登録者とやらが増えるんだよね? それはキミたちにとっても充分メリットにはなるんじゃないかな」
《それはそうですが、探索者ギルドを敵に回すような配信内容となると、正直簡単に頷くことはできませんわ》
「それはつまり、探索者ギルドを敵に回す以上に得られるモノがあるのであれば、一考の余地はある、ってことかな?」
《包み隠さず本音を申し上げれば、そうなりますわね》
「なるほど。じゃあ包み隠さず本音を申し上げると言うのであれば、具体的に何が確認したいのか明示してもらえるかい?」
夏純さんの言葉をそのまま引用するかのように言い返してみれば、夏純さんは一瞬目を丸くしてからくすくすと笑ってみせた。
《ふふふ、見透かされてしまいましたわね》
「勘弁してもらえると助かるよ。僕は世間知らずだからね、交渉とかそういうの苦手なんだ」
《あら、そうは見えませんけれど……いえ、戯れはここまでと致しましょう。――探索者ギルドを敵に回すとなれば、必然、わたくし達が狙われる可能性が出てきてしまいます。そのようなリスクを背負うのは避けたいというのが本音ですが、それはおかしなことでしょうか?》
「おかしいね」
《はい?》
「これから狙われる可能性があるんじゃない。すでにキミたちは狙われているんだよ。支部長さんとやらが消え、そんな支部長さんを狙った部隊と思しきメンバーをハワードが殺した。そのハワードと一緒に支部長さんが消えていて、そちらのお仲間が無事。さて、何かしらの関与を疑われているだろうと見られるのは当然じゃないかい?」
《……なるほど、それは確かにそうかもしれませんわね》
「となれば、キミたちは否応なく探索者ギルドに参考人として呼び出されるだろうね。その上で、探索者ギルドの者達は真実なんて気にしないで、キミたちに罪を被せて口封じする可能性もある。そうなった時、素直にそんな言いがかりに応じる気かい? 敵対したくないから、黙って殺されよう、とでも思うのかな?」
ハワードは魔法を使って周囲の人間を眠らせたと言っていた。
けれど、魔法を使って眠らせていても監視カメラだとかは眠る訳じゃないし、何が起こっていたのかまでは隠せていても、騒動の後でハワードと支部長、それに燐さんが出て行ったことは解析できるだろう。
その時点で、無事な燐さんが疑われるのは間違いないのだ。
真相を包み隠さず話したところで、それを信用する以前に罪を被せられて消される可能性の方が高いのだから。
それらを言葉にしてみせれば、夏純さんも今更ながらに気が付いたのか、口を噤んでしまった。
まあ、探索者ギルドが実はクリーンな組織だったりしたら、素直に応じればまだどうにかなったかもだけど、あそこはあそこで真っ黒だからね。
支部長さんを嵌めて殺そうとしたぐらいだし、当然、罪を被せるぐらいは平気でやってくると考えた方がいい。
「というかね、そもそも僕から言わせてもらえばキミは勘違いしているよ」
《……勘違い、とは?》
「僕が言っている行動は、〝探索者ギルドを敵に回す〟ものじゃない。〝探索者ギルドを潰す〟ためのものだ」
《……っ、それは……》
息を呑み、瞠目する『燦華』の面々。
そんな彼女たちを見て、ずいぶんと平和ボケしているというか、探索者らしくない性格をしているように思える。
これも夏純さんという存在のせいだろうか。
ともあれ、そんな彼女たちとは対照的に、冷静に状況を観察しているらしい丹波さんが、「やはりそのつもりか」と言いたげに隣で小さく溜息を零した。
「……正直、『キメラ計画』のデータ公開、それにソラさんの存在は、探索者ギルドを追い詰めるには充分な要素でしょう。そうなれば、騒ぎ立てるのは我々のような探索者だけじゃなくなるわ。一般人側でも今、国に対して抗議の声が強まっている。探索者ギルドまで国と結託しているとなれば、その火は瞬く間に燃え広がる、と」
「そういうことだね」
《……そうなれば、探索者ギルドも時野支部長――いえ、元支部長の時野さんを匿った私たちに、いちいち構っている場合ではなくなる》
「それもあるだろうけれど、それは副産物というものさ」
肩をすくめて告げてみせれば、『燦華』の面々からも、そして丹波さんからも注目が集まった。
「今は探索者業界が荒れていて、ここにきて探索者ギルドの致命的な暴露情報の流出。そうなれば、多くの混乱が生まれるだろう。国も、探索者ギルドも信用できないような有り様だ。誰に頼ればいいのかも分からない一般人、探索者が多く出る。でも、それを放置していると犯罪ばかりが増えるだろうから、やっぱり放っておく訳にもいかない。となると、それらを統治するには新たに秩序を担う存在が必要になる。滅茶苦茶になってしまった秩序を正すため、相応しい旗頭が必要だ。さて、そんな立ち位置にはどんな人物が相応しいだろうね?」
《――っ!》
《まさか、時野氏を……?》
「……そういうことね。新リーダーとして内部を告発し、浄化を訴えた存在であれば、探索者ギルド内で悪事に協力していなかった者達もまとまりやすい。探索者たちをまとめ、そして一般人を説得するには、浄化を目指して行動を起こしているという実績のある者の言葉である方が効果的ということね」
「そうだよ。バラバラになった探索者をまとめ上げ、一般人でありながらもそれを行い、一般人に説得するために声をあげる存在。――そして、そんな彼を支持し、〝彼の勇気に胸を打たれ、危険を顧みずに配信で協力した『燦華』〟の名声や人気は跳ね上がる。キミたちは安全を確保でき、さらに地位や名声を得られる。悪い話ではないだろう?」
水を打ったような静けさが広がる。
配信系探索者。
僕にはそんなことをいちいちやる理由はよく分からないけれど、わざわざ配信しているっていうことは、要するに認められたりちやほやされて承認欲求を満たされたかったり。あるいはお金を稼ぎたかったりと、それぞれに理由があってやっているのだろう、とは思う。
となると、名前が売れる、有名になる、地位を確立するというのは、彼女たちがわざわざ配信する目的が何であるかは知ったことじゃないけれど、メリットになるのは間違いないし、ここで乗じた方が得なのも確かだ。
そんなことを考えながら微笑んでみせれば、それに対する答えはモニターに映る3人からではなく、丹波さんから返ってきた。
「――そうなった時、『大自然の雫』は新体制を支持するわ」
「へぇ? てっきり、『燦華』の代わりに配信に協力するって言うのかと思ったけど?」
「それは無理ね。私たち――というより、大きなクランが時野氏に協力したと言われると、時野氏とクランが共謀して探索者ギルドを貶めた、なんて言われかねないし、そういう工作を打たれる可能性が高いもの。そういう意味では、クランとして活動していない、けれど人気のある『燦華』が率先して動いたという方が、
知らんけど。
いや、まあ確かに美談になった方が、こんな世の中なら支持は高まるかもね。
じゃあそれもーらい。
「違うと言えば嘘になるね。もっとも、彼女たちの安全を考えても、目立ちまくった方がいいっていうのは否定しないよ」
もっとも、僕から見ればこの作戦が成功しようが失敗しようが、どちらでも構わないけれどね。
新たな指導者の下でまとまるまでに、多くの戦いが動いていくだろう。
巨悪を討てとばかりに、正義という大義名分をこれ見よがしに掲げて様々な行動を起こし、人の世界の秩序は大きく揺らぐ。
ニグ様、そしてヨグ様の目的は、あくまでも人類の〝進化〟だ。
要するに、一般人にとってダンジョンという存在が、特区などという巫山戯た間仕切り越しのものじゃないと知らしめ、戦わせればいい。
政府、探索者ギルド。
この二つが巨悪となり、一般人が立ち上がり、戦う道を選んだのであれば、そうなれば必然、〝進化〟はもっと人間にとっても身近なものになっていくだろう。
――というかさ、もう手遅れなんだよ。
ラトは政治家たちに対して、探索者に対する武力行使を示唆し、それと同時にその力を小煩い一般人にも向けてしまえばいいと、ゆっくりと心の箍を緩めるように誘導している。
そろそろ箍が外れて、国民に対する武力行使を命令し、探索者たちに対しても恭順しないのであれば抹殺してしまえという命令を下す国も現れる頃合いだろう。
平和的に、話し合いで。
そんな解決方法なんて今さら取れるはずもないし、僕とラトがそれを許すつもりもない。
ハワードが連れて帰ってきたという時野さん。
もともとそんな人間がいなくたって、僕らの組織が探索者ギルドに襲撃を仕掛ける予定だったしね。
ただ、その人を上手く使うことで、より人間の心の箍が外れやすくなるのであれば、僕はそれを後押しする。
より世界が混沌としてニグ様とヨグ様の目的と、僕は僕の楽しみ――つまり、ミステリアスムーブを楽しめる方向に世界が進むというのなら、僕に躊躇いなんてない。
《――……話は分かりました。では、我々『燦華』は、その配信に協力させていただきましょう》
3人の中で答えは出たらしい。
その答えを聞いて、僕はほくそ笑みそうになる顔を必死に誤魔化しながら、念話とも言える会話を通して
――そういう訳だから、ニグ様。予定変更。この配信を利用して例のショーを行おうってラトとヨグ様にも伝えてもらえるかな?
《――伝えておきました。こちらも調整します》
頭の中に響いたニグ様の返事は、心なしか弾んでいるように思えた。
◆――――おまけ――――◆
ラト「――あっはははっ! やるのね、えぇ、もちろん問題ないわ。というより、もう待ちくたびれていたぐらいだもの」
ニグ「ふふ、そうですね。正直、今回の試みによって色々と仕込むことができそうですし、私も楽しみですよ」
ヨグ「٩(ˊᗜˋ*)و」
ラト「もう、相変わらず顔を動かさないのに顔文字だけなのね。というかヨグ、あなた準備は大丈夫なの?」
ヨグ「(๑•̀ㅂ•́)و」
ニグ「……そこはかとなく不安なのですが……」
ラト「ふふ、いいじゃないの、楽しそうだわ」
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