蠢動




「――時野支部長が、ですか」


《……はい》



 大手クラン、『大自然の雫』のホームとなっている東京第1特区。

 そんな『大自然の雫』が持っている対外的な対応を行うためのテナントビルへとやってきていた丹波は、会議室にて目の前のモニターに映る女性たち――『燦華』の面々の報告を聞いていた。


 丹波と『燦華』の面々との繋がりは、ダンジョン庁の役人から『ダンジョンの魔王』の捜索を依頼される形となったあの日からのものだ。


 お互いに年若い女性であり、『燦華』から見れば丹波は大手クランに在籍しながらも実質的なナンバー2に位置している、ありとあらゆる面で知識、経験が豊富な先輩というような立ち位置だ。

 一方、丹波もまた若い才能ある後輩という事もあって、いずれは『大自然の雫』に引き入れられれば、と考えてはいたものの、可愛い後輩として相談に乗る機会が増えていた。


 そんな相手である『燦華』からの相談を受ける形となった丹波は、小さく溜息を吐いて眉間に皺を寄せた。



「……と、いうことのようですが……。ハワードという人物はもしや、先程あなたから伺った方なのでは……?」


「そうだね。タキシードにシルクハット、それに……うん、解剖ね。間違いなく僕のトコの組織のメンバーだね。……というかよく無事だったね」


《え》


《な……!?》


《な、ぜ……そこに……?》



 丹波から話を振られる形で突如会話に参加してきたのは、ソラだった。

 カメラに映らない位置にいた彼は、軽い調子で返事をするなりカメラに映る丹波の近くへと近寄ってきて、勝手に椅子を拝借して腰掛けてみせる。


 そんな様子を突然見せられる羽目になった『燦華』のメンバーは愕然とした表情を浮かべており、一方で、ソラと平然と会話をしている丹波は相変わらず頭が痛いと言わんばかりに険しい表情のまま眉間を揉みほぐしていた。


 そもそもソラがこの場にいるのは、丹波にとっても想定外のことだったのだ。


 今日は『燦華』との定例ミーティングの日だ。

 彼女たちが時野の指示を受けて動いていること、そしてそれが『キメラ計画』に関与した研究施設の跡地調査であったり、ダンジョン庁との合同調査であったりと、何かと厄介事に巻き込まれ始めている事を知り、アドバイスを送ったりもする、その為に設けられているものであった。


 それを行うついでにクランホームの会議室に到着したところで、クランホームの受付を行っている者から慌てた様子で連絡がきたのである。


 そう、ソラがアポなしで突然やってきたのである。

 過去に会ったことがあるからという、ただそれだけでわざわざこの場所までやってきたというのだ。


 結果として、『キメラ計画』や『クローンによる完全個体計画』はソラによって肯定される事になった。

 データでもすでに予測はついていたが、それが本当の話だったと聞かされた時は、そのあまりにも酷い話に丹波も言葉を失うことになったが、そんな話をしている内に気が付けば『燦華』との定例ミーティング時間が近づいていた。


 そこで、『燦華』との話し合いを延期、あるいは中止しようかと考えていたのだが、他ならぬソラが「僕に気にせずやっていていいよ」と言い出した。

 どう考えてもソラの対応をする方が優先度が高いのは間違いないが、件のソラ自身がそれを是としないのである。しかも、その場から去ろうとする訳でもない。


 クランホーム内をうろつかせる訳にもいかず、しかし『燦華』とのミーティングの中止や延期だけは頑として譲ろうとしない。

 結果として同席してもらった方が安心できるという丹波の思惑もあって、こうしてミーティングに巻き込んでいる、という現状が生まれていた。


 一方、何も聞かされておらず困惑した『燦華』の者達。

 彼女たちの唖然とした表情を前にしながら、しかしこの状況を生んでみせた張本人でもあるソラはにっこりと笑ってふりふりと手を振ってみせているばかりで、状況について説明をするつもりはないようであった。


 そんなソラに代わって、改めて丹波が小さく咳払いしてから口を開いた。



「……これは公にしていない情報ではありますが、『燦華』の3人には話しておきましょう。実は数日前、我々『大自然の雫』のクランマスターである大重が【勇者】として覚醒しました」


《――っ、やっぱり、ですか》


《さすがでございますわね》


《なるほど。大重氏なら道理というものだ》


「これに伴い、早速ではありますが隣国の『魔王ダンジョン』の攻略を開始する予定となっています」


《隣国、ですか》


「はい、これは国からの正式な要請だったようなのですが、大重が隣国の混沌とした様子には胸を痛めていましたので、当人の友人のことも含め、本人が勝手に受けてきたとも言えますね。こちらも対応に追われています。迷惑な話ではありますが」


《あー……、あはは……》


「失礼。とは言え、正直に言えば日本国内の治安問題なども考えると、我々のクランとしても戦力をあまり割けないというのが実状です。現地の探索者もかなり非協力的であり、しかも【勇者】もいない国であるため、戦力が心許ないところに……」


「僕がきた、という訳だね」


「……はい。なんでも、今回の『魔王ダンジョン』の攻略を手伝ってくださる、とのことで」


《え……!?》


《……ハルト氏の配信を観た限り、確かにその実力であれば心強いと思える。しかし、あなたは人類を助けるつもりはないと、そう言っていたと思うが?》



 驚愕する燐の隣から、紗希が画面越しにソラの顔を真っ直ぐ見つめて問いかける。

 そんな紗希に向かって、ソラは肩をすくめて見せた。



「なに、もしかしたら『魔王ダンジョン』なら、兄さんに会えるかもしれないだろう?」


《……お兄さんって……『ダンジョンの魔王』のこと、だよね? 彼のことはなんて呼べばいいのかな?》


「僕らには名前なんてなかったから、名前なんて聞かれても答えられないよ。僕はこの見た目から白と呼ばれていたし、兄さんも黒と呼ばれていたからね」


《え……?》


「ソラと名乗るようになったのは、組織の仲間が初めて空を見た時に、青空と雲がまるで僕みたいだと言ったから。だから、僕もソラと名乗るようになった、それだけの話さ。まあ、気に入ってるのは否定しないけどね」



 微笑んで答えているソラの横顔をちらりと見て、丹波は嘆息する。


 最近では時野を通して『キメラ計画』を追っていた『燦華』の者達。

 彼女たちもまた、今のソラの言葉で真相に近いもの――つまり、ソラたちもまた『キメラ計画』の犠牲者であるという点に気が付くだろう。


 もっとも、ソラ、そして『ダンジョンの魔王』については、『キメラ計画』よりも性質の悪い部類の実験の果てに生まれた存在である。


 そんなソラと『ダンジョンの魔王』、そして廃棄されてきた彼らの同一複製体、〝彼方 颯〟という少年の生まれた事情を考えれば、なるほど、人類に敵対するのも無理はない。


 そういう事をやったのは一部の人間だ。

 全ての人間が悪い訳ではない。

 いい人もいれば、そういう事をする人間もいる。


 そんなありきたりの言葉が届いて味方になるような相手ではないのだ。

 何も生み出さない上っ面の正論なんてものは、所詮、他人に向けているようで自分に言い聞かせるだけの代物に過ぎない。


 ――『ダンジョンの魔王』と出会い、話をすることで、結果としてソラが向こう側についてしまったら。

 そんな不安がない訳ではないが、ソラという少年は人間を助けるつもりはないと言っている一方で、しかし同時に人間に敵対するようにも思えなかった。


 もしも人間というものを本当に嫌っていて、滅ぼすという方向にシフトしているのであれば、あれだけの力があればとっくに人間に大きな被害が出ているはずだ。


 もっとも、『キメラ計画』の実験施設を次々と襲撃し、成功例である被検体を次々と掻っ攫って組織を起ち上げていると聞かされて。

 さらに今のところ、探索者ギルドと国の上層部の者達への復讐を目的としていると聞かされた時には、さすがに丹波も目眩を覚えたものであったが。


 しかし、丹波とて特区出身。

 国や探索者ギルドのあれこれには思うところもある。


 故に全ての人類を救いたいとは微塵も考えてもいなければ、ソラたちが結果として人類全てを滅ぼそうというのなら抗うが、積極的に一般人を守ろうという気持ちは持っていないというのが正直なところである。


 そしてそれは大重も同じだ。

 彼は恩人であり親交のある友人が隣国にいるからこそ今回の依頼を受けたが、今回の件で国の官僚や役人が味を占めようものなら、今後は断ることも増えるだろう。


 

「――とまあ、そういう訳だからハワードが連れてきたその人っていうのは、手を出さずに保護するように言っておくから、安心していいよ」


《……そう、ですか。ありがとうございます》


「気にしなくていいよ。探索者ギルドの内情を知る人間、しかも闇を暴こうっていう人材がいるとなれば、確かにウチも動きやすいからね。ハワードにしてはまともというか、マシな行動だね」



 ソラが苦い笑みを浮かべたのも無理はなかった。

 ハワードという存在は、何しろ解剖というものに心血を注いでいる。

 隙あらばソラ自身のことも解剖したいと言い出す上に、何故か身体の末端から断っているというのに徐々に身体の中心地点を解剖させてほしいと言い出す。


 他人との交渉術において『ドア・イン・ザ・フェイス』というものがある。

 要するに本命を相手に「小さなもの、それぐらいならば」と思わせるため、敢えて過大な要求を最初に行い、その後で本命を頷かせるというものだ。


 だが、ハワードの場合は断っているのにどんどんと要求が大きくなるのだ。

 断られれば断られるほどに、ハワード自身の解剖欲求なるものが大きくなっていくため、そもそも交渉しようという感覚すら持っていない事をソラはよくよく理解している。



「あ、代わりにって訳じゃないんだけど、ちょっと協力してほしいことがあるんだけど、いいかな?」


《協力、ですか?》


《さすがに人間を虐殺しろとかは聞けないが》


「あはは、そんなのキミたちに頼まなくたってやろうと思えばいつでもできるよ。もっとも、キミたちが効率的な虐殺方法を有しているなら、是非とも聞いてみたいところではあるけどね」



 ソラと『燦華』の面々との会話に、思考に捕らわれていた丹波が意識をあげた、その瞬間。

 ソラはにっこりと微笑んで告げた。




「――『暴かれる探索者ギルドの闇』って名目で、兄さんのおかげで有名になった僕が登場しつつ、時野さんとやらに内部告発者としてデータと一緒に色々暴露してもらう配信とかしてみようかなって。『燦華』の3人、ちょっと配信に協力してもらえたりしない?」





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