人と魔物




 大剣――『竜鱗大鉈』。

 鉤爪状の刃が片側にいくつもついている、大剣というか巨大な鉈。

 叩き斬るというよりも突き立てて相手を引きずり回すか、あるいは鋸のように突き立ててから引き抜き、傷口を削ぎ落とすように攻撃する武器。


 柄から剣先までを合わせると、ヴィムの足のつま先から顔の位置まで届く程に巨大なあの武器は、僕にはとても使えるような代物じゃない。

 入手してからワイシャツをアイロンしようとして、でも下敷きに使えそうなものがなかったからアレを取り出して使おうとしたら、ベッドのシーツをビリビリに引き裂いたんだっけ。へし折ろうかと思ったよ。


 ホントデカくて邪魔だったから投げ捨てようかと思った程のゴミ――げふん、凄まじい攻撃力と破壊力は、ヴィムの巨躯、それにパワータイプの彼にはベストマッチな武器だ。


 そんな武器を使うヴィムの戦闘方法は、基本的に大振りの一撃だ。

 あれだけのパワーを持つヴィムであっても、重さにして3桁キロに届きそうな鉄塊のようなあの武器を使うとなると、どうしたって速度が鈍る。


 隙が大きいため素早い魔物と戦うと攻撃を当てられないし、使い勝手もあまり良くなさそうだったから、テスト的な意味で渡した武器だったんだけどさ。

 なのに、「主に下賜された武器を使いこなせない己の未熟さが」とかなんとかって言ってヘコんでたから、さすがに「やっぱ無理だねー。じゃ、次の武器行ってみよっか」とは言えなかった。


 空気を読める男、それが僕という男なのさ。


 ともかく、そんな訳で「じゃあ戦い方を改善しよう」ってことで、素早い対応と反撃、小技とかを教えているんだけど、ヴィムって融合した魔物が緑大鬼オーガだったせいか、魔力の扱いが下手なんだよね。


 身体強化にほぼ全ての魔力が割り当てられている、とでも言うべきかな。

 だから、遠距離攻撃系の魔法とかが一切使えない。


 そんな訳で僕が教えた戦い方は、体術と足捌きだけだ。


 リーナの軽快なステップのようにはいかないし、ハワードみたいにぬるっと動くような歩法も使えないから、立ち回りと位置関係を意識した足捌きだったり、『竜鱗大鉈』を盾としても使うような戦い方だけ。

 僕だって別に達人という訳じゃないから、基本的に実戦の中で意識している部分に関するアドバイス程度だけど。


 だから――――



「縺ェ繧薙□縺薙>縺、縲�ュ皮黄縺具シ�」


「ッ、ガアアァァァッ!」



 ――――『深層の悪夢』の素早い連続攻撃を、身体を動かしつつ『竜鱗大鉈』を盾のように構えて殺しきる。

 一瞬の隙を見逃さず、ヴィムが『竜鱗大鉈』の横から躍り出ながら柄を握り、回転しながら横振りする。


 けれど、『深層の悪夢』はその強烈な一撃を前に、突然溶け崩れるかのように、ぐにゃりと姿を変えて避けてみせた。


 巨大かつ重量のある武器の性質上、どうしたって初動が遅くなってしまう。

 僅かに時間を与えてしまうとあっさりと避けられて手痛い反撃を仕掛けてくるあたり、深層の魔物は伊達ではない。


 ぐにゃりと歪んだ肉体がハリネズミのように周囲に一斉に伸びる。

 だが、対するヴィムはすでに『竜鱗大鉈』の後ろに身体を滑り込ませており、その攻撃を防ぎきってみせた。


 ああいう風に使いこなせると絵になるよね。

 僕とリーナが使うような大鎌みたいな恐ろしさ、抜刀術みたいなスマートさはないけれど、超重量の武器特有の圧倒的破壊って感じがよき。


 今の攻防も、当たっていれば今の一撃で殺しきれただろうけれど、真正面から攻撃を叩き込むにはまだ詰めがちょっと甘いかな。


 ただ、それでも成長しているね。

 以前までは削られるばかりだったヴィムが、今はこうして渡り合っているのだし。

 うんうん、僕も教えた甲斐があったというものだ。



「縺雁燕縺九i谿コ縺�」


「ッ、主――ッ!」


「いい感じだよー。ただ、もうちょっと投げて体勢を崩させたりして、当たるタイミングをしっかり作った方がいいねー」



 伸びてきた『深層の悪夢』の身体。

 黒い棘のようなものをぺしりと手で叩き落としながらヴィムにアドバイスを送ると、ヴィムがなんだかなんとも言えないような顔をしてから頷いた。


 顔半分仮面で隠しているから表情読み取りにくいんだよなぁ。

 もともと表情豊かという訳でもないし。


 地面に落とした『深層の悪夢』の伸びた身体を踏み潰そうとしたら、慌てて引っ込められた。



「縺ー縲√�縺代b縺ョ……」



 相変わらずよく喋るみたいだけど、ホント何言ってんのか分からないんだよね。

 うじゅるぎゅしゃじゅる、って感じにしか聞こえない謎言語だし。



《――訳しましょうか?》



 いや、いらないですけど。

 別に話したい訳じゃないし、分かり合いたいとか思わないし。

 まあ興味が微塵もないと言えば嘘にはなるけれど、どうせ魔物だから殺すだけだもの。

 言葉なんて知ってても知らなくても結果は変わらないからね。



《……まあ、それはそうでしょうけれど。ちなみに興味本位で訊ねますが、もしも人間の言語を喋れる魔物がいたらどうしますか? 仲間にしたいとか考えるものでしょうか?》



 さあ、どうだろうね。

 少なくとも僕はもふもふは好きだけど、それはあくまでも愛玩動物レベルだし。

 というか人間の言語バリバリ喋るもふもふが相手だったら嫌だなぁ。


 触る時に遠慮したりしなくちゃいけなくなりそうだし、「あるじ、飯くれ!」とか言われたら「今やろうと思ってたのに!」ってなるかもしれないじゃん、知らんけど。


 で、それがどうしたの?



《いえ、新システムの件で少々。改めて、ジョブシステムの方でテイマーを実装するか悩んでいまして。人間種と意思疎通できる特殊個体のみ、そういった対象にする、というようなものはどうかという案があったではないですか?》



 あー、確かにあったね。

 でもサモナーとか実装しちゃうと、なんか魔物愛護団体みたいな、何故か「人間様が保護してやらなきゃ可哀想」とかいう、上から目線の自愛慈愛に満ちた頭おかしい集団が出てきそうだから、面倒臭そうだなって棚上げしてたんだっけ。



《はい。なので、人間種と意思疎通できる能力を持たせた特殊能力持ちであればどうかと、ヨグと相談していました》



 ほう。

 ちなみにヨグ様はなんて?



《……何やら考え込むような顔文字を表示した後に、笑顔でバンザイしたような顔文字を出してますね》



 あ、興味なくなった感じというか、どうでも良さげな感じだね、それ。

 ヨグ様らしいというかなんというか。


 まあ、ヨグ様はあんまり積極的に仕込む側に入るつもりはないっぽいから、本当にどっちでもいいと言えばいいんだろうなぁ。

 全て完成してからきゃっきゃしてる――なお顔文字だけ――のがヨグ様だもんね。



「莉翫↑繧画ョコ縺帙k��!」


「――殺すぞ、ゴミ。さっきからこっちに攻撃してきてさ。おまえの相手、僕じゃないだろうが」


「縺医√%繧上=窶ヲ窶ヲ繝、繝吶�螂エ縺倥c繧薙√%繧上=」



 ヴィムと戦ってた『深層の悪夢』が、何故かヴィムを無視して上の空状態でニグ様と相談していた僕に攻撃してきたので、それら全てを翼で迎撃して消し飛ばし、魔力を叩きつけて吹き飛ばしがてら軽く潰して脅しておく。


 そしたら、なんかブツブツと言いながらヴィムの方に向き直った。

 そうそう、僕なんか無視してていいから。

 ちゃんとヴィムの相手してあげてね。



「……主……」


「あ、こっちの事は気にしないでどうぞどうぞ。ヴィム、がんばれ!」


「……はっ」



 ん、なんかちょっと気が抜けた返事がきたけど、疲れてんのかな?

 がんばれ、ヴィム。

 速い相手を攻略できるようになれば、きっともっと強くなれるから。


 それよりテイマーねぇ。

 それを利用して、新しく『キメラ計画』みたいなものが持ち上がってきたりとかもしそうだよね。


 そうなったら僕らが攻め込む理由ができて面白そう。

 同じ過ちを繰り返させる訳にはいかない、キリッ、みたいな感じとかできそうじゃん。

 ナニソレ熱い展開。


 ――よし、テイマーやっぱ実装しよ、ニグ様!



《分かりました。人間の言語は如何しますか?》



 んー、ホント僕はぶっちゃけどっちでもいい。


 ただ、魔物っていう存在が人間の言語を操る――つまり、感情を言い表し、思考し、本能じゃなくて感情で行動でき、理性で本能を抑制できるようになったら、それはもう人間の上位互換になる気がしてる。

 だって、それって人間としての優位性、特徴というものを、身体能力的にも勝っている魔物が持つってことでしょ。


 そうなったら、普通に「人間なんかに従う必要はない。むしろ従える、滅ぼす」みたいになったりするんじゃないかなって思うんだよね。


 そこで殺し合いになったとして、僕は普通に降りかかる火の粉を払うことはできる。

 でも、一般人と低位階探索者はそうはいかないかもしれない。


 よしんばそれを高位階探索者が守れたとして、倫理的に重きを置く場所が全く異なる存在が、しかも同程度の知能まで持っている。

 そうなると、結局はどっちかが生き残るまで殺し合うしかなくなるだろうなっていうのは、人間の歴史が証明しているような気がする。


 実際、〝正義〟という旗を掲げた人間は容赦なんてない。

 相手を、〝悪〟を滅ぼすことがさも素晴らしいことであるかのように宣い、己すら騙し、行いを正当化できてしまう。


 歴史で言うところの宗教戦争然り、少数部族への抑圧然り。

 そして、一般人たちの今の様子を見るに、拳を振り下ろしても良い場所があるというのなら、人は容易くそれを行うだろう、と。


 ま、それはそれで戦いが激化しそうではあるけど。

 そういう方向で戦いが進んだ場合って、〝進化〟を目指して次のステージを目指すと考えた場合、ニグ様的にどうなの?



《……そう言われるとそうですね。確かに、我々としては人間種の〝進化〟が目的となります。そこに比肩し得る存在が我々によって生み出され、人間種が負けてしまうというのも好ましくありませんし、やはり知能レベルは低くしておくべきですね》



 やっぱりペットって頭が悪いから可愛いってことだね。

 ペットが何かした時に「賢い! 偉い!」なんて褒め方もあるけど、あれとかは要するに余裕があるからこそできる上から目線なんだよ。

 要するに「自分たちに比べたら頭悪いけど、それなりに賢い子だよね草」って意味で褒めてる感じだよね。

 ペット飼ったことないから知らんけど。



《……えぇ……? なんか凄く語弊を招く言い方ですよ、それ。いえ、言わんとすることはなんとなく分かるのですが》



 え、そう?

 別に小馬鹿にするとかそういうつもりは一切なくて、人間ってそういうものだと思うんだけど。

 ほら、自分より力を持っている存在とか、自分たちが全く分からない知恵を持ってる宇宙人が現れたりしたら、好意的な感情より得体の知れない存在に対しては恐怖を抱くものだと思ってたんだけど。


 実際、探索者に対する一般人ってこういう感じだよね?

 間違ってなくない?



《……確かに》



 なんとなく虚しい気分になりながらも、ともあれテイマー実装が決定したのであった。






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