エッセンスは大事




 シンという男は、非常に分かりやすい性格をしている。


 位階Ⅹという力を得て、【魔王】という名の〝超越者〟になったとでも言わんばかりに傲岸不遜。

 己こそが人類最強の一角であると世界に、そして神に認められた存在であると信じて疑っておらず、そんな自分こそ【魔王】に相応しいと心の底から信じているらしい。


 確かにその文言だけを耳にすれば、それは誇大妄想に囚われた愚か者か。

 あるいは空想を垂れ流すだけの思春期の子供のようにも聞こえる。


 だが、そう思うだけの事が確かに存在していたのは紛れもない事実だ。


 位階Ⅹという人類最高峰の実力に至り、ただの人間ではなく〝進化〟を果たして【魔王】となったのも。

 それを〝神に選ばれた〟と認識しているのであれば、なるほど、まあそれもおかしな話ではないとも言える。


 だから、シンにとって『天の声』と呼ばれる神そのものと、その配下であるメッセンジャー。さらにそんなメッセンジャーと親交があるであろう、【魔王】をあっさりと処刑してみせた『ダンジョンの魔王』なる存在だけが、自分が逆らうべきではない相手だと認識しているようだ。


 その下に自分と他の【魔王】が存在しており、さらにその下に人類という存在がいるのだと、シンは心の底からそう考えている。


 そういった驕りが拭えず、彼はどうしてもリスクというものを考えられなかった。


 自分は優れた存在であり、〝超越者〟である。

 故に人間風情が攻め込んできたところで、自分が打ち倒されることなど有り得ないと考えている。


 ある意味でその考えは正しい。

 人類最強だからこそ〝凶禍の種〟を植え付けられたのは確かだ。

 そんな彼が、〝進化〟を行い、さらに【魔王】となった以上、なるほど、確かに今のところシンが考える通りに人類に敵はいない。


 位階が一つでも違えば、その身体能力は大幅に差が生じる。


 さらに〝進化〟を行ったことによって、シンの見ている世界は、感じている世界は大きく姿を変えた。【魔王】となった自分には今、位階にしてⅩⅢ程度の実力があると自負している。


 そんな強さを持った人間など、彼自身これまで聞いたこともなかった。

 位階Ⅹという強さでさえ、探索者という存在の中でも群を抜いた強さなのだ。

 そんな自分に追いつけるだけの強さを持つ者なんて、いるはずもない。


 強いて挙げれば自分と同時期に選ばれた【勇者】と呼ばれる存在だが、それでもそんな存在よりも自分の方が優れているのだと、シンは根拠もなく信じていた。


 実際、人類の中でも第二陣の【勇者】とてまだまだシンの実力には届かない。

 真正面から本気で殺し合えば、シンが負けることはない。


 故に、分断を行い、かつ合流までに時間がかかるダンジョンの造りにした。


 物量で肉体的に、精神的に追い詰めるのもまたショーとしての一興。

 しかし、確実に殺すべき相手については、自らの手で殺す。

 分断して、各個撃破を狙ってしまえば、その程度は造作もないことなのだから。


 人間にとってみれば、性格の悪いダンジョンだ。


 たとえばRPGをやろうとして、はじまりの町を出たところで魔王に遭遇したら。

 俗に言う『負けイベ』として負けることでストーリーが進行し、未来へと物語が繋がっていうようなものであれば、プレイヤーとて受け入れることは可能だ。


 だが、そこで負けても未来に繋がらないとなれば話は違う。


 このダンジョンは、そういう存在だ。

 せっかく人数を集めても、その努力を水泡に帰すような分断ギミック。

 入ってきた探索者の力量を見極め、もしも自分に並ぶほどに強い者がいるようであれば、大量の魔物をぶつけながらその中に【魔王】が潜み、奇襲をかけるなんて真似もできてしまう、そんな底意地の悪いダンジョンだ。


 セオリーなんて関係ない。

 ただ、侵入者を殺す為だけに作られたダンジョン。




 ――――という、彼の思惑とこのダンジョンの答え合わせ。

 最近練習中の【アカシックレコード】へのアクセスで少しばかり得られた情報を鑑みて、「退屈な・・・ダンジョンだな」と僕は評した。




 僕が捉えた領域の中で、すでに『大自然の雫』の大重さん、萩原さん、弓谷さんの3人がシンと交戦を開始している。

 このダンジョンは『D-LIVE』が設置されていないから配信はできないけれどね。



《――配信していますよ?》



 不意に聞こえてきた声に、思わずぴくりと眉を動かした。

 ニグ様の声だ。


 ――あ、そっか。

 確か【勇者】による『魔王ダンジョン』の攻略は全世界ニグ様配信してるんだっけ?



《――はい、しっかりと。人間種にとっては無視のできない大きな問題となりますからね。それに、先日の【勇者】による踏破も配信しておりましたから》



 ドイツの【勇者】の配信だっけ。

 僕は見てなかったからあんまり気にしてなかったけど、そういえば一応配信はしたって言っていたような気がしないでもない。


 メッセンジャーとしての出番とか『ダンジョンの魔王』での出番もなかったから記憶にないんだよなぁ。

 そういう配信って基本的に垂れ流しというか、いきなり始まっていきなり終わるから、僕には関係のないところでやっていること、という感が拭えない。


 まあ、人間にとってはそうはいかないんだろうけれど。



《……颯らしいですね。それより、今回はあなたもそちらにいますが、映しても構いませんか? ラトが一応確認した方がいいと言い出していますので、こうして声をかけているのですが》



 問答無用で映されるかなって思ったけれど、どうやらラトが僕に配慮してくれたみたいだね。


 ……ラトが、ねぇ?

 それってつまり、演出チャンスなんだから、ただ辿り着いてぬるっと登場みたいな感じにするな、とラトは言いたいんだろうか。


 ふむ、確かにニグ様が僕を映さないでくれるなら、それも可能かもしれない。


 ……うーん、今回に関してはミステリアスムーブじゃなくて、『兄を探す白勇者風ムーブ、協力を添えて』バージョンだから、あまりそれっぽい事を言って登場もできないし……さて。


 やっぱこういう時は、アレ・・しかないね。



《……協力を添えて、ですか》



 ――ヘイ、ニグ様!

 僕が今頭の中に構築しているイメージを読み取って、こんな感じでやってくれたりしないかな!?



《……あぁ、なるほどなるほど。ふむ、確かにそれはそれで盛り上がると言いますか、あなたらしい演出になりそうですね。分かりました、ではそういう方向でいきましょう》



 ――さすニグすぎる。

 僕のイメージを読み取って、しっかりきっちり合わせてくれるみたいだ。


 ふむふむ、となると……やっぱ目玉となる魔物ぐらいいてくれた方が面白そうな気がするんだよなぁ。


 ちょっと領域を繋いで……うん、あそこの広間なら……よし。

 じゃああとは…………あー、これじゃあ勝負にならないし、もうちょっと苦戦してどうにか倒せる的なのにしなきゃ……。


 ……考えるの面倒臭いなぁ。


 そもそもヴィムはともかく、あのヤンさんとかの実力なんて分からないし。

 万が一あっちが全滅しても特に問題はないっちゃないんだけど、なんかこの国も色々とヤンさんが動いてくれると良くなりそうだから、死なれても困るしなぁ。


 ……もういっか、アレで。

 アイツならそう簡単に殺したりしないで、遊ぶ・・だろうから、なんか問題あったら修正もできるでしょ。


 とりあえず……うん、大重さんより弱そうだし、3匹ぐらいいればいい感じだよね。

 それで死ぬんだったら、まあドンマイってことで。



「――はい、ボッシュート」


「……? 主、今何か?」


「ううん、なんでもないよ」



 ヴィムを連れてるからぱぱっと自分で移動できないんだけど、これぐらいなら見なくてもできるしね。

 いやぁ、領域の扱いとか色々と練習してきて良かった!


 久しぶりにやりたい放題やれそうだね!

 なんか楽しくなってきた!


 あ、そうだ。

 ついでにヴィムとも戦わせてみたいから、もう一匹ぐらい――あぁ、いたいた。


 で、僕らが進む先の通路に転移させて、と。



「――ヴィム、気付いているかい?」



 きりっとした表情を浮かべて声をかければ、ヴィムが前へと進んで大剣を構えた。


 通路の先で膨れ上がった警戒の魔力。

 その押し寄せてきた力に気が付いたヴィムが、険しい表情を浮かべている。



「……はい。あれは……」


「あぁ、そうだね。――『深層の悪夢』だ」



 曲がり角から姿を現した、真っ黒な人の影のような存在。

 そう、僕が招待した魔物である。


 ……うん、ごめんね。

 僕の演出のために、ちょっと時間稼ぎプラスヴィムの修行ということで一つ、ちょっと頑張ってみてね。


 そんな事を心の中で謝罪しつつ、一際キリリとした表情を浮かべてみせた。



「――ヴィム。キミがかつて苦戦して、勝ち切れなかった相手だ。でも、今のキミは違う。そうだろう?」


「……はっ。今回こそは、以前の雪辱を晴らしてみせましょう」


「その意気だ。さあ、成長した強さを見せつけてやれ」


「応ッ!」



 奈落に連れて行った時、試しにヴィムとタイマン張らせてみた事があるんだけど、あの時はヴィムは戦い慣れていなかったせいで、スピードに対応できなかったんだよねぇ。


 でも、あれからだいぶ戦いの技術を研鑽してきたから、僕の見立てではそれなりに余裕を持って勝てる相手であるはず。



「――縺薙%縺ゥ縺薙∝、�」


「来るよ、ヴィム」


「はっ!」



 いやぁ、相変わらず何言ってんのかさっぱりだけど、それっぽい感じで言うとシリアス感出てきてよきよき。


 ともあれ、領域を使ってヤンさんたちを追い込みつつ、大重さんたちが殺されない内に舞台を整えたいから、ヴィムの戦いを見ながらも裏作業めいたことをちまちまと続けることにしたのであった。






◆――――おまけ――――◆


うおー「草」

おーが「くっそwww」

しそー「ッザケんなァ! 便利アイテム扱いとか酷すぎだるぉ!? 同胞、逃げるんだ! お前が戦おうとしてる相手はともかく、その黒幕がシャレにならねぇ!?」

おーが「前回はシンとかいう魔王を「おいおいアイツだわ、だけに」とか俺らとぷぎゃってたのにwwww」

うおー「いやー、まさかテメェも被害者になるとはなーwwぷふっww」

しそー「あぁん!? いや、つか俺らの出番なかっただろ!? 舞台裏の裏側みたいなのここにきて晒すとか、どうなってんだ作者ァ!」

おーが「くっっっっっそwwwwww」





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