『魔王ダンジョン』のコンセプト
ニグ様やヨグ様が創った通常のダンジョンとは違って、『魔王ダンジョン』は【魔王】となった者が設計する。
僕がラトに用意してもらっているような半透明の浮かぶ板――コンソールを利用して、ポイントを使って様々な仕掛けを施していく、という形だ。
だから、『魔王ダンジョン』に〝テンプレ〟のような形はなく、そのダンジョンの一つ一つが全てオリジナルのものであって、その造りは十人十色、千差万別だ。
坑道を思わせるような通路が続くようなもの――つまり通常型ダンジョンのようなものも作れるし、環境型のように天候と気候という自然災害をトラップとして運用できるようなものだって、ダンジョンマスターとなった【魔王】のさじ加減一つで作れてしまう。
まあもっとも、自然摂理に反するものを作ろうとすると、それだけのコストがかかってしまうけれどね。
例えば、高濃度酸素空間、無酸素空間みたいな場所を作ったりもできるにはできるけれど、そういったものはコストを考えると割に合わない。
厳密に言えば、これは致死性の高さが主な原因だ。
特にトラップや、高位階の魔物には凄まじく大きなコストを要求する。
トラップだから安いコストとか、そういう風に抜け道を見つければどうにかなる、なんて優しい設計ではないんだよね。
通常ダンジョンとの違いはそれだけじゃない。
そもそも『成長と進化』をテーマにしているニグ様とヨグ様の創ったダンジョンとは違って、『魔王ダンジョン』は『防衛』をテーマとしている。
そのため、最初は弱い魔物がいて、奥に進むにつれて難易度が上がっていく、という構造にしなくても良い。
ただし、『魔王ダンジョン』は『
この『DP』とは、『魔王ダンジョン』に入ってきた探索者の数、戦いの数、魔物、または人間の死によって加算されるというシステムになっている。
だから、この『DP』を稼ぐことを考えるならば、普通に考えて『人間が来たくなるような仕掛け、来ても危険が少なく、それでいて来たくなるようなもの』がなければならない。
簡単に言えば餌とも言えるのだけど、そういったものを設置することによって、ある程度は初心者、あるいは弱い探索者でも入れるような造りにするべきだったのだ。
なのに、『魔物氾濫』を常態化させた【魔王】たち。
彼らは目先の復讐と攻撃的な姿勢を最優先にした結果、『魔王ダンジョン』そのものを育成させることもできず、それ故に防衛力に難があるというのが僕やニグ様、ヨグ様、そしてラトの見解だ。
彼ら彼女らは長期的な視野、計画を持たず、目先の攻撃を選んだ。
そもそも、『魔王ダンジョン』の『魔物氾濫の常態化設定』というのが、
ニグ様やヨグ様、そしてラトと僕――つまり〝外なる神〟である陣営の目的。
それは、人間種の戦いそのものが常態化し、人間種を次のステージである〝進化〟に導くことだ。
だから滅んでほしい訳でも、ワンサイドゲームになり続けてほしいという訳でもないというのは変わっていない。
一般人を含めて危機感のない一般人、政府に対して明確な脅威であることを突き付けるという意味では、『魔物氾濫の常態化設定』をオンにした【魔王】たちは実によく働いてくれたと言える。
――けれど、『魔物氾濫の常態化設定』をオンにした【魔王】は。その時点で役割が決まった。
人間種の〝戦いの激化という役目〟を果たした彼らに残されたのは、その結果、人類が立ち向かい、そして紆余曲折を経て〝討伐されて人類に追い風を与える役目〟をこなしてもらうことが決定している。
短慮に、そして浅慮に。
ただ己の力、欲のままに〝進化〟し、何も考えずに復讐に走ってみせるという行動は、すなわち力を理性的に振るえないという証左となる。
故に、彼ら彼女らに未来を与える必要はない、というのがニグ様とヨグ様、そしてラトの見解であるのだから。
だから僕は、ソラという白勇者風ムーブを利用して【勇者】たちを助け、そして『魔物氾濫の状態化設定』をオフにしている【魔王】を討伐しようとした時には、その【勇者】と敵対する。
つまり「味方にしたいけれど味方にしようとすると敵対フラグが立つ」というのは、こういうところのためのもの、という訳だ。
今回僕は、その匂わせと布石、今後の白勇者風ムーブの方向性を人間種諸君に見せるために姿を現した――んだけどねぇ……。
「……まさか、入って速攻で分断させるとはね」
はい、そういう訳で、そういうことです。
ダンジョンの入口を入った瞬間、いきなり狭い通路に放り出されていた。
「俺と主の二人が一緒というのは、一体……」
僕と一緒に狭い通路に放り出されているヴィム。
彼の一言を耳にして、改めてこのダンジョンの性質を推測していく。
「……これ、多分だけどアライアンス対策というところだろうね」
「アライアンス、ですか?」
「そう。複数の集団が一つの目的のために連携して組んでいるような状態を、アライアンスを組むって言ったりするんだよ。今回の場合、パーティ単位――おそらくだけど、僕ら、それに『大自然の雫』、あとはこの国の探索者パーティそれぞれに分けられたというところだろうね」
ゲームで言うところのレイドパーティみたいなものかな。
個のパーティ人数が決まっていて、そのパーティが最大で幾つとか決められていたりして、それぞれのグループでギミックをクリアしたりみたいな感じの。
ちなみに、僕はそれをゲームで知っているという訳ではないんだけどね。
ラノベでそういうMMORPGとかVRMMOとか、そんなのを題材にしたものを読んで知っただけの、齧った程度の知識しかないんだけどね。
ともあれ、このダンジョンはそういうルールが適用されているみたいだ。
「ま、ともかくこんなところでぐーたらしていてどうにかなるものでもないし、奥に進んでみようか」
「承知しました」
ヴィムに短く方針を伝えてから、とりあえずゆったりと歩き始めつつダンジョン内の領域を把握していくべく意識を広げていく。
――まるで蟻の巣だな。
領域を広げ、その内部構造や魔物たちの配置といったものを把握していく。
そうして僕が抱いたダンジョンへの感想は、そんな感想だった。
入り組んだ狭めの通路。
薄暗く洞窟のような通路は何度も分岐とぶつかっていて、それぞれがうねるように縦横無尽に伸びているせいで、方向感覚を失うような造りになっている。
それに加えて、魔物の数はそれなりに多いけど、それぞれの魔物はあまり強くないという特徴も気になる。
どちらかと言うとこれは監視、物量での戦闘を強化しているという感じかな。
これは『魔物氾濫の状態化設定』をオンにしているからこそ、数を生み出せるような形に特化させていったというところか。
アライアンスを分断して、道に迷う造り。
物量で押し切ろうというよりも、これは多分、体力を削ってじわじわと追い込んでいくようなやり口で、肉体的にも精神的にも追い込もうという心算であるらしい。
世間一般の良識ある人が見れば「底意地の悪い造りだ」と一蹴するかもしれないけれど、僕個人としての感想は「なかなかにコスパのいいダンジョンだな」という感心が勝っている。
それと同時に、ダンジョンマスターとなっているこのダンジョンを作っている【魔王】の傲慢さ、そして悪辣さみたいなものも垣間見える。
「……ふぅん、面白いことを考えるものだね」
「主、如何しましたか?」
なんでもないよ、と黙っていてもいいかもしれないけれど、ヴィムって結構頭がいいというか、地頭がいいんだよね。
色々と考えて動いてくれるような存在であるし、何よりも命令をちゃんと聞いてくれる――これ一番大事かも――存在だからこそ、彼には色々と学んでおいてもらいたいので、簡単に説明することにした。
「『魔物氾濫』ってさ、要するにダンジョンから魔物をひたすら放出するって話なんだと思うんだよね。だから、それをやるには魔物の生産力とでも言うべきか、とにかく生み出す力がなければ現実的じゃないっていうのは分かるかい?」
「はい。ないものは放出できませんから」
「そうだね。で、ここのダンジョンは恐らく、大量に魔物を配置して、しかも道も入り組んだものにしたことで、物量で肉体的に、そして迷えば迷っただけ終着点に辿り着けず精神的に追い込まれる。そうなることを狙って作られていたダンジョンだ。けれど、ここの【魔王】は『魔物氾濫』で魔物を放出してしまっているから、内部にいるべき魔物がだいぶ少ない」
「……つまり、防衛力が足りていない、ということでしょうか?」
「うん、現実的にはそう言えるね。でも、多分【魔王】はそうは思っていないだろうね」
僕の答えに、ヴィムは思考を巡らせる。
これがリーナとかだったら「えーっ、なんでー?」と当たり前のように答えをせがんできたりもしただろうけれど、ヴィムはこういう話をすると、自分なりに答えを探そうとするし、僕が与えた情報を吟味している。
地頭がいい、というべきなんだろうね。
地頭がいいっていまいちどんなのか知らんけど、なんかほら、いい感じに頭が良いってことでしょ。
「答えは今は言わないでおくよ。だけど、今僕がキミに言った情報の数々、それを踏まえた上で、どうして【魔王】は、防衛力の低下とも言える状況をどうとも思っていないのか。考えを纏めてみるといい」
「……承知しました」
ちょっとしたクイズを出しているような、そんな気分だ。
領域を広げて理解できた、このダンジョンのコンセプト。
割とそれなりに考えているみたいだし、なかなかに面白いことをやってくれるものだね。
――――そんなことを考えながら、広げた僕の領域は〝ソレ〟を捉えていた。
「――おいおい、マジかよ……」
唖然とした様子で呟く大重さん。
その視線の先に佇む、一人の男。
ニタニタとした笑みを浮かべて自分を見つめているその男の顔を、大重さんはどうやら知っているようだ。
『最初の獲物が来たようだなぁ』
『獲物、だと?』
『あぁ、そうだ。歓迎するぜ、この〝処刑場〟へようこそ、ってな』
何を言っているのかまでは僕には理解できないけれど、ただ、それでも小馬鹿にしているような、圧倒的な上から目線で何かを宣っていることは推測できる。
そうやって、ニタニタと笑う男こそ、今回の標的。
この国にいる【魔王】、シンという名の男だ。
――防衛力の低いダンジョン。
なるほど、確かにそれはそうだけれど、それでもシンにとってはそんなこと、問題になんてならない。
分断して、戦力が減った探索者。
それに対峙するのが、最初の【魔王】にして位階Ⅹを超える力を〝進化〟によって得たのだから、そこに選ばれすらしなかった探索者など、数さえ減らせば脅威足り得ないという訳だ。
つまりこのダンジョンは、シンにとっての〝処刑場〟なのだ。
物量に押し潰されるか、それとも自らの玩具になるかは別としても、いずれにせよ、探索者にとっては不利を押し付けられる場であった。
――さて、どうしたものかな。
大重さんたちのやり取りを眺めながら、僕は密かに溜息を零していた。
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