憧れと現実
「オオオォォォッ!」
:ひぇ
:こわw
:ソラきゅんの仲間でしょ?
:どっちが魔物なのか分からんね、これ
:草
ヴィムが雄叫びを上げながら大剣を振るい、時に拳を、そして足を魔物に打ち付けて屠っていく。
一方で、そんなヴィムと共にまるで平和な町並みをコンビニにでも赴くような足取りで、ソラがスマホをポチポチとイジりながら歩いていく。
そんなソラへと死角から飛び込んだ魔物であったが、しかし、見えない何かに上から押し潰されるかのように地面へ叩きつけられ、アスファルトを砕いて陥没しながらギチギチと押し潰されて消えていく。
その姿を一瞥すらしようともせず、すたすたと歩き続けては時折顔をあげて、ヴィムの動きに一言二言の助言を飛ばし、また歩く。
その光景を、後方上空を飛ぶ球体型のドローンが見つめていた。
:ぐろ
:目玉飛び出てるのがこっち見てた
:ソラきゅんやべー……w
:相方の方は戦いだけど、ソラくん戦いですらないんよ
:あれ、一定の距離に近づくと潰れてるよね
:多分一般人の俺らじゃ近づいた瞬間にぷちゅん
:探索者でもそうなるわw
:大重さんたちもちょっと距離取ってるもんねww
通常のダンジョン攻略時同様の配信を行う中、流れていくコメントの数々。
距離を取っていることをわざわざ指摘しているそのコメントに、大重は「当たり前だろうが」と思いつつ嘆息した。
ソラの周囲3メートル程に入った存在は、それが魔物であろうと、ヴィムが暴れて飛び散った破片だろうと、その全てが問答無用で見えない何かに押し潰されて地面へ陥没し、粉砕しているのだ。
つい数分前に至っては、巨大な犀を思わせるような魔物がソラに突進して、その頭を地面に打ち付けて身体が浮かび、彼の魔法の領域内に胴が入った途端に圧縮されるように潰れた姿を見ている。
そんなものを見て、下手に近づこうとは思うはずもない。
――それにしても、相変わらず配信は人気だな。
改めて同時接続人数と、コメントの数々を見て大重は実感していた。
この数年で、確かに『ダンジョン配信』は一つの人気ジャンルとして受け入れられている。
一般人にとっては非日常であり、さながら実写版のゲームや映画でも観ているかのような娯楽として。一方、探索者の場合は自分よりも実力のある探索者であったり、攻略情報の確認、探索者の構成によって変化する戦闘方法の勉強なども含めて参考になるという事もあってのものだった。
しかしこの一年と少しの間に、世界はかなり大きく変わった。
今では『魔物氾濫』が常態化した『魔王ダンジョン』や、政府が、国が隠してきた真実が明るみになったりと、様々な騒動が世界を揺るがしている。
その一方で――否、そのおかげで、と言うべきか。
最近では『ダンジョン配信』の注目度は以前にも増して加熱しており、コメントにも多種多様な考え方を持った者などが増えつつある。
ダンジョンに興味もなく、配信にも興味のなかった一般人らが、ダンジョンという存在を、魔物という存在を初めてハッキリと自覚したからこそ、少しずつ戦いがどういったものかなどを知ろうとする者が増加している傾向にあるからだ。
:大重さんたちも戦ってー
:戦いって命懸けだからな?
:気軽にゲームプレイしてって言うようなものじゃねぇんだわw
:もっと派手なの見たい!
:おう、キッズか?
:こういうのあんまり観ない層だろうなぁ
:配信あんま観たことないならコメント自重しとけw
視界に入ってきた、非常に軽率な要望。
こうして戦えだの派手な技や魔法を見たいと言い出す者も増えている辺り、配信を行ってきた探索者としては困る部分もあるが、それでも良識のある先達らがやんわりと教えていくおかげで、大きな混乱にはならずに済んでいるのは有り難かった。
視聴者が数百万という数字にまで膨れあがっているのだから、それも仕方のないことだと大重は割り切っている。
今回の『魔王ダンジョン』攻略は、いわば一種の政治的パフォーマンスも含んでいる。
日本という国が、大重という名の【勇者】を派遣してでも近国を救おうとするその姿勢を示すと同時に、この状況で日本を敵に回せばどうなるかという警告の意味合いも兼ねてのものだ。
故に、配信を通してこうして全世界に向けて情報を届けている。
しかしそんな配信が始まってからそこで映し出されているものは、今のところ、観光名所として名高い町並みが魔物たちに荒らされ、人間であったものがそこかしこに染みを作っているという、『魔物氾濫』の残虐性。
そして、そんな魔物を力任せに屠っていくヴィムと、圧倒的な力を有したソラの二人の活躍のみであった。
もちろん、大重や『大自然の雫』の萩原と弓谷、そしてこの国を代表するヤンらの存在もあること。そして、『魔王ダンジョン』に向けて道を切り開くにあたり、ヴィムとソラが自ら買って出た役割である事を明言してはいる。
彼らの本来の役割はあくまでもダンジョン内での戦いを担うことであり、その露払いのような立ち位置でヴィムとソラが手伝ってくれている、という名目だ。
しかし、視聴者の反応は普通のものとは違った。
:しかし凄いな
:ここ観光で以前行ったことあるわ
:こんなに荒らされるのかよ……
:ちょくちょくショッキングな映像が流れるよな
:慣れてない人はちょっと休憩挟むといいよ
:外国を助けるって普通に英雄だよな、スゲーわ、大重さん
:がんばれー!
本来、『魔物氾濫』を引き起こした『魔王ダンジョン』への侵攻ともなれば、人類の反撃だの人間の叛逆だのというような盛り上がりを見せる。
事実として、ドイツの【勇者】であるディートヘルム・クレールの配信はまさにそういった色が強く、歓声の数々がコメントとして押し寄せている。
だが、この配信は違った。
あまりにもヴィムが、そしてソラが人間離れし過ぎているがために、どこか熱狂的というよりも、映画やドラマ、アニメなどを客観的に観ているかのようなコメントが目立つ。
:ヴィムさん、なんか液体金属生命体とかだったりしません?w
:どっちかっていうとアイルビーバックの人っぽいでしょw
:めっちゃデカいよな
:ソラきゅんが小さく見える
:馬鹿野郎、ソラは元々小さいだろうが!
:容姿をそうやって揶揄するのは良くないぞ
:お
:うわ
:すご
:建物もろともぶった斬るってどういうこと……?
:やっばw
スマホをいじっていたソラが迫ってくる魔物の群れを前にスマホをしまいこむと、腰を落とし、ふっと前傾姿勢になってから――キン、と短く甲高い音を立てて振るわれた刀の音色。
次の瞬間には、魔物とその背後に佇んだ背の高い建物が斜めに斬り裂かれて崩れ落ちていくのが見て取れた。
ARレンズ越しに流れるコメントの数々は、ソラの抜刀術に対する感想で埋め尽くされていく。
「……なあ、シゲ」
「なんだ?」
「俺らも、ああいう風になれるのかね?」
「……位階をあげていけば、あるいは、というところか。確かに不可能ではないのだろうが……俺たちは守るべきものが多すぎる」
「……そう、だな」
位階を上昇させるというのは、即ちダンジョンの奥地へ挑み続け、戦い続けるということだ。
しかし、ダンジョンで戦い続けるとはすなわち、常に死が付き纏うということ。
それを続けるというのは肉体的にも、そして精神的にも非常に厳しく苦しい日々が続くことを指している。
大重や、そしてヤンも。
彼らだけではなく、大手のクランを束ねる者、あるいはそこに所属する者たちは、必然的に人と多く繋がりを得る。
そして人は情というものを抱いて、それらの仲間を、あるいは居場所を大切に思う。大事に、守りたいと願う。
そうなった時、人は挑戦を辞めてしまう。
挑戦に失敗した時のリスクを考え、最悪を想定し、前に踏み出すことを諦めてしまうからだ。
無論、これは探索者だけに限る話ではないだろう。
家族、恋人、友人、仕事。
そういった繋がりの中で生きる人間という存在は、守るべきものを見つけた時、前へ前へと進み続けられなくなる。
だからこそ、トップの探索者――つまり、初期段階で【勇者】や【魔王】となった者達は、そういった柵とは無縁な者ばかりであった。
家族もなく、守るべきものもない。
他人に対する繋がりそのものが薄く、己の道だけを見つめて歩けるような、そんな者達ばかりだ。
そんな彼ら彼女らだからこそ、前へ前へと歩み続けることができたのだ。
そんな中、唯一、ただ愛する家族を守り、救うために前へと進み続けたディートヘルムという存在は一際〝勇者的〟であったからこそ、熱狂的なファンも多いのだ。
ともあれ、あの【勇者】と【魔王】というシステムの導入は、世界を生きる人類へとそんな真実を突き付けたのだ。
大重とヤンはそれを理解していた。
同時に、彼らは「それでもいい」と思っていた。
自分たちは最強でなくとも、強さよりももっと大事な、守るべきものを手に入れられたのだから、と。
だが、今。
ソラの圧倒的な力を見て、思う。
「――……憧れ、だろうか」
「あん?」
「ソラや『ダンジョンの魔王』の境遇は、むしろ同情すらするほどだ。しかし、あれだけの圧倒的な力があるからこそ、あのように己を貫き通せる。長いものに巻かれもせず、自分の進みたい道を堂々と歩んでいける。そんな存在に、どうしようもなく憧れている自分がいるのさ。そして、それは俺では決して掴めない、辿り着けない道だと俺自身が強く理解している。だからこそ、憧れる」
「……あぁ、そういう感じか」
大重の言葉を受けて、ヤンもまたヴィムを、そしてソラを見つめる。
なるほど、確かにソラに対して――周囲に歩調を合わせずとも我を通せる圧倒的な強さ。揺るがずに貫き続けられるだけの強さを見て、同じ男として憧れずにはいられない、とも思う。
国の歪さには、昔から気が付いていた。
傲慢で自分本位というべきか、その本質に気が付いている者は多い。
そんな自分たちが批判され、攻撃されたくないから外の国に仮想敵国を生み出し、民衆の不満を、不安を、怒りをぶつけさせるような政治を行い、根本的な改善も、抜本的な改革も行われないまま、ずるずると成長を始めたところでダンジョンが現れた。
その結果が、これだ。
この国でたった一人、最初の【魔王】となった者もまた、この国の人間らしい判断をしたのだろう、ともヤンは思う。
こんな歪な国は、心から守りたいと、助けたいと願うに値する国だろうか。
自分がもしも今のようにクランを作らず、守るべきものを得ないまま、個の探索者として歩み続けていたのであれば、はたしては自分は【勇者】となれたか、あるいは【魔王】となっていただろうかと、今更ながらに考える。
――無理だな、俺には。
クラン以外に対しては自分が興味を持っていないことに気が付き、ヤンが自嘲するように肩をすくめる。
そんなヤンの隣で、改めて大重が口を開く。
「――ただまあ、憧れは憧れ。俺たちは何も変わらんさ」
「シゲ?」
「俺らが憧れようが、何かが違っていたかもしれない、有り得もしない〝もしも〟の話を想像したって、何も変わらない。俺たちにあるのは、いつだって〝今〟だけだ。だからこそ、訪れる〝今〟をより良くしようとしてきた。そうやって常に走り続けて、大切に育んできたからこそ守る。それだけの話だ」
「……あぁ、そうだな」
「さあ、見えてきたぞ。気合い入れろ、ヤン」
大重に言われて、ようやくヤンも今更ながらに気が付いた。
この国を苦しめ続けてきた、『魔王ダンジョン』。
その入口が、ついに目視できるところまで迫っているのだということに。
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