牽制





 明けて翌朝。

 僕とヴィム、それに『大自然の雫』のメンバーは車に乗って移動。

 今回攻略予定となっている『魔王ダンジョン』の前線基地となっているビルで、今回の突入作戦の説明を受ける、らしい。


 なんか僕、別に作戦なんてものは一切考えていなかったんだけど、どうやらこの国の防衛部隊とやらが今回の攻略に協力するという話になっているらしく、『魔王ダンジョン』への突入ルートを開拓してくれるとか。


 ……え、いらないんだけど。

 そう思ったのは僕だけだったらしい。



『――我々の部隊がこちらを切り開くと言っている!』


『馬鹿を言うな! そちらは魔物の分布が広がっているのだぞ! 挟撃されたらどうするというのだ!』


『その程度のことは理解している!』



 喧々諤々、というヤツだろうか。

 なんだかやたらと言い争っているような感じなんだけど、生憎僕には何を言っているのかさっぱり分からない。


 ……やっぱいらないじゃん、これ。


 ウチの秘密結社メンバーが夕飯のメニューを決めるために、それぞれ殺気を撒き散らしてお互いに言い合いしているよりは平和だけど。

 ただまあ、何かが噛み合っていないというか、納得できてなさそうなのは確かだ。


 ちなみに夕飯のメニューはだいたいクリスティーナの一存で決まるけどね。

 だって、夕飯作ってるの彼女だもの。


 たまにエリカが手伝ったりしてるみたいだけど、エリカが手伝ったと聞いた時、ハワードの手が震えていたのが面白かった。


 ――「お、おほほほ……、その、これ、何か毒が入っていたりは……――あ、いえいえ、ななななんでもございませんとも」って言ってたもの。

 ドラクがなんの疑いもなく食べているのを見て、「コイツ正気か?」みたいな目をしていたし。


 ともあれ、そんな時のことを思い出す程度には暇だ。



「ねえ、佐枝さん。僕らってこの時間、必要?」


「えっ? それはもちろん、『魔王ダンジョン』に辿り着くまでのルートの確保を行い、突入部隊が無傷で辿り着くためのものですから……」


「いや、僕らと『大自然の雫』のメンバー、それに昨日の人たちだけでいいと思うけど」



 伸びをしながら力なく声をかけた佐枝さんに訊ねてみれば、ぴたりと喧騒が止んだ。


 周囲からの視線が僕に集まっているらしく、そんな僕を見て部屋の隅にいた通訳の人が、僕らを見て鼻で笑ってみせた。


 余計な仕事をして、みたいに佐枝さんは頭を抱えていたけれど、僕としてはグッジョブだと思う。

 内容的には変な事を言っているのであれば佐枝さんも止めただろうけれど、そういう訳ではないみたいだしね。


 ただ、なんか小馬鹿にされているようでイラッとくる。



『ほう? そこまで言うなら見せてもらいたいものだな』


『あれだけの魔物の数を相手に、たった一人で何ができるというのだ!』


『調子に乗るなよ、島国の猿風情が!』


「あはは、何言ってるのかさっぱり分からないけど、なんとなく不愉快なのは分かるよ。でもさ、ぶっちゃけキミらが束になったところで、僕にかすり傷一つつけられないって自覚、ないのかな?」



 ついさっき鼻で笑ってきた通訳の人に、こちらも逆に鼻で笑って返してみたら、顔が真っ赤になった。

 訳してくれているみたいだけど、それを聞いた佐枝さんが慌てて立ち上がるものの、しかし同時に僕の言葉を聞いた人々が指を指して叫び始めた。


 ……うるさ。

 もういいや、黙らせよう。


 開く白翼、伸びる刃。

 ただの一瞬でそれらを全員の首元まで展開してみせると、息を呑んだり、顔面を蒼白にさせて固まる人々の姿が目に入る。


 中途半端に避けようとした人もいたみたいだけれど、領域で物事を知覚している僕にとって、そういった動作は意味がない。


 翼の刃と呼んでいるこの攻撃は僕が指定した領域に向かって伸びていくし、僕が指定した獲物を貫こうと差し迫る。

 たかが首を逸らしたり顔を横に傾けただけでは、追尾されて直角に曲がった刃ががら空きになって差し出された首を斬り飛ばすだけだ。


 ちなみに、僕のこの動きに僅かにでも反応できたのは、ヤンさんたち――昨日のパーティーに参加していた見覚えのある人達だけみたいだね。

 なんとか顔を動かしたりもしている、というのが関の山みたいだけど。


 この一撃を避けきれるのは位階Ⅹオーバーの〝進化〟した【勇者】か【魔王】ぐらいというところかな。

 本気でもっと早く展開すれば、そっちも充分に殺せるけど。


 ともあれ、唖然とした様子でこちらを見ている、今まで議論を交わしていた男性陣に向かって微笑んでみせる。



「あのさ、キミらがダラダラやるのは構わない。けれど、僕はキミらと仲良くやろうなんて思っていないんだ。わざわざこんなとこに案内されて、意思統一すらできていないキミらを相手にするなんて、時間の無駄でしかないんだよ。――ほら、通訳さん。僕の言葉、一言一句漏らさず訳してあげてね?」



 部屋の隅にいる通訳の人に、にっこりと微笑んでから告げてやる。

 すると彼は震えた声で何かを話し始めた。

 白翼を彼の前にも展開したのは、ちょっとした意趣返しだ。



「……ソラ」


「殺すつもりはないよ、反抗しなければ」


「……はあ。やれやれ、分かった。実際、俺としてもおまえさんがいればどうにでもなると思っているのは確かだ」


「うん。というか、一気にぶった斬るからむしろ前に出られても邪魔だよ。斬られたいなら話は別だけど」


「出ないわよ!?」


「ぜ、絶対前に出ませんので……!」



 いや、さすがに本当に斬ったりはしないけどね。

 僕は別に人を殺す事に面白さとか楽しさとかを見出しているような、快楽殺人者って訳でもないし。



「おい、シゲ……。こんなに強いのかよ、ソラって」


「少なくとも、俺たちでは相手にならんぞ。ソラではないが、『ダンジョンの魔王』の戦いを間近で見た時は、こんなものではなかったがな。まだまだ底が知れない、というのが俺の見解だ」


「……マジかよ……」



 死ぬ気で位階をあげてダンジョンの奈落と深淵に突っ込んでいれば、いずれ強くなれると思うけどね。

 あ、でも新システムを使えばできる事も増えるだろうから、そっちも合わせて死なない程度にやっていった方がいいかもだけど。

 その方がニグ様もにっこりだし、ヨグ様もにっこり――ただし顔文字――だと思うし。



「という訳で、大重さん。僕とヴィムで手っ取り早く道を開くから、そこをみんなでついて来てよ」


「いいのか?」


「外に出てる魔物、大したことないでしょ」


「……その大したことない魔物に苦戦してるんだがなぁ、俺らは」


「努力が足りないんじゃない?」


「辛辣だな、オイ」



 大丈夫、いつかヤンさんも強くなれるよ、頑張れば。


 ぶっちゃけ、ダンジョンで鍛えて強くなれるかどうかなんて、その本人の頑張り次第だ。

 今後は特にその傾向が強まる。

 なんたって『ダンジョン適性』が無視できるようになるんだしね。


 そうなった時に人類全体のレベルアップを行い、新たなステージに上ってもらうためにも、苦しみながらも全滅しない、けれど楽はさせないという塩梅で頑張ってもらわなくちゃいけない。


 なので、外に出てる魔物は、全滅はさせない。

 一点突破した、という形で僕らだけはさっさと進ませてもらうけど、少しは苦労して成長してもらいたいからね。

 殺しすぎない程度に遊ぶタイプの強い魔物がいてくれればちょうどいいんだけど……うーん、『深層の悪夢』あたりを解き放っておこうかな、転移で。


 あとで東京第4ダンジョンの深層で捕まえて放出しておこう。

 そんな決意を胸にしまって、さっさと『魔王ダンジョン』へと向かうことにした。






 前線基地での無駄な時間を過ごしてしまったので、さっさとビルを出て歩き出す。

 僕とヴィム、そして『大自然の雫』が3人、それに現地の探索者たち――ヤンさんとかを筆頭にした15人の、計20人でぞろぞろと歩く。



「ヴィム」


「はっ、露払いは俺が」


「近いヤツは準備運動がてらに譲るよ。僕は――」



 腰に下げた刀、鯉口を切って引き抜いた抜刀術に、さらに魔力を乗せて、真っ直ぐこちらに飛んできた皮膜のついた滑空を得意とするらしい魔物もろとも、その背後に佇んだ廃墟と化しつつあるビルごと斜めに斬り裂いた。



「――遠くから来る面倒そうなのをもらうとしようか」



 刀を再び納刀して、そのまま続けて振り返ると同時に、斜めにぶった斬ってしまったビルが滑り落ち、崩れ去る轟音が鳴り響く。


 そんな光景を見て、大重さんたち『大自然の雫』は苦笑と呆れめいた笑みを浮かべ、一方でヤンさんたちは目を丸くして、口を大きく開いたまま固まっていた。



「止まらないから、ナビだけよろしくね」


「……あ、あぁ……分かった……」



 地理とか疎いのでヤンさんにそんな言葉を投げかければ、放心した様子のままヤンさんが力なく頷いた。

 迷子になったら笑えないし、無駄な魔物を斬るハメになるから、ちゃんと最短ルートをお願いしたいんだけど……この人、大丈夫なのかな。



「――らああぁぁッ!」



 ずどん、と音を立てて大剣を振り下ろしたヴィム。

 その背後から迫ってきた狼型の魔物をこちらの近くに蹴り飛ばしてきたので、魔力を圧縮して押し潰す。


 ヴィムの戦い方はあまり乱戦には向かない。

 純粋なパワータイプだから、速度を重視して手数を増やすという戦い方はどうしてもできないから、どうしたって囲まれるような数が現れると仕留めきれないケースが出てきてしまう。

 その点、リーナみたいに撫で斬りにして次の獲物へ、という形で進むタイプとは相性もいいんだけどね。


 ともあれ、魔物との乱戦でヴィムを連れ歩くという経験もなかったし、ちょうどいいから少しずつ矯正していこう。


 ひとまず一通り処分したところで、ヴィムがこちらに来て跪いた。



「……申し訳ありません。お手を煩わせてしまいました」


「はいはい、気にしない。乱戦に慣れるためにも、もう少し攻撃にバリエーションを増やそうね」


「攻撃にバリエーション、ですか……」


「そうそう。ほら、たとえばこうして拳に魔力を纏わせて――ほっと」



 衝撃と魔力を放出させる、簡単な魔力撃。

 肉弾戦でも魔物を吹き飛ばせるような技ではあるんだけれど、多めに魔力を込めて攻撃すれば、こうして建物に穴を開けて吹き飛ばすこともできる。



「ほらね?」


「なるほど……、試してみます」


「……いやいやいやいや、あんな魔力撃無理だろ」


「……まあ、本人が納得しているならいいんだろうな……」



 背後で話している大重さんたちは一旦無視して、ヴィムが腕から手、足に魔力を通していく姿を見て頷いた。



「――よし、やれるね?」


「はっ」


「なら、近くに来る雑魚は全ておまえが屠るんだ、ヴィム」


「……はっ!」






◆――――おまけ――――◆


ニグ「なんというか、人間付き合いは大変そうですね……」

ラト「掻き乱す為に付き合うのならともかく、立場だの年齢だの性別だの、くだらないことで煩わされたりもするもの。私も日常的に付き合いたくはないわね」

ニグ「自尊心や虚栄などは人間種特有のものですからね。我々には理解できかねますね」

ラト「そうね。たまにそういうものをわざと持ち上げるだけで面白いぐらいころころ転がるから楽しいのだけれど、ね。ふふふ、煽てれば操りやすくなるのだから、人間種ってホント面白いわよね」

ニグ「……まあ、程々にお願いしますね。あなたが本気で混沌をばら撒いてしまうと、人間種はあっさり死にますから」

ヨグ「( •̀ㅁ•́ ; )」

ラト「あら、失礼ね。自重しているわよ?」





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