学校にて




 ――「『堕ちた天才』灰谷京平、神奈川第5ダンジョンにて捕まる! 立役者は謎の少年、ダンジョンの支配者!?」。


 ――「神奈川第5ダンジョンに現れた謎の少年! 探索者ギルドにて『該当すると思しき人物はなし』と発表。人間? それとも……?」。


 ――「渦中の『燦華』に独占インタビュー! ダンジョンにいると噂されていた存在、『魔王』は実在した!?」。



 ……ッスゥーー……。

 ネットニュースの数々を見て、僕は思わず天を仰いだ。


 黒幕系ムーブというか、こう、知る人ぞ知るミステリアス風のキャラクターを確立してやろうと画策したはずの僕。

 気が付けば『ダンジョンの魔王』とか言われるようになっている。


 どうしてこうなった……?


 いや、原因は判っているんだよ。

 ダンジョン配信とかいう、ここ最近で急速に普及したらしい謎のコンテンツのせいだって、さ。


 僕がダンジョンで強さを求め、強い探索者を調べているだけだったこの3年の間に、急激に流行った新しいコンテンツ、ダンジョン配信なるものを『燦華』はしていたらしい。


 いや、ダンジョンって電波通じないでしょ。

 ダンジョンって異界みたいなものだよ?

 そんな場所のどこに電波塔とか基地局とかあるのさ。


 そう思ってしまう僕は、どうやら時代に取り残されていたらしい。


 どうやらダンジョン配信とやらを運営している『D-LIVE』なる運営団体は海外の探索者が立ち上げた会社であるらしく、ダンジョンで手に入れた魔道具を使ってダンジョン内に電波を届けているのだとか。

 親機となる受信機は運営団体が管理していて、子機となる発信機をダンジョンに設置する事でWi-Fiもどきというか、似たような形で特殊なアプリを介して電波を確保する事ができるそうだ。


 なるほど、よく分からない。


 で、その発信機側についてはダンジョンで入手しなくても作成可能なようで、あちこちのダンジョンに設置されていっているのだとか。

 今回僕が行っていた神奈川第5ダンジョンは結構前からその発信機が設置されていたらしい。


 その魔道具の設置ができているかいないかで、ダンジョンに行く層がだいぶ偏っているみたい。

 配信を目当てにする人は当然ながらに発信機が設置されているダンジョンに行くし、そういうのに興味がない人はそんなの気にしない、みたいな棲み分けができているようだ。


 ただ、最近は配信系探索者なる存在の方が増えているそうで、発信機が設置できているダンジョンの方が多くの人がいるらしい。

 ちなみに、僕が籠ってる東京第4ダンジョンは魔道具が設置されてなくて、配信できない。


 ……なるほどね。

 道理で、最近他の探索者見ないなって思ってたんだよ。

 入り口とかもいつも閑散としてるしさぁ。


 僕がダンジョンに入り始めた頃は、そもそもそんなサービスは存在してなかったし、スマホなんて通じなかったのに、随分と便利な世の中になったね……。

 まぁ、そもそも友達も、孤児であるが故に親もいない僕が、ダンジョンでスマホが通じるようになったからって使う頻度があがる訳もないけど。


 僕ってば現代っ子ではあるけれど、スマホなんて自分が調べたい事がある時ぐらいしか取り出そうともしないし、スマホで表示されるのは興味のあるコンテンツだけ。

 全然興味なんてなかった動画配信なんてサービスがそんな風に浸透しているとか、まったく、これっぽっちも知らなかったよ。


 ……おのれ、『D-LIVE』。

 僕が知らない間にブレイクスルー起こしてくれちゃってこんちくせう。


 おかげで僕、ひっそりと徐々に知られるはずが、アホみたいに有名になっちゃってるっぽいじゃんか……!

 ミステリアスな存在なのに有名人って、こう、なんか違うじゃん……!

 それもういっそただの有名人じゃん……!


 ていうか、僕が配信した訳じゃないんだから、僕のこと堂々と映すってどうなってんのさ、ホント。


 え、探索者ギルドで合意を求められる要件が追加されてる?

 そんなの知らないんですけど?

 ダンジョンの情報を一刻も早く察知できるという点からも、探索者ギルドは全面的に協力してる?


 はー、これだから。

 アレだ、大人の利権がどうとか、なんかこう、ずぶずぶなアレでしょ、多分。知らんけど。

 ここしばらく探索者ギルドに顔なんて出してないし、知らなかったよ。


 ……ふう、落ち着こう。

 教室の片隅なのに思わず怒りのあまり魔力が漏れ出るところだった。

 陰キャぼっち存在無視されがちポジの僕がそんな事をしたら、なんか妙に注目を集めちゃう。自重自重。



「ダンジョンの魔王とか、チョー気になるよなぁ」


「見た目年齢、推定十代前半って話だし、そんな子供が強くなれるとは思えねぇよな。やっぱ人間じゃねぇだろ、アレ」



 ……ッスゥーー……落ち着け、僕。

 お前らと同じ17歳だよクソがぶち転がすぞ、なんて思ってないさ。

 大丈夫。


 なんとも思ってたりしないけど、キミ、顔、憶えたからな?



「俺、あの『魔王』と喋ったことあるぜ」


「は? マジで!?」


「あぁ、今でも顔を合わせたら少し話すかな」



 ないが?

 なんならダンジョンで他人と話すのなんて、中学生時代に一言二言喋ったぐらいですけど、何か?

 ダンジョンの『試練の門番ゲートキーパー』がいる階層主部屋前で休憩してた探索者たちに、「……っす、あの、通って、いいですか?」ぐらいしか言った記憶ないけど?



「どこで会えるの!?」


「東京第3ダンジョンだよ。俺もよく中層行くんだけどさ、たまに昨日の配信みたいに真っ黒な魔力垂れ流して歩いてるぜ」


「マジかよ!?」


「えー、河野くん、中層行ってんの!? すごくない!?」



 へぇ、河野、ね。

 憶えておくよ、キミも。


 ダンジョンで会ったら仲良くしようねぇ?

 ハイタッチとかしようねぇ?

 うっかり腕とか飛ばすかもだけど、僕らフレンズなんだもんねぇ?


 だいたい、東京第3ダンジョンってどこさ。

 僕ってば、基本的に東京第4ダンジョンしか行かないのに。

 それに、キャラ確立までの修行パートで目立ってしまったら本末転倒だよ。

 そんな状況で無駄に活動範囲広げたりするはずがないじゃないか。



「東京第3ダンジョンだったら配信とかできるじゃん! 河野くん、配信とかしてないのー?」


「あー、そういうのはなぁー。なんつーの、ダンジョンってほら、遊びじゃない、っつかさ。俺はどっちかって言うとチヤホヤされるより強さを求めるタイプ、みたいな感じだからさぁ」


「へー、硬派ってヤツ? チャラチャラしてないんだねー」


「おう、まあ男だからな」



 などと、チヤホヤされながら鼻の下を伸ばして供述しており、と。

 いちいち強調するように言葉を区切って言ってるあたり、どう見ても悦に浸ってるように見えるんだけど。



「――くだらない嘘をつくなら、せめてもう少し目を良くすることね」



 涼やかな声がその場に水を差して、教室が静まり返る。

 声の主は長い黒髪とキリっとした目つきが特徴的な、クラスの女子――名前は……えっと、なんだっけ?



「……俺が嘘ついてるってのかよ、御神みかみよぉ」



 あ、うん、御神さんね。

 知ってたよ、うん。

 ちょっとど忘れしちゃったというか、うん、ほら。

 梅雨のせいだよ、知らんけど。



「嘘としか思えないわね。あの『魔王』と、あなた如きが知り合いだなんて。そもそもあなたが中層に行けるっていうのも疑わしいわね。お世辞にも、そんな風には見えないもの」


「んだと……?」


「それに、あの『魔王』の力は明らかに異常よ。中層なんかで魔力をあんな風に発露させようものなら、それこそ上層と中層の魔物たちは恐怖のあまり、ダンジョンの外まで逃げ出そうとするでしょうね。それだけで『魔物氾濫』が引き起こされてもおかしくないわ」



 あー、うん、それは一理あるかな。

 もっとも、御神さんの言が全て正しいとは思わないけどね。


 確かに、あれは僕にとってみればただの威圧行為でしかないし、アピールでしかないけれど、あれだけの魔力は弱い魔物にとっては、それこそ〝死〟そのものが迫ってくるようなものだ。


 けれど、僕が思うに『ダンジョンの魔物は生物的な本能は持っていない』んだよね。


 そもそも恐怖っていうのは、理解できないもの、自分が自分の命を守れるか不明な存在に対する強烈な忌避感から発生するものだと僕は思う。

 ところが、ダンジョンの魔物にはそもそも生存本能のようなものが存在していない。

 だから、腕を斬り飛ばそうが、足を潰そうが、それでも逃げない。


 ただただ『強烈な衝動』に突き動かされているかのように、頑なにこちらを殺しにくる。

 肉を切らせて骨を断つ、なんて事を狙ってやっている訳ではなく、さも当たり前のように殺す事だけを目的に突っ込んでくるのだ。

 そこに自分の生死は関係なく、ただただ『相手を殺す』という『強烈な衝動』に駆られているかのように。


 魔物という存在が、ダンジョンという存在がいかに悪意の塊であるか。

 そういうところからも窺い知れるというものだ。


 とは言え、圧倒的な力を認識すれば、危機感を覚えたり恐怖したりなんて事はないけれど、逃げなくては殺されるという本能が発するべき『強烈な衝動』が発生したら。

 もしかしたら、魔物はその『強烈な衝動』によって目的を書き換えられ、上層に、外に、と『魔物氾濫』を引き起こす可能性は否定できない。


 そういう意味で、一理ある、という感想に至った。

 まあ、試したことはないけどさ。

 僕は別にダンジョンや魔物を研究してる訳でもないし。



「――それに、あなたが中層に行けるだけの実力者であるのなら、少なくとも私に迫るだけの実力があって然るべき。けれどあなた、私に模擬戦で当たって、一度でもまともな戦いになったこと、あったかしら?」


「……ッ」


「せめて私と剣を合わせられるぐらいの実力を見せてから、中層に行っている、なんて言うことね」


「……はっ、上等だ。この後の模擬戦、覚悟してろよ」


「楽しみにしているわ」



 ……なんか青春っぽい事してるなぁ、なんて。


 模擬戦とかって僕、またぼっち時間じゃん。

 いや、わざとやられる、なんて事をするつもりはないけどさ。

 僕ってばわざとでも負けたくないし、反射的に手が出ちゃうだろうからね。


 いつも通り、「授業受けてたよな、印象ないけど」っていう扱いを受けるだけの時間がやってくる。





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