ダンジョン特区の日常




 ダンジョンが存在しているその周辺であるダンジョン特区と呼ばれる場所は、高さ30メートル程のダンジョン由来の素材によって作られた壁――『境界の隔離壁』に覆われている。


 探索者の武器携行などが認められていたり、税金免除だの地価が激安だの、何かと補助が受けられるというメリットもあったりするけれど、その代わり『魔物氾濫』が起こった際に魔物たちに狙われ、避難指示が出てから退避しようとしても間に合わない可能性も高い。

 加えて、ダンジョンの『魔物氾濫』の規模が大きい場合、最悪『境界の隔離壁』にある外と繋がる巨大な扉が閉じられ、完全に封鎖される地域でもある。


 要するに、場合によっては国から見捨てられる場所でもあるのだ、ここは。

 そんな場所であるからか、治安もあまりよろしくなかったりする。


 もっとも、人があまりいない代わりに、最新AI機器を使ったコンビニや街中の掃除、監視ロボットだったりなんかは多いけどね。

 まあ、大型の家具や家電、肌着以外の服なんかは注文した翌週に来る外からの配送便を待つ形にはなるけど、僕らはそれで慣れているし、特に不便はない。


 ともあれ、そんなダンジョン特区内にある学校は、基本的に探索者の専門学校のみだ。

 何せ普通の学校に通えるような暮らしを行えるなら、そもそもダンジョン特区内で子供を育てようとはしないしね。


 大人でダンジョン特区に住むのは、探索者として活動していたり、仕事でダンジョン特区内に暮らす事を許容した人ぐらいなものだから、人口密度は結構低めだったりする。人が大勢行き交うなんて滅多にない。


 夜になれば治安も悪くなるし、ダンジョンというリスクもあるのだ。

 愛しい我が子を育てるにあたって、最適な環境であるとは言えるはずもない。

 警察だって武装して銃を手に持って歩いてるし、どうしても住まなければならない理由がないなら、こんな場所に住む必要はないからね。


 そんなダンジョン特区には僕のような――つまり、孤児出身の学生が大量にいる。

 たとえば『魔物氾濫』によって両親が死んだとか、探索者だった両親が未帰還者となったとか、主にそういう理由で孤児になった子供たちだ。


 そういう子供たちが国や探索者協会なんかの補助金、支援金を受けて、一人暮らしをしながら、僕が通うような探索者養成学校に通う。

 ちなみに探索者養成学校は、午前中は普通の授業、午後は戦闘科、支援科の2つに分かれ、さらにそこからタイプ別で分かれた授業を選択して受けるという形だ。なので、午前中はどっちの科に所属している生徒もごっちゃに授業を受けるんだよね。


 探索者として戦う術を学び、一応ここを卒業さえすれば高卒の資格をもらえる。

 だから、この養成校にいる間にそれぞれに自分の活躍する幅を広げるべく、勉強をしたり、戦いを学んだり、それぞれに頑張って卒業後の将来に向かって努力するという訳だね。




 ◆




「――うおおぉぉぉらぁッ!」


「シ……ッ!」


「うぉっ!?」



 おー、やってるやってる。

 なんだっけ、河野っていう僕のフレンズ自称友人と御神さんの模擬戦。


 フレンズが持つのは、幅広の大剣。

 ゴリマッチョな感じの肉体に相応しいパワータイプ。


 一方御神さんは日本刀なのかな。

 ぶっちゃけ、魔物との戦いや継戦能力を考えると、刀というのはなかなか難しいものがあるんだけど……多いんだよね、日本刀使いたがる人。

 道場とかがちょくちょくあって、なんちゃら派とかで派閥や生徒が多いせいだと思うけどさ。

 歴史があるなんちゃら流とか言ってるけど、対人技術と対魔物技術じゃ全く違うのに、それを知っていながらも恥ずかしげもなく歴史を売りにするあたり、商魂逞しいよね、ホント。


 もっとも、どっちも刃を潰してある訓練用武器だ。

 直撃したとしても骨が折れるとかその程度で済むだろうし、支援科生徒の練習台として治療してもらえるし、死ななければどうにかなる。


 探索者は対魔物戦闘が主流だから、模擬戦はあくまでも対人練習だったり技巧訓練という側面があり、お互いに隙や苦手としているであろう箇所を指摘し合うというのが目的――というのが名目なんだけどね。

 血気盛んな十代の生徒たちは、この模擬戦の実力をスクールカーストに直結させて考えがちだ。

 結果として腕っぷしが強い生徒がでかい顔をして、逆に戦いに不慣れな生徒はどうしても小馬鹿にされる。


 ただ、戦闘科にいる生徒が支援科の生徒をいじめる、なんて真似は許されない。

 それをすれば支援科は総出で支援を放棄するだろうし、戦闘科の生徒からも「支援科相手にしか強気になれない痛いヤツ」というレッテルを貼られるっていうのが、暗黙の了解として存在している。

 僕が見かけたオタク君は、その暗黙の了解に守られていない。多分戦闘科なんだろうね、知らんけど。


 けれど、何故戦闘が苦手な子も戦闘科にいるのか。

 それは単純で、ダンジョン適正を測る検査で、その人がどの系統のスキルに適正があるのか、ある程度の目処がつくからだ。


 ゲーム的に言えば、ジョブのようなものかな。

 その職業によってステータス特性なんかが決まっているような感じ。

 だからってゲームのように「あなたは◯◯のジョブです」とはならないけど。


 ダンジョン適正を測った場合に教えてもらえるのが、以下のような形だ。



――――――

名前

 :サンプル太郎よくあるアレ

位階

 :Ⅰ

適正ランク

 :D

成長傾向適正

 :身体強化 C

 :魔力強化 D

 :魔力操作 F

――――――

 


 こんな感じ。

 ちから、すばやさ、たいりょく、みたいな表記で数字が出る訳じゃないけどね。

 あと、何故か位階表記はローマ数字表記。

 きっと探索者ギルドの拘りなんだと思われる。


 この成長傾向適正は最高でS、そこからA、B、Cと下がっていき、最低がGとなっている。

 もっとも、位階が上がったらこの傾向適正の位が上がっていくという訳じゃなくて、『位階上昇時の上昇率』を示したものだ。

 数値的にいくつだとか、ステータス数値がすごいとか、戦闘力がすごいとか、そういう表示ができるような代物だったら分かりやすいけどね。

 まあ、そもそも誰が数値を測ってマスクデータにするんだって話ではあるけども。


 ともあれ、こうして指針となる情報が得られる以上、自分の適正に合わせて鍛えていくのが一番手っ取り早い。


 たとえば、身体強化適正が高ければ近接戦闘の訓練をするし、魔力強化適正が高ければ、魔法を練習するために戦闘科に。

 逆に魔力操作適正が高ければ、魔道具作成だったりをメインとする支援科に行ったり、という感じだ。


 あのオタク君が戦闘科にいたのは、きっと身体強化適正が高かったんだろう。

 仕返しざまぁ展開、期待して待っていようと思う。


 ちなみに位階の上昇は非常にゆっくりだ。

 世界的に見て名前が知られるレベルとなる探索者が、確か位階Ⅵから、だったかな。


 位階については、まだまだ上昇の条件がよく分かっていない。

 魔物を討伐した数だとか、ダンジョンに滞在して順応していく時間だとか、はたまた死線を潜り抜けて壁を超えたら上がるのだとか、色々な説がある。


 僕もよく分からない。

 だって気が付いたら上がってたし。



「――クソッ、ちょこまかと……ッ!」


「……やはり、あなたには中層はまだ早いわ」


「んだと!?」


「そんな大振りで隙だらけの攻撃で、中層クラスの魔物に勝てると思わない方がいい。魔物は狡猾よ、そんな隙を晒せば、一瞬で喰い殺される」



 模擬戦の流れが変わる。

 御神さんがふっと速度をあげて、フレンズの攻撃後の隙を突く形で一撃を入れて決着だ。



「そこまで!」


「うおぉ、御神さんつっよ……」


「中層に行けるってことは、もうすぐ位階もⅢまで上がるんだろうな……」



 おぉ、なんか注目されてるね、御神さん。

 ぶっちゃけ、僕は位階Ⅴまでは1年で上がったから、周りの驚愕とか、「あの子は凄い」というその感覚を共有できたりしないけれども。


 そんな事を考えていると、ふと彼女が振り向き、僕と目を合わせた。



 ……うん?

 僕と目を合わせた?


 ――【認識阻害】がかかっている、僕と?




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