次の舞台は……





 僕の眼鏡は魔道具で、【認識阻害】のアビリティがついている。

 故に周囲の人間の認識としては「誰かがいるのは判るが、それが誰であるのか、何をしているのかが分からない。でも、別に気にならない」という状態に陥る。


 極端な話、たとえば僕がパンツ一丁でこの場で踊り始めたとしても、この魔道具の効果がその認識を強制的に書き換え、誰も気にならなくなるのだ。

 やらないけど。


 まあ、だからって完璧無敵な究極アイテムという訳でもない。

 身体的な接触が起こってしまうと相手に気付かれてしまうし、僕を最初から認識していて、僕を探すという意識を持って見られると気付かれてしまうからね。


 ともあれ、僕はこの養成校に入ってからずっとコレをつけているし、おかげで僕という存在は常に「その他大勢」に分類されている。

 だから、この養成校で最初から僕を認識していて、魔道具の効果を外れる人物はいない。


 じゃあ誰にも僕を認識できないのかって言うと、それはちょっと違う。

 よほど魔力操作に長けていて、僕やその周囲に展開されている微弱な魔力に気が付く実力者であれば、その限りではない。


 もっとも、養成校にそこまでの実力者はいないけどね。


 さて、それを踏まえて僕と目が合ったと思しき御神さんだけれど、彼女はもしかしたら感知系、あるいは魔力操作系の先天的なスキルを持っている可能性が高いなぁ。


 僕たちとその少し上の世代、つまりダンジョンがこの世界に発生し、ダンジョンで探索者をやっていた親なんかがいる場合、その子供が先天的に強めの魔力を持った状態で生まれたり、怪力の赤子が、なんて事が稀にある。

 そういう子供はダンジョン適性も比較的高めで、成長率が高いのが特徴的だ。


 それだけ聞けば、まるで祝福されているようにも思えるかもしれないけれど、世の中はそうお気楽には考えてくれない。


 ダンジョンの呪い児、忌み子、人間もどき、あるいは魔物混じり、とかもあったかな。

 そんな風に呼ばれ、親元から捨てられる子供は少なくない。

 特に、親世代がダンジョン発生以前から生きている世代だったり、ダンジョンに入った事もない親から生まれたりしたら、そういう風に扱われる事もあるらしい。


 御神さんは、もしかしたらそっち系で孤児になったタイプかもしれないね。


 だからって可哀想とか、微塵も思わないけれども。

 探索者になろうとしているんだから、むしろ武器になるものが多くて良かったね、と思うのが僕という人間だからね。


 ま、それはともかく。

 よくよく見れば、彼女は僕自身を認識している訳ではないみたいだしね。


 座り込んでいた僕が立ち上がり、目元を人差し指と中指で挟んでギャルピースをしながらテヘペロフェイスをしてみたけど表情が変わらないし。

 僕だったらいきなりこんな事されたら絶対引く。

 チベットスナギツネか宇宙猫か、そんな表情をしてから見てないフリをして視線を逸らすだろう。


 違和感がある、何か視線を感じる、といった程度なんだろう。

 それで僕の方を見ているというだけみたいだ。


 ――――目が合って、僕に気が付いて、そこから始まる秘密を共有した友情、あるいは恋……!?


 そんなものは始まらないらしい。

 良かった。

 そんなんなったらめんどくさい。


 その他大勢だったはずのモブである僕とクラスのマドンナが急接近、とか。

 絶対やめてよ、無駄に目立つじゃん。


 僕は『目立ちたくないっていうスタンスなのに、マドンナに好かれちゃって好意を無駄にできなくて、結局目立ってしまって「目立ちたくなかったんだけどなぁ」なんて言っちゃいながら困ってる風に喜ぶめんどくさい男子系キャラ』なんて絶対ノーセンキューなのだ。


 だって、「脅してでも黙らせる」の方が楽だもの。

 もし御神さんが僕のギャルアピールに反応していたら、即座に背後に移動して脅すつもりだったし。

 腕の一本でも折っておけばいいかなって。飛ばすと目立つし。


 まあ、そもそも御神さんがマドンナ扱いされてるかどうかなんて興味ないから知らんけど。




 気持ちを切り替えて座り直しつつ、スマホをチェック。




 この特区内にあるダンジョンは、僕がいつも行っている東京第4ダンジョンの他に、東京第3、第5ダンジョンがあるらしい。

 第3ダンジョンはフレンズ腕飛ばすが通っているらしいけれど、第3と第5はすでに『D-LIVE』の配信が可能になっているダンジョンだ。


 ……第4も導入してくれればいいのに。

 そうすれば、僕だって「へぇー、ダンジョン配信かぁ」って前々から興味ぐらい持っていただろうし、悲劇は起きなかったはずなのに。


 ミステリアスムーブの初動で大失敗してしまったけれど、その原因は変態さんのせいだ。

 配信しているかどうかは、あの球体ドローンがあるかどうかをチェックしておけば判るだろうし。


 そういえば、少し調べてみたけれどダンジョン内配信のドローンも『D-LIVE』が作っているらしい。

 なんでも、内部に内蔵されている魔法陣に魔力を通すと、その魔力の所有者と紐づく形になって、磁石のように一定の距離を保つっていう仕組みなのだとか。


 ただ、追従モードと呼ばれる状態だと同じ位置、同じ距離しか保てないらしいけれど、外部から操作権限を使って操る事もできるらしく、臨場感溢れる感じでアップになったり引いたりっていうのはスタッフがいたらできるみたい。

 こう、アクロバティックにドローンを操って撮影する感じとかできるのかな。


 というか、戦闘の余波とかで壊れたりしないのだろうか。

 深層とか奈落とかあたりから、余波だけで常人が死ぬレベルになってくるんだけど。


 まあ、それはともかくとして、だ。


 僕は別に自分で配信をする訳じゃない。したいと思わない。

 ミステリアスを目指すのに自分から情報を曝け出したいなんて思わないし。

 誰かにチヤホヤされたい訳じゃないし、むしろひっそりと知られていない場所で知る人ぞ知る強キャラ感を出したいのだ。


 だからって、じゃあ配信をやっていないダンジョンに限定してミステリアスムーブをすればいい、という問題でもない。


 だって、配信できないダンジョン、不人気らしいじゃん。


 閑散としてるダンジョンじゃ、目撃者を探す方がしんどいし。

 キャラの確立はしたいけど、それはそれとしてあまり無駄にあちこち行ったりしたくない、それが僕という人間だ。無駄な労力をかけたくない。


 ただ、配信系探索者はどうやら浅い階層の探索者が多いらしいんだよねぇ。

 いわゆる、ガチ探索勢ではなくてエンタメとして探索者しているパリピ系、といったところかな。

 うぇーいとか言われたら斬り捨てたくなりそう。


 で、そんな配信勢は基本的に上層やら中層が活動のメインになっているみたいだ。

 そう考えると、『燦華』の面々って実は貴重かもしれない。

 ちょっとあそこのパーティの情報はこまめに拾おうかな。気が向いたら。


 だって、上層や中層程度で僕が姿を現すのはちょっとね~……。


 ミステリアスはそんな安くないんだよ。

 なので、下層、深層あたりで活動している人がいそうな所がいい。


 この際、配信は勝手にすればいいさ。

 もう僕の存在が無駄に有名になっちゃったし、存在を知られているんだもの。

 今更恐れるものなんてないさ。


 前回はイニシアティブを握れなくてモヤったけれど、次からはそうはいかない。


 なんか知らない内にダンジョンの魔王とか言われ始めているし、ダンジョン側の魔人、番人みたいなムーブでいこうと思う。

 ほら、変態さんが組織どうのこうの言ってたし、それを見かけたら潰すようなムーブしてれば、こう、アニメで言うところの「フン、敵の敵は味方とは思わないけれど、いいよ、協力してあげるよ」的なムーブとかもできそうだし。

 うはー、楽しそう。


 こんな感じにコンセプトさえ固まっていれば、アドリブにもきっと対応できるでしょ、多分。


 そんな訳で、配信勢も含めて下層やら深層を探索している探索者たちを探していく。


 東京第3ダンジョンの下層上部を探索している、『マジカル★マッスル』。

 強靭な肉体を用いた肉弾戦だけじゃなく、筋肉魔法なる代物を使うらしい。


 基本的に魔法っていうのは、決められたものじゃなくて術者が式を編んで作り上げるものだ。だからゲームみたいに画一的に、それこそ誰もが『何故か英語名の属性の矢とか球――なお、強めの魔法は神話の地域や時代とかの名称も使われがち――』みたいなものじゃない。

 まあもっとも、伝承を再現しようとしたり、陰陽師みたいにヒトガタみたいなのを飛ばして魔法を使ったり、この前の夏純さんみたいに呪符とかを使ったり、色々な流派も生まれていたりするから、似たような魔法も多いけどね。


 そんな中に燦然と輝く、筋肉魔法。

 なにそれ、ちょっと見たい。


 でも、なんか臭そうだからやっぱいいや。


 同じく東京第3ダンジョンの下層上部を探索している『白姫様に踏まれ隊』。

 こっちは白姫と呼ばれている探索者とその親衛隊っていう構図らしくて、たまに下層を配信したりもしているらしい。


 別に僕、被虐趣味とかないからこっちも遠慮しとこ。

 というか無駄に高圧的な態度取られたら殴っちゃいそう。


 東京第5ダンジョン、下層上部を拠点としている大手クラン――『白鯨』。

 こっちはその広報活動として配信もしているらしいし、人数も多いらしい。


 なんかこう、『マジカル★マッスル』とか『白姫様に踏まれ隊』とかに比べると、どうにもインパクトに欠けるなぁ。


 ――はっ、つまりはそういう話題性がないとネット社会では生き残れないとか?

 ダンジョンの深淵よりネット社会の深淵の方が怖いな。




 んー、よし。

 決めた。


 ネタ枠っぽいパーティに会いに行こうかな。







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