物語が始まる予感




 あれから数日。

 相変わらずの「その他大勢」生活を続けた放課後、養成校を出て、無人タクシーに乗り込んで東京第3ダンジョンへ向かっている。


 東京はダンジョン特区が3ヶ所。


 太平洋側を囲んだ僕が住まう東京第3、第4、第5ダンジョンを囲う特区に、ほぼ東京のど真ん中――旧三鷹市から周辺一帯――の第2ダンジョンを囲う特区。それと、旧奥多摩一帯を指す東京第1ダンジョン周辺の特区だ。


 僕が住む特区は、個人的には何箇所もダンジョンがある方が選択肢が多くていいねって思うけど、世間一般で見れば、ダンジョンが幾つも同じ特区にあるのは危険だとか言われていて、特区の中でも圧倒的に人気がないらしい。


 ダンジョンは自然発生というか、ある日突然現れるものだ。

 その位置なんて人間が決められるものじゃないし、それなりに近い位置にまとまって出てきたのだから諦めるしかない。

 第3、第4、第5ダンジョンって同時に出現したって話だし。

 なので、この辺りからは一般人は本気で逃げていったというか、退去していったのだとか。


 余談だけれど、当時は第3ダンジョンの後にそれぞれ甲乙丙みたいなのつけてたって話だったらしいけれど、一般人には浸透しなくて、探索者ギルドから苦情が入って番号になったんだってさ。

 ちなみに、ダンジョンの通常型を甲種、環境型を乙種、みたいな呼び方もしようとしたみたいだけど、これも「分かりにくいから却下な」と探索者ギルドに一刀両断されたのだとか。


 甲乙丙とか意味分からないし、「我が日本の正式な~~」とかなんとか言ってる連中涙目だろうね、きっと。

 一般人に浸透してない時点で、それは正式どうのじゃなくて、専門用語を使っている俺カッケーみたいなレベルなんだと思うよ、知らんけど。


 まあ、ともあれそんな不人気特区ではあるけれど、移動とか楽なんだよね。

 この特区の住人は完全無料の無人タクシーとか自由に使えるし。


 ぶっちゃけ廃墟となったビルとか飛び越えたり、かつて高速道路なんて呼ばれていた道路を駆け抜けた方が早く移動できるけどね。

 僕ってば急がない時は優雅に移動したい派だ。

 権利は使ってなんぼだよ。


 そんな訳で、ただいま無人タクシーで街中を走行中。

 ぼんやりと窓の外を流れる景色を見やる。


 特区に指定される前、ダンジョンがなかった頃は栄えていたはずの街。

 今では半ばゴーストタウンだ。

 企業は撤退し、企業に勤める人間をターゲットにしていたお店は潰れ、一般消費者も安全性を求めて離れていき、建物だけが当時を物語るように残っている。


 もっとも、小規模ながらも『魔物氾濫』が起こったり、なんか自己主張でもしたいのかスプレーで自分たちの存在をアピールしたがった不良くん達のせいで、もはや廃墟もいいところではあるけどね。

 都市部から離れたビルなんかは、ちょっと後ろ暗い連中なんかが根城にしていたりもするらしいし、治安は最悪だ。


 そんな事もあって、無人タクシーからぼんやり外を眺めていると、さっきから行き交う建物からたまーに視線を感じるんだよねぇ。

 多分だけど、タクシーに乗っている人間を襲ってお金を奪おうとか、そういう考えなのかもしれないね。


 飢えた獣たちからの窺うような目を向けられる僕。

 サファリパークかな?

 行ったことないけど、なんか飢えた獣達を見ながら喜ぶ場所だったと思うし、似たようなもんだよね。


 とは言え、タクシーをそのまま襲ってくることなんてないらしい。

 緊急停止したら即座に警察だとかに通報がいくらしいし、アウトローな面々も自分たちの根城近くを一斉捜査、一斉摘発なんてされたくないだろうし。

 せいぜい、僕が出てくるようだったらカモにするとか、そんな感じかな。


 飽きたのでスマホに視線を戻し、第3ダンジョンへと到着するまでダラダラ過ごす事にした。




 はい、という訳でやってきました東京第3ダンジョン。



「――という訳で、今日はここ! 東京第3ダンジョンの中層に潜ってみようと思いまーす! いえーい!」


「――ありがとー、頑張るねー!」



 ……ドローンに向かって喋ってる人、多いなぁ。

 あの人たち、みんな配信系探索者なんだろうか。


 この前行った神奈川第5ダンジョンは、祝日の早朝から行ってたから人も少なかったんだけど、今は午後6時。明日は土曜日で休日だ。

 なんかこう、配信が始まる頃合いとしてはちょうど良かったりするのかな。


 ただまあ、僕から見れば「浮かんだ球体に向かって喋り続ける変な人たち」にしか見えないんだよなぁ。

 今どき珍しい光景ではないのかもしれないけれど、なんかちょっと面白い光景だ。


 ともあれ、そんな彼らを無視してさっさと第3ダンジョンの中へ入る。


 ここのダンジョンも、神奈川第5ダンジョンと同じ通常型――つまり、洞窟や地下空洞型っぽいね。

 壁面に生えている魔光苔が淡く光っていて、ぼんやりと間接照明で照らされているような感じで、視界の確保も容易い。初心者の人も安全だろう。


 なんかやたらと話し声――というか、配信者の声があちこちで聞こえている。

 魔物を集めたりしたいのだろうか。

 それだったらここよりも深層あたりでやればいいのに。活きのいい魔物がいっぱいきてくれるよ。


 そんな事を思いつつ、いちいち弱い魔物の相手をしていくのも面倒なので、影に潜って移動していく。


 ダンジョンというのは、現実世界とは異なる世界、異界だ。

 床をぶち抜いたとしても、あるいは天井をぶち抜いたとしても、下の階層に直接進んだり、地上に出れたりなんて事は起こり得ない。

 落とし穴とかのトラップに入っても、それがそのまま次の階に繋がっているはずもなく、地面には野太い杭のようなものが突き出ていたり、強烈な酸が溜まっていたりするだけ。

 要するにそれぞれの階層がそれぞれに独立している、とでも言うべきか。


 たとえば『試練の門番ゲートキーパー』を倒して、その先に階段があって降りたり上ったりっていう事もある。特にここや神奈川第5ダンジョンみたいな、いわゆる通常型ダンジョンはそういう構造になっているみたいだ。


 けれど、ダンジョンが劇場型だったり環境型だったりすると、普通に光の渦みたいなワープポータルを経由して次の階層に移動する方が一般的だ。


 そのため、「実は通常型ダンジョンは階段を使ってこそいるものの、『階段を使うという行為』によって発動するワープであって、それは次の階層に物理的に移動している訳じゃない」と言われている。


 で、そんなダンジョンなのだけれど、他の階層には必ずしも『試練の門番ゲートキーパー』を倒して進まなきゃいけないのかというと、そうではない。


 ダンジョン内にあるトラップの数々。

 その中には、転移トラップと呼ばれる、ランダムで他の階層の通路に転移させる魔法型の、時間や場所問わずランダムに生成されるトラップがあるからだ。


 ちなみにこのトラップ、上層からいきなり深層とか奈落とかに飛ばされる事もあって、非常に危険視されている有名なトラップだ。


 だから、普通の探索者ならまず間違いなく乗らないように注意する。

 ランダムで生成されるとは言っても、魔法系のトラップという事もあって、しっかりと魔力反応さえ警戒していれば、専門の知識がなくても気付きやすい類で看破も容易い。

 なんせ、魔力反応を用いた探知技術は魔物にも有効だからね。


 探索者ならば魔力探知を常時発動させるのは初歩中の初歩のテクニックというか、それができないんじゃダンジョンでは探索できないというか、まあ当たり前に身につけるべき技術という訳だ。


 だから物理的な落とし穴とかの方が、魔力反応がなくて気付きにくいし、危なかったりする。




 ただまあ、そんな転移トラップさんにも例外というものがある訳で。




「――え……っ!?」


「っ、マズい――!?」



 魔力光に照らされて、驚愕の表情を浮かべる男女の探索者ペアの姿が光に包まれて消えていった。


 そう、これだよ。

 転移トラップっていうのは普通の罠と違って、ランダムに生成されるのだ。

 時には探索者の足元に、ね。


 もっとも、生成の際に僅かな魔力の揺らぎが発生するから、それなりの腕があれば生成寸前で飛び退いて避けれたりもするんだけどね。


 どうやら今の二人はそこまでの実力もなかったらしく、逃げる間もなく飛ばされてしまった模様。




 ……ふむ。

 もしや、ピンチに陥って覚醒する探索者的な物語が始まったりするのかな?


 ほら、恋人かどうかは知らないけど、男女のペアだし、そんな物語が始まるシチュエーションにはピッタリだし、さっきの男性が何かの強い力に覚醒したり。


 いや、もしかしたら女性側が覚醒するっていうのもあるかな?

 男性側が身を挺して女性を守って死んでしまい、失意と絶望、そして怒りを胸にして、みたいな。


 ……うん。

 面白そうだから見に行こう。


 転移トラップは発動してから数秒以内――消失するまでの間ならば、同一の階層に飛ばしてくれる。

 もっとも、同一の階層ではあってもほんの数秒時間がズレるだけで全く別の通路とかに飛ばすらしい。

 つまり、今から僕が入ったら、彼らとは同じ階層の違う通路に出るって事になる。


 ただし、これは「救助するチャンスがある」のではない。

 むしろその逆だ。

 ダンジョンが、悪意を持って「助けに行きたければ行くといい。ただし、そう簡単に合流させないけど?」という挑発を行っているような代物だ。


 仲間が飛ばされた場合に、さらに自ら死にに来る愚か者を招く悪意の塊。

 胸の内で舌なめずりをしながら、けれど表向きにはさも優しげに救いの手を伸ばしてあげているかのように振る舞う。それがダンジョンという存在なのだ。


 ただまあ……相手が悪かったね?

 僕にとってみれば、同じ階層で、しかも離れた場所に飛べるというのなら、むしろ見つからずに観察できる最高のお膳立てだよ。


 そんな風に、ダンジョンの悪意を蹂躙し、踏み潰してやる気分で、無意識に口角をあげつつ転移トラップが消失する前に僕もまた飛び込んだ。





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