制限の違い
「まるで『深層の悪夢』だな……」
真っ黒な人影が立ち上がっているような、或いは酷い逆光の中にいるような、影そのものとでも言うべき存在。
人の姿をしてはいるけれど、そんな見た目とは関係なくその身体を触手よろしく伸ばしてくる存在。
うん、その『深層の悪夢』さん御本人です。
ちょっとダンジョン側が弱すぎたというか、【魔王】が弱すぎるというか、うん。
やっぱりせっかく集まってくれたんだし、皆さんに見せ場を作ってしっかり活躍、頑張ってもらおうと思って僕が拉致したお客さんだからね。
なんか僕が知ってる【魔王】の方は乗っ取られたというか喰われたような感じだったし、存在が消失しちゃってたんだよね。
領域を見ていたからこそすぐに分かったけれど、見た目そのままで中身だけ変わったみたいな、そんな感じで。
実際のところ、【魔王】は【勇者】でなくても倒せる。
ただ単純に『魔王ダンジョン』を【勇者】のいるパーティがクリアしたら、その特典としてダンジョンの安全とか、入手できる鉱物とか植物、アイテムなんかがフィーバーするっていうだけでさ。
だから、【勇者】がいないのに【魔王】が倒された場合は、一応は倒せる。
まあ、そんな強い探索者ってなると……うん、なかなかいないけどね。
だから問題はないと言えばないんだけど、ほら、僕がこのまま終わらせたみたいになっちゃうと、アレかなって。
だったら最初からどうにでもできたってバレちゃうもの。
「それにしても、【魔王】が【勇者】でなければ倒せないとなると、『ダンジョンの魔王』……いえ、ノアは【勇者】なのかしら?」
……ッスゥーー……、あー……ね?
そうなっちゃいます?
「いや、その可能性は低いな。彼はメッセンジャーと協力関係にある。おそらく、ダンジョン側の存在だ。そういったルールを超越しているのではないか?」
「なるほど、だからソラさんでは倒しきれなかったんですね……」
萩原さんの疑問に答えてくれたのは、大重さんだった。
しかもそれに続いた弓谷さんのおかげで、僕と『ダンジョンの魔王』が同一人物であるという可能性が否定までできている……!?
あ、でもここで無理に乗っかるとあんまり良くないよね。
一応警戒しているフリをして僕が呼んだ『深層の悪夢』を見やる。
なんか困惑してない? だいじょぶそ?
まあ魔物がどうなってようがどうでもいいけど。
――で、そういえばオリジナルがどうとか言ってたよね、ニグ様?
《そういえば、颯には話していませんでしたね。ダンジョンという存在は、私たちの感覚では人間種のための修練場なのです》
「ソラ、抑える役目はできるか?」
「誰に言ってるのさ。それぐらい余裕だよ」
「さすがだ。では、頼んだぞ。【魔王】を【勇者】しか倒せないとなると、俺がやるしかないからな」
大重さんにさらっと返しながらも、僕の意識はニグ様との会話に集中していた。
人間種のための修練場、ね。
まあ、なんとなくそんな感じのモノなんだろうっていうのは気が付いていた。
人間種を次のステージに押し上げたいというニグ様たちの目的。
そこにダンジョンっていう、位階をあげるための場を設けているという行動からも、なるほど、確かに修練場と言えるだろう。
《ダンジョンの魔物は、上層から下層までがこの世界の神話生物たち。そしてそのさらに下、深層から奈落、深淵までが私たちが作り出した、かつての私たちの同胞である『古ぶるしきもの』らやその眷属の幻影、或いは劣化した模造品とでも呼ぶべきものです》
……ふむ?
そういえばさっきも『深層の悪夢』のモデルとかオリジナルとか言ってたよね?
《はい。あなたたちが言う『深層の悪夢』は、人間種の言葉で言えばニョグタ、でしょうか。その眷属、あるいは落し子と呼ばれるような者がモデルとなっています。人の姿と異形の姿を有し、人間種に紛れる事もできてしまう存在ですね。まあ擬態機能はつけませんでしたが》
「縺輔▲縺阪°繧峨↑繧薙↑繧薙□縲√%繧鯉シ�」
「甘いよ」
伸びてくる触手攻撃。
7本ばかりあるそれを、全て片方だけ出した白翼を伸ばして槍のように一斉に伸ばして迎撃して貫き、壁に突き刺して縫い留める。
同時に、萩原さんの氷を操る魔法が『深層の悪夢』の左足を見事に貫いた。
「――凍りなさいッ!」
「縺翫∪縺医′驍ェ鬲�」
「いや、だから甘いんだって」
何かを口にして『深層の悪夢』が咄嗟の反撃。
標的は萩原さんだけど、それをさらに逆の翼を出して横から貫いて止める。
いや、僕がいる以上その攻撃は通用しないって学ばないのかな。
今さっき止めたばかりなんだから通らないって想像つくと思うんだけど……知能指数低めなのかな。
ともあれ、この一瞬は大きい。
判断をミスして動きを止めた『深層の悪夢』に対して、すでに大重さんが肉薄、両手で握った大剣に魔力を溜めている。
「――せええぁぁぁっ!」
振り下ろされた光輝いた大剣が『深層の悪夢』を両断する姿を見送って、僕は僕で改めてニグ様との会話に意識を戻した。
――なるほど。で、そののびただかの眷属さんとやらは、人間種に紛れて何がしたいの?
《ニョグタという存在を崇め奉る教団を作り、ニョグタをこの世界の次元に召喚する。そのための布教活動――という名の洗脳と支配ですね。それらを行うための眷属です。端末を利用して本体の復活を狙おうとしていましたから》
――召喚?
《私たちのような存在は人間たちの信仰、理解によって世界と〝繋がり〟を作ります。そこを通してこちらの陣営が何かをしようとしても、〝繋がり〟が小さすぎると私たちのような存在は通れず、顕現できません。せいぜい多少の眷属を作るというぐらいでしょうが、それも余程相性の良い人間種を見つけなくては難しいのです。そのため、教団という形で神として祀られ、その信仰を糧に道を広げて本体を顕現させようとするのが眷属の役割ですね》
なるほどね。
なんか大変そうだね、それ。
というか、それで結果として『深層の悪夢』のオリジナルなんて化け物が人間に混ざっていたのによく人間生き抜いてるね。
今の人間、そんな存在が友人知人の中に現れたりしたら、てんやわんやしてる内に全滅しそうだけど。
犯罪を犯したかどうかとか罰するべきかどうかとかで相談してる間に終了、みたいな。
《人間種は昔の方が容赦なかったのは間違いないですね。今は慎重になり過ぎて身動きが取れないと言いますか……》
あー……ね。
ほら、今の御時世ちょっとおかしな事があったりすると、すぐにSNSとかで炎上してみたり、正義厨さんたちがここぞとばかりに他人を批判したりするから。
そりゃあ簡単に決断して行動できた時代とは違う。
なんかほら、昔なら魔女狩りとかそういうのと同じようなノリで、好き勝手やりたい放題やってたような印象があるよね。
こう、「アイツは魔女だッ! 俺は見たんだ――みてない――」みたいな、そういうのやりそうじゃない、知らんけど。
「――ソラ」
「んぇ?」
「礼を言う、助かった。さっきのアレは何かがおかしかった」
「あぁ、確かにね。さっきのは確かにおかしかったね。思ったより強くなかったけど」
「それはあなたがおかしいだけでしょ。私たち、普通に死を予感したわよ」
「はい。ソラさんの一撃はトドメは刺せなくても大幅に力を削ったように感じました」
萩原さん、弓谷さんもやっぱり違和感というか、強さ自体は感じ取っていたのかな。
ついでに錯覚だったって思ってくれれば良かったんだけどね。
そうすれば「【勇者】すげええええ」ってなっただろうに。
――実際、配信はどんな感じ?
《颯の言う通り、確かに大重というそちらの男性の実力は褒められていますが、7割程度はあなたの登場と強さで盛り上がっているようですね》
ふむ。
やっぱり積極的な介入をしちゃうと逆に動きが取れなかったりするし、ミステリアスムーブしたりもできないから、ピンチになったら転移で登場する、ぐらいにしておいた方が良さげだね。
今回は最初から同行してたけど、次からはそうするよ。
《そうですね。ただ、今回はソラがいなければ領域にも気付けなかったでしょうし、おそらくは全滅していた可能性が高いですけど》
まあ、イレギュラーではあるからね。
というかアイツ、なんでいきなりダンジョンに介入というか、そんなことができたんだろう。
ニグ様、原因分かる?
《調査しなければ不明ではありますね。ただ、ダンジョンは異界ですから、地球に干渉するよりも干渉しやすかった、というのはあるかもしれません。【魔王】用に簡略化したダンジョンなので、その辺りの対策が弱まってしまっていたのでしょう。そちらは私とヨグで現在修正をかけています》
そっか、ならいいんだけどね。
まあほら、また出てきたらすぐに殺せば問題なさそうだから、どっちでもいいと言えばどっちでもいいんだけど。
……というか、あれって本当にそんなに強かったの?
《はい。私もラトとヨグとも見ていましたが、現代の人間種でニョグタの眷属に勝てる存在はかなり少ないかと。正直に言えば、颯ですら苦戦はするかもしれないと考えていましたが……》
……いました、が?
《……颯、あなたがイレギュラー過ぎる、という結論に至りました》
えぇ……?
ビックリだよ。
唐突に告げられるおかしな存在発言である。
いや、僕って一応〝進化〟はしたけど、元々は普通に人間なんだけど?
ノアとかソラとかの裏設定が本当に適用された訳じゃないし。
そりゃ確かに〝凶禍の種〟なんてものを植え付けられて今に至っているから、完全に普通の人間だった、とは言い難いかもしれないけどさ。
《いえ、そうではなく、あなたは人間種としての限界値を超えてから〝進化〟し、しかもその本体よりも今の肉体端末でフルパワーを発揮できてしまうでしょう?》
いや、まあそりゃそうだけどね。
むしろ本体で何ができるのかっていまいち分からないレベルだもの。
それに比べれば、人間の肉体の方ができることは圧倒的に多いと思うけど。
《それです。我々は肉体端末をその世界に送り込むにあたって、〝本体を基準として力を制限する〟という形になりますが、あなたの場合は〝本体基準が圧倒的に跳ね上がったため、肉体端末も引き上げられただけ〟というものになっています。当然、その出力限界は私たち、そして他の者とは全く違います》
……ほう、なるほど?
その差って大きいの?
《全然違いますね。単純な話、我々は肉体端末のスペックを十全に活かせません。力の制限が大きすぎるため、ラトのように千年単位で同じ世界で活動しているならばやりようもありますが、正直私が肉体端末を出しても勝負にならないでしょうね》
……そうなんだ。
まあ僕がニグ様とかと敵対する事はないだろうし、問題ないね。
ともあれ、こうして隣国の『魔王ダンジョン』攻略はさっさと終わったのであった。
◆――――おまけ――――◆
しそー「…………」
おーが「めっちゃ便利に使われてて草」
うおー「まあ……テメー自身じゃねぇし、いいだろ」
しそー「いや、あの、そもそも俺ってそのニョグタだかなんとかの眷属なの?」
おーが「その模造品というか、量産型劣化コピー的なサムシングじゃんww」
うおー「さすがに笑えねぇんだよなぁ」
しそー「それはそうだけど、あの神に近い連中の眷属だろ? ってことは実は俺スゲーヤツってことじゃね?」
おーが「調子乗んなしww」
うおー「ねーわ。いいとこパシリだろ」
おーが「小間使いとか潰しの利く駒だろww」
しそー「」
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