領域の支配影響
隣国の『魔王ダンジョン』攻略。
これによって『魔物氾濫』は止まったものの、依然として『囲ったら魔物氾濫シリーズ』を囲ってしまったという失策のせいで、国内の状況はあまりよろしくない。
そんな政治家を、国民たちはもちろん、探索者として今回の『魔王ダンジョン』討伐遠征に赴いていた、国内でも名の知れたヤンの仲間たちもまた一斉に政府に対する糾弾を開始したらしい。
なんかSNSで凄いことになっていて、デモが激化しているとかどうとか。
この国の文字とか読めないから詳しくは知らんけど。
さらにその夜には、国の困難を救ってくれた英雄、【勇者】である大重ら『大自然の雫』とヤンさんたち探索者組、それに僕とヴィムを目当てに、国内のマスコミが押し寄せていた。
いくら『魔王ダンジョン』が攻略されたとは言っても、まだまだ市街地には『魔王ダンジョン』から出てきていた魔物たちが犇めき合っていて、戦いは終わりじゃない。
それでも、明るいニュースとなるのならばとヤンさんと大重さんたちが短いインタビューに答えていた。
いや、僕とヴィムは愛想良く振る舞うつもりなんてないので、さっさと自室に戻らせてもらったけどね。
いちいち他人にとっての明るいニュースなんかに配慮してあげるのとか面倒だし。
ともあれ、明けて翌日。
朝食を済ませた後で、帰国に向けてのスケジュール調整という形で、大重さんたち『大自然の雫』メンバー、それに僕とヴィムは、佐枝さんの部屋へと訪れていた。
「――という訳でして、是非、この国を守ってくれた英雄である皆さんには正式な会見を行っていただきたい、と」
「俺としては構わんが……。ソラ、そっちはどうする?」
「出なくていいなら出ないよ。この国を守るとか、そんなのどうでもいいし。目的が果たせた以上、もうこの国には用はないから」
「目的?」
踏み込んでおいでと言わんばかりに僕が仄めかした言葉に、弓谷さんが食いついた。
うん、いいよ、その素直さ。
是非ともそのままでいてほしい。
何かを見る度に目を大きく見開いて「そ、んな……ッ!?」とか言ってくれそうな人員、嫌いじゃないよ。
こういう要素にしっかり踏み込もうとしてくれる辺り、僕のミステリアスムーブに翻弄されてくれそうなところがグッドだ。
そんな風に弓谷さんを初めてまともに評価を思いつつ、肩をすくめてみせた。
「兄さんのことは知っているんだろう? 僕は兄さんが本当にダンジョン側についたのか、何が目的なのかを探りたいんだ」
「ダンジョン側についた、真の目的ね……。あなたたちの境遇を考えれば、復讐の線が濃厚だと思うのだけれど?」
「それはないね」
「あら、どうして?」
半ば小馬鹿にするように鼻で笑いながら言い切ってみせれば、萩原さんもピクリと片眉を動かした。
人間に対する復讐なんてものを本気で考えて、本気で行動している?
僕がそんな立場にいたら、いちいちそんな手間をかけたりしない。
「ハッキリ言うけれど。大重さんも、キミたちも弱すぎる」
「な……!?」
「否定したいだろうね、プライドがあるのだから。でも、じゃあ冷静に考えてみなよ。もしも僕が、今、この場所で殺意を持って暴れれば、キミたちに止められるかい? ――答えはノーだ。1分と保たず、キミたちは死ぬ」
「……それは、そうかもしれないが……」
「ハッキリ言うけれど、そんな僕よりも強いのが兄さんだ。兄さんがその気だったのなら、魔物なんて使わなくたって人間を皆殺しにするぐらいできるってことだよ。それこそ、わざわざダンジョン側につく方が手間になる程度には、簡単にね」
そこまで言えば、部屋の空気が分かりやすいぐらいに冷え切った。
ただまあ、これは事実だ。
「甘いんだよ、キミたちってさ。守るものがあるのに、守るための力を手に入れてすらいない、求めてもいない。ダンジョンという場があるのに、力を手に入れようともしない。その程度の実力で、人間を守ろうとする【勇者】? 何を守れるっていうんだい?」
「ッ、ちょっと! 失礼じゃないの!」
「失礼、ね。礼儀で守れる命があるんなら、礼儀でも守っているといいよ。魔物に、魔力犯罪者に、その礼儀とやらの効果があることを祈っておくといい」
「……アンタねぇ……ッ」
「萩原、落ち着け」
「けど……!」
「いいから落ち着け」
大重さんに強く言われて、萩原さんが深く息を吐いてから座り直した。
いかにも不機嫌です、とでも言いたげな表情をしているけれど、そんな顔されても撤回したりはしないよ。
「正直に言えば、ソラの言う通りだ。俺は甘かったのだろう。強くならない自分を、挑まなくて良い日常を守ると言い訳をして、そっちにかまけた。結果として昨日、ソラがいなければ萩原と弓谷を見殺しにしていた可能性が高いことは、俺自身が誰より理解している。だからソラ、その程度にしておいてほしい」
「マスター! 私たちで【魔王】だって追い詰められたじゃないですか!」
「運が良かっただけだ。少なくとも、俺は今回の討伐遠征の出来は最悪の部類に入ると思っている。俺自身が、おまえたちを危険に晒したのだからな」
「そんなこと……!」
大重さん的にもそれなりに思うところはあったらしい。
なんとか否定しようとした萩原さんだけれど、最初から本気で戦っていたら真っ先に自分たちが殺されていたことぐらい、自覚はしているのだろう。
「ソラ、話を戻そう。つまり、おまえさんの兄――ノアは、人間に復讐するためにダンジョン側についたのではない、ということだな?」
「ま、そうだね。ハッキリ言うけれど、復讐と逆恨みは全く別のものだよ」
「復讐と逆恨みですか……」
反芻するように弓谷さんが呟いたので、弓谷さんに顔を向ける。
「そうだね。たとえば、キミに付き合っている恋人がいたとして、その相手が浮気していたとしよう」
「い、いません、けど……」
「例え話だから。で、そんな風に裏切られたからって、『裏切ったのは元彼で、男。だから男全てを滅ぼす』なんて発想に飛躍するはずないだろう?」
「それはそうですけど……」
「あなたたちの境遇とじゃ比べ物にならないんじゃないかしら?」
「そんな事はないでしょ。結局、恨み辛みの話さ。確かに僕らは人間という存在がどちらかと言えば嫌いだし、信用も、信頼もしていない。だからって、わざわざ滅ぼしたいとはならないさ」
それどんな過激派なのよ、という話だよね。
普通に考える力があれば、人間という種族の中であっても善悪は当然存在しているってことぐらいはさ。
昔の国と国の戦争時よろしく「他国の人間は人間じゃない」みたいなフザけた思想は現代じゃ有り得ないんだから。
「確かに、ノアの本質を知っているであろうソラがそう言うのであれば、そうかもしれないな」
「兄さんは僕と同じで割とあっさりしていたからね。恨み辛みが残っているなら、その元凶をさっさと殺しておしまい、となるはずだよ。だから、そうではない何か、ダンジョン側についた事で果たせる目的のようなものがあると、僕は考えているんだ。そのヒントになるようなものがないかと思ってたんだけどね……」
「特に何も見つからなかった、ということか」
「実際、特に物珍しい何かがあるようなダンジョンじゃなかったものね」
まあ最初から「空振りだったね、残念」ってなるのは既定路線だったから、それで特に問題はないんだけど。
――なんて、考えていてピンと閃いた。
「……いいや、収穫はあったよ」
「なんだと?」
「何か『魔王ダンジョン』で見つかったんですか?」
「見つかったというよりも、キミたちも見ただろう? あの時、【魔王】には何かが起こっていた。尋常じゃない力の放出のようなものがあったからこそ、僕はキミたちと合流できたんだから」
「――ッ、確かに言われてみれば……」
「あの異変の直後だったものね、あなたが来てくれたのは」
「うん、そうだね。僕も配信を観ていたドイツの【勇者】が『魔王ダンジョン』攻略、あの時はあんな変化はなかったはず。もしもあんな分かりやすい変化があれば、きっとドイツの【勇者】も何かしらの反応は見せていたはずだ」
知らんけど。
だって僕、ドイツの【勇者】が『魔王ダンジョン』を攻略したなんて、後で知ったし。
色々やることあって忙しかったからね。
けれど僕の言った言葉に大重さんたち、それに佐枝さんは当時を思い返しているのか、神妙な面持ちで考え込んでいた。
うん、
畳み掛けよう。
「あの奇妙な力の波動を感じ取るまでは、どこにいても何も感じ取れなかったんだ。けれど、あのおかげで僕はキミたちを見つけることができたんだ。つまり、もしかしたらあれはダンジョン側にとってもイレギュラーだったのかもしれない」
「ッ、そんな事があるのですか……!?」
「ない、とは言い切れんな。ソラの言う通り、確かにあの力はどこまでも異質と言うべきか、今までに感じたことのない類の力だったのは間違いない」
驚愕する佐枝さんの表情を見ながらも、僕はポーカーフェイスを続けた。
いや、だって知らないんだもん、その異質な力とかいうの。
――ニグ様、分かる?
《……いきなり『ダンジョンの魔王』ムーブの背景の話を捏造したかと思えば、便利な時だけ呼ぶとはどういう了見ですか、颯……?》
……ッスゥーー……、あ、ごめんなさい。
いや、ほら、やっぱりこう、壮大なバックボーン的なサムシングがあった方が盛り上がったりするじゃない?
ちゃんと後でラトとも相談するから……ね?
《……まあいいでしょう。最近は大人しかったですし、ヨグも予定調和ばかりでは飽きてしまうでしょうからね。大目に見てあげます》
よしっ、ニグ様からもオッケーもらった!
勝ったな、これは!
――で、どうなの?
異質な力というか、人間種が感知できるような魔力以外の力のサムシングってあったりするの?
《そうですね、恐らくは領域の支配力を垂れ流していたせいでしょう。存在そのものを取り込まれ、消失していくような薄ら寒い感覚、とでも言うべきでしょうか。そういった力を本能的に感じ取ってしまったのかもしれません》
ふーん……――ん?
え、それってつまり、領域に支配されそうになると誰もが感じたりするものってこと?
もしそうだとしたら、僕らの秘密結社の秘密基地、職場環境最悪過ぎない?
《そちらは問題ないかと思いますよ。そもそも、あなたの秘密結社の者たちはあなたに心酔していますから》
……えーっと……、なんて?
《親愛の情を抱く者や、仲間と認識している者などにとっては、その対象となる存在に支配された領域は心地良く感じるものであるようです。心酔や崇拝の場合は、まさしく楽園のような心地よさといったところでしょうか。一方で今回の場合は、あのニョグタの落し子は明らかに敵対的であったことなどが原因でしょう》
……そっかぁ。
心地良く感じる程度であればいいなぁ、なんて思わずにはいられないね。
心酔とか崇拝とか勘弁してよ。
あ、じゃあもしかして、僕が領域を支配していった今回の『魔王ダンジョン』内も、特に交流のないヤンさん達とか、まだ信頼関係がある訳じゃない大重さんたちは、少なからず違和感を覚えていたりもしたってこと?
《そうですね。実際、ヤンという人間種の部隊の数名は顔色が悪かったので。敵意を抱いていたか、あるいは嫉妬か。いずれにせよ、そのような者たちは颯の領域支配に苦しんでいましたね》
……うん、まあなんだ、ごめんね。
生きてるだけマシって思って諦めてね!
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