帰宅
「ただいま」
「おかえりなさい、颯。……ずいぶんとお疲れのようですね」
「あぁ、うん……リーナがね」
秘密基地こと僕の領域――という名のラトが操作、調整中――。
洋風のお城を思わせるその建物内でも、僕やラト、それにニグ様、ヨグ様といった〝外なる神〟のプライベートスペース。
部屋に入ってきた僕を見て、波打つ黒髪の女性型肉体端末を通して声をかけてきたニグ様は、こちらの答えを聞いて、どこか可哀想なものを見るような目をしてから僕の答えに苦笑を浮かべた。
だいぶ人間らしい振る舞いが上手くなってきたよね。
以前まではちょっと表情に違和感あったけど、今は自然だもの。
「あの個体ですか」
「個体……」
「何か?」
「いや、なんでもないよ」
うーん、惜しいね。
いきなり一人の人間を個体扱いするなんていう上位存在感というか思想というか、そういう強めな感じがなければ人間らしいって素直に思えたのに。
そういうとこあるよね、ニグ様たちって。
まあいいけど。
「今回、ヴィムだけを連れて行ったから拗ねちゃってね。帰ってきて早々、今さっきまで模擬戦というかリーナの大鎌訓練に付き合わされてたんだよ」
「あぁ、なるほど。ずいぶんと懐いているのですね」
「うん、そうだね。まあそれはいいんだけどね。彼女たちの境遇とか、領域の事とか色々と知っちゃうと、素直に甘えたりできる相手なんていなかっただろうから、悪いことじゃないし」
ニグ様から聞かされた領域支配とその影響。
その話については帰りの支度や飛行機の中でもニグ様から聞いている。
僕に対して友好的、あるいは狂信――げふん、崇拝しちゃうような者ならば居心地が良くなる一方で、敵対的であったり、あるいは僕が支配を強めた場合、僕と直接的な関わり合いがなければ順応できない。
存在が消失するという未知の恐怖に弱っていき、最終的には弱りきった結果廃人となるのか、或いは圧倒的な存在に触れてしまった結果狂信的に、あるいは盲目的に崇拝するようになったりするのだとか。
……なんとなく後者については「あ、なるほど」って納得しちゃったよね。
まあそれはともかく、だ。
ウチの秘密結社メンバーたちは、僕に少なからず感謝していて、敬愛、あるいは親愛を向けてきてくれているのは分かる。
実際、みんな『キメラ計画』の被害者であった訳だし、そんな地獄から救ってくれた僕に対して恩義を感じてくれているからこそ、信頼というか、まあ素直に頼れるっていう認識なんだろうね。
ヴィムについては言わずもがな、リーナは僕を兄として慕っていて、エリカは何故か僕を父だとか言い張る始末。クリスティーナも僕に対しては敬愛すべき御方みたいなことを言っているし、ドラクも僕の強さを尊敬してくれている。
分かりにくいタイプはジンとハワードだけれど、ジンはそもそも「捕食対象にしない」という時点でそういう扱いなのだ。食欲旺盛だからね。
ハワードについても、彼はどうやら執事のような存在に憧れているらしく、仕える主を僕と定めてくれているらしいからね。
もっとも、実は僕が攻め込んだ時に恐怖して逃げた被験者もいたんだけどね。
その後どうなったのかは知らないけど。
だからみんなについては特に問題ない。
まだまだ『キメラ計画』の被験者がいたら保護するつもりだ。
できれば10人欲しい。
なんか10人の最強のメンバーがいる組織とかカッコイイ。
別に他に意味はない。
「そういえば、ニグ様。ラトは?」
「何やら「面白い人材を見つけたからちょっと接触してくる」と言って出ていきましたね」
「……そっかぁ」
ラトにとって面白い人材、ねぇ……。
なんていうか、めちゃくちゃ癖が強かったりとか個性が強すぎるような存在だったりしない? 大丈夫そう?
「その人材とやらをどうするつもりなのかとか、何か聞いてる?」
「いえ、特には。まあ彼女は人間種が好きですからね、色々な意味で。どのように扱うのかは任せておけば良いかと」
「あー……、うん、そうだね」
僕は何も聞いてない。
いちいち気にしてもしょうがないし、そういう事にしておこう。
ラトが何かしていても、うん、いいんじゃないかな。
「ところで、さっきからヨグ様は何してるの?」
ソファーに腰掛けているニグ様の隣、さっきからみょんみょんと半透明の緑色の粘液のようなスライムっぽいものをこねくり回して、ああでもないこうでもないといった感じに形成しては作り直して、というような事をやっているヨグ様。
無表情な肉体端末を使う彼女――いや、無性体だけど――は、珍しく僕に対して何かをしてくるでもなく、ひたすらに粘液を操っている。
そんな彼女にちらりと目を向けてから、ニグ様は再び苦笑を浮かべた。
「何やら作りたいものがあるようなのですが、それがなかなか上手くいかないようですね」
「へえ、そうなんだ。なんでもできそうな印象があったから、ちょっと意外かも」
「なんでも、というものではありませんよ。まして、今回作ろうとしているものは人間種基準となるもののようなので。颯に分かりやすく言うと、人間種がお米の一粒が崩れない程度に保ったまま、表面部分に精巧なこのお城の外観を彫刻するようなものでしょうか」
「めちゃくちゃハードル高いじゃん」
思ってた以上の難易度だった。
そんなのやれって言われたら最初は挑戦するかもだけど、途中でやらかしてから「んあぁぁっ!」ってなってモノ投げたり台パンするよ、絶対。
「肉体端末を扱う時点で精巧な調整が必要ですからね。でないと私たちがこの場にいるだけで、あなたのお仲間たちが一瞬で膨張して破裂してしまいますし。ヨグもこの端末は表情が動かないので分かりにくいですが、さっきから苛立って余波が漏れてますので、私がこうして隣で抑え込んでいます」
「ホントありがとう、ニグ様」
「いえ、まあ、ヨグのこういうのは割といつもの事と言いますか……」
何それすっごい迷惑そう。
そしてヨグ様も話は聞いていたのか、手元のこねこねを引き伸ばして「よしっ」みたいな顔文字出して、ニグ様が振り返ろうとした瞬間に消すっていう器用な真似してるし。
ニグ様が一瞬きょとんとして首を傾げてからこっちに目線戻しちゃったんだけど、僕が笑ったらダメなヤツじゃん、これ。
「えーと、ヨグ様が作ろうとしているものが何かはニグ様も聞いてないの?」
「新ダンジョンに関係するものではあるみたいですね。現在のダンジョンのように、上層、中層、下層、深層、奈落、深淵というのは、それぞれの『
「うん、そうだね。あっちは5階層毎にフロアボスを討伐って感じにするから」
現在のダンジョンは、それぞれの層によって広さがまばらだ。
分かりやすく距離換算すると、上層だけなら直線距離5キロあって、中層では7キロ、下層では6キロ、みたいな感じでバラバラに長さや広さ、それに階段を含めたゲートの移動回数なんかが一律じゃないから、割と分かりにくいんだよね。
要するに、人間に分かりやすいシステムとかそういうものが色々と足りてなさすぎるというか。
新ダンジョンは、そういうシステムではなくて明確にしている。
1階層毎に階段があって、その階段を進んでいくと空間が切り替わるような形に統一されていて、さらに5階層毎にフロアボスがいる。
さらにフロアボスの宝箱の中身も5パターンあって、宝石、素材、防具、武器、魔道具とグレードが上がって実装されるから、「◯◯が欲しいから周回する!」みたいなものもできるようにと、とことんゲーム仕様を盛り込んでいる。
「どうやら、そのシステムを聞いたりゲームをしている内に何かを思いついたようで、その構築中の光景がこれです」
「これかぁ……」
僕には、幼女が無表情で、けれど素早く両手を動かして半透明の緑色のスライム状の何かをこねくり回して、たまにちらりと僕を見て顔文字を表示させて遊んでいるようにしか見えないんだけど。
そう思っていたら、ヨグ様がぴたりと動きを一瞬止めてからニグ様に顔を向けた。
「……そのまま伝えればいいのですね?」
ニグ様がヨグ様に何かを確認するように問いかけると、ヨグ様がこくりと頷く。
これはあれだ、ヨグ様が思念伝達というか、そういう方法で僕の知らない言語を使って言葉を送ったってことかな。
ヨグ様が人間の言語を使うのが苦手だというのは、僕もなんとなく察している。
というのも、以前から何度か話しかけられたというか声をかけられたことがあるけれど、その言葉がたどたどしいというか、明らかに慣れていない様子だった。
ラトから聞いたところによると、ニグ様やヨグ様、それにラトが思念で会話をする場合、僕らの感覚で言うところ、一つの単語の中に大量の文面を圧縮したような言語を操るらしい。
だから、人間の言葉を使った表現というものが難しいそうだ。
あれだね、犬猫の一つの鳴き声に色々な意味が入ってるとかいうあれ。
もしくは、ニグ様やヨグ様の言語とやらがアメリカ人のビジネスメール並のシンプルさなのに、人間の言葉は日本のビジネスメール本文みたいに、9割が無駄な挨拶と装飾で、本質が1割みたいな感じなのかな。知らんけど。
「颯。ヨグが言うには、『クリア、転送、ゲート』だそうです」
「おぉ!? つまり5階層毎にクリアしたところまで入口から飛べる謎ポータルの実装準備をしてくれてるってことだね!」
「……そうみたいですね。……よく通じましたね……」
こくこくと頷くヨグ様が、ドヤァとした顔文字を出していた。
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