思惑




 白銀の少年が去ってから、4人は上野を通して『大自然の雫』の丹波へと状況を報告し、現場待機となった。


 とは言え、襲撃があったのは事実だ。

 今もまだ残党が潜んでいる可能性もあるため、『大自然の雫』の後続部隊が到着する前にと、研究所内の見回りを行いながら情報交換を行う。


 内容は主に、御神の知る過去について、である。



「――さっきの子が、『ダンジョンの魔王』と全く同じ顔をしていた。だから、みかみんはあの質問をした、ということ?」


「はい、そうなります」



 昨年、学校で起こった一件。

 あの『ダンジョンの魔王』が、一生徒に成りすまして学校生活をしていたこと。

 そしてそれに気が付いてしまった自分が、当時の担任の教師であった水都に情報を託し、結果として追い出すに至ったという事など。

 長嶺はもちろん、木下、藤間にとっても寝耳に水とも言えるような情報を、御神は淡々と語った。


 そうして今日、この場で出会った白銀の少年。

 彼が、『ダンジョンの魔王』が利用していたという少年と同じ顔をしていた事に疑問を感じ、その顔が本物なのかと訊ねた、というあらましを語ったところであった。



「……おいおい。『ダンジョンの魔王』とか、マジかよ」


「これまた、シャレにならないもんが飛び出してきたね~……」



 木下、それに藤間もまた『ダンジョンの魔王』という存在の異常さ、そして圧倒的な力というものはよくよく理解しているつもりだ。


 配信で映ったシーンはどれも大した長さではないが、ただそれだけでも分かる程の絶大な力の持ち主。

 そして何より、虚空から鎖が現れて多くの者を引きずっていったという現代の神隠し事件とも呼ばれているあの一件を起こしたのもまた『ダンジョンの魔王』であろう事は、誰もが理解している。

 現状、戦う理由もないのであれば戦いを避けたい相手である。


 そんな存在と同じ顔をした少年。

 そう言われるだけで、どう考えても厄ネタ・・・であることは間違いないだろう、と木下も藤間も想像がついた。



「そんな存在に渡されたUSBメモリ。もしかしたら、信じて見ている世界が壊れるかもしれない。がらりと物事に対する考え方が変わるかもしれないけれど、真相はそこにあるとまで言われた代物……」


「どうするべきでしょうか……」


「うん、私もそれを考えていた。然るべきところに提出してしまって、あとは知らんぷり、というのも別に悪くはないと思う。でも……――」


「は? いやいやいや、見るに決まってんだろ?」


「――……こういう考えもあるのは確かだし、私も本音を言えば気になっている。みかみんはどう?」


「……私は、知りたいです。あんな風に言われて、でも、だからこそ真相を知りたいと思います」


「うん、そうだと思った」


「……あれ? ねぇ、副隊長? 俺は? 俺には聞いてくれないの?」


「うるさい」


「ねぇ、ひどくない? それってイジメだからね?」


「どうせ藤間も見たいと思ってるタイプ」


「いや、それはそうだけどさ~……?」



 藤間への対応はともかくとして、今のところ、4人が4人とも手渡されたUSBメモリの内容が気になっている様子であった。


 とは言え、現在はまずは任務が最優先である。


 一旦この話は結論を棚上げにする形で、『大自然の雫』と、そして同行してこちらへとやって来るという水都を待つ事にしたのであった。






「――――『ダンジョンの魔王』と全く同じ顔をした、白銀の髪の少年、ですか」



 上野を経由して報告を受けた『大自然の雫』のクランメンバーたちの動きは早かった。

 周囲の厳戒体制、掃討作戦を開始すると共に、丹波ら中心メンバーは現地となる研究所へと即座に移動を開始。

 その後、ダンジョン庁から派遣されている長嶺らと合流して内部の調査、及び残党がいないかを他のメンバーらに確認させながら、この場所で何があったのかの事の顛末を聞いていた。


 そうして聞かされた内容の数々に対し、丹波が深く考え込むように呟いた姿を見て、水都が眉をぴくりと動かした。



「……丹波。どうやらあまり驚いていないようだが、何か知っているのか?」


「……そうですね。こうなった以上、誤魔化しても仕方ありませんか。実は以前、その少年と思しき人物と遭遇した事があります」


「なんだと?」


「緘口令も敷かれていないので答えますが、実は昨年の夏頃、探索者ギルドからの要請で東京、神奈川の特区に人員を派遣し、『ダンジョンの魔王』を探索する事になったのです」


「探索者ギルドから、だと? しかもよりにもよって『ダンジョンの魔王』探しを?」



 本来、探索者ギルドがギルドとして依頼を出すとすれば、ダンジョンの『魔物氾濫』対策か、あるいはダンジョン内資源の確保といったところか。

 それに加えて、せいぜいダンジョン内で事故に巻き込まれた可能性の高い探索者の対策といったところだろう。

 だと言うのに、わざわざクランに対して捜索を依頼するなど、水都も聞いた事はなかった。


 怪訝な表情を浮かべる水都に対し、丹波が小さく左右に頭を振って続けた。



「さすがに私たちも目的については詳しく聞かせてもらえませんでした。一応、名目上は交渉を行うテーブルにつきたい、という事でしたが、本音はどうか分かりません。――ともあれ、私は部下を連れて第4特区内にある、放棄されたビジネス街の一角を捜索していたのですが、そこで偶然遭遇したのが、白銀の髪で『ダンジョンの魔王』と全く同じ顔をした少年でした」


「……そういえば、おまえは『ダンジョンの魔王』の顔を直接見ていたんだったな」


「はい。我々のホームとも言える東京第1ダンジョンでの騒動の際、私も突入部隊として同行していました。だからこそ、『ダンジョンの魔王』と同じ顔をしている事に気が付いたのです。しかし、その際の会話から奇妙な話を聞いたため、我々のクラン内、それも一部の人間のみが知る情報として秘匿していました」


「ほう、奇妙な話とは?」


「……正直、それに答えるのは躊躇われます。まだ可能性の話に過ぎません。ですが、その可能性が日に日に確実なものに変わりつつある、そんな状況です。あなた方に言えば、必然的にあなた方を巻き込みかねません」


「ふむ……」



 丹波の言葉を聞いて、水都は逡巡した様子で顎に手を当てた。


 現状、水都はダンジョン庁という省庁の直轄部隊を預かる立場にある。

 そんな立場にある人間には言いにくい内容だと告げる丹波の言葉から察するに、自分たちにとってもかなり大きな問題になりかねないリスクを孕んでいることが窺える。


 自分一人ならば、それでも構わない。

 だが、部隊を預かる立場である以上、簡単に判断を下す訳にはいかなかった。


 ――ならば聞かずにいるべきか。

 そう判断した水都が言葉を選んでいるその横から、沈黙を貫いていた長嶺が口を開いた。



「隊長」


「なんだ?」


「私たちも色々考えたけれど、やっぱりこの件は知っておくべき。私たちが今日ここに来た時点で、すでに当事者としてカウントされている可能性が高い」


「なんだと?」


「さっきも言った通り、白銀の少年は今日ここに『大自然の雫』が来るという情報が漏れていたと言った。つまり私たちの関与についてもすでに情報が流れているはず。こんな状況で敵を知らずにいては、背中を刺されるかもしれない」


「……なるほどな」



 長嶺の言葉ももっともであった。

 そもそもこのような調査を行うという情報は、表に出すようなものではない。

 となると、敵は『大自然の雫』か、あるいはダンジョン庁内に潜んでおり、その情報を故意に流したという可能性もある。


 誰が、何のために、どこの組織に与しているのかも判らない現状で、知らないままいるというのは得策ではない。


 であれば、いっそ踏み込んで事情や背景について知識があった方が、その目的の推測も含め、自衛も、対策も手段を講じやすくなるというのは紛れもない事実であった。



「それに、コレ・・があれば私たちも切り札を得られる」


「ん? なんだ、それ……――ッ、それは……」


「隊長に渡しておく。いざという時に使って」



 そう言いながら長嶺が見せたのは、つい先程効果のほどを試させてもらった最高級の回復魔法薬ポーションであった。

 そんな代物を見せておきながらも、長嶺は特に表情を変えることもなく、丹波へと顔を向け、御神から預かったUSBメモリを手に持ってみせた。



「クラン『大自然の雫』。あなたたちにも選んでほしい。私たちと共に深い場所に踏み入れるか、それとも、情報を私たちに渡して、全てを忘れるのかを」






◆ ◆ ◆






「――あら、おかえりなさい」


「あれ、ラト。まだいたんだね」



 この一年近くをかけて動き続けてきて以来、表に出ていなかった僕ら。

 そんな僕の白勇者風ムーブの完全版のお披露目を終えて戻ったところで、相変わらず過激……というか、過剰なお色気を振り撒いたラトがドレス姿で椅子に腰掛け、ワイングラスにワインを入れた状態でこちらに声をかけてきた。



「ふふ、あなたのお披露目だったんだもの。それで? その顔を見る限り、台本まで作ってしっかり準備した成果はあったみたいね?」


「うん、バッチリだったよ」



 ふ、ふふふ……。


 僕は今日、ついに『なんかミステリアスでクソ強いし、見た目の割にやたらと達観していて年齢不詳な、どこか人を食ったような謎のショタキャラ』枠という憧れの役のために生み出した白勇者風ムーブをお披露目し、成功を収めて帰ってきたのだ……!


 謎の組織、そして部下!

 圧倒的な強さを持った部下を連れて現れた、謎のショタ!

 そんな謎のショタから齎された情報の数々!


 あれだけ「見たら引き戻せなくなる」とか「真実はそこにある」みたいな、いかにも何かあるんだぞと煽り散らかしてきた。

 当然、彼女たちは与えられた情報、そして僕という『ダンジョンの魔王』と全く同じ顔をした存在の紡いだ言葉を無視できるはずはないだろう。


 本当にパーフェクトだったね!

 僕の中のミステリアスショタムーブ欲がちょっと潤った気分だ!


 ……いや、まあ、うん。

 なんで御神さんがいるんだろ、って思ったけどね?


 さすがに僕もビックリだったよ、顔には出さなかったけど。

 だって、ラトからは『大自然の雫』のメンバーとダンジョン庁の調査部隊がいる、としか聞いてなかったもの。


 僕の台本に彼女の存在はなかった。

 とりあえずそういう相手は相手にしないに越したことはない。


 僕は学んだんだ、あの変態さんやらイキり男性さんで。

 余計な事を言うと大変だから、台本通りに進めよう、ってね。



「それで、例のファイルが入ったUSBメモリは置いてきたの?」


「うん、というか投げ渡した」


「……そう。ま、その程度なら問題ないわ。さて、面白いことになりそうね」



 僕はあんまり詳しくないけれど、ラトが言うには、あのUSBメモリには『キメラ計画の研究結果と、特殊型クローン計画の進捗状況報告』という、元々の資料をベースに虚構を織り交ぜたものが入っているらしい。


 実のところ、さっきまで僕もいたあの研究所は、もともと『キメラ計画』を行っていた研究所だ。本当にあそこにいた人間諸君については、確か昨年の冬ぐらいに僕が乗り込んで制圧した。


 そうやって僕らはこの1年近くで、あちこちの研究所を急襲し、本当の『キメラ計画』の実験体を救出してきた。

 リーナやヴィム、それに他のメンバーたちはそうやって僕が救い出してきた面々だったりする。


 一方、僕がそうやって動いた場所で、ラトが研究員たちを次々と洗脳して証言を吐き出させ、関係している人間を次々と洗い出してまた洗脳、その裏側にいる政治家を発見。

 そうして、ラトがその政治家に分身体で接触し、一部のみ洗脳をして現在も手のひらの上でころころと転がしている。


 そこからすでに『キメラ計画』が関与した研究所も、その類似施設も全て網羅してあり、とっくにデータはラトの手で全て破壊済みだ。

 その上、パソコンなんかも物理的に破壊していて、頑張ったとしても僕が投げ渡したUSBメモリをわざとクラッシュさせたようなデータだけがサルベージできるよう調整されている。


 僕、そういうの詳しくないけど、なんかいい感じってことだね。

 知らんけど。


 ともあれ、そんないい感じのおかげで、あそこ以外のどこの研究所であっても、似たようなデータが手に入るようになっている。

 虫食い状態のデータだけが拾えて、朧気に『キメラ計画』の進化系の計画、クローンの存在、そして探索者ギルドというワードが浮かび上がってくるように仕込まれているのだそうだ。


 そこに、僕が投げ渡したUSBメモリだ。


 実はあれ、僕があの研究所に置きに行ってたんだけどね。

 どうせ向こうが拾うんだし、意味深な感じで渡しちゃえ、って思って渡しちゃったんだけど、まあ問題になるようなものでもないでしょ、多分。


 あれには研究所側だけでは絶対に手に入らない、虫食い状態のデータの隠れた部分がしっかりと記載されているほぼ完璧なデータが残っている。

 さすがに完全に全てが明瞭に記載されたデータにはなっていないみたいだけれど、各研究所で虫食い状態のデータを調べた人間ならば、それらを繋ぎ合わせることで〝答え〟に辿り着くようになっている。


 そう、間違っていて、仕組まれている〝答え〟に辿り着くように。


 存在しない計画。

 それに探索者ギルドが全面協力していたこと。

 そして、探索者ギルドが探索者の情報を売り渡していた、という架空の証拠が出てくるのである。


 ラト曰く、『単純に記載された情報を目の当たりにするよりも、隠されていたものを暴いた時、人間は「真相を探り当てた」という思い込みに後押しされ、それこそが正しいものであるという思い込みを強める』のだそうだ。


 なかなかに悪辣というか。

 まあ僕もそれを利用してミステリアスムーブをする訳だし、微塵も同情したりはしないけどね。



「それより、颯。向こう・・・はどうなの?」


「ん? あー、そろそろ粛清対象・・・・にするってニグ様が言ってたよ」


「あら、やっぱりそうなったのね。愚かね、せっかく【魔王】になったというのに」


「ほら、今度増えるから別にいいと思うよ」



 僕らが話しているのは、最初に召喚した【魔王】たちに関する話題だった。


 位階Ⅹというところに上り詰めた人たちは、いわばかなり自分勝手とも言えるようなタイプの者たちが多い。

 自分がやりたい事をやって、周りと歩調なんて合わせようともしない。

 だから、自分だけが突出して強くなるなんてなんとも思わないような人間種ばっかり、とでも言うべきかな。


 かく言う僕とてその類だ。

 周りなんて一切気にしてないし、気にしたこともない。

 自分の目的のためだけに邁進してきて、自分の目的のためだけに強くなった。


 ともあれ、そんなタイプだからこそ、なんというかやりすぎてしまう・・・・・・・・のだ。


 実際、この日本という小さな島国は世界的に見てもまだ平和だ。

 良くも悪くも陸続きで他国と繋がっている訳でもないので、難民だとかもそうそうやってこないし、大国と違って治安が悪化していても、この国特有の対岸の火事根性はなかなか払拭できるものではない。


 それに比べて、【魔王】がいる国は悲惨なものだ。


 特に今回、ニグ様やヨグ様と話したところの〝粛清対象〟となっている【魔王】は、ニグ様の堪忍袋の緒が切れそうなぐらいに酷い。



「己の力をひけらかし、ダンジョンを放置して外に出てきて女性を攫ったのが始まりね。その女性のスマホにインストールしていた『D-LIVE』を使って、『魔物氾濫』を止めてほしければ女を寄越せ、なんてほざいたんだったかしらね」


「うん、そうだね。【魔王】になった自分は何をしても許される、みたいに勘違いしたみたいだ」



 別にニグ様的に、人間種がどうなろうと関係ない、というのは確かだ。

 でも、それは【魔王】という役目・・から外れている。



「――久しぶりだね。『ダンジョンの魔王』ムーブは」






◆――――おまけ――――◆


ヨグ「(๑•̀ㅁ•́๑)✧」

ニグ「ヨグ、見ていたのですね。準備は完了したのですか?」

ヨグ「٩(ˊᗜˋ*)و」

ニグ「あ、もう終わったんですね。……ちなみに、声帯作りました?」

ヨグ「( `・×・´ )」

ニグ「…………」

ヨグ「……(´・×・`)?」

ニグ「…………え、それでどうコミュニケーションを?」

ヨグ「(๑•̀ㅁ•́๑)」

ニグ「え? は????」



 あ、ちなみにキャッチコピーとあらすじ変えました(๑•̀ㅂ•́)و✧





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る