一縷の望み




 予定通りとはいかなかったものの、東京第1特区内にあった用途不明施設の調査を終了した、水都ら第4特別対策部隊所属の者たち。

 御神にとっては配属後初めての任務達成となったが、彼女たちの表情は、ひと仕事終えた開放感や達成感というものが一切感じられていないような、苦く、重苦しいものであった。


 あの後、丹波は一度大重に電話を入れて確認した上で、今後の協力を約束することになった。

 そして同時に、彼女はこれまでに『大自然の雫』と、クランマスターである大重を介して秘密裏に協力関係を構築したクランと共に集めた情報を共有した。


 そうして語られたのが、『ダンジョンの魔王』という存在の正体に関する推察と、通称『キメラ計画』の全容と探索者ギルドの関与が疑わしく、事実としてここ最近で見つかった研究所でも、破損してはいるもののそれらしい事が窺えるデータが見つかっているという情報であった。


 国内の権力者だけではなく、世界的にパイプを有する探索者ギルド。

 その関与の可能性がある以上、無用な混乱を招きかねないため外に情報を出すべきではないと判断した丹波が、クランマスターである大重に相談し、秘匿するという方針を決定していたこと。


 本日の調査対象施設もまたその施設と思われる可能性が高い、と丹波は告げた。


 結果として、丹波の推測は正しかった。

 丹波ら『大自然の雫』の面々と共に水都、そして長嶺らが確認したところ、確かに通称『キメラ計画』についての情報がそこには記載されていたのである。



「――例のUSBの確認は明日、『大自然の雫』のクランマスターである大重氏と丹波氏の二人が到着後に確認する。今日は色々あって、お世辞にも御神の歓迎会と初任務の達成で打ち上げでも、と思ったが、それをできる空気ではないな。……まあ、ゆっくり休め」



 ダンジョン庁へと戻った水都が告げる言葉に、それぞれが帰路につく。

 御神もまた、今回の配属に伴って居を移した先である職員宿舎に向かって歩き出そうとしたところで、ポンと肩を叩かれて振り返る。


 そこには長嶺ともう一人、オペレーターの上野の姿があった。



「副隊長、それに上野さん。お疲れさまでした」


「ん、おつかれ。あと私は長嶺、もしくは楓でいいよ」


「御神さんもお疲れさま。あ、私は凪沙でいいのよ? あ、楓ちゃんみたいになぎっちでもいいかも」



 長嶺は相変わらずの調子で。そして上野はオンとオフを切り替えるタイプであるのか、ずいぶんと気楽な様子でにこやかに声をかけてくる。

 そんな二人の態度に少々困惑してしまい、御神は回答に詰まった。



「えっと……すみません。まだ慣れていないので、長嶺さん、上野さんでお願いします」


「うん、別にいい」


「あら、残念。もっと仲良くしたかったのに」


「すみません。その、あだ名というか、そういうフランクな呼び方をして交流するという経験がなかったもので……」


「あ……」



 地雷を踏むような話題だった、とでも言わんばかりに声を漏らした上野であったが、そんな上野の反応と御神の回答を聞いて、長嶺が大袈裟に肩をすくめてみせた。



「なぎっち、勘違いしてる」


「え?」


「それは単にみかみんが孤高系ぼっちだっただけ。気にするようなものじゃない」


「えっ!?」


「な……っ!?」


「特区であっても、友達作りをする人間はいっぱいいる。でも、実力主義の世界ではあるから、腕が立つと必然的に高嶺の花みたいに扱われるだけ。みかみんは、そういう扱いをされても気にしていなかった、ただのぼっちの可能性が圧倒的に高い」


「……あの、その言い方はちょっとどうなのかしら……?」


「しょうがない。かく言う私もぼっちだった。だから大丈夫」


「えっと、大丈夫と言われても……。フォローになっていませんけど……」



 長嶺によって自分の肩を叩かれ、さらには頷いて、少しだけ優しい目を向けられる形となった御神がそう答えれば、長嶺は少しばかり目を丸くして小首を傾げた。



「……おかしい、ここは喜ぶところだよ? 私という同志がいれば、みかみんもぼっち卒業なんだから」


「…………えぇと、まあ、ありがとうございます……」


「うんうん」


「……なんていうか、一種のひどいパワハラを見ている気分ね……」



 諦めた御神と満足げに頷く長嶺、そんな二人のやり取りを見て上野がそんな風に思えてしまうのも、無理はなかった。

 もっとも、特区にセクハラだのパワハラだのという概念はあまり浸透していないため、御神にはいまいち判然としない表現ではあったが。



「それより、みかみんも宿舎?」


「はい。一昨日からこちらの宿舎にお世話になっています」


「ん、そっか。じゃあ私たちと一緒」


「ふふ、そうね。もっとも、私とは別棟になるけど」


「仕方ない。特区出身と、外出身。価値観にどうしても違いが多すぎる。オペレーターのなぎっちは色々理解してくれているけれど、他はそうはいかない」



 特区出身者と、特区外出身者は分けて生活をする。

 どちらかと言えばこれは特区外出身者のための措置であり、精神衛生上、重要となる対応と言えた。


 何せ特区出身者は法に対する意識や倫理観において、知識こそあっても根付いているものとは到底言えない程度には薄い。

 外で働く以上、〝特区外活動免許〟レベルの知識――つまり、最低限の人としての法や倫理観といったものを頭では理解できていたとしても、それを常に実践できるかと言われると、どうしても不安が残る。


 特にプライベートな生活空間ともなると、その箍は外れやすいものだ。


 言い合いはともかく、殴り合い、場合によっては殺傷能力の高い攻撃すらも平気で行えてしまう存在。

 一般人にとっての武器である拳銃すら効かないような者たちがいる中で、一般人が落ち着いて生活し、時に降りかかる火の粉から自衛もできるかと言われれば、不可能であった。



「特区出身者側の宿舎は、食堂がない。ルームサービスになってる」


「羨ましいのよね、それ……」


「しょうがない。知らない者同士で喧嘩して備品が破壊されたら余計にお金かかるから」


「急に羨ましくなくなったわね……。むしろルームサービスにするから部屋から出ないでほしいかも」



 備品が破壊されると聞いて、御神もまた納得する。

 要するに取っ組み合いの喧嘩になってしまったり、一撃で吹き飛ばしてしまったりというところが容易に想像できた。


 机や椅子、コップといったものは安価なものにすれば良いかもしれないが、窓ガラスや床、天井、壁に罅が入るような激しい戦いとなったり、ヒートアップした結果長引こうものなら、その被害総額は凄まじいことになるだろう。


 実際、養成校でもそのような傾向はあった。

 生徒同士、しかも精神的に成熟しているとは言い難い年齢の彼ら彼女らの沸点は低く、ちょっとした喧嘩が妙に大きな規模に発展してしまう事もあった。


 結果として、借金を上乗せされるか、次の日から見かけなくなるなんてこともない訳ではなかったが。


 余談ではあるが、実際に昔は食堂を設けて対応していたことがあったのだが、騒動が騒動を呼んであちこちに飛び火し、建物そのものを修繕しなくてはならなくなった、という逸話もあったりする。

 そんな実績がある以上、リスクを下げてルームサービスを提供する人件費を払っている方が、総合的に見ても安く済むのは間違いなかった。


 しばしそのような他愛のない話を続けていたが、やはり3人とも、今日の調査で聞いた様々な話が頭の中に残っていて離れてはくれなかった。

 話題が切り替わるタイミングで、それぞれに思考の波に呑まれるかのようにぴたりと会話が止まった。



「……長嶺さん」


「うん?」


「もしも探索者ギルドが本当に例の計画に関与していたとしたら、どうなるんですか?」


「正直に言うと、正面からじゃどうしようもない」


「え……?」



 端的に、あっさりと返ってきたその言葉。

 ダンジョン庁という存在ならば何かしらの行動を起こすのではないかと考えていただけに、想定外の言葉が返ってきたことに御神は目を瞠った。


 そんな御神の視線を受けながらも足を止めず、長嶺は前を向いたまま続ける。



「探索者ギルドは国営事業とは違う。もしも国との関係が拗れれば、向こうはこの国から撤退する。そういう選択ができてしまう組織。そうなってしまうと、一般探索者たちは生活できなくなって路頭に迷うかもしれない。それだけならともかく、場合によっては魔力犯罪者に成り下がってしまう可能性もある。今の状況でそれは看過できない。だから、表立って強く言及するという選択は難しい」


「……楓ちゃんの言う通りね。まして、今の状況で探索者ギルドがこの国から手を引いて、そこに【魔王】が出てきたりしたらということを考えると、国としても探索者側の味方とも言える探索者ギルドがなくなる状態は作りたくないはず」


「うん。だから、今私たちが声をあげても……」



 ――きっと国側がその声を握り潰すだろう。

 場所が場所だけに明確に言語化はしなかったが、そう言わんとしていることは上野、そして御神にも理解できた。



「だから、私たちが動くとしたら、確たる証拠を挙げて関係者だけを責めるという方針で動くしかない。そのためには探索者ギルド側にも協力を要請する必要があるかもしれないけど……」


「……正直に言えば、現状では誰が敵で誰が味方かも判らない。こんな状態で協力を要請するのは、難しいわね。下手に漏れれば、逆に手を回されて私たちが追い込まれる可能性もあるもの」


「そんな……」


「ただ、私たちにはあのUSBメモリがある。丹波さんからの情報通りなら、『ダンジョンの魔王』の関係者とも言える、あの少年がわざわざ渡したもの。彼は何かを掴んでいる様子だった。となると、きっとあれには『大自然の雫』と、大重氏の繋がりから秘密裏に協力してくれているという各クランでも手に入れていない情報もあるはず」



 せめてもの糸口となってくれれば。

 そんな想いを胸に抱きながら、それ以降の会話はなく3人は宿舎へと戻って行ったのであった。






 ――――明けて翌日。


 ダンジョン庁、魔力犯罪対策課。

 御神が所属する第4特別対策部隊用に割り当てられているブリーフィングルーム。

 その場所には第4特別対策部隊の面々以外にも、『大自然の雫』の大重、そして丹波の姿があった。



「こちらの第4特別対策部隊を預かっている水都と申します。大重さん、ですね」


「『大自然の雫』クランマスターの大重です。本日はよろしくお願いします」


「こちらこそ、よろしくお願いします」


「いえ、内容が内容ですからね。こちらもダンジョン庁の部隊と繋がれるのは心強いです」


「ご期待に沿えられるほどの権限はありませんが……」



 水都と握手をしながら朗らかに応じてみせる『大自然の雫』クランマスター、大重。

 さすがに『日本最強』と名高い大重を相手するとなると、水都も僅かに緊張していたが、何より傍若無人といった態度を日頃から貫いている木下がガチガチに緊張しており、その姿に緊張感はすっかり薄れていた。


 そんな木下の態度に気が付いたのか、大重が木下を見てニヤリと笑ってみせた。



「ふむ、どうやら俺もまだまだ捨てたものではないらしいな」


「っ、き、木下ッス! よ、よろしくおなしあやす!」


「ハハハ、そう堅くならないでくれよ。これから俺たちは同志だ。同じ目的で一緒に動くんだ。もう少し気楽にしてくれ」


「は、はいっ!」



 嬉しげに返事をしてみせた木下の横で藤間が顔を背けて笑いを堪えており、長嶺は相変わらず無表情、上野は何やら微笑ましげな表情を浮かべていて、御神は苦笑している。

 そのような光景を見ていた水都が、大重と丹波の二人を空いている席へと案内してから、室内の調光を下げてから改めて口を開いた。



「――では、これより白銀の少年より預かったファイルを表示させてもらう」



 水都の簡潔な宣言。

 そうしてノートパソコンを操作しようとした――その瞬間だった。






《――――やあやあ人間種諸君、ごきげんよう! 久しぶりだねぇ、僕だよ! みんな大好きメッセンジャーさんでーす!》







「――な……ッ!?」


《あっはははっ、驚き過ぎじゃない? あぁ、もちろんどのチャンネルも、どの番組も、今は僕のお話に切り替わっちゃってるからねー。確認してみるといいよー。今日はお話するまで5分ぐらいなら待ってあげるからねー》


「水都殿、これは……」


「はい。宣言通り、ちょうどこのタイミングで始まったようですね」



 水都がパソコンを操作してブラウザを開き、動画の投稿サイトを表示しても、表示されるのは仮面姿で燕尾服を纏った存在。

 頭頂部で左右に黒と白に分かれた髪色をした道化が、器用にも玉乗りをしながら画面の中をぐるぐると行ったり来たりしている姿であった。



《いやー、それにしても僕ってば大人気だねー! すっごい歓声だったよ! 悲鳴をあげて大はしゃぎしてくれちゃって、嬉しい限りだねー! ……え? 違う? 嬉しい悲鳴とか黄色い声じゃなくて、事件性のある悲鳴? …………ははっ、まあ一緒だね!》


「いや、何処がだよ……」


「というより、隊長。これは……」


「……あぁ。今はこれを見守る方が優先度は高いな。大重さん、よろしいですか?」


「あぁ、無論だとも。むしろ落ち着いて見られるタイミングであったのはむしろ好都合だ」




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