上位種同士の戦い方




 模擬戦、というよりも下地を完成させるための作業。

 そんな名目で始まったラトとの戦いは、始まりの一手こそ急なものであったものの、そこからは緩やかに速度をあげ、手数を増やしたものへと変わっていった。


 僕の黒翼、〝呪い〟の凝縮したそれらが周囲に数十という棘を生み出し、ありとあらゆる角度から襲わせる。


 けれど、ラトがそれらを一瞥して指を鳴らせば、彼女の影が巨大なものへと変わってこちらの足元まで伸びてきた。

 瞬間、伸びた影から生まれた棘が突き出て、串刺しにするように空に向かって次々に伸び、僕の攻撃は攻撃を全て受け止められた。


 ――って、棘がどんどん……このままこっち来るじゃん!?

 そんな事を思って、距離を詰める形に持っていこうと斜め前方に向かって足元の影から逃れ、ラトへと接近するように跳んで避ける。


 予想通り・・・・、早い。

 こちらの攻撃への反応も、その後の繋げ方も、あまりにも早すぎる。

 まるで未来が視えているかのようにさえ思えてしまうほどに、完璧で、寸分違わない正解を知っているような動き。


 でも、彼女は未来は視えていない。

 じゃなかったら、僕の反応にいちいち驚いたりはしないはずだし、僕の言葉に惑わされたりはしないはずだから。


 それはさっき確認した・・・・・・・

 クサイだのなんだのという、わざわざ騒ぎ立ててみせた僕の反応に、彼女は明らかに驚いていて、困惑していたから。


 でも、最初の一手。

 僕の攻撃がどこに来るかを読んでいたかのように、僕の攻撃が届く前に手を出して止めていた、あの一瞬の動き。


 ――何か、僕の知らない何かがある。

 そう考えて、それを試すために前へ、距離を詰める。




 でも、僕はまだまだ遅かったようで――――




「視覚に頼りすぎるのは人間種の悪い癖ね」



 ――――跳んだ先で告げられた言葉と同時に、僕に見えたのは、空中でくるりと回って長い髪とドレスが翻ったその瞬間だった。


 直後、ラトの回し蹴りが叩き込まれ、身体が地面に叩きつけられ、そのまま滑るように道路を囲むビルへとぶつかった。

 その衝撃を物語るかのように陥没したビルには蜘蛛の巣を思わせるような亀裂が入って、もうもうと砂塵を舞い上げる。


 ……やってくれる。

 というか、どうして先読みされたんだろう。


 そんな風に思考を巡らせた、次の瞬間。

 さらに追い打ちをかけるように、ラトの影が実体化した尾、あるいは触手のように空中に向かって伸び、一斉にこちらに殺到してきた。


 それらを反撃するために〝魔砲〟で撃ち抜いて、同時に肉薄。

 一瞬でラトへと肉薄し、側面から脇腹目掛けて掌底を繰り出した。


 が、それもまたラトの足元から新たに伸びた影に掴まれて、そのまま今度は反対側へと投げ飛ばされた。


 ――ははは……すごいや、これ。

 勝てそうなビジョンが視えないなんて初めてだ。



「さっきも言ったでしょう? 颯、目に頼りすぎよ。あなたと同格、あるいは格上との戦いにおいて、視覚なんて何の役にも立たないわ。空気の揺らめき、魔力の揺らぎ、気配を察する能力はあるみたいだけれど、そんなものも無駄。人間種のいる世界、物質世界の常識は捨てなさい」


「うぐ……っ、けほっ。じゃあどうすればいいってのさ?」



 背中を強く打ち付けて呼吸を整えて訊ねてみれば、戦いを一旦区切ることにしたのか、ラトの影がしゅるりと呑み込まれるように足元の影へと呑み込まれていき、こちらへと歩み寄ってきた。



「私たちの戦いは、〝領域の奪い合い〟がその本質よ。己の領域に侵入させず、相手の領域を侵食する。そうやって己の領域内に完全に取り込み、相手を支配した方が勝ち、というところね。肉体的な損傷を与える攻撃というものは、人間種にとってみれば〝相手を殺すためのもの〟だけれど、私たちにとっては〝領域の侵食を行う隙を作り、楔を打ち込むためのもの〟でしかないわ」


「んん……?」



 相手を殺すためじゃなくて、領域の侵食?

 なんかさっぱりなんだけど。


 そんな風に思って首を傾げると、ラトがそれを察したらしく改めて続けた。

 


「私たちのこの人間種と同種の身体は、肉体端末に過ぎない・・・・・・・・・のよ? 〝肉体端末の死〟という活動の限界を迎えたからって、私たちが消える訳でも、消滅する訳でもないもの。また新しい肉体端末を作るだけよ。私も、そしてあなたもね」


「ほえー……」


「……ま、ともかく物質世界の法則に縛られている人間種程度では、私たちを害することなんてできないわ。物質世界の力をどれだけ私たちにぶつけたって、私たちの本体には届かないんだもの。だから、何も変わらないし、肉体を作り変えるだけ。まして、自分の領域の中で身体を傷つけられたって、そんなものはすぐに治せる。肉体的な損傷なんて、私たちの脅威にはならないのよ」


「なんかずるいね」


「あなたも同胞なのだから、その言葉はそっくり自分に返ってくるわよ。まあそんな話はどうでもいいとして、これを見なさいな」



 あまりの理不尽ぶりに卑怯だなぁ、なんて思ってたら、僕もそっち側だった。

 そんな事を改めて実感していると、僕の数歩ばかり先までやってきたラトが、地面を指差してから影を操って地面に切り傷を入れて四角形を二つ、横並びに描いてみせる。


 そうして足元の影を操ってゆらゆらと揺らめかせながら、片側を黒く染め上げてみせた。



「この黒い方が、私の領域。逆に、こちらの影で染まっていない方があなたの領域だとしたら、私はこうして染まっていない領域を染めきれば、あなたを完全に支配できる――つまり、私の勝ち。逆に、押し込まれてこちら側が染められてしまったら、完全に支配されて私の負け。それでようやくちゃんとした勝敗がつくのが、私たち側の戦いよ」


「なるほどー……。あ、これってもしも全部染めたら本体はどうなるの?」


「所詮は端末に過ぎないもの、私たちの完全支配や消滅には至らないわ。もっとも、数年から数百年程度は精神体が回復するのに眠り続ける事になるでしょうけれど」


「……それでも無事で済むんだね」


「とは言え、そうなる前に精神接続を切ればなんともならないわ。同胞ならばそれぐらいできて当然だし、そうなった事例がないからなんとも言えないわね。――ともかく、話を戻しましょう。こうして自分の領域を生み出してしまえば、目が見えなくても、気配なんて感じなくても、何が起きているのか、どんな事が起きるのか、〝全て分かる〟ようになるのよ」


「あ、視覚に頼るな、気配に頼るなってそういうこと?」


「そういうこと。死角なんてものを突いて攻撃しようとしたって、私にはなんの意味もないの。私の領域で起きている事なんだもの」



 んー……、その感覚がよく分からない。

 特に意識をせずとも、集中せずとも〝全て分かる〟ってなんだろう。


 たとえば、僕ら――というか今の僕は違うけど――人間でいうところの〝呼吸の方法が分かる〟という事と同じような感じってことかな?

 意識をして止める事も、深呼吸する事もできるけれど、普段は特に意識をしなくても勝手に行うようなものだし。


 ……だとしたら、なるほど、そりゃ僕の攻撃が全く届かない訳だ。


 僕がこれまで磨いてきた戦い方は、あくまでも人間の戦い方であって、魔物に通用していたレベルのものでしかない。

 死角からの攻撃に対処するには、相応の技術が必要だったし、それができなきゃダンジョンで戦い続けるなんて事もできなかった。


 けれど、この戦いではそもそも求められているものが、その前提があまりにも異なっている。



「ちなみに、あなたは最低限程度には己の領域を守れているから気付かないのだろうけれど、この領域はどんな存在も取り込み、支配しようとするわ。だから私たちの広げている領域に入ったら、自衛の手段を持たない人間種は容易く狂うのよ。目で見ずとも、その領域に入り込んだその瞬間から、否応なく私たちという存在に触れてしまう。抗う事もできずに己が消え去り、取り込まれるように支配されていく。その恐怖に本能が耐えきれず、心を喪って、やがて狂うわね」


「なるほどー……?」



 あれだね、つまり……なんかサイコロだかダイスだか回すやつ。

 失敗したら狂っちゃうとかなんとか、色々あったよね、詳しく知らんけど。



「まあそれはともかく、領域が広がっている以上、私には攻撃が届かない。攻撃が届かない以上、私に隙が生まれる事もないわね。そうなると、領域は奪えない。でも、真正面から領域を奪うだけの力は、今のあなたにはまだない。だから、あなたはまずはどうにかして私に攻撃を通して隙を作らなきゃいけない。こんな状況で、どうすれば攻撃ができると思う?」


「ん……つまり、その領域で知覚できたとしても対処できないような攻撃をして、隙ができたら領域を奪えばいい。そうやって完全に領域を奪えるまで、それの繰り返しをしていかないといけないということ、かな」


「えぇ、正解よ。種族にもよるけれど、領域がある限り肉体は不滅、なんて珍しくもないわ。だから、領域を奪って支配してやらなきゃ勝敗がつかないの。ま、他にもやりようはあるけれど、最初はそんなところね。まずは試しに自分の領域を形成して、周囲を支配するように広げてみなさい」


「……分かった」



 目を閉じて、自分の力を意識して周囲へと広げる。

 己の力を周囲に広げるっていうと、魔力ぐらいしか思い浮かばないんだけど……なんて思ってたら、即座にラトが再び口を開いた。



「違うわ。魔力を広げているだけでは意味がないのよ。もっと己の力――己自身の存在を広げる、とでも言うべきかしら。人間種の感覚で上手く表現できないけれど、そんなイメージかしらね」


「む……」



 魔力じゃなくて、自分の存在を広げる、か。

 迷っていても分からないし、ただそれだけを魔力を使わずにイメージして、目を閉じる。


 僕のイメージとしては、こう、本体の姿だ。

 あの目玉の集合体が今の僕だと仮定して、その数を増やして周囲にどんどん広がっていくような、そんなイメージを強くしてみる。


 んー……ん?

 なんだろう、目を閉じているのに〝分かる〟範囲が広がったような気がして――と同時に、僕の顔に向けて凄まじい速度で何かが迫ってきていたので、顔を横に避けて目を開ける。



「ふふ、呑み込みが早かったわね」


「……これ、避けれなかったら僕の顔に穴空いてたんじゃない?」



 僕が避けたのは、ラトの影から伸びた棘だ。

 鋭利なそれが僕の顔があった位置を見事に真っ直ぐ貫いていた。



「あなたの領域がそこまで広がっていた事は私も理解していたもの。この程度、領域内であれば分かるはずよ。そうでしょう?」


「……まあ、釈然とはしないけれど、なんとなく分かったよ」



 うん、こうして自分の領域とやらを広げてみると、分かる。

 これは確かに、どんな攻撃であっても、たとえ周りが真っ暗であっても状況が理解できるし、顔を向けていなくても正確にどこに何が来るのかが判る。



「結構。それじゃあ、今度こそ始めましょう。私は弱くあなたの領域を侵食しながら攻撃を仕掛けていくから、あなたは自分の領域を守りながら攻撃を仕掛けて、少しでも私の領域を侵食してみなさい。私のこの肉体端末に傷をつける事ができれば、この特訓はおしまい」


「……分かった。やろう」



 短くやり取りをして、とん、とん、と地面を叩くように身体を跳ねさせながら、すうっと深呼吸。


 イメージ――自分の領域を広げる。

 そして、随分と久しぶりだけれども……――本気の殺意を隠そうともしないまま、剥き出しにしてラトへと目を向けた。



「――ッ、あぁ……いいわ。ふ、ふふふ、その鋭い殺気……さあ、見せてちょうだい、あなたの本気を」



 そんな僕の目を見て、彼女は僅かに目を丸くして――直後に、何故か恍惚とした表情で何かを口にし、艷やかに舌なめずりしたのを皮切りに、魔法を発動させる。






「――【赫焉迅雷かくえんじんらい】」






 ――――その名が示す通り、赤く紅く、光り輝いた雷が僕の周囲で爆ぜる。






◆――――おまけ――――◆


ヨグ「('ω'* )!?」

ニグ「――っ、今の殺気。あれが本気の颯ですね」

ヨグ「ԅ(º﹃ºԅ)」

ニグ「それにあの魔法は確か、深淵を踏破した際に使っていた魔法――ちょっ、ヨグ!? 揺らさな……よだれ! よだれが垂れてますから! あぁっ、つくじゃないですか!? ちょ――やめなさい!?」

ヨグ「(੭ु ›ω‹ )੭ु⁾⁾」

ニグ「あぁ、もう……! 聞いてない……っ!」




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