小噺 ダンジョンの思惑




 ダンジョン庁、『魔力犯罪対策課』の東京本部から移動した先、東京第4ダンジョン。

 かつて颯が籠もり続けていたホームとも言えるようなダンジョンであるこの場所は、相変わらず閑散としている。

 ここ最近では探索者界隈にも色々あったため、どこのダンジョンも過疎化が進み、『魔物氾濫』が散発的に引き起こされることもしばしばあったりするのだが、それに比べても、という意味もあるが、配信ができないダンジョンであるという点も大きいだろう。


 ともあれ、そんな東京第4ダンジョンの下層上部では、激しい戦いが繰り広げられていた。



「――戦線を下げるぞッ! 長嶺、御神ッ! 後方の狭くなっている路地まで下がりながら殿を頼むッ!」


「ん、了解」


「木下ッ、後方に回れ! 挟撃を警戒しろッ! 藤間、足止めを優先ッ!」


「おう!」


「はいはい、分かりましたよ――っ!」



 水都の指示を聞きながらも後退していく5人。

 ダンジョン庁魔力犯罪対策課、第4特別対策部隊の面々である。


 後退しなければならないとは言え、追い込まれているという訳ではない。

 ただ、この場所の魔物はタフさを売りにしているような魔物が多く、戦いを続けていると囲まれる可能性が高い。

 長引き始め、この状況を危険だと判断した水都が、後方の幅が狭い路地へと下がることを決断し、周辺からの魔物側の増援を回避することにしたのだ。


 徐々に後退る長嶺と御神の二人を見て好機であると考えたらしい緑大鬼オーガがここぞとばかりに間合いを詰める。

 しかしその踏み出した足は、藤間が発動させた魔法によって凍った地面を踏み、ずるりと滑って体勢を崩した。


 すかさず長嶺が前に飛び出し、滑って投げ出された緑大鬼オーガの踵の腱を斬り裂くと、御神もまたその動きに追従して脹脛を深く斬りつけて完全に足止めする。


 そのままトドメを刺さずに踵を返した長嶺と御神の耳には、痛みで叫び声をあげていた緑大鬼オーガの声が、やがて断末魔の叫び声に変わった事に気がついた。


 響き渡ってくる声を聞いて、水都がぽつりと呟く。



「やはり喰われたようだな」


「みたいですね」


「想定通りだが、多少距離もある。わざわざこちらには来ないだろう。藤間の魔法、そして長嶺の判断、それに御神も咄嗟に追従できたのは良い判断だった。よくやった、3人とも」


「お、やっぱり? いやー、俺の魔法が冴え渡ったね~」


「調子乗んな、チャラ男」


「ねえ副隊長ひどくない? いきなり毒吐くじゃん。褒められたんだから、たまには俺のことだって褒めてくれても」


「あはは……。でも実際、助かりました、藤間さん」


「だっろぉ~~!? ほらほら、副隊長! 御神ちゃんを見習って!」


「うるさい」


「ア、ハイ。スマセン」



 くどくどと長嶺に絡み続けていた藤間が、水都に一蹴されて押し黙る。

 その姿を見て、「せっかく評価してもらえたのに帳消しどころかマイナスになってるような」と考えた御神であったが、それを言葉にする事はなく、気持ちを切り替えた。


 東京第4ダンジョンは、いわゆる不人気ダンジョンだ。

 先述した通り配信ができないというのも確かにあるが、それ以上に、このダンジョンは油断をすればすぐに魔物に囲まれてしまうという厄介な特性を有している。


 特にこの下層上部は、狭い道があちこちに繋がって伸びた先で広間にぶつかり、再びまた狭い道を進んで、という道が続いている。


 そのため、注意しなければならない方向も多く、同時に激しい戦闘の中で目印をつけなければ、自分たちがどこからやってきたかさえ分からなくなってしまう程度に似たような道が大量に存在している。

 さらに戦闘時に時間をかけてしまえば、繋がった小道のあちこちから音を聞きつけて魔物がやって来るのだ。


 魔物はよりにもよって耐久力と持久力に定評のある緑大鬼オーガ

 ダンジョンの構造、そして魔物と、なかなかに性格の悪い設計であると言えた。


 そんな緑大鬼オーガの断末魔の叫び声は、この下層上部にいる巨大な百足型の魔物であり、〝大百足おおむかで〟という日本の妖怪名がつけられた珍しい種類の魔物が、獲物として緑大鬼オーガを捕食した際のものだ。


 大百足はいわゆる〝徘徊型〟の魔物であり、討伐は不可能と言われているような強さを有している。

 執拗に人間を狙ってはこないが、視界に入ったものを襲う類の化け物がいるのも、この階層の特異性だろう。


 そんな東京第4ダンジョンの下層上部の突破、そして下層全域の踏破が今回の5人の目的であったのだが、このダンジョンの設計を考える限り戦い方にテコ入れをする必要があるだろうと誰もが思う。


 一度下がる場所まで下がったところで、5人はそれぞれに休憩がてらお互いの考えを交換し合うことにした。



「やっぱ緑大鬼オーガは即殺できないとキツいんじゃねぇか?」


「声をあげるとあちこちから増えるのが厄介だしねぇ。待ち構えて進行方向にいる魔物だけを引っ張る感じがいいのかな? で、一斉にドン、ってな具合に」


「ふむ。おまえたちの言う通りに戦うとなると、おびき寄せて戦うことになるか。だが、緑大鬼オーガを殺し切る威力の魔法となると音が鳴る。結局他の魔物をおびき寄せてしまっては本末転倒だな」



 現状、極力大きな魔法は使わずに対応している状況だ。

 ただ、それでも緑大鬼オーガの叫び声はかなり大きいのだが、しかし強い衝撃を放って振動を伴う程のものではないために仕方ないと割り切っている。


 しかし、藤間が言うようなやり方の場合、かなり大きな音を立てることになるだろう。

 そうなった場合、緑大鬼オーガはともかくとして、大百足からどのような反応が返ってくるかが問題だ。


 大百足は魔物の叫び声にはいちいち反応しないようではあるのだが、地響きであったり大量の足音に対しては即座に反応してやって来る傾向がある。

 下手に刺激して標的にされた場合、最悪、逃げ切れない可能性すらある。



「……みかみん、どう思う?」


「私ですか?」


「うん。さっきから何か考え込んでいるように見えたから」


「……そう、ですね。少しダンジョンの性質を頭の中で他のダンジョンと比較していました」


「ダンジョンの性質?」



 不思議そうに小首を傾げてみせた長嶺に対し、御神がこくりと頷いた。



「木下さんの言うような、緑大鬼オーガを一撃で倒せる程の位階にならなくてはならないとなると、正直、このダンジョンは他の下層上部よりも難易度が比べ物にならないほどに高いということになると思います。ですが、ダンジョンは環境や魔物はそれぞれ異なっていますが、どのダンジョンも多少の強さの差異はあるとは言え、深度と魔物の強さはほぼ同じぐらいという話だったと思います」


「あぁ、それはそうだな。深いダンジョンほど魔物が強い傾向はあるが、そこまで大きな変化はない、というのが一般的な見解だ。よく覚えていたな、御神」


「授業で習いましたから。ともあれ、そうなると、緑大鬼オーガを瞬殺できるだけの実力を下層上部で手に入れていること自体、そもそも想定されていないのでは、と」



 御神の言葉は、その場にいた他の4人にも一つの気付きを与えた。


 確かに、下層上部を踏破できる実力程度では、緑大鬼オーガを瞬殺するというのは難しい。

 実際、『ダンジョンの魔王』として颯が『燦華』の配信に登場した際には、圧倒的な魔力という名の暴力で一蹴してみせたものだが、あんなものはどう考えても下層の先すらも踏破できるような実力者クラスだからこそできるような代物であり、イレギュラーの極致とも言えるような存在でしかない。


 下層は普通に踏破をするだけならば、せいぜいが位階ⅤからⅦ程度。

 その程度の実力があったとしても、緑大鬼オーガを瞬殺するのは難しい。

 木下の言う緑大鬼オーガを瞬殺するというのはダンジョンの深度とか見合っていない要求であるように思える。


 そこまで考えて、御神は己の中に浮かんだ考えを口にした。



「――おかしな話かもしれませんが、もしかしたらこの下層上部は、そもそも戦闘すること自体が間違いなのではないでしょうか?」


「は?」


「え」


「それは……」


「……そんな仕掛け、聞いたことない。けど……」



 御神の突拍子のない推測。

 基本的に魔物と戦い、位階を上げて奥へと進むというダンジョンの本来の在り方とは全く異なるギミックではあるが、しかし4人とも、御神の推測に確信めいた何かを感じ取ったらしく、二の句を継げずにいる。


 故に、御神は改めて続けた。



「そう考えると辻褄が合うように思えるんです。戦闘を行わせることそのものがトラップであって、そのトラップに引っかかった結果が、あの大百足なのではないかと。つまり、この下層上部そのものがトラップルームのような設計であり、ここを抜けるまでは戦闘しないで進むべきだと思います」


「……あ」


「どうした、長嶺」


「広間に幾つも繋がっている道も、もしかしたら魔物を撒くための装置として使えってことなのかも」


「ッ、そういうことか。魔物が魔物をおびき寄せるための構造ではなく、魔物の追跡を撒いて進んでいくために用意されているものだと考えれば……」


「ん。別のルートから同一の広間に着けるのか検証は必要だけど、やってみる価値はある」



 結論から言えば、御神の推測は正しかった。

 本来、このダンジョンの下層上部は魔物を無視して逃げ切り、突っ切ることを想定して作られているのだ。


 そんなせっかくの仕掛けであるが、ソロである程度の強さを手に入れてしまった颯はどうしたのかと言うと、大百足すら殺しきるまで緑大鬼オーガをひたすら暗殺して回って位階をあげ、最終的には大百足を殺してから次の深度へと足を進めたという異例の経歴の持ち主である。


 実のところ、ヨグが颯に興味を持ったのはこの時であった。

 大百足という本来倒される想定をしていない魔物をおびき寄せ、しっかりと殺しきってから次の階層へと進んでいくという颯のおかしさが気に入ったのだ。


 ともあれ、御神らはそんな片鱗を見せようともせず、堅実に進もうとしている。

 その姿を見物していたニグとヨグが、やはり颯という存在は人間種のイレギュラー過ぎたのだろう、という感想を抱くことになったのであった。







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