小噺 クラン同盟





「『絆』のクランマスターから、ですか?」


「あぁ、そうだ。昨今の状況を鑑みて、今後正式にダンジョン庁と連携を組むにあたって、大手含め中規模クラン、それにそこから信用できるクランを集めてクラン同盟を組まないか、と」


「それはまた……。久しぶりに聞きましたね、クラン同盟という制度は」


「そうだな。それも、今回は特区の縛りは関係ない。いわば協会に所属する、というイメージに近い気もするが」



 そんな話をしながらも大重から手渡されたリストが表示されたタブレット端末を受け取り、丹波がそこにすでに同盟参加を表明しているクランと、現在交渉中のクランの情報を確認していく。

 颯が知っているところでは、『白鯨』、『白姫様に踏まれ隊』、そして『円安の既視感』などがその名を連ねており、すでに同盟参加を決定して返答しているようだ。


 多くのクランがすでに『クラン同盟』に参加を表明しているようで、丹波も思わず感嘆する。


 実のところ、『クラン同盟』という制度は昔から存在していた。

 元々は一つの特区内に幾つものクランが存在している場合などに、緊急時に備えた連絡網の構築や、情報共有といったものを行い、迅速に『魔物氾濫』に対応するためのものだ。


 もっとも、『クラン同盟』という制度そのものが今もまだ活発であるかと言えば、そこは微妙なところでもある。

 特区育ち世代が現役世代となり、そしてクランの幹部クラスにまで上がってくるようになった頃から、多くの問題が発生したからだ。


 たとえば、特区育ちの意識とダンジョン出現黎明期を生きてきた者達の間での意識のズレ。

 特に〝敵〟となったのであれば〝排除するもの〟という刷り込みにも似た教育を施された特区出身者たちは、その性質上、〝敵〟を屠ることを迷いもしなければ躊躇いもしないというような点。

 それだけならばともかく、虎の威を借る狐よろしく同盟を組んだ小規模クランが、クランに所属していない探索者を脅迫、場合によっては過激な思想から『自分たちのクランと同盟クラン以外は仲間じゃない、つまり〝敵〟だ』というような解釈から、殺人を楽しむ者まで現れるなど、様々な問題が起こったのだ。


 こういった事件が多かったため、それ以来、基本的にクラン同盟というものは形骸化して久しい制度だ。

 にもかかわらず、今回これだけのクランが忌まわしい記憶の残る『クラン同盟』に名を連ねているというのだから、丹波も驚かずにはいられなかった。



「よくこれだけのクランが、『クラン同盟』になりましたね」


「おかしな事件が起きたせいでタブーになりつつあるのは確かだが、元々『クラン同盟』とは当初の理念――つまり、助け合うための互助関係を築くためのものだったからな。この名前を改めて使うことで、過去を払拭してやろうって意図らしいぞ」


「なるほど。それに、実態が当時とは違いますからね。状況が状況なだけに、特区内のダンジョンにおける問題対応というよりも、ダンジョン庁と協力して一般人を守る事に同意、協力するためのもの、というところですね」


「あぁ、そうだ。同盟を組んだクランは積極的にダンジョン庁の支援に出ても良し。逆に、同盟には参加していても、要請があった時だけ動くでも構わないそうだ。もっとも、要請を正当な理由もなく断るようなクランは同盟から追放されるようではあるが」


「それは当然でしょう。若い世代の探索者たちは、独立独歩の気風が強いです。活動を行うにあたって、協調性がないのであれば組織的な活動においてはアテにできませんから」


「それはそうだ」



 クラン内の大きな作戦の際であっても、協調性のない若いクランメンバーたちが勝手な真似をしてしまい、状況が悪化してしまうというような事象が発生しない訳ではない。

 そうなってしまうからと、多少の自由が利く役割を与えてみる事もできなくはないが、そのような対応しかできないとなれば、使い場所が限られてしまうというのが実状である。


 まして、同盟ともなり、ダンジョン庁とも連携する動きが増えるのであれば、尚更のことだろう。

 相手がしっかりとした組織であればあるほど、探索者を相手にしているというにもかかわらず規律を守ることが求められるケースは往々にして起こり得る。


 そうなった時に協調、協力できないのでは意味がない。



「その割に、聞いたことのない中規模クラン、小規模クランもいるようですね」


「あぁ、大規模クラン、中規模クランの紹介で信用できるというなら、小規模クランも同盟に入ってもらおうという話らしい。その場合は、ほれ。隣の欄に紹介クラン名が載っているだろう? いざという時は、そこのクランがいわゆるケツ持ち・・・・をするそうだ」


「うら若い女性にそのような発言をするとは、セクハラですか?」


「そうじゃねぇよ」


「分かっていますよ。冗談です」


「あのなぁ……。俺の年齢でセクハラとか、シャレにならない問題になるんだぞ……?」



 大重にとっては笑えない話ではあるのだが、ともかく。

 大重の言う〝ケツ持ち〟とは、何も「暴力団関係者がみかじめ料を受け取り、いざという時に面倒事を受け持つ」という意味合いではなく、あくまでも「いざという時は自分たちが責任を取る」という意味の、言わば保証人のような立ち位置だ。


 ハッキリと言ってしまえば、中規模クランはその活動評価次第なところはあるが、小規模クランの社会的信用性は皆無に等しい。

 そんな者達に大事な仕事を任せられるはずもない、という判断をするのは至極当然な流れであるとも言える。


 そういったクランであっても、クラン同盟に名を連ねるとなれば、その信用を担保できる存在がいなければ難しい。

 そこで大規模クランや、中規模クランがその保証書を発行することで、実力があっても社会的信用性の低い小規模クランなどを引き入れたのである。


 そうした背景を察して、丹波がポツリと呟く。



「……なるほど。つまり、選定・・ですか」


「あぁ、そうなる。〝生活系ダンジョン〟とやらが始まり、一般人らがダンジョンに潜り始めるに当たって、ここらで乱立している探索者クランをまとめておきたい、ってトコだろう。これまでは探索者ギルドだけが把握していたような代物だが、国としても本腰を入れてダンジョンと付き合っていこうってこったな」


「遅すぎます、と言いたいところですが……まあいいでしょう。背後にいるのは――なるほど、『絆』が率先して動いているという事はもしやと思っていましたが、やはり新谷参議院議員でしたか」


「あぁ、そうだ。元ダンジョン庁のトップ、新谷壱馬。アイツもここに来てようやく動けるようになったらしい」


「そのようですね。そう考えると、先日のテロの一件も悪いことばかりではありませんでしたね」


「……それ、外で言うなよ?」


「言いませんよ。マスターではありませんので」


「俺だってそれぐらいは弁えてるっつの。……なんだ、その目は」


「いえ、別に」



 およそ1年ほど前、ダンジョン庁に呼び出されて赴いた際に、怒りのままに役人の首を締めていた大重には言われたくないです、という目である。


 ともあれ、丹波は新谷を思い出す。


 新谷は大重と年齢も近く、ダンジョン黎明期を駆け抜けてきた世代の一人でもある。

 役人としてダンジョン庁に所属してからというものの、大重のような日本の探索者たちの立場改善、生活改善などに尽力してきたが、なかなか思うように物事が運ばず、ならばさらなる権力を手に入れてやろうと大手クランの後押しを受けながら、議員となった男である事をよくよく理解している。


 しかし、それでも現政権――テロが起こる前までの、という注釈がつくが――に阻まれ、くすぶり続けてきた男だという事を丹波も知っている。


 丹波は新谷と面識があった。

 というよりも、正確には大重と新谷の二人が親しかったため、そこに連れ出されて顔を合わせ、挨拶を交わして話を聞いたことがある、という程度ではあるのだが。


 そんな新谷が、衆議院のトップが軒並み殺された今の状況で大きく動くというのであれば、なるほど、信頼に値する同盟になりそうだ、という結論に至った。



「――分かりました。では、『大自然の雫』も同盟への参加ということで、よろしいですね?」


「あぁ、手続き関係は頼んだ。俺ぁ予定通り、隣国のダンジョン攻略に向かう」


「これだけ国内が混乱しているというのに、まだその話が消えなかったのは驚きですね。貿易関係も死んでいるというのに」


「約束しちまった手前、履行せずにいたら面倒な国ではあるからな。今さら覆せねぇんだろうよ。とは言え、だ。ウチのメンバー全員連れて行くって訳にはいかねぇからな。今回は萩原と弓谷の二人を連れていく」


「魔法攻撃職、それに回復職ですか」



 その二人は東京第1ダンジョンにおける騒動の突入時の二人の女性だ。

 実力、そして役割としても申し分のない二人であると言えるだろう。



「それと――ソラさんたち、ですね」


「あぁ、そうだ。正直、あの坊主が味方になってくれるってんなら、俺ぁ【勇者】の役割として【魔王】のトドメだけ刺せばどうにでもなりそうだがな。とは言え、『魔王ダンジョン』なんてもん、俺も行ったことはないからな。萩原と弓谷なら、今後のためにもなるだろうさ」


「分かりました。ちなみに、ソラさんはすでに『ダンジョンの魔王』――ノアとの戦いで受けた傷は癒えているようです。何やら忙しいようでしたが、そちらも落ち着いたとの事ですので、いつでも動ける、とか」


「そうか。なら、連絡しておいてくれ。俺も役人連中にチャーター便の手配だの頼んでおくからよ」


「かしこまりました」



 短く返事をして、丹波はスマホを取り出してソラにメッセージを送る。

 それに対して返ってきたのが絵文字やスタンプではなく、顔文字で返信だけだったあたり、ソラもとある存在からの影響を受けているようだが、それは丹波の与り知らぬところのお話であった。






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