小噺 動く政治家





「――以上のように、すでに一般人に対する魔力犯罪者による強奪、殺人などを伴う食品関係を狙った犯罪がかなり増加傾向にあるようですね。『対魔物氾濫用地下シェルター』などを使って、魔力犯罪者から潜み、救難信号を発信してもらったところから、ダンジョン庁の魔力犯罪対策課による掃討作戦と保護を順次行っているようですが……」


「……手が足りない、か」


「はい。不幸中の幸いは、魔力犯罪者――つまり、特区出身者には存在そのものを知らせていなかった『対魔物氾濫用地下シェルター』については位置を把握、特定されていないという点でしょう」


「魔物対策で作ったものが、特区出身者とは言え同じ人間相手に活躍するとは、な。クソッタレの老害共が、亡者の如く利権にしがみついていやがったせいでこの有り様だ。責任も取らずにさっさと死にやがって」


「……さすがにそれは不謹慎かと」


「今さらそんな事を気にしてられるかよ。SNS見てみろ。平和を享受していた一般人が息巻いて政府批判だの罵詈雑言だの垂れ流してるぞ。こんな世の中を作ったのは、間違いなく政治家だ。そして、そんな老害共を止められなかった俺たちさ」



 ダンジョン庁からあがってきた報告書を読み上げる若い男。

 そんな男とやり取りをしながら椅子に深く腰掛けた中年の男が、机に肘をついたまま頬杖をつき、溜息混じりに空いていた手で机の上に置いたスマホをトントンと叩いてみせる。


 そんな苛立った様子を見て、テーブル越しに直立していた若い男はまっすぐ中年の男を見つめた。



「……新谷しんたに先生。あなたが探索者と一般人の齟齬を正そうとしていたことは、我々も重々承知しております。そんなあなたの活動が、利権にしがみつき、権力を手放そうともしなかった各派閥によって何度も叩き潰されていたことも」


「いいや、政治家は努力が評価されればいいものじゃねぇんだよ。結果が全てだ。俺には力が足りなかった。こうなる前に止められなかった、それだけだ。一般人やら特区出身者から見れば、〝この国をこうした政治家の一人〟という括りの一人でしかねぇのさ」



 厳しい話ではあるが、世の中とはそういうものだ。

 努力が正しく評価されるとすれば、それは誰かがその努力を広め、スポットライトを浴びたからに過ぎない。

 だが、結果を出せない以上はそもそもそこにスポットライトが当たることはなく、見えないものが認められるはずもないのだ。


 そんな風に己を酷評してみた、中年の男――新谷しんたに 壱馬かずまは数年前まではダンジョン庁の管理職にいた男だ。


 特区の真実、一般人を騙し続けた政治の歪さを知ったからこそ声をあげ、目の前にいる男――特区出身の大手クラン、『絆』のクランマスターであるなぎ 裕貴ゆうきや、彼と繋がりのある多くの特区出身クランの支援を受けて、どうにか参議院議員となる事はできた。


 だが衆議院と参議院の性質上、自分たちの声だけでは世の中は動いてくれない。


 結局のところ、参議院議員でしかなかった自分は、衆議院の大きな流れから弾かれた思想をまとめ、代わりに声をあげるだけの拡声器のような存在でしかない。

 それが世の中に反映されることは難しく、マスコミはそういったいわゆる現体制に歯向かうような声は拾い上げようとはしない。そういう意味で、先程言ったスポットライトという代物も当たらないのでは、話にならないことをよくよく理解している。


 それでも、世の中を変えなくちゃならない。

 特区出身のクランに直接話をしに赴き、どうにか立場を強めようと足掻き続けてきた。

 そんな事を思いながらも、それでも愚直に進むしかない中で起こったのが、今回の一連の騒動だ。


 融和を訴えようとしても、魔力犯罪者と一般人の間に溝があったのは確かだ。

 それでも、一般人側からも賛同してくれる声は一定数存在していた。

 だが、特区の壁が破壊され、そこから流れ出てきた魔力犯罪者らのせいで、その溝は底も見えない程に深まり、完全に断絶されているような状況である。


 普通ならば、ここまで積み上げてきたものが水泡に帰したとも言えるようなこの状況は、全てを投げ出してしまいたくもなる。


 だが、新谷壱馬という男は、このような事態に直面してもなお、心を折るような事はなかった。



「……なあ、凪よ。おまえさんらで魔力犯罪者共を徹底的に叩けって言われたら、どうする?」


「可能です」


「……おいおい、いいのか? ある意味、おまえさんらにとっては同胞だろう?」


「いいえ、違いますよ。我々の目的は、探索者に対する正当な権利の確保ですから。その目的を邪魔している存在である以上、魔力犯罪者はすでに〝敵〟です。新谷先生も理解しているとは思いますが、特区で育った我々にとっての〝敵〟とはつまり、〝排除するべきもの〟です」


「……そうか。一般人らと一緒に生活するようになったら、そういう感覚の部分も矯正してもらう事になるだろうが……まあ、今は心強い。だったら、ダンジョン庁の魔力犯罪対策課の支援を行ってもらいたい。俺の方からダンジョン庁には声をかけておく。それと、おまえさんらと繋がりのあるクランを使ってもいいから、特区内で通常通り活動を行っている探索者や養成校の生徒らの保護を頼みたい」


「保護、ですか?」


「そうだ。この物資不足によって、特区で今も普通に暮らしている連中への物資は、徐々に先細りしている。一般人共に恩を売って票を稼ごうって腹積もりの政治家連中はまだまだ多い。探索者よりも一般人への配慮とやらを優先する可能性が高い。そうなれば、普通に暮らしている探索者たちまで犯罪に手を伸ばしかねないからな。犯罪に手を出すことに躊躇うようなら保護してクランに吸収するか、リーダーを立てさせて特区内部の状況を把握してもらい、支援をするか。いずれにせよ、先んじてこちらで手綱を握る必要がある」



 確かに新谷の言う通り、日本国内の食料自給率は元々低く、輸入ができなくなった今、食糧の高騰が進んでいる。そもそも食料品自体、ほぼほぼ買い漁られてしまっているという話も耳にする。

 こんな状況に対し、票や支持率を求める政治家が魔力犯罪者――延いては探索者らを我慢させ、票を持つ一般人を優遇する方向に舵を切ろうとする声をあげ始めている。


 そうなれば、探索者はほぼ全員が生きるために犯罪に手を出すだろう。

 現状、探索者養成校などは教員を務めていた者たちは、その能力によっては魔力犯罪対策課などに異動してはいるが、人数が少ないながらもどうにか通常通りに手綱を握れている。


 しかし、物資がなくなれば話は変わってくる。

 ダンジョンの『魔物氾濫』が起こったとしても、その時には自分たちは関係ないと言わんばかりに完全に無視するようになり、人類はさらに滅亡に向かって加速しかねない。


 かと言って、探索者たちの支援を手厚くすれば一般人が騒ぎ出し、自分たちが引きずり降ろされることが目に見えている。

 あちらを立てればこちらが立たない、という状況である以上、目先の確実な利益に手を出すような愚かな者は多い。


 政治家として、公人として国を良くするのならばともかく、我欲のために政治を動かそうとする、まさに政治屋とも言えるような輩があまりに多すぎることに辟易とした気分になりながら、新谷は続けた。



「全てを救おうなんて思わねぇが、メッセンジャーの言う〝生活系ダンジョン〟とやらが出てくるまでは厳しい状況だ。だからこそ、これからも最低限犯罪に手を出さずに生きていこうって考える良識的な探索者と、我欲に負けてあっさりと犯罪に走るような連中を選別しておきたい。一般人もダンジョンに入るようになった時、あっさりと犯罪に走るような輩のせいで〝不幸な事故〟が起こるようなことは避けたいからな」


「だからこそ、管理体制を担うダンジョン庁に大手クランである我々や、その繋がりのある者達を派遣する、と」


「そういうこった。ダンジョン庁もここ最近は慢性的な人手不足みたいだからな。そこで、おまえさんらを正式な協力クランとして立場を確立させる。そうなれば、この混乱を乗り越えた時、率先してダンジョン庁に協力して一般人を守り、探索者を拾い上げられたという箔もつく。俺にとっても、そしておまえさんらの確固とした立場の形成にも役に立つ、悪い話じゃないだろう」


「なるほど、分かりました。そういうことならば、我々『絆』も、そして他の大手クランにも一度話を持っていってみましょう。ただし、もしも協力要請をした先が断ったりしたら、どうしますか?」


「どうもしねーよ。元々、俺ら政治家やら省庁が探索者界隈から信用がねぇってのは分かってることだ。善意で協力してくれるならありがたいが、協力しないってんならそれはそれ。別に今後も俺がそれを理由に不当な扱いをしようなんて考えもねぇよ」


「……では、一筆お願いします」


「え、何。俺ってそんな信用ねぇの?」


「いえ、あなたの一筆があれば他のクランも信用できるかと思いますので」


「あぁ、そういうね。分かった、書いてやる」



 タダでは転ばない男、新谷壱馬。

 そんな彼も、これまで長く腹を割って付き合ってきた相手に一筆用意しろと言われたのだけは、結構なショックであった。








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