セオリーの意義
「ふあぁ~~……、なんか移動って結構疲れるね」
「動かずに待っていなくてはならないというのは、なかなか退屈ですね」
空の旅でだいたい2時間ちょっと。
ようやく辿り着いた空港から、今度は迎えに来てくれた車に乗り込んで移動中。
順調に進んでいるのは間違いないけれど、それにしたって何もしないっていうのは退屈で眠くなってくる。
頭の後ろで手を組んで欠伸をしてから呟けば、隣に座っているヴィムが静かに同意してくれた。
ヴィムは背が高いし身体が大きいから窮屈そうだもんね。
ずいぶんと広い席だったしむしろ伸び伸びと過ごせたけど……うん。
僕が小さいからとかじゃないよ。
ほら、チャーター便っていうだけあってこう、広くてラグジュアリーとかなんとかってヤツだっただけだから。
ほら、ヴィムがデカ過ぎただけだから。
「ヴィム」
「はっ」
「僕のこと、小さいとか思ってないよね?」
「……無論です」
「だよね、うん。そうだよね」
うん、ヴィムはそういう風に思ったりしないって信じてたよ。
仲間ではあるんだけど、ほら、ヴィムって僕に失礼な事とか考えないもんね。
やっぱりちょっとヴィムが大きすぎたとか、そういう感じだったってことだね。
「……酷いパワハラを見ている気分だわ」
「わ、私は可愛いと――」
「――やめておきなさいな、弓谷ちゃん。ああいうこと言い出すってことは、可愛いとかそういうのは禁句にしておくべきよ」
「えっ、そうなんですか?」
……いや、キミたちさ。
いや、いくら迎えの車が大きな車とは言っても、窓も開いてないし車内に音楽も流れてないんだもの。
キミたちのその会話、丸聞こえだからね?
一応、『大自然の雫』のメンバーは今後も含めてできればまともに育ってほしい類の探索者だから、勢い余っておかしな事はしないけどね。
ダンジョンでの流れ弾――という名の魔法――には気をつけるといいよ。
僕は男女平等、やる時はやらせてもらうからね。
「ソラ、それにヴィム殿」
声をかけてきた大重さんに顔を向けると、僕の隣で先んじてヴィムが口を開いた。
「我らが主を呼び捨てにし、それを主が許容している。ならば、俺のことも呼び捨ててくれ」
どうやらヴィムは僕が呼び捨てにされているのに自分に敬称がつくというのが面白くないらしい。
別に僕は呼び捨てにされても気にならないし、ヴィムの方が大人な感じだから敬称とかついても自然というか、おかしくないと思うけどね。
僕まだ未成年だし、大人に呼び捨てにされるなんて珍しくもないし。
けれど、大重さんはどうやらヴィムの言い分も納得できたみたいで、一つ頷いてみせた。
「分かった。ともあれ、こうして移動している内に、ダンジョン攻略時の動きについて確認しておきたい」
「動きの確認? ――あぁ、キミたちは前衛と後衛で分けるような戦い方をしてるんだっけ?」
「あぁ、そうだ。ダンジョン攻略のオーソドックスな形だな」
「ふぅん。言っておくけど、それ、間違ってると思うよ?」
あっさりと指摘してみせると、大重さんはともかく、萩原さんも弓谷さんも、それに同行していた佐枝さんとやらも僅かに目を丸くしてこちらを見てきた。
「それは、どういう意味か聞かせてもらっても?」
「どういうって、言葉通りの意味なんだけどね」
別に説明してあげる義理はないんだけどね。
そもそも裏設定というか、そもそもニグ様とかヨグ様がパーティ攻略を念頭に入れていなかったっていうところは伝えるつもりもないし、知っているというのもおかしな話になる。
ただまあ、『魔王ダンジョン』で足手まといになられても面倒臭いんだよね。
やれポジションがどうのっていちいち言われても面倒だし。
「ヴィム、キミは技術とかそういうのを無視して、単純に力だけで渡り合うと考えた場合、深層の魔物の攻撃を受け止められると思うかい?」
「魔物の種類にもよりますが、膂力の強い魔物が相手では不可能です。実際、貴方様に深層下部へと連れて行っていただいた際に、呆気なく吹き飛ばされましたから」
「深層下部……!?」
「そんな、ところに……?」
「……相手はどのような魔物だったのでしょう?」
萩原さんと弓谷さん、それに佐枝さんは深層下部と聞いて驚いているようだけれど、大重さんはそうでもない、というところかな。
ただ、僕に間違っていると言われて改めて思考を巡らせているらしい。
自分たちが間違っている。
そんな言葉を歳下の、しかも子供に言われたりしたら、普通の大人ならそう簡単には受け入れられないと思ったけれど。
どうやら大重さんは柔軟な思考をしているようで、素直に受け止めて自分たちならばどうなるかとシミュレートしようとしている、というところかな。
「ヴィムが言っているのは、
「……聞いたことのない魔物ね」
そりゃそうだ。
だって僕が勝手に名付けたんだもの。
データとか出回ってないし。
というか、深層の中部より下になると魔物の種類とかそういうのが公開されてないんだよね。まともな情報が出回っていないというか、そもそも知られていない魔物が多すぎるから。
だいたいは情報公開者がつけた名前が適用されていくんだっけ。
まあ、僕はいちいち公開していく気とかないけど。
「えっと、それってどのような魔物なのでしょう?」
「身長は5メートル前後で、額に生えた赤黒い一本角持ちの二足歩行型の大鬼だよ。ヴィムでさえ並んだら大人と子供ぐらいの差が生まれるし、赤い闘気のようなもので身体能力を超強化しているんだ。一瞬でトップスピードに入って太く分厚い拳を振るったり、蹴りを放ったり。技術は低めだけれど、身体能力に物を言わせてくるタイプだね」
「はい。ヤツは素早く、それでいて凄まじい強さを持っていました。俺一人では、敵いません」
「ヴィムは膂力はあるけど、まだ技術がないからね。でも、学んでどうにか渡り合える程度にはなっただろう?」
「……まだまだです。貴方様のようにはいきません」
筋骨隆々のガチムチマッチョのヴィムですら、深層下部の
それこそ、僕が回り込んで受け止めなかったら、一瞬で壁にぶつかって赤いシミになっていたレベルの強さで。
「深層下部まではそういう物理的な強さを持った魔物が多い。だから、キミたちのように前衛と後衛――というか、タンクだとかアタッカーだとかヒーラーだとか、そうやって分けてもいられるかもしれないけれど、深層中部あたりからはもう、正面から攻撃を受け止めるなんて不可能だよ」
たとえばどんな攻撃にも耐えられるタンクがいたとしても、本人が無事でも吹き飛ばされては戦線を維持するなんてできない。踏ん張ろうにも地面諸共砕かれて飛ばされるのがオチだというのが現実だ。
それでも受け止めなくちゃならないってなったら、相手の攻撃と同等の反作用の力を加えるとか、そういうのが前提になる。
ぶっちゃけ、そんな手間をかけるぐらいなら、さっさと避けた方が効率的だ。
その気になれば、振るわれた拳や足に対して別方向にそれに近い、あるいはそれ以上の力を打ち付けて弾くとかができるかもしれない。
受け流すような知識と技術があったりとかすれば、力の向きをほんの少しだけずらすとかもできる。
でも、それができるぐらいの力があるんだったらどうにかなるかもだけど、今の人間にそれができる程の位階の高い人類がいるかは分からない。
あ、でもドイツの【勇者】とか、すでに【魔王】になってる連中ならどうにかできるかもだけどね。
極論それができるなら攻撃力だってあるんだし、自分で倒してしまった方が手っ取り早いというのは事実だ。
逆に言えば、自分で自分の身を守れないような人間を連れて行くのが得策になるような、超大量の魔物に超範囲魔法を使えるような存在を連れて行くという設計は、新システム実装後のダンジョン設計予定だ。
もっとも、『魔王ダンジョン』は内部設計をいじれるようになっているから、もしかしたらそういう設計もあるかもだけどね。
「よしんば、そういった物理攻撃を対処できるようになったとして、今度は奈落だ。あそこは物理的に干渉してくるくせに、こちらの物理攻撃がまったく効かないような魔物が多いんだ。だから、そういう存在に対する攻撃アビリティが付与されている魔道具を使うか、あるいは魔法攻撃が主体になる」
「奈落……」
「あるとは聞いていたが、そんなところまで行ったのか……?」
「何を驚いている。我らが主はすでに奈落など踏破している。深淵に辿り着いている御方だ」
「深淵……!?」
「奈落の先、ということか!?」
……ヴィム、そこまで情報与えなくていいよ。
ぶっちゃけ深淵というか奈落以降って、ニグ様やヨグ様でさえ〝進化〟した存在を対象にしていたおまけステージみたいな扱いだったみたいだし。
ともあれ、話がおかしな方向に行っちゃいそうだし、何食わぬ顔をして僕は大重さんを見つめて肩をすくめてみせた。
「ま、僕のことはともかく。キミたちが必要だと思うなら必要な連携をすればいい。僕とヴィムは好きに動くし、必要ならフォローするよ」
「分かった。では、こちらのメンバーの得意とする能力と戦い方を説明しよう」
いや、いらないけど。
とは、さすがに言えず、静かに説明を聞いておくことにした。
そうこう話している内に、僕らを乗せている車は、とある大きなホテルの地下駐車場へと入って行った。
そして――――
「――お願いします、ソラ様! ヴィム様! 交流会に参加していただけますでしょうか!?」
――――ホテルの部屋に入って、数分ほど。
部屋の前にやってきた佐枝さんの直角とも言えるようなお辞儀を前に、僕は深く溜息を吐き出した。
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