挨拶
ホテルに入ってから、僕とヴィムは同室に泊まることになって、その隣に大重さんの部屋、さらにその隣に萩原さんと弓谷さんの部屋という並びで部屋が用意されていた。
てっきり国の依頼ってぐらいなんだからスイートルームとか、なんかそういうよく分からない豪華な部屋かと思ったら、そうでもないらしい。
狭すぎたり汚かったりしたら転移で拠点に一回帰ろうかなとか思っていたけど、とは言えちゃんと綺麗な一室なので特に文句もなく、部屋でゆったりする。
「ホテルに泊まるというのは、なんだか落ち着かないですね」
「そう?」
少し居心地が悪そうにソファーに腰掛けるヴィムに、ベッドに寝転んだまま顔を向ける。
うーん、ヴィムに対してソファーが小さすぎて居心地が悪いのかと思ったけど、そもそも二人掛けのソファーだから小さすぎるって訳でもないのか。
そんな事を考えていたところで、不意に部屋の呼び出しチャイムみたいなのが鳴った。
「この気配は、佐枝さん、ですね」
「ん、そうみたいだね。なんだか慌てているというか焦ってるみたいだけど、なんだろ」
「用件を聞いてきます」
「あぁ、僕も行くよ」
どうせやる事もないし。
ベッドから起き上がり、ヴィムについていく形で部屋の扉へと近づいて行き、ヴィムが扉を開けた。
「――お願いします、ソラ様! ヴィム様! 交流会に参加していただけますでしょうか!?」
「めんどい」
直角に近いお辞儀。
見えた顔は明らかに青褪めていたから、何かあったんだろうなっていうのは分かるけどね。
ほら、なんかそういう交流会だかパーティーだかって、あははうふふって笑いながら話したりしなきゃいけないんでしょ、知らんけど。
溜息を吐き出して一言答えてから、改めて佐枝さんを見やる。
「というか、元々僕らは出なくていいって話だったんじゃ?」
「……そう、だったのですが……実は今日、この国の政治家たちも数名参加しておりまして、それで……」
「僕にも顔を出して愛想を振り撒けって?」
政治家ねぇ……。
あれかな、「日本の力なんてなくても我が国の精鋭たちならば」とか、そういうことを言い出したとか、「東の島国のような田舎者など」とか、そういうディスりが始まったとかそういう感じだろうか。
なんかお互いにお国のいざこざとか色々あったらしいもんね。
最近はどうなのかはよく知らないけど。
「確かにその、恒例行事と言いますか、我々に対してちくりと刺すような物言いをしてきたのは、まあ、いつも通りの事ではありますので相手にしていませんでしたが……その、このままでは政治家の方々が処刑されそうでして……」
「うん……うん?」
おっと、なんか流れ変わったね?
政治家の方々に処刑されそう、じゃなくて、政治家の方々が処刑されそうって。
何それ、ちょっと面白い事件な予感。
「んー、詳しく」
「はい。その、政治家の方々が我々に高圧的な態度で接してきたのですが、それを見て、その、今回合同攻略を担当するこちらの国の探索者の方々が、いわゆる堪忍袋の緒が切れた状態になってしまいまして……」
「ほうほう?」
「元々、この国も民衆が政府の対応の悪さに対して憤っていたようなのですが、しかもここにきて、わざわざ攻略を手伝いに来てくれた隣国の勇士に無礼を働くなど、と。しかも彼らは今日の様子を配信していたようで」
「あらまぁ」
「……一般人や探索者たちからも、かなり激しい抗議の声があがっており、公開処刑状態になっておりまして」
「うへー」
「その侮辱内容の中に、ソラ様と『ダンジョンの魔王』が日本の秘密兵器であり、共有する義務がある、とかなんとか言われていたりもしていたため、当事者であるソラ様に処罰を決定していただこうという流れができてしまい……」
「……それはまた、なんというか想定外に面白いことになったねぇ」
てっきり、「我が国の攻略に日本人だぁ? フン、せいぜい足を引っ張るなよ!」とかなんとか言って絡んできたとか、喧嘩を売ってくるとかなのかと思ったけれど、まさかそんなオモシロ……げふん、おかしな状況になっていたとはね。
「うん、そういう事なら面白そうだから行ってもいいよ。服装、これでいいよね?」
「ありがとうございます! 服装については正装を求めるものではありませんし、探索者の方々もいらっしゃいますので問題ありません!」
「じゃ、ヴィム。そういうことだから、ちょっと行こうか」
「はっ。処刑するならば、俺が」
「あはは、まあまあ。どっちにしても行ってみないとなんとも言えないからね」
やる気に満ち溢れているヴィムには悪いけど、ぶっちゃけこれ、僕らが手を出すことはないだろうなぁ。
別に僕としては暴れて殺し回ってもいいんだけど、そんな事しても何もメリットがないっていうか、僕、この国の事情とか分からないからねぇ。
そんな事を考えながら、佐枝さんに案内してもらってエレベーターに乗り、交流会とやらの会場になっている場所へと移動。
その最中も佐枝さんの顔色は晴れておらず、気が急いているのが窺えた。
「はあ……」
「日本が悪い訳じゃないんだし、気にすることないんじゃない?」
「そうはいきませんよ……。ある意味、我々を侮辱したことで始まってしまっているんですから……」
「損な性格してるね。フライト前のアレもそうだけど」
「……アレについては、まあ、自分で覚悟して行った事ですから。しかし今回は……はあ」
うん、なんか大変そうだね。
僕としては面白くなればそれでいいから、別にどうなろうが関係ないけどさ。
ともあれ、エレベーターが到着してしばらく歩けば、件のパーティ会場の扉と、そこの前で困惑した様子のスタッフの人達が見えた。
そんな彼らが僕らの足音に気が付いたのか、こちらを見るなりぎょっとした顔を浮かべている。
まあ、僕は目立つからね。
今日は仮面とかも特につけてないし、白銀の髪に蒼い瞳とか、そりゃアジアじゃ目立つ。
アジアじゃなくても目立つかもだけど。
『――扉を開けてもらえますか?』
『佐枝さん、どうにか場を収めていただけると……』
『……それは、我々だけでどうにかできるものではありませんので。いずれにせよ、中に入らないことには始まりませんから』
『……分かりました』
何やら会話をしているみたいだけれど、外国語はさっぱりだ。
特殊な領域を作って言語を共通のものに切り替えてさえいればどうにかなるけど、こうして普通の場所で普通に話されると何言ってるのか分からないし。
そんな事を考えている内に扉が開かれて――なんかテーブルクロスみたいなので縛り上げられたスーツ姿の数名と、そんな彼らを取り囲んで険しい表情を浮かべている探索者たちがこちらを見つめた。
『おう、来たみたいだな』
『ホントに『ダンジョンの魔王』と同じ顔してんだな。髪と目が違うから分かりにくいが』
『あれがソラくん?』
『なんか可愛いかも』
『というか、あの後ろの大男もだいぶ強そうだ』
『従えているのか? 仲間というよりも部下のように斜め後方を陣取っているが』
言葉は分からないけれど、興味深そうにこちらを見ているようで、侮っているような空気は特に感じられない。
ドローンが飛んでいてこちらを向いているみたいだけれど、特に気にせず佐枝さんと中へと進んでいく。
進んだ先にいるのは大重さんだ。
一人の背の高い男性と一緒に並んでいて、こちらへと振り返った。
さすがに騒動になったせいか、大重さんも少々げんなりとした様子だ。
「……すまんな、ソラ。少々厄介な事になっている」
「別に僕は構わないけど。それより、そっちの人は大重さんの知り合い?」
「あぁ。コイツはヤン。昔からの付き合いのある探索者だ」
『おぉっ! シゲ! このちっこいのがソラだな!?』
『そうだ。あと、あんま容姿については触れるな、失礼だ』
『お、そうか? すまんな、ソラ! 俺はヤンだ、よろしくな!』
大重さんと話しているのはこの国の言葉じゃなくて、英語みたいだ。
というか大重さん、下の名前って
まあ、トモとかって呼び方は似合わないし、シゲでいいと思うけど。
ともあれ、ヤンと呼ばれた人が手を差し出して握手しようとしてきたので、こちらも握って返すと、同時にヤンが魔力を解放してみせた。
『ヤン!? 一体何を……!?』
『なに、挨拶だよ、挨拶。ダンジョンを攻略する仲間なんだから、どの程度の実力かは知っておいてもらおうかなってね』
大重さんに対して答えるヤンは、顔は笑っているけれど目は笑っていない。
位階は、だいたいⅦからⅧ手前、でも【勇者】じゃないってことは多分Ⅶかな。
僕を威圧したいとかじゃなくて、単純にこの力を前に僕がどういった反応をするのか――つまり、身構えたりもしない程の強者であるのか、それともハリボテよろしく怖がるのかを確認したい、というところなのかな。
ちらりと大重さんの顔を見上げれば、大重さんも疲れたような表情を浮かべて嘆息してから通訳してくれた。
ふむ、挨拶ね。
じゃあちょっとだけ返しておこうかな。
「――な……ッ!?」
「ひ……!?」
お返しに噴き出した魔力。
かつて『ダンジョンの魔王』ムーブの決定打となった時と同じように、可視化する程の濃密な魔力を周囲にばら撒いて、さらに物理的にも重力を押し付けていく。
何名か、さっきから僕らに喧嘩を売るような目をしてきていた人たちは押し潰しておこっと。
怪我とかはしない程度にしておくけどね。
そうじゃない探索者たちは顔を蒼くしているだけで済んでいるようだけれど、縛り上げられた政治家はうめき声をあげながら地面にへばりついている。
……なんだろう、道路で轢き潰された蛙みたいだね。
もうちょっとまともな格好で倒れてれば良かったのに。
それらを涼やかに見渡してから、僕はにっこりとヤンさんに微笑んでから口を開いた。
「――で、挨拶って言うぐらいなら、僕からも挨拶代わりにこの場にいる全員に一撃入れればいいのかい?」
「か、勘弁してくれッ!」
めっちゃ慌てて手を振り払われた。
というかこの人、日本語分かってるんだ。
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