空の旅は5分で飽きた




 搭乗前から一悶着はあったものの、なんとか搭乗。

 まあ、僕はその気になったら転移して直接『魔王ダンジョン』に乗り込むこともできたんだけれどね。

 ヴィムを連れて行くつもりであったし、自由に国外にも移動できるって大っぴらに明かすのも面倒かなって思って。


 というのは建前。

 ホントは何より、飛行機に乗ってみたかったんだよね。

 ほら、僕ってばそもそも特区の外に出るための免許すら取ってなかったからね。

 海外に行くなんてこれっぽっちも考えてすらなかったし。


 普通に考えて、飛行機ってすごいよね。

 人生でやっぱ一度ぐらいは乗ってみたいなって男の子なら思ったりもするよね、きっと。知らんけど。


 で、乗った感想は……うん、って感じ。

 だってほら、僕、もう翼も出せるから飛べるし……雲の上を飛んだりしてるのは新鮮だけど、それぐらいかなって。


 自分で飛ぶ時はそんな超高度飛行しないし、そもそも空を飛んで長距離を移動するぐらいなら転移しちゃうもの。


 なんならもう乗った事を後悔してたりする。

 さっきから僕とヴィム、それに大重さんたち3名と、佐枝とかいう人の間に会話らしい会話もないし。


 そんな事を考えていると、佐枝という男性が立ち上がって僕たちの視線が彼に集まった。



「さて、これから向こうに到着した後の段取りについて説明させていただきます――」



 そんな一言を皮切りに始まったのは、『大自然の雫』……というか、大重さんのスケジュールという感じだ。ぶっちゃけ僕らはあんまり関係のない話なので、適当に時間を潰す感じになりそう。


 それと、『大自然の雫』の女性陣も同行はどちらでも、という扱いのようだね。


 ……萩原さん、弓谷さん、だっけ。

 それに丹波さんもいたけれど、全員女性である。

 まさかおっさんハーレム系なのかと一瞬疑いそうになったけれど、この人たちはそもそもそういう関係性とかは一切ないようで、ビジネスライクな感じだ。


 この前会ったハルトくんたちとは大違いだね。

 まあ、あんな胃の痛くなりそうな空間、僕にとってはノーセンキューだけれど。


 僕の場合だと……そもそもウチの女性陣、リーナとエリカ、それにクリスティーナ……?


 あの子たちは連れて歩くのは難しいよね、実際。

 リーナなんて軽率に首を刈るし、エリカなんて予備動作なく毒をばら撒くし、クリスティーナは他人なんてお構いなしに歌い始めて頭パーンだし。


 ヴィムが一番気兼ねなく連れて歩ける相手だっていうのは間違いないね。

 筋骨隆々ゴリマッチョ系癒やし枠という、新たなジャンルを開拓しそうなヴィムと一緒なのが、一番余計な問題が起こらなそうなのは間違いない。


 いや、まあリーナもある程度は言うこと聞いてくれるけどね。

 ちょーっと目を離した隙に首を刈り取ろうとするだけで。


 ただまあ、今回のお隣さんの『魔王ダンジョン』と状況を考えると、まあリーナはちょっと厳しそうだ。

 というのも、リーナは短期決戦型だから、継戦能力は割と低いからね。

 あまりダンジョンに長期間潜るような戦いは彼女には向いていない。



「次に、向こうの国内事情についてです。現在、『魔王ダンジョン』の他に囲い込みによって氾濫が起こるという方のダンジョンを先月囲ってしまい、氾濫が起こっているようです」


「は?」


「……なんでそんな真似を?」



 思わずといった様子で声を漏らした大重さんと、溜息を深く吐き出した萩原さんの代わりに、弓谷さんが声をあげる。


 いや、それはそう。

 だいたい、『魔王ダンジョン』でいっぱいいっぱいだから大重さんに救援要請をしていたって話だったのに、なんでそっちでまで事件起こしちゃってるのさ。


 僕らの視線にも気が付いたらしい佐枝さんが、頭が痛いとでも言いたげに眉間に皺を寄せた。



「どうやら、向こうの政治家が確証もなく包囲命令を出したそうでして」


「なんだそりゃ」


「国民の主張を無視して国と軍が包囲を行い、結果として酷い氾濫を引き起こし、現在はそちらの方が壊滅状態となっているようです」


「アホね」


「あはは……」



 あー……なるほど?


 つまり『囲った』という定義が分からなくて、とりあえず〝これぐらいならいけるって〟みたいな判断をしたらしい。

 で、どこまでいけるのかを確かめるかのように、軽いチキンゲームじみた真似をして囲ってしまったらしく、その結果氾濫を引き起こしてしまった、と。


 ……うん、まあ何がどうとは言わないけどさ。

 どこもかしこも上に立ってる人間がアレな感じだと苦労するね、ホント。


 そんなのが上に立てるっていうんだから、人間社会ってホントに面倒くさいね。



「……あまりそういう言葉は口にしないでいただけると。その、我が国も似たような真似をしようとしていた議員はいましたので、その、はい」


「アホよ、アホ」


「死んで良かったな、そいつ」



 うん、僕もそう思う。

 というか日本もやろうとしてたってなると、まあ他の国でも似たような真似をするとこ出てくるんだろうなぁ。


 まあ、面白そうだから『囲う』っていう定義、絶対言わないでおこっと。

 何カ国ぐらいやらかすのか、ちょっと見てみたくなっちゃったよ。



「んん……っ! と、ともかく、現在向こうはそんな政府に対して、一般人側からも抗議が強まっておりまして……」



 まあ、そりゃそうなるよね。

 日本だって今は政府が突き上げを喰らっている真っ最中だし。

 というか、日本だけじゃなくて世界的にも似たような突き上げは引き起こされているみたいだけどね。


 そんな事を考えていたら、大重さんが深い溜息を吐き出した。



「おいおい、氾濫と反乱ってか? 言っとくが、俺ぁ『魔王ダンジョン』は手伝うが、そっちに関わる気はねぇぞ」


「えぇ、仰る通り、そちらについては向こうの国内の問題です。我々は粛々と『魔王ダンジョン』のみを排除できれば、というところになります」



 なんか地味に氾濫と反乱をかけて言ってみせた大重さんの地味なドヤ顔がムカっとくる。

 萩原さんからも冷たい目を向けられ、弓谷さんからは愛想苦笑いみたいな表情を向けられてるし。


 なんか職場の上司のつまらないギャグを聞かされた若い社員、みたいな地獄の空気流れてるけど、キミたちの職場だいじょぶそ?

 給湯室みたいなトコで盛大に愚痴ったりとかするんでしょ、そういうの。

 知らんけど。



「ちなみに、ソラ様」


「んぇ? なに?」



 いきなり佐枝さんに話を振られて返事をしてみれば、『大自然の雫』の面々からもこちらに目を向けられた。

 え、何これ、いきなり注目するじゃん。



「もしもあなた様がたに、『魔王ダンジョン』攻略の後に他のダンジョンの氾濫を止める手伝いをしていただきたいと我々が依頼した場合、引き受けていただくことは――」


「――ないね。『魔王ダンジョン』には目的があるけど、普通のダンジョンに興味はないから。止めたければ止めたい人間で戦えばいいんじゃないかな?」


「……そう、ですか」



 ソラというキャラクターの背景的にも、「人間や人類の積極的な味方にはならない」というのはある。


 今回大重さんと一緒に海外の『魔王ダンジョン』に行っているのは、今後の布石のためのいわゆる準備という意味合いが強い。

 今後、「ノアを追いかけている内にダンジョンの秘密に気が付き、時々現れては謎を残して消えていく」というミステリアスムーブをする予定だからね。


 だから、あくまでも「目的が合致した時だけ味方になる」という設定は崩さない。

 親しげな表情を浮かべ、けれど馴れ合わないし近づかない。


 近づこうとすれば敵対の可能性が出てくるという、ゲーム的に言うところの「味方にしたいけれど味方にしようとすると敵対フラグが立つ」という、なんとも歯痒いポジを僕は狙っているのだ。


 とまあ、背景的にはそうだけれど、そもそも僕自身、自分たちが止めたいなら自分たちで戦え、としか思わないからね。

 だいたい、〝生活系ダンジョン〟だって、そっち向けの新システムだってあるんだから、それぐらい自分でやれるようになって出直して、というレベル。


 まあ、それまでに死んじゃった人たちはドンマイってことで。



「ところで、ソラ、と呼ばせてもらっても?」


「うん、それでいいよ。何かな、大重さん?」


「あぁ、今回のこと、協力してくれて感謝している。礼を言うのは全てが終わってからでもいいと思うが、そう思っているという点だけは先に伝えておこうと思ってな」


「気が早いね。まだ何も始まっていないし、何も為していないと思うけど」


「全てが終わってからでは、遅くなるかもしれないだろう? だから、俺がこうして感謝していることを覚えておいてほしい」



 真剣な目をしてこちらを見てくるので、僕もひらひらと手を振って応じておく。

 別に全てが終わってからで充分だと思うけどね。











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