おやすみなさい
結局、僕らが守護者部屋で遭遇した相手は、本当に『マジカル★マッスル』のメンバーだったらしい。
その中の一人がどうやらお兄ちゃん探索者と顔見知りだったようで、熱い抱擁をしていたよ。
……あれ背骨大丈夫かな。
なんかギリギリと締め付けるような音もしてたし、妹ちゃんも「うわぁ……」ってドン引きしてるような気がしたけど。
ともあれ、僕も一度は見てみたかった面々ではあったのだ。
筋肉魔法とやらが身体強化系の魔法だけじゃなく、なんかポージングと共に光が飛び出すとか、そういうオモシロ魔法だって噂だったからね。
ポージング名と魔法名を一緒にしているらしいけど、効果は同じなのだとか。
意味ないよね、ぶっちゃけ。
けれど、僕はもう色々な意味でお腹いっぱいだったし、彼らと一言も交わすことなくさっさとその場で影に潜り、本気速度の移動でダンジョン内を駆け抜けて帰らせてもらった。
なんかダンジョンの外で「これから魔王サマに会いにいきまーっす、うぇーい」みたいなことを叫んでる若い陽キャ系男子の配信系探索者っぽいのがいたから、とりあえずドローンに小石を投げて撃墜しておいた。
ついでに地面を陥没させるぐらいに脅しておこうかなって思ったけど、ドローンが壊れて泣いて騒いでたから許してあげた僕優しい。
ともあれ、権利タクシーで帰らせてもらった。
機会があれば筋肉魔法を見せてもらうために、また改めて会いにこようかな。
そんな訳で帰宅。
お風呂に入ってゆったりと身体を休ませた後で、さっさとベッドに横になる。
明日――というか日付が変わったから今日ではあるけど、日曜日かぁ。
長時間睡眠で始まる〝進化〟とやらもあるらしいし、多分起きるのは半日後――お昼ぐらいだろうなぁ。
《――同胞の睡眠状態への準備を確認しました。〝進化〟に伴う長時間睡眠を行ってよろしいですか?》
……え、なに、見えてるの? こわ。
というかダンジョンの外でも普通に声かけてこれる……って、そりゃそうだよね。
全世界の人間にアナウンスしたぐらいだもんね。
ともあれ、〝進化〟ってことでひとつ、お願いします。
《――同胞の要請を確認しました。受諾します。〝進化〟を実行いたします。なお、衣服については着用しないことをお勧めいたします》
……え、なんで?
僕、寝る時は普通にラフな服装派なんだけど。
全裸睡眠信仰とか、そういうのないんだけど?
《――同胞の質問を確認しました。回答します。〝外なる存在〟に適用した肉体は、その本来の姿は人間種のそれとは大きく異なるものとなります。よって、衣服を着ている場合、着用している衣服は無惨な結果を迎えることになります》
――ねえちょっと待って?
それって僕、人の身体じゃない存在になっちゃうってこと?
クリーチャーとか、そういう感じになっちゃうとか、魔王ってそういう存在?
《――同胞の危惧を確認しました。回答します。〝外なる存在〟の本来の姿は、人間種が目の当たりにすれば重度の精神汚染を引き起こし、正気を失います。そのため、〝外なる魔王〟となったあなたは、本来の姿は次元の狭間に保管され、それとは別に人間種をベースとした肉体端末を作り上げてもらいます。以降、そちらの世界では基本的にその端末に精神を移した上で行動することを推奨します》
……なる、ほど……?
いや、いまいちよく分からないんだけど、人間の姿でいられるんなら問題ないのかな。
要するに人形を作って、そっちを操縦して動かす、みたいな話なんでしょ?
――ハッ!?
ってことは、その端末って好きに作り変えたりできるのかな!?
た、たたたたとえば、背が高くて切れ長な目の細マッチョ系成人男性とか!?
もしくは男らしさの化身、ゴリマッチョな感じとか!?
あ、でも『マジカル★マッスル』みたいにはなりたくないから、やっぱ身長だけ高くして、格闘家とかスポーツ選手みたいな筋肉量とか、どうかな!?
《――同胞の期待を確認しました。肯定――『管理者』〝
えーーっ、なんでだよぉぉぉ……っ!
一瞬肯定してたよね!?
できない訳じゃないでしょ、ねぇ!?
《――『管理者』〝
――ッスゥーー……あ、いえ、だいじょぶです。
この身体に文句なんてありませんとも、えぇ、ハイ。
《――同胞の絶望を確認しました。『管理者』〝
えぇ……僕の身長とか身体が成長することを阻止して満足ってなんでさ……。
いや、いいんだけどさぁ……。
僕だって、もう『なんかミステリアスでクソ強いし、見た目の割にやたらと達観していて年齢不詳な、どこか人を食ったような謎のショタキャラ』枠を確立してきている訳だし、ぶっちゃけ今更だなって思わなくもないけどさぁ。
でもほら、それはそれ、これはこれ、っていうか、ね?
憧れは憧れとして、胸の中でいつまでも輝いている、っていうのかな?
手が届かなくても、焦がれるような何かが燻ってるというか。
こう……なんかそんな感じの……分かるでしょ? 分かれよ。
《――同胞の豹変を確認しました。『管理者』〝
それ笑われてるヤツだよね?
なんかもう気が付きつつあるけど、【諧謔】ってそういうこと?
どっちかっていうと【諧謔】って『笑わせる側』であって、『笑われる側』ではないと思ったんだけど、そこはどうなのかな?
なんかもう僕、完全に玩具にされてない?
だいじょぶそ?
まあ、いいけど。
そんな言葉で「会話する」という意識を切る。
どうやら『天の声』さんは僕のそんな気持ちを察して受け答えしてくれているらしいし、なんとなくそういうものなんだなっていうのが理解できるのだ。
ともあれ、お風呂上がりの寝巻きという名のシャツと七分丈パンツやらを全部脱いでから、ベッドの上に倒れ込んで布団を被り、目を閉じる。
――ホント、今日は色々あったなぁ。
帰りの権利タクシーの中でちらっと調べてみた。
多分、〝外なる存在〟という単語や『管理者』〝Yog〟という名前からも察せられるけれど、あの有名なクトゥルフ神話なんかで知られているっていう、ヨグ=ソトースと呼ばれる存在なんだと思う。
果てのない存在、『一にして全、全にして一』なんて言われていたり、全てを内包するとかなんとか、時間と空間を支配しているだとか。
――なるほど、わからん。
産地直送がどうとか、ダイスがどうとか、そんな情報ばっかり出てくるんだもの。
そんなルールばっかり出てくる中から見えてきた情報を見た感じ、「なんかすごくてヤベーヤツ」ぐらいの感覚だ。
時間と空間、それに『管理者』というワード。
どう考えてもダンジョンに関与しています、って感じなんだよなぁ。
それに深淵って完全にクトゥルフ神話っぽいクリーチャーの巣窟なんだもの。
なんていうか、むしろ納得したって感じだよ。
なんかスライムのクセにやたらとグロい見た目だった――なんか目みたいなものの集合体みたいだった――し、「テケリ・リ」とか変な鳴き声で鳴いてるのとかいたしさぁ。
アレどっから声出してんだろうね。
あと、深淵級ってほぼほぼ真っ暗なんだけど、なんか闇の中に生まれて出てくるような感じで、出てくる時にアホみたいに悪臭を放って出てくる変な人狼っぽいのとか。
逃げても隠れても延々と追いかけ続けてくるし、なんか増えるし。
まあ僕はダンジョン研究に力を入れているような人じゃないし、どうでもいいけど……さ……――――。
《――同胞の眠りを確認しました。これより、〝進化〟を開始します》
こぷり、と水の中に落ちたような感覚だけがあった。
無感情で機械的な声色の『天の声』さんの声にしては珍しく、どこか優しげな物言いだけが、遠い世界で響いているようで。
《……おヤスミ、おもシロクて、カワイい、子》
そんな中に聞こえてきた、か細い誰かの一言。
酷く耳障りで、もしも起きていたら顔を顰めたかもしれない。
魂を直接引っ掻かれたように身体を駆け巡った悪寒、なのに、僕には何故かそれが心地良くすら思えた。
そんな感覚を残して、僕の
◆ ◆ ◆
颯が〝進化〟を行うべく眠りについた、ちょうどその頃。
東京第3・4・5ダンジョンを擁する東京東ダンジョン特区に隣接する区内、背の高いビルの一室。
一面ガラス張りの窓へと身体を向ける、一人の壮年の男性がいた。
男は椅子の背もたれに身体を預けながら、深夜にもかかわらずに今もなお明るい街並みを眺めていたが、窓越しに反射して映る室内に佇む一人の男を一瞥して、視線を再び街並みへと戻した。
「――探索者ギルドに潜らせている者の報告によると、『該当する探索者は見つからず。日本国内の探索者に、該当する人物のような突出した成果を挙げて下層、深層で獲得した素材を取引している人間はいない』との事です」
街並みを見つめる男性の背後、部屋の扉の入り口に立った二十代中盤程度の若い男の報告を聞いたところで、壮年の男性は自らの顎を撫でるように手を動かしながら思考を巡らせる。
――『ダンジョンの魔王』。
名前も素性も知れていないが、圧倒的な力を持ち、下層の魔物たちを一瞬で屠ってみせた、見た目だけなら十代前半といったところの少年。
現在、その実力に目をつけているのは、ここにいる男だけではない。
探索者支援を目的として立ち上げられ、『魔物氾濫』が起こらないよう監視を徹底し、いざという時には『魔物氾濫』そのものを抑え込むという役割を持っている、探索者ギルド。
探索者として日本国内で名の知れた大手クラン。
彼の者と友誼を結び、ダンジョン下層、あるいは深層の素材、魔石を手に入れ、懐を潤わせたいと考える企業も然り、だ。
どれもが『ダンジョンの魔王』の持つ圧倒的な力を、我が物にしたいと望んでいる。
その先に求めるものに差異はあるが、何処かが『ダンジョンの魔王』を仲間に引き入れられたのであれば。
あるいは、協力を取り付けることさえできたのなら、その瞬間に様々な方面でのパワーバランスが大きく崩れるであろうことは想像に難くない。
事実、『ダンジョンの魔王』が現れたという、若手実力派女性パーティ『燦華』のホームとも言える神奈川第5ダンジョンは、あの騒動以来、これまでにはない程の多くの探索者で賑わっている。
もっとも、あの日以来、『ダンジョンの魔王』が姿を見せたという話は一切聞かなかったが。
そんな中で、今日の兄妹の救出劇だ。
今度は都内のダンジョンに姿を現し、しかも今回は魔物に対する粛清をするような動きを見せた。
さらにその相手は、かの『深層の悪夢』だ。
結果として、魔王の圧勝だった。
手も足も出ないとはこの事だろう、と戦いを知らない者でもそう思う程度には、圧倒的な実力差を見せつけて。
そのような事があったからこそ、『ダンジョンの魔王』について情報を集めている部下を呼び出し、報告させていたところであった。
「しかし、よろしいのですか?」
「何がだ?」
「『ダンジョンの魔王』に関する世論操作を行わない事について、です。このままでは扱いづらい相手として地位を確立されてしまいますが……」
「ふむ。キミはアレの評判を無理にでも落とすべきだと、そう言いたいのか?」
「はい。確かに人気の若手実力派パーティを救い、『魔物氾濫』を引き起こすという騒動をその力で捻じ伏せてみせたという点は、否定しようのない善行です。しかし、得体の知れない存在であることは間違いありません。このまま世論が一緒になってあの者を持ち上げてしまっては、強引な手段も取れず、動きにくくなってしまいます」
現状、『ダンジョンの魔王』として存在が知れつつある颯は、ちょっとした英雄のような扱いを受けているような状況だ。
マスコミでも『燦華』の配信を取り上げており、やれ『魔物氾濫』はどれだけ危ないだの、探索者の強さはどの程度のものだのと、今更ながらに最新の情報とでも言いたげに報道している。
動画やSNSなどに比べて、今でもそのような話題を使い続けるなど、ハッキリと言ってしまえば周回遅れにも等しい。
すでにSNSのトレンドはとっくに他のものへと変わっているし、世の中は常に動いているというのに、である。
そんなマスコミを利用すればいい、とでも言いたげに意見を口にする若い男に対し、椅子に腰掛けていた壮年の男はゆっくりと向き直り、頬杖をついて呆れた様子で目を向け、嘆息した。
「だからこそ、マスコミを使い、『ダンジョンの魔王』の評判を下げる、と。……やれやれ、キミはバカなのか?」
「は……?」
「いつの時代の感覚でいるつもりだ、キミは。今どき、マスコミの報道を素直に鵜呑みにするような一般市民は少ない。とっくにインターネット上で話題となり、英雄的とも言えるような行いをした相手に、そんな手を打ってみろ。あっという間にくだらぬ言いがかりをつけている事など見抜かれる。民衆はそこまで愚かではない」
一昔前ならば通用したかもしれない。
マスコミ、テレビが情報の最先端を掴んでおり、発信源となっていた時代ならば、だ。
しかしこのご時世にそんな真似をして、一体どんな層がそれを鵜呑みに信じてくれるというのか。
平和な時代ならば、それでも良かった。
若い世代が政治に興味を抱かないおかげで、テレビという存在から発信される情報を鵜呑みに信じてくれるような世代の者達だけが、選挙で投票してくれたのだから。
不平不満を垂れ流しておきながら、けれど自分は動かない、責任を取りたくないというような、他力本願を当たり前のように願う若い世代なんぞ、政治をする上ではただの無力な存在でしかない。
取るに足りない。何を叫ぼうが痛痒を感じない相手であった。
しかし、今の時代は当時とは大きく状況が異なっている。
探索者として力を手に入れた者の声も大きく、立場とは関係なく民衆から支持されるようになり、〝政界のお約束〟が通じないような政治家も増えた。
政界は昔に比べて随分と清浄化されたと言えた。
故に、古式ゆかしい手法はとっくに廃れているのだ。
「確か、キミはご両親ではなく、父方の祖父が政治家だったか。どうにも学んだやり方が古いらしい。昔のようにはいかんのだよ。何かと理由をつけて強制的に呼び出す、あるいは無理やり連れてこさせるなんぞは以ての外だ。ましてや、相手があのような〝力〟の持ち主であるのなら、なおさらにな」
「っ、それは失礼しました……」
「……フン。もう良い、下がれ」
「……はっ」
本当に悪いとは思っていない、〝怒られた〟としか感じ取っていないらしい男の姿に気が付いて、壮年の男は呆れた様子で嘆息してから退室を命じ、一人になって再び窓の外へと顔を向けた。
「――くくっ、ずいぶんと苦労してるじゃねェか、ダンナァ」
窓に映る室内。
今しがた若い男が退出していったばかりのその扉の横に、新たな人影があった。
壮年の男が僅かに目を剥いてから、その驚愕を気取られないように表情を動かさないまま再び室内へと振り返った。
灰色がかった髪を後ろへ撫でつけ、釣り上がった獣のような剣呑な光を宿した瞳。
肌の見える腕や首元、タイトなシャツからは肉体がしっかりと鍛え上げられている事が窺い知れる。
――相変わらず、飢えた狼のような男だ。
椅子に腰掛けたまま、壮年の男は両肘を机について口元で指を絡ませた。
「……苦労しているのはお互い様であろう。そちらも『研究狂』が捕まってしまい、計画に支障が出ているであろう」
「ハッ、余計なお世話ってモンだぜ。どうせヤツはウチの連中が奪還するつもりだ。大して支障はねェよ」
「……奪還、だと? どういうつもりだ?」
「あァ? 護送時に襲撃するって話だぜェ? 俺ァ興味がねェからそっちにゃ参加しねェがよ」
「なんだと……。ふむ、そうか……」
退屈そうに頭を掻きながら、部屋の中央部に置かれているソファーに乱暴に腰かけた男が、ニヤリと笑って壮年の男へと顔を向けた。
「んなつまんねェこたぁどーでもいいんだ。――んな事よりよぉ、『ダンジョンの魔王』は見つからねェんだろ?」
「それはそうだが……」
「だろォ? そこで、だ。ちょいと面白ェ提案があるんだが、乗らねェとは言わねェよな?」
「ほう? あの者をどうにかできると言うのなら、是非聞かせてもらいたいところだ」
「んなモン決まってんだろォ? アイツを見つけて、化けの皮を剥がしてやンのさ! その準備はもう出来てンだよ」
「彼奴を見つける算段がついている、と。ふむ……、それで、勝てるのか?」
「おいおい、俺を誰だと思ってやがる? 俺の位階は――Ⅷ、だぜ?」
◆――――おまけ――――◆
しそー「…………」
おーが「…………」
「「おいおい、死んだわアイツ……」」
しそー「位階Ⅷて。オレ、位階Ⅷの3人と位階Ⅶの二人組を倒したからこそ、『深層の悪夢』って呼ばれてるんだけど?」
おーが「それは草。じゃあアレじゃん、明らかお前より弱いじゃんwwww」
しそー「……よくよく考えるとお前にそう言われるの癪なんだが……? いや、まあでもほんそれ。相手悪すぎだろ」
???「テケリ・リ!」
しそー「だろー? ん? というかおまえ誰?」
???「テケリ?」
しそー「あ……ぇ……? な、ななな、んか……」
おーが「ぇ、ひ、ひひヒィ……ヒハハっ!」
???「テケリ・リ!」
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