女性探索者であるということ




 午後16時過ぎ、颯が起床した頃。

 東京第1ダンジョン下層中部には、大重と丹波が率いる『大自然の雫』パーティの姿があった。


 パーティの人数は大重、丹波を含めた6名。


 大重を筆頭に前衛を受け持つのは、大重と歳の近い熟練メンバーであり盾役の倉本と、まだ二十歳はたちになったばかりで若手の中でもエース級と名高い、近接攻撃を得意とする鬼島きじまという若い男だ。


 一方、後衛は補助系統の魔法に特化し、戦場をコントロールする術に長けた丹波と、攻撃魔法を得意とする萩原はぎわらという30代に差し掛かったばかりの熟練の女性魔法使い、そして回復系魔法に特化している鬼島の一つ歳下である、弓谷だ。


 ぞろぞろと足を進めながらも、ふとまだ年若い鬼島が自身の腕につけた時計に目をやった。



「現在、時刻16時過ぎ。通常時の探索よりも短い時間で進めてるみたいっすね」


「そりゃあそうだ。魔物をある程度無視して来ちまったからな」


「問題ありません。地上部隊で対応しきれないような魔物は見かけていませんから」



 声をかけてきた鬼島に対し、どこか不満げな様子で答えつつも、作戦の立案者である丹波にちらりと視線を向ける大重。しかし、視線を向けられた丹波は素っ気なく答え、わざわざ相手にするつもりはないと言外に態度で示した。


 もちろん、地上で防衛戦を行っているため、可能な限り魔物は排除していきたいという大重の気持ちは、丹波とて分からない訳ではない。

 だが、深部へと向かっている自分たち、『大自然の雫』の精鋭部隊は、あの『ダンジョンの魔王』をわざわざ相手取ろうとするような相手を捕らえようとしているのだ。


 ライブ配信を確認した限りでは、敵は4名。

 探索者として活動している相手であれば情報を集めることもできたかもしれないが、相手は仮面を被り、素性を明かしていない。

 少なくとも深層の入口、守護者部屋を占拠している事を考えると、位階もそれなりに高い相手である事は窺い知れる。


 そのため、索敵用の魔法を利用し、必要な戦闘を、必要な分だけこなして消耗を抑えるという丹波の方針に従う形で進んだおかげで、通常探索時では片道4時間強ほどもかかる道を、3時間弱という時間で走破する事に成功し、想定よりも短い時間で下層中部に到着していた。



「……この先に広間があったはずです。支援役で長距離アタックの経験が乏しい若手側、特に弓谷さんも疲れてきているようですし、そこで一旦休憩を入れましょう」


「わ、わたしはまだ……!」


「幸いこの辺りは魔物も少ないようですし、休憩を優先します。10分で3名ずつ、前半は大重さん、倉本さん。弓谷さん、あなたは前半組と一緒に休みなさい。後半で残りの私たちという形で休憩とします」


「え、あの……」


「いいから休んでちょうだい。ここで休んでもらわないと、作戦全体に支障が出てしまうわ」


「……わかり、ました」



 不安げに声をあげた弓谷の声を封殺するかのように、丹波が冷淡に言い切る。

 何も弓谷に対して特別冷たい態度を取っているという訳ではないのだが、丹波の性格や物言いを知らない者であれば、意見を無視して冷たく言い放っているようにも見えてしまう。


 弓谷にとって、丹波は憧れの人物だ。

 弱気で引っ込み思案な自分とは違い、自分の意見をしっかりと告げて、なんでも卒なくこなしてしまう。

 今回、若手の中から精鋭部隊として選抜されたのも嬉しかったが、何よりも憧れの存在である丹波と初めて行動ができるというのは、弓谷にとって夢が叶うようなものですらあった。


 だからこそ、余計に丹波の対応は弓谷にとって辛かったのであろう。

 才能や実力を認められたからこそ今回の作戦に選ばれたというのに、期待に応えることができなかった。

 そう思い、弓谷は視線を落としてしまっていた。


 そんな弓谷の抱いていた憧れと、今の姿を目にして、大重が、わざとらしく下手くそな咳払いをしてみせた。



「あー、丹波。組み合わせの理由は?」


「マスターはパワータイプのアタッカーで、倉本さんはタンクタイプ。弓谷さんは回復魔法を得意とするので、倉本さんとは相性がいいですし、マスターの火力があれば素早くこの階層内の魔物を処理できます。一方、鬼島さんはスピードタイプのアタッカーですが、速さで撹乱して魔物の足止めができますし、私も支援魔法系で補助に入れます。萩原さんにも私の支援があれば、こちらもこの階層の魔物ならバランス良く対応が可能です」


「うむ、異論はないな。では、先を急がずに休憩を取った理由は?」


「……? ――あぁ、そういう事ですか……。弓谷さん、ごめんなさい。誤解させてしまったようね」


「え……?」



 大重が何故こんな回りくどい質問をしてきたのか、その意図に思い至った丹波は弓谷へ謝罪の言葉を口にすると、もう一人の若手であり、普段から共に行動する機会の少ない鬼島にも目を向けてから改めて続けた。



「二人に説明するわね。今から休憩を取る理由は、大きく2つ。1つは、想定よりも早いペースでこの場所まで来れたこと。もう1つは、これが最も重要ですが、このタイミングでなければ、この後は休憩は取れないからです」


「休憩が、取れない?」



 丹波から返ってきた返答に、弓谷が思わずといった様子で訊ね、同様に下層深部への探索経験の浅い鬼島からの視線が丹波へと集まった。

 丹波はそんな二人から向けられた視線に気付き、歩きながらも小さく頷く。



「今回は通常探索とは状況が違います。目標のグループは、かの『燦華』の配信であったような魔物を使役する力を使えるのはほぼ確定です。最悪を想定すれば、場合によっては深層クラスの魔物すら出てくることも有り得ます」


「っ、深層の魔物……」


「そんなものまで操れるんすか!?」


「可能性の話です。実際に犯行グループがどの程度までの使役ができるかは分かりません。ですが、『深層の悪夢』すら容易く撃破する『ダンジョンの魔王』を相手にしようというのです。それぐらいはできると仮定するべきでしょう。でなければ、正面から対峙するなど愚の骨頂。おそらく彼らは、物量に物を言わせ、さらに何かしらの切り札を用いて『ダンジョンの魔王』を倒すつもりでしょう。ですので、こちらにぶつけてくる可能性は低いです」


「もっとも、それがあの魔王に通用するとは、俺には思えんがな。正直言えば、俺だってあの魔王とは正面から戦いたくねぇよ」


「え……? マ、マスターがそこまで言う相手なんですか!?」


「マジっすか……」


「『深層の悪夢』の戦いを見て、確信した。ありゃあホンモノのバケモンだ。『ダンジョンの魔王』ってのもあながち間違っちゃいねぇ。人間が辿り着ける領域じゃねーよ。本気で殺す気で来られたら、俺だって1分と足止めすらできねぇ」


 大重が苦笑しながら告げた言葉に対する反応は、3つに分かれた。


 昔から大重を知り、その強さを知っている倉本、萩原は困ったように力なく笑い、丹波は自身の分析としても似たような評価であったため、小さく頷く。

 一方で、絶対的な強さを有する『日本最強の一人』と言われており、今ならば『深層の悪夢』にすら勝てるのではないかと噂されている大重をもってして「戦いたくない、足止めもできない」と言わしめた魔王の存在に、言葉を失い、唖然とする弓谷と鬼島。


 僅かに訪れた沈黙を、周囲を警戒しながら進みつつ丹波が破る。



「話を戻します。私たちの目的は、犯行グループの捕縛と尋問です。確かに『魔物氾濫』を止めるためにというのはもちろんですが、前提として『ダンジョンの魔王』がやってくる前に決着をつける必要があります」


「そういうこった。もしも『ダンジョンの魔王』がブチギレて現れてみろ、あんな連中、一瞬で殺されるぞ。それよりも先に俺達で奴らを捕まえて、情報を吐かせる必要があるんだ。だが、深層の魔物を操れるとなると、そいつらを増援に呼ばれちまうかもしれねぇ。深層の魔物、それに『ダンジョンの魔王』っていう可能性を考えりゃ、必然的に俺らは短期決戦を仕掛ける必要がある。本番を前に体力を温存しておくに越したことはねぇのさ」


「そうです。そのため、休憩後に一気に駆け抜け、この騒動に決着をつけます。いちいち足を止めていられるのはここが最後、という訳です。休憩後はタンクの倉本さん、回復役の弓谷さん、マスターを温存し、鬼島さんと私が主力となり、最低限の魔物の撃破をしながら最速で進みます。動画に出ていない犯行グループのメンバーによる襲撃も考えられますが、そちらについては……――」


「――私の出番、という訳ね」


「……はい。数を考えれば、魔物相手よりも人間相手の方が温存はできるかと」


「分かっているから気にしないで、丹波ちゃん。私だって、今回の騒動は頭に来ているもの。それにダンジョンの中で馬鹿な真似をする人間は嫌というほど見てきたし、降りかかる火の粉を払うためにも殺してきたわ。今更、ゴミを片付けるのに何も気負うものなんてないわ。だからそんな申し訳なさそうな顔をしないでちょうだいな」


「……はい。お願いします」


「はーい、お願いされましたー」



 一瞬、言い淀んでしまった丹波の言葉。

 それを拾い上げて続けたのは、丹波が指名しようとしていた張本人である萩原であった。


 ――人を殺せ、と。

 そんな指示を出さなくてはならないという嫌悪感と葛藤に思わず言葉が途切れてしまったのであろう事は、萩原にも理解できた。

 だからこそ、萩原はそんな丹波の苦しみが少しでも楽になるならと、何も気にしていない素振りで続けたのだ。


 ダンジョン内部での女性探索者に対する事件は珍しくない。


 治外法権であること。

 力を得たことで増長し、なんでも思い通りになるとでも思い上がった者。

 生死をかけた戦いの中で昂揚してしまい、その感情を抑制できない者というのは一定数存在している。


 萩原はベテランの探索者であり、それらを目の当たりにしてきた。

 だからこそ、割り切る・・・・ようになった。


 ――ダンジョン内における犯罪者は、魔物と変わらない、と。

 萩原自身の中に生まれたそのルールは、今回のような犯行グループにも適用される。


 だから、躊躇わないし、奪った命を背負わない。


 それが探索者として生き続ける己の心を守るための、唯一の手段であると身を以て知っているからだ。

 そんな覚悟があっさりと揺らぐようでは、探索者を続けられるはずもない。


 それに比べて、弓谷、鬼島の二人はまだ若い。

 このクラン、『大自然の雫』に入ったのは新人の頃であり、その頃から信頼できる仲間たちと行動してきている。だからこそ、そうした人間の醜さや汚い部分には触れずに探索者を続けてこれた。

 今回の作戦に弓谷と鬼島が選ばれたのは、実力も然ることながら、「こうした経験」を積んでおくべきだという考えもあったからだ。


 ――なら、可愛い後輩のために泥を被りましょう。

 萩原は最初からそんな事を密かに決意して、この場へとやってきた。

 冷静で冷徹に、そう振る舞ってはいるものの、未だにさすがに「人を殺せ」とは言えない丹波の若さも、綺麗さも。できることなら、丹波にはそのまま持っていてほしい、とも思う。


 故に、萩原は迷わない、気負わない。

 その命令は当然のもので、いちいち躊躇うようなものではないのだと体現するために。



「――休憩ポイントに到着しました。予定通り、休憩後は駆け抜けますので、そのつもりで」








◆――――おまけ――――◆


しそー「……女性が探索者として生きるリアル、か……」

まおー「なに、そのふっと小さく笑って格好つけた感じ。似合わないし殴りたくなるよ」

しそー「ねえ、まって? めっちゃシリアスなのに開口一番それってどうなの? お前ほんと魔王じゃん。オレもさすがに傷つくんだよ? 泣くよ?」

まおー「あはは、やってみせてよ。泣き顔どんなのか見てみたいし」

しそー「えぇ……こわぁ……」


しそー「ところで、シリアスな展開になるとオレたちの出番が多い気がするんだが、やっぱなんか関係あんのか?」

まおー「話に必要な展開であっても、シリアスってどうしても続くと読者も作者が飽きちゃうから、その分だけ釣り合い取るためにキミたちが活躍する玩具になるんだってさ」

しそー「なるほど、つまりオレらのおかげでどうにかなってる訳だな!!」

まおー「うんうん、そうだね。良かったね――気付かなくて(ボソリ」



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