邪眼検証




 ――うーん、いい案がなかなか出てこない。


 秘密結社の方針というか、そういうサムシングに対して、オーソドックスなものだと世界征服、国家転覆とかが多かったりするけれど、別に僕、政治とかこれっぽっちも興味ないからなぁ。

 組織を作るっていうのもノリがメインだし、壮大なる野望がどうのってことも、特にない。


 要するに、行き詰まり中。

 お腹空いたし。なんだかどうでもいいことに思考が向いてしまう。

 ほら、試験前になって勉強しなきゃって時に模様替えしちゃうみたいな、そういうアレと同じ。


 こんな状態の時に考えていても、なかなかいい案っていうのは思い浮かばなかったりするのだ。


 なので、気分転換も兼ねて夕飯の買い出しにコンビニに向かう事にしたのだけれど、そこでちょっと思いついた事があり、僕は今、コンビニから東京第1ダンジョン旧奥多摩地域の深層上部へと移動してご飯を食べている。


 いやぁ……すごいね、〝銀の鍵〟。


 ちょっと「一瞬で行けるなら行こうかな」なんて思って念じてみながら、門が開くようなイメージで手を翳してみたんだよ。

 そしたらダンジョンと同じようなポータルが出現して、潜ってみたらここに出ちゃった、という訳だ。


 つまり僕、行ったことのない場所であっても、しっかりと意識さえしていれば飛べるようになった、ってことなのかぁ。

 転移魔法なんて魔法は存在しないし、特別感がいいね。


 ……銀行強盗とか余裕じゃん。

 金庫の中にこんにちは、みたいな。

 やらないけど。


 というかその気になればストックしてる大量の魔石を売り払えば、充分に生活できるお金にはなるし、そんな犯罪をするメリットがないもの。


 なんか面白い使い方考えておかなくちゃ。


 で、東京第1ダンジョンお呼ばれ先にやってきてみたものの。本当は僕、最初はここに来るつもりなんて微塵もなかったんだよね。

 それこそ、ニュースを見た時には一切迷うことすらなかったレベルで。


 ――ダンジョンが『魔物氾濫』を引き起こして被害が出る?

 ――僕を名指しにして、僕を目的にしてるから僕が止めなきゃいけない?


 そんな事あるはずがない。

 そういうのを食い止めるのは警察とかそういう正義の味方のお仕事であって、僕には関係ない。そもそも僕を目的にしてるのだって、そんなのはただの犯罪者の言い分だ。

 当然、応える必要なんてない。


 それに、あの犯行メッセージが届いたのってお昼らしいじゃん?

 僕、起きたの夕方だったしね。

 この場所をホームにしているクランがなんかこう、上手くやるだろうって思ってたんだ。

 僕としても、どちらかというと魔王ムーブより黒幕ムーブに力入れたいから、今回については別に行かなくていいかなって思ってたし。


 なのに、どうやらここのダンジョンのホームクランってば、外に出てきた魔物の討伐を優先していてなかなか中に侵攻できない、みたいなニュースが流れてたんだよね。

 お昼過ぎにホームクランが精鋭部隊を集めて派遣した、とかなんとか発表したり、割と大きな騒動に発展してるってコンビニの前でたむろしてる人たちが言ってた。


 で、その僕は閃いたのだ。


 ――あれ、これもしかして、魔王ムーブじゃなくて『なんかミステリアスでクソ強いし、見た目の割にやたらと達観していて年齢不詳な、どこか人を食ったような謎のショタキャラ』ムーブがついにできちゃうんじゃないか、って。


 ホームクランから派遣されたっていう、実力者と呼ばれるような人達がいるその場所で、「共闘してあげるよ」的なムーブができるんじゃないか、ってね。


 ほら、僕を名指しにしてる犯人、すっごい自信満々みたいだし。

 きっとすごく強いでしょ?

 あそこまで大口叩いておいて、まさか位階がⅩにも届いてない、なんて事はないでしょ、さすがに。


 そこまででもなかったりしたら、さすがに僕も怒っちゃうよ。

 肩透かしだったりしたらもう、その場にいる全員を勢いに任せて邪眼の餌食にしちゃうぐらいには。

 名指しで僕の時間を邪魔しようとしたんだもの。

 笑って許せるほど、僕は優しくないからね。


 ぶっちゃけ、僕を挑発しているとかダンジョンを利用しているとかは、僕にとってはどうでもいいんだけれど、ちょっと犯人に会いたいっていうのもある。


 そう、僕はもう一つ閃いたのだ。

 秘密結社の目的案にいいのがないし、とりあえず他の秘密結社っぽいのと被ってもつまらないから、確認しておいた方がいいかもって。


 なんかほら、今回僕を挑発しているのってこの前の変態さんの仲間らしいじゃん。

 つまり、現役秘密結社系男子であるらしいイキり仮面くんなら、何か秘密結社感のある情報を持っているだろうし、ちょっとインタビューさせてもらおうという訳だ。


 なので、派遣されてくるらしい探索者たちを待ち、そのタイミングで深層から上る形で背後からダイナミックお邪魔します作戦を決行する。


 ほら、先に僕が行って倒しちゃうと魔王ムーブになっちゃうし。

 今回の僕のムーブ方針とはちょっと違うんだよ。


 そんな訳で、今はご飯を食べながら凄腕探索者チームを待っている状況だ。


 はー、カップ麺の残り汁に塩むすびって組み合わせ、最強だと思う。

 なんかやたらと塩分ばっかで喉が渇くけど、この組み合わせだけで僕は満足だよ。

 緑茶が美味しい。満足。


 さて、お腹も落ち着いたので、ちょっと深層の魔物を相手に身体を動かして、肉体端末のスペック確認と邪眼確認でもしておこうかな。


 なんかイキり仮面くん、どうにかして僕の化けの皮を剥がしたいと考えているようで、『D-LIVE』で配信してるみたいだし、誰かきたら分かるっていうのはありがたい。

 というか、自己顕示欲すごいね。きっと彼、SNSで一喜一憂して、最終的に迷惑系とかいう存在になるタイプだよ。知らんけど。


 僕はいちいちSNSとかしないし見ないタイプだからなぁ。

 確かにムーブを楽しんではいるけれど、全世界に向けて発信したいとは思わないし。

 方向性の違いで解散するバンドレベルで考え方が合わないだろう。


 まあそんなどうでもいい事は放っておくとして。


 ともあれ、実験その一、邪眼発動。


 なんだっけ、【恐怖に心を凍らせる瞳】、【狂気を振り撒く瞳】、【指先から広がる遅々たる崩壊を与える瞳】だったっけ。

 とりあえず、まずは壁に向けて発動を意識してみる。


 ……ふぅ、良かった。

 3つ同時に発動してみたけど、視界が重なったりブレたりっていうのはないらしい。

 黒目部分が3つとか、視界とかどうなるんだって心配だったんだ。


 それに、無機物にはなんの効果も出ないっぽい。

 これが無機物まで対象だったりしたら、寝ぼけて発動させちゃったせいで机とか椅子が叫び始めたりとか困るもんね、うるさいだろうし。


 じゃあ生物というか、魔物ならどうかなー。


 お、第一魔物発見……と思ったら、なんか笑い声みたいなのあげながら涙を流して、唐突に壁を食べ始めた。


 …………なぁに、あれぇ?


 壁についた指先から灰になるみたいにさらさらと崩れていって……首だけになってもずっと壁に食らいつきながらウーウー呻き続け、滂沱の涙を流しながら消えていったんだけど。


 感情がないと思われる魔物が、滂沱の涙を流して、だ。


 ……ッスゥーー……うん。


 これ、ダメなヤツだなぁ、って。

 僕は学んだよ。


 はい、封印決定!


 ダメだよ、これ、戦いにすらならないよ。

 もうこれだけで終わっちゃうじゃん。

 ムーブする前に終わっちゃうよ、これじゃあ。


 む……?

 でも「フ、この僕に、封印している力を使わせるとはね……開眼ッ!」みたいなムーブはありかもしれない。

 苦戦からの圧倒的力の解放で大勝利、みたいなアレ。


 で、勝ったのに苦しそうな素振りをしてみせて、こう仲間っぽい人が近寄ろうとしたところで、「近づくな! この目は……僕にも制御できない」的な悲しみを背負う感じ。




 ……ありだと思いますっ!




 いや、ホントはオンオフ余裕だけど。

 微塵も悲しみなんて背負ってないし、いっそウッキウキだけど。

 言わなかったらバレないでしょ、これ。

 いけるいける。


 そんな事を考えてスマホをポケットから取り出して、ライブ配信をつけてみる。

 すると、すでに誰かが犯人グループと対峙していた。




 ……あー……、出遅れちゃったかも?




 僕は急いで下層側に向かって駆け出した。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る